連載小説
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その1 出会いは何時だってハリケーン
空はどんより曇り空、雨がシトシト足音鳴らす。
険しい山道キリキリと、道幅ギリギリ大きな轍、
大きな荷車登ってる。

そんな光景が広がる暗黒魔界のとある一角、
車体の造りは幌のついてない荷馬車そのものだが、
それを引いているのは馬ではないため、
それは馬車とは言い難いのだ。
本来なら最低でも二頭、
もしくは四頭の馬で引くのが普通の大型4輪馬車を、
今引いているのはたった一人だ。

もっとも一人といっても人間とは言えぬ容姿の持ち主である。
毛むくじゃらの下半身には八本の鋭い脚が生えており、
其処から生えた女性の上半身には二本の大きな角が付いていた。
肌の色は灰色がかった緑色、
ウシオニというジパング固有のアラクネ種である。

角度は30度を切ることが無いような急勾配が延々と続く難所だが、
彼女はその八本の脚でしっかりと車体を支え、
濡れた山道をグイグイと登っていく。
馬車と馬体を繋ぐハーネスの代わりに、
彼女の蜘蛛糸を編んで作ったロープで荷馬車と体を固定している。

荷物は大きな四角い物体だが、布で覆われており中身は見えない。
荷物も彼女の糸によって荷台にしっかりと固定されていた。

彼女の背には連れ合いらしきおやじが座わる。
彼女の下半身の毛を一部だけ伸ばして結び、
鐙(足を入れる所)の代わりとしていた。

「だいぶん登ったなあ。山向うから魔灯花の灯りが漏れてきてるな。」
「死都ガガントスが見えるまであと少しってとこさね、あんた。」

此処は常夜の国、とある不死者の国領内である。
死都とはこの国の首都を指す言葉で、
魔物の魔力を吸って発光する魔灯花や、
その品種改良品によって、常に淡い光が都市中を遍く照らす。
不夜城としても内外に有名な場所である。

彼女たちは牛鬼運送の名で運送業を営む夫婦である。
堅実な仕事ぶりに定評があり、
今回も以来された品をガガントスに運ぶ最中である。

今回の荷物はハーピー種には少々骨の折れる重量であり、
おまけにワイバーン等の飛龍であっても、
この国は常に暗雲に空が塞がれ、
空の視界が著しく悪く都合が悪い。

よって陸路で悪路走破性の高い彼女達に白羽の矢が立った。
何せその気になれば90度の絶壁どころか、
オーバーハングな場所でさえ踏破出来るのだ。
今のところ道行は順調と言えた。

ウシオニの後ろに座っているおやじは、
背負ったリュックから光る石を取り出すと、
それに自分の魔力を込める。
すると宙に3Dのマップが投影される。
それはこの山と周囲を示しており、
さらに今まで通過した順路が光の線で示され、
現在地と何処まで来たかが判るようになっていた。

この石はネドアリアという魔法道具で、
予め指定された場所でしか使用できないが、
自動でその場所内での使用者の位置をマッピングしてくれる。
魔界産の便利道具の一つである。

この発明は自分の住むダンジョンの道がとんと覚えられず。
我が家で迷子になり続け、
結局壁を壊し続けて脱出したミノタウロスが、
泣いて頼んで作らせたものが始まりだとかなんとか・・・

「この分なら指定された時間より少し早くつけそうだ。」
「そうかい、ならさあんた。頂上で一休みしてかないかい?
あたしゃ仕事が終わるまで待てないんだけどね。」

ウシオニはパートナーの手をぐいっと
その大きな胸元に引き寄せると、濡れた声で甘く誘う。

「そうさな、荷物がタダの物だったら是非もないんだけどよ。
何でも難病に苦しむ娘っ子らしいからな、また今度だ。」
そう言いながらもきっちり胸を揉むおやじ。

「んぅ♥ もう・・・判ったよう。出来るだけ急ぐさね。」
「それがいい、症状は詳しく知らんが、
そこらの町や村の医者じゃ対処出来ないってことだろうしな。
お嬢ちゃん。もう少しで峠を越える。あと少し辛抱してくれ。」

おやじは荷台の荷物の中にいるらしき魔物娘に語り掛けた。
返事が返ってきたことはないが、依頼主曰く聞こえているらしいので、
彼は少しでも気が紛れればと時折中に話しかけていた。
勿論今回も、返事を特に期待してのことではなかった。

しかし、今度ばかりは中から返事があった。
「・・・つくの? もうすこしで。」
「おっ! へへ、そうだぜ。お嬢ちゃんの苦しみもあと少しで終わりさ。」
「・・・・・・そう・・・」

ガゴォッンン

「えっ?!」
「んなぁ?!」

突如凄まじい音が荷台からする。
だが異常はそれだけには留まらない。
音に負けない位の衝撃が二人を襲う。

完全に不意を突かれたウシオニの体が後方へと一気に引かれる。
ウィリー状態のバイクのようにその体が持ち上がる。
荷台の中身、それが自身の入れられてる何かに体当たりしたのだ。
ウシオニの彼女すら驚く圧倒的なベクトルが坂の下へ向けて発生した。

体制を立て直す間もなく、暴れ患者の暴走は続き、
元々道幅ギリギリだった荷馬車の片輪が道を踏み外した。

「こんのぉ! やっておくれでないかい小娘が。」

ウシオニの女性は強引に粘着性の糸を吐き出し、
地面に自分の体を固定すると、
暴れる荷車も同様に糸で強引に山肌に固定した。
額に青筋を立てたウシオニは、
運搬物である娘を怒鳴りつけようとするもあることに気づく。
自分の背中に常に感じていた温かい重みの喪失に。

「はっ?!」

体が持ち上がった際に、おやじは落下していた。
標高数千mはある切り立った山の頂上付近から、
彼はその身を躍らせていた。

彼女とてこの職に就いてそれなりに長いしプロ意識もある。
だが、最愛の夫の身の危険に対して、
彼女が積荷よりそちらを優先したことは誰にも責められまい。

彼女は自身の糸に魔力を流し、その粘着力や張力、伸縮性や剛性の一切を無力化すると、
邪魔なそれらを引きちぎってその身を絶壁へと投げ出した。
垂直に近い壁を飛ぶように、落ちるように、
その八本脚をフル稼働させて駆け降りる。

自由落下する夫を視界に捉えると、
口から糸を高速で吐いてそれを遥か先の山肌へと撃ち込む。
そしてそれを腕で手繰ることで更に加速、
一気に距離を詰めて行く。

「あんたぁああっ!」
八本の脚が同時に壁面を蹴った。
野手が落下した球を滑り込んで捕るかのように、
落下する夫を横からダイビングキャッチすると、
彼女は夫を抱え込んで体を丸める。

追いつくためにスピードを付けすぎた。
すでに糸で自身を何処かに固定する暇を無くしていた。
だが、何が何でも腕の中の夫は守り通す意志を固めると、
迫りくる地面に向けて自身の下半身と強靭な脚を向けた。

遥か山の麓で、黒い毛玉が何度か土煙を上げながら跳ねて転がる。

「すまねえ、俺が不用意なこと言った所為で。」
「あんたは悪くないさ、悪いのはあの小娘だ。」
落下の衝撃を殺すため、その脚をほとんど犠牲にしたウシオニ。

だが、彼女は高い再生力を持つ魔物でもある。
夫がウシオニの胸に自身のナニを擦り付け、
迸る白い蜜を患部に掛けつつ、もげた脚を添えると、
あっという間に脚は全て元通りにくっ付いてしまった。

彼女達は急いでまた山頂付近に戻るが、
その頃には衝撃で破壊された荷車と、
暴れた患者を閉じ込めていたであろう檻が、
中から凄まじい力で捻じ曲げられ転がっていた。

「どうする? 追うかい。」
「腹に据えかねてるのは判るが落ち着け。
俺たちは運送屋であって追ったり捕まえたりは仕事じゃねえ、
まして俺たちはあの娘の声しか知らねえんだ。
見失ったまま深追いするよっか、さっさと事を依頼主に報告、
対策はむこうさんに立てて貰うのが筋ってもんだ。」
「あ〜あ、料金貰えるのかね?」
「依頼主はこの不死者の国の王だって話だ。
噂通りなら金払いは良いはずさ。何はともあれ急ごう。」
「あいよ、あんた。」

荷物を気にしなくてよくなった分、身軽に動けるようになった彼らは、
糸で二人の体をしっかりと括ると、山の壁を最短で真っすぐに降り始めた。
淡く光を放つ不死者の都に向かって。


※※※


薄暗い広間に漆黒のテーブルクロスが被さった洋風の長机、
上座側でそれを囲むように座っている4人の女性達。
彼女達の肌色が必要以上に青白いのは、
この部屋の光源である魔灯花の所為ばかりではない。

「逃げられた・・・そうですか。」
「だから言ったのだ。
監視の者(ゴースト)を一人でも憑けておくべきだったと。」

長机の端、もっとも上座に座る女性に一人が食って掛かっていた。
彼女達は使いの者が伝えた、移送中の脱走を聞き顔を曇らせていた。

「それでは約束を破ることになりますわ。
決心してくれたあの子の決意に対し、その様な振舞は美しくありません。」
「ふん、決意が鈍ってこの様ではないか。
イールのそういう所は買うが、今回ばかりは緊急性が高い案件だ。
犠牲者が出てからでは遅いぞ? 責任が・・・」

責め立てるような口調の女性の前に手がかざされ、
その喋りを途中で遮った。

「はいスト〜ップ。マイラ、正しいけれど間違えてるわ。
言ってることは正論だけれど、緊急性が高いなればこそ、
今することは正論を述べることではない。そうでしょ?」
「・・・口が過ぎましたデルエラ様。非礼を詫びるわイール。」
「いいのよ、昔っから迂闊なの私は。」
「お姉ちゃんはそれでいい、疑ったり勘ぐったりは私達の役目。」

マイラやデルエラの対面からフォローを入れるのは、イールの妹であるイルネスだ。
マイラは古株のヴァンパイア、イールはこの不死者の国を治めるワイトであり、
妹のイルネスはリッチである。

彼女達は上級アンデッドの集まる社交界で知り合った友人同士であり、
魔王の第四王女であるリリムのデルエラは、
古い仲であるマイラの伝手でイールとイルネスが呼んだゲストであった。
とある事情により、神にも届きうる彼女の力が入り用になったため、
今日はレスカティエからこのガガントスに足労願っていたのだ。

「で、どうするのかしら? やるなら何時でもいいわよ。
何なら今から三分以内に逃げた兎を此処に連れてきてもいい。」
どっちでもいい、そう言わんばかりの口調でデルエラはイールに語り掛ける。
その言はおどけた色を含んでいるが、
全く誇張のないものであることは皆知っていた。

「・・・・・・御足労頂いてる立場で、
このような事をを申し上げるのも無礼とは思います。
ですが少し待って頂きたいのです。
やはり当人が望まぬのに無理矢理事を進めるのは、
私としても本意ではありませんので・・・」
「理解出来ないわ。もし症状が聞いた通りだとしたら、
産まれながらに全ての神々から見放されているも同然よ。
そんな体や己に未練をもったり執着するなんて・・・」
「己の枷を大事にする奴隷が如し・・・ですか?」
「そうね、そんな感じかしら。
貴方と私には主義や嗜好に相容れない差異がある。
でもいいわ・・・それもいい、この件で私はあくまで外野で道具。
私という引き金を何時引くかは、貴方が決めなさいイール。」
「過激派のカリスマである貴方様にしては、
随分と御優しい御沙汰、丸くなられましたか。」

マイラがデルエラに向かって慇懃無礼に言った。
皮肉交じりのその言葉に、デルエラはパッと顔を明るくして言った。
「あ?! 判るぅ。そ〜なのよお〜、あの子が言ったの。
お姉ちゃんは性急に結果を求めすぎるって、
結果だけを求めすぎると取りこぼすこともあるって。
違う意見に対してもキチンと見定めるべきだって。」
「お若いのに利発な弟君ですね。」
「そ〜なのよお〜、それでねそれでね続いてこう言ったわ。
僕はまだお姉ちゃん達の貞操観念とか色狂いな価値観とか理解出来ないけど、
デルエラお姉ちゃんの事は愛してる。だってだってだって〜〜〜♪」

その豊満な体をグイグイと自分で抱きしめると、
上気した顔で蛇のようにグネグネ身悶え始めるデルエラ。
「僕の貞操は将来お姉ちゃんに捧げたいな。
メッセージ・・・お姉ちゃん確かに受け取ったわ!!」
「イヤ、1_もそんな事言ってねえから。」

グッと虚空に腕を振り上げるデルエラ。
呆れて敬語を忘れつつ、
マイラはビシリと45度の角度で突っ込みを入れる。

「それで、具体的にはどうするのお姉ちゃん。」
「事態解決に一人当てがあるわ。あの方をお呼びしましょう。」
デルエラの惚気(?)を横目にイールとイルネスは次の一手を決めていた。


※※※


空はぴーかん晴れ空で、お日様サンサン輝いて、
平坦野原をカポカポと、道幅悠々小さな轍、
小さな馬車が歩いてる。

そんな長閑な風景が広がる明緑魔界の道を、
小さな幌付きの馬車がゆっくりと走る。

馬車の中には乗客が三人。
浅黒い肌をした一人の男性と男女二人の組み合わせだ。

馬車を引くのは馬具を付けたケンタウロスである。
彼女はスースといい、この馬車を引く馬と護衛の役を兼ねている。
彼女の他にも、横には馬に乗り武装した騎士が二人同伴していた。

「やれやれ、明緑魔界の長閑な風景とは対照的に物々しいですね。」
浅黒い男が男女二人連れの男の方に話しかけた。

「・・・仕方ないんです。前はここいらも平和だったんですけどね。」
「でる・・・やとう・・・ふえた・・・おいはぎ・・・ばっこ・・・ごうとう。」

男は苦笑しながら応え、女の方はゆっくりとした断片的な口調で喋る。

「その方は・・・その。」
「ああ、この喋りですか? ゾンビ何ですよ妻は。
前に比べれば言葉も喋るし色々理解出来るようにはなったんです。
でもまだ、この通り喋りはゆっくり片言でして・・・」
「その割に随分と血色が良いんですね。まるで生きた人間みたいだ。」
「死都ではゾンビ用の化粧品が色々売られていましてね。
最初期用の腐臭用香水とか、色々肌の色が調整できるファンデとかもあるんですよ。
他にも内臓用の装飾品とか欠損した部位の代替品とか、
カラフルで綺麗な簡単付け替え義眼何てのもありますよ。
人間でいえばメガネ感覚でオシャレできるのとか・・・」
「何とまあ・・・眩暈のする話ですね。」

おおいにカルチャーショックを受ける男の様子に二人連れの男は微笑む。

「すき・・・えれく・・すき・・・」
しな垂れかかっていた体制からずるりと頭を下げると、
ご飯と言わんばかりにゾンビの女性はエレクの衣類(下)を解き始める。

「ちょっ?! 待った待ったジェーン、ステイステイ! 今は駄目だよ。」
エレクのステイにジェーンは動きを止めるが、
不満なのかジト目で見上げて抗議する。

「この人は教団の方だから、
あまりそういうのを見せつけるのも失礼にあたるんだ。
ガガントスに着くまでの間少しだけ我慢しておくれ。」
「おや、気づいていましたか。」
「ええ、その格好はエル地方のものですよね。
あそこは教団傘下の国しかありません。
それに高価そうなロザリオを持ってらっしゃいますし。」
「もしや貴方もエル地方の出身で?」
「はい、エル地方の北方にあるジュードという町の出身です。」
「ああ、ジュードですかガラス細工が有名ですね、私はマウロからの旅の途中なのですよ。」
「マウロですか、大聖堂と聖堂騎士団で有名な・・・
エルの教団傘下の中でも中央にもっとも近い権力を持ってる国の首都じゃないですか。
もしかして・・・結構偉い方ですか?」
「まあ、一応は・・・それなりの立場です。」
「差し支えなければ、どういった御用件なのかお教え下さい。」
「個人的な旅行ですかね。あの不死者の国にお住まいなら知っているでしょうが、
先の大戦で教団はその権威を大幅に失墜し、
我が国も従軍経験を経て色々考えることがありました。
今は段階的に少しずつではありますが、
貴方方の国と水面下で貿易や、視察団による文化交流などを行っています。」

その話を聞いてエレクは嬉しそうにうなづいた。
「知ってます。私達にとっても嬉しいニュースでしたから。
ジェーンと一緒になるために捨てた故郷でしたが、
色々思い出もありますから、帰郷出来るなら喜ばしい限りです。
今回の交流はそれへの第一歩になると考えています。」
「で、私としても視察団相手の取り繕った持て成しでなく、
あの国の素の姿を色々見てみたいと思いまして。
御忍びでこのように一人旅に出た次第です・・・内緒ですよ?」

おどけた様子で口に指を当てる男に対し、エレクも心得たと頷いた。
「そうだったのですか。それならゆっくりとしていってください。
素晴らしい国ですよ。補償いたします。」
「楽しみです。」

男の反応に気を良くしたのか、エレクは少し砕けた様子で話し始めた。
「話せる方のようですので聞きますが、
貴方は何が好きですか? 普通は胸やももが一般的ですが、
私なんかはどうにもキモ・・・内臓類が好きなんですよね。
あ・・・・・・教団の方に少々下世話な話でしたかね。」
「・・・いえ、まあそういうのを禁じる禁欲的な連中もいますが、
うちは其処まで徹底はしてませんでしたから、
全然大丈夫ですよ。そうですね・・・私はタン、舌が好みですか。」
「舌・・・成程、確かに人気ですよね舌も、一大勢力だ。」
「まあ内臓類も好きですよ。クセはありますけど、
やりようによっては普通の肉には無い良さがありますよね。
そうですね、チョウ何かも中々良いです。」
「腸・・・おお・・・おおお・・・まさか此処まで理解があるとは。
いやあ、時代は変わりましたね。
私がエルにいたころはこんな事を教団関係者が口にしたら、
明日から村八分、白い目で末代まで見られるのは確定でしたから・・・
だというのに教団内でも地位のある方がこのような・・・
時代が・・・時代がついに・・・追いついたのだぁ!!」

感極まったらしく雄叫ぶエレクに男は少々引いていた。
「いや失礼、嬉しくて興奮してしまいました。
私も大好きですよ腸。感触が何とも言えません。」
「ええそうですよね。噛んだ時の食感が何とも言えず・・・」

「ニュルニュルして・・・」 「コリコリして・・・」

「・・・・・・えっ?!」 「・・・・・・えっ?!」

異口同音に発せられる言葉、
そして男達の静止した脳内でスパークが起こり、
互いの認識の差を一瞬で埋めた。

「どした・・・えれく? だんまり・・・だんまり・・・
いつも・・・みたく・・・ちょう・・・する?」

ずるりん と服の下からピンクの健康的な腸を引っ張り出すと
ぷらぷらさせて色っぽく(?) ウインクして誘うジェーン。

「・・・少し・・・静かにしててくれる、ジェーン。」
「うぃ・・・」

鏡写しの彫像のように考える人となった両者は、
互いに掛け合う言葉が見つからず、
ただ岩のように、貝のように、黙ることしか出来なかった。

車内にはカッポカッポと蹄の音とガラガラと車輪の音が単調に響き続けていた。

だがそんな耐え難い沈黙は外の喧騒によって突然破られた。
異常事態にも関わらず、中のふたりは少しほっとしたようであった。

「な・・・なにごとだあ。」
「う・・・うわあ・・・たいへんだあ。」
「へん・・・えれく・・・へん・・・」

白々しい空気が払しょくしきれない車内から、
彼らは周囲に目を配った。

「御客人、頭を下げてくれ。囲まれてる!」
ケンタウロスのスースが耳を立てながら周囲を警戒していた。
馬車の周囲を見渡すと、散発的に火のついた物が周囲の森から投擲されていた。
その投擲物はモクモクと煙を吐き出し続けて周囲の視界を奪っていた。

その上で、周囲から次々に馬車に向かって矢が飛んでくる。
帆と車体で周囲から隔絶されているものの、
その馬車は戦闘用のものではなく、元々ただの運搬用だ。
その車体が矢に貫通されるのは自明であった。

「くそっ、なれてやがる。統制も取れてるしただの賊にしちゃ随分。」
「ぐあっ!!」

馬車に随伴していた騎士も、矢を払いつつ馬車に防御結界を施していたところ。
煙に紛れて接近してきた影に、鎧の上から一撃くらい昏倒させられた。

「おのれっ。」
ギリリッと引かれた金属の大弓から、矢が煙を突き破らん勢いで影に向かって放たれた。
その矢は倒れた騎士たちにされるであろう追い打ちでの止めを留めた。
影は矢を弾くと周囲の木々や煙に姿を再びくらました。

降って沸いたかのように死角となる右後方から延びる剣、
だが、スースは見えているかのように、
蹄鉄を嵌めた後ろ足でその剣を蹴り飛ばした。

馬具を外して身軽になったスースは、
煙の中から迫る影に対し、耳を左右バラバラに動かして位置を特定していたのだ。

馬力という単位で評されるその強靭な脚力によって、
影は宙に蹴り上げられるも、くるりと身を翻すと難なく着地する。

「ひひっ、成程・・・少ない数の護衛だと思ったが中々やるなねえちゃん。」
脚を止めた影は、近づき煙の中からその姿を現した。
隻眼の口髭を生やしたいかにもゴロツキな人相の男だ。
だが、以外にも身に着けている装備や衣類はそれなりに綺麗で上等な印象だ。
ちらほらと晴れつつある煙から覗く、部下であろう者達にもそれは言えた。

「ただの野盗ではないな、だが何であれ好きにはさせん。」
「遅い・・・おそいおそいおそいおそいおそいっ! 遅すぎるぜねえちゃん。」

男はクイッと顎で馬車を指し示す。
ケンタウロスはそちらを向くと、尾と耳をがっくりと垂らす。
「くぅ。」
「詰みってやつだ。」

馬車にはすでに彼の部下が群がり、
多数の矢や銃の口をその中にいるであろう乗客に向けていた。

降りてくる三人。

「大将、まぶいスケがいるぜ、売っぱらう前に楽しんでいいか?」
「喧嘩すんなよ順番だ・・・とやめておけ、そりゃ魔物だぜ。」
「・・・ちっ、まあそれならそれで売る先が変わるだけだけどな。」

「じぇ・・・ジェーンを放せ!!」
拘束され、後ろ手に縛られて尚エレクが抗議する。

「おお、愛しの妻がピンチだ。命に代えても助けねば・・・ってか?
か〜〜っこいい↑〜〜〜。はん、虫唾が走るぜ。」

「えれく・・・えれく・・・えれく・・・」
ジェーンもじたばたして銃口を突き付けられたエレクの元に何とか向かおうとするが、
それは野盗の部下達に取り押さえられ叶わない。

もう一人の浅黒い男もエレクと同様に取り押さえられていたが、
大将と呼ばれた男はそちらを見て眉を潜めた。

「ん? そいつあ・・・タリスマン(限定護符)か御同業様じゃねえかよ。」
男の身に着けている腕輪を見てそのようなことを口走った。

「やはり、貴殿らドルジエフの正規兵だな。
その腕、そこそこに名のある勇者だろう。」
「ほう? どうして判る。」
「火薬の匂いだ。この辺りで煙幕にこの配合の火薬を使っている者達は限られる。
さらに潤沢にそんな物を使えること、整った装備、
練度の高さに勇者級の統率者、ただのならず者なわけがない。」
「ひひっ、御明察だ御同業、そんなに他国の軍事事情に詳しく、
タリスマン何てもん付けてるあんたもどこぞの国の勇者だろう。」

タリスマンとは、単体で戦術兵器や戦略兵器になりえる勇者という存在に掛ける枷だ。
ただの軍事兵器として運用している国なら問題ないが、
一部の国では勇者が政治的に重要な地位に付いている場合もあり、
他国との会談などに外せない場合も多い。
その際に力を大幅に制限するこのタリスマンによって、
生じる緊張を緩和する目的で主に使用されている。
勿論、勇者を拘束しておく際にも使われることが多い。

「そうだな、じゃあ今度はこっちがそっちの素性を当ててやろう。
その服はエル地方のもんだな・・・するってえと・・・ん?」
男の身なりをじっくりみながら考えてた相手が何かに気づく。

「その銀縁のロザリオは・・・てめえ聖堂騎士団か。
っけえ、御高い野郎だな俺の嫌いなタイプだ。とはいえ俺は運が良い。
あそこに所属してるっつうならよう、
まともにやったら手強かったかもしれ」「フンっ!」

男が一瞬の隙をつき、強引に取り押さえられていた腕を振り払い拘束具を引きちぎる。
そしてタリスマンを外して相手との間合いを詰めようとする。
しかし・・・

「はいそこまでだ、にいちゃん。」
敵はその動きも読んでいたらしく、一瞬早くその剣をジェーンの頭に当てていた。

「何の魔物か知らんが大した力もねえ、脳漿撒き散らせばくたばるだろ?」
「外道・・・それでも勇者か?」
「神学校でお勉強した聖堂仕えらしい意見だな。
だが俺の方こそ聞きてえ、魔物は敵だろ?
殺すべき相手、倒すべき仇敵だ。なあにムキになってんだってなあ。
それがこの前の戦の後から急に仲良しこよしになれってよう。
んで俺たちゃもう用済み、極潰しの大飯ぐらいみてえな爪はじき扱いだ。
今まで誰が国の存続と存亡を掛けて最前線に立ってやったと思ってやがる。
ええおいっ、応えてくれよお利口さん。」

畳みかけるようにぶつけられる苛立ちと怨嗟混じりの声、
それに対し聖堂騎士の男も、思う所があるようで少し考えていた。

魔王が男児を出産し、教団側がその阻止に失敗した大戦。
それを経て、教団側は多くの国に見限られ始めていた。
中立から親魔へ鞍替えしたり、魔物側と秘密裏に国交を結ぶ国が増えていた。

そしてそうした国の全般的な傾向として、
軍事費の縮小と勇者の待遇の大幅な低下が見受けられた。
理由は簡単、戦うべき相手の急先鋒であった魔物と和解したこと、
そしてまだある人同士の小競り合いや、離反して教団と事を構える際にも、
勇者という絶対者を厚遇して抱えずとも、
魔物側から同程度の戦力を安価で貸してもらえる。
そのような環境になってきたことによる。

待遇面で国と折り合いがつかず、
抱える部隊ごとフリーになって他国に売り込もうとする勇者もいたが、
何処も状況は似たり寄ったりであり、
そうでないところも取れる椅子の数は全然足りていなかった。

その結果彼らのようにならず者に身を窶す者達が増え、
世界的に治安は悪化する傾向にあった。
以前であれば教団が仕切って討伐していたそのような事例も、
皮肉にも教団という抑えが無くなったことにより、
対処が遅れているのが現状であった。
魔物側に下った者達(元勇者)と区別するため、
こういった野良勇者を世間では勇者くずれと呼んでいる。

「貴殿・・・名は?」
「アロガントだ。アロガント=ブリガンテ。」
「ドルジエフのアロガント・・・閃刃(ブリッツブレイド)のアロガントか。
貴方ほどの武勇を持ってても勇者くずれになる時代か・・・」
「ま、俺たちゃそこらへんもうちょいうまくやってるがな。」
「そういえばその潤沢な装備、まだ国と?」
「おう、絶賛契約中よ、庇護を完全に失えばこっちも苦しいからな。」
「なのに何故こんな・・・まさか?!」
「お? 察した顔だな、そうよ、食い扶持は自分で稼げってこった。」
「待遇は落とす、代わりにこうした無法を見逃すと・・・そういうことか。」
「そうだ。国としても俺たちみたいな内情に精通しすぎた者達に
臍を曲げられ暴れられたり国を売られるのは不味い。
だから装備は支給するし、軍事訓練の名目でやる遠足、
その出先の事は知らぬ存ぜぬをしてくれるっつう話だよ。
もっとも、城の連中も街の連中も俺たちを屑みたいな目で見やがるがな。
冗談じゃねえぜったくよお。」

「貴様らの言い分、多少判らんでもない。
私もこの力の振るい処を失い、どう生きるべきか迷っていたのは事実。」
「だろう御利口ちゃん。」
「だがな・・・」
「あん?」
「自らの享楽のために相手が魔物であれ金品に果ては命まで奪うその非道、
見逃す道理には微塵もならん、人でなしどもが。」
「で・・・吠えるのは勝手だが、人質がいる状況でどうすんだ?
見捨てて俺達に刃を向けるか、それもいいぜそれが当たり前だ。
誰だって他人より自分の身が可愛いもんだしな。」

だが、聖堂騎士は一言も発さずただ黙って相手を見据えるだけだ。
その視線は無言の抗議となりアロガントに突き刺さる。
「ちっ、だんまりかよ。とことん水の合わん奴・・・もういい死ね。」

アロガントが部下に顎で指示を出す。
部下は頷くと取り出したごつい銃に一回り大きく装飾が施された弾を込め、
動けぬ聖堂騎士のこめかみに銃口を当てた。
「避けたら殺す、魔法を唱えても殺す、何かしたら殺す。アンダスタン?
ひひっ、そいつあ対竜族用の特注の銃と弾だ、奴らの堅牢な鱗も砕いて刺さる代物。
防御無しのゼロ距離で頭撃たれたら俺だってお陀仏よ。」
「避けてみな。」

部下の言葉とともに、明緑魔界の空に見た目とは裏腹に呆気ないほど軽い音が弾けた。

「ああっ。」
「くそぅ。」
エレクとスースの悲痛な声が響く。
撃たれた彼は、きりもみしながら撃たれた面を下に倒れ込みピクリともしない。

「ふん・・・呆気ねえな。名前も知らねえが。死んじまったわけだしどうでもいいな。
まあ勇者ならそれなりのもん持ってるだろう。てめえら・・・引っぺがしてやんな。」
「へい、大将。」
「ん、何だこの・・・何っ?!」

アロガントの顔が曇る。彼は馬車の逆側。
不死者の国からまっすぐ近づいてくる魔力に気づく。
熱くなりすぎて何時もより接近を許してしまっていた。

だが問題は直後に気づいた多数飛来する別の何かの方であった。
空に黒い点のようなものが複数滲み出ると、
それは次第に大きく輪郭もはっきりとして認識できた。

「「「「んなっ!!」」」」

その場の誰もが驚きを浮かべる。(ジェーンを除く。)
それは大木や岩であった、雨というほどではないが、
まるで巨人の群が遠投でもしているかのように、
次々とそちら側からへし折れた巨木や砕けた岩のつぶてがその周囲に降り注いだ。

流石の兵達も人質を抑えているどころではなく、
自分の身を守るので精一杯となる。
それはスースも同様であった。

「ジェーン!」
エレクが縛られた腕のまま真っ先にジェーンの上に覆いかぶさる。
「えれく〜〜。」
ジェーンは事態が呑み込めないながらも、エレクとくっつけて嬉しそうだ。

「何だってんだ。」
アロガントは納刀して腰だめに構える。
自身に降りかかる十数mはあるであろう巨石に対し、そして右腕と剣が消える。
直後に降り注ぐ大岩はその後ろに舞っていた複数の大木ごと、斬られて彼に道を開けた。

降り注ぐ謎の災厄に対し、右往左往して逃げ惑うドルジエフ兵。
だが縛られ動けないエレクの上に、スイカほどもある岩が降ってきていた。
飛んできた飛距離を考えれば、その勢いは彼とジェーンを殺すのに十分なものであった。

「しまった?!」
それに気づいたケンタウロスの女性は、
避けつつ弓を番え迎撃しようとするがとても間に合わなかった。

ドドンッ 埃を立てて落下したそれは直撃コースど真ん中。
エレクの頭蓋を砕く寸前で、壁に当たったかのようにコースを曲げていた。

だが周囲には沢山の物理的豪雨が降り注ぎ、
その異常に気づいたものは精々10人、
そしてその意味に気づけた者は更に少ない。

「な?! ・・・不味いっ、てめえらそいつを。」
その現象の意味をその場で二番目に把握したアロガントが声を上げる。
コンマ数秒の逡巡だが全ては遅かった。結果論だが、彼は岩が降ろうが矢が降ろうが、
彼から目を離すべきではなかったのだ。その男から・・・

アロガントの目の前で、寝たままの姿勢からばね仕掛けのように飛び上がった影。
つむじ風が地を這うように低く駆け回る。
彼の部下達は降ってくる木や岩を避けるため上を皆向いていた。
そんな彼らの視界の外から迫る影が、瞬く間に兵達を気絶させ無力化していく。

「上じゃねえッ! 下だ下!! 何やってやがるてめえらっ。」
悲鳴じみた声を上げるアロガント、だが部下は皆彼の存在など無いかのように皆振る舞っていた。

(くそっ、どういう・・・ぬぅ、これは?!)
その異常事態に対しアロガントはすぐに解を見つける。
彼にも兵たちに降りかかる異常が同時に発生していたからである。
目の前の光景ととある感覚に大きな違和感を覚える。
ボタンを掛け違えたような食い違いを・・・

「音が!」
目で見える景色と、耳の捉える音に感じるズレ。
それは自分の周囲以外に落下した物の立てる音が聞こえないというもの・・・
よく観察すれば兵達の声も聞こえない。
皆口パクで何か喋っているようだが、自分の方には一切音が聞こえてこない。
逆に言えば、彼の指示も皆に届いていないということ・・・

唐突な災厄に対し浮足立つ兵達は場の状況が把握できていない、
しかしそれが出来ているのはアロガントと少し遠目で見ているスース。
そしてその仕掛け人である影だけだ。
情報の共有を遮断され、ドルジエフ兵は瞬く間に各個撃破されていく。

「賢しらな真似をっ!」
彼は鞘に剣を納め、再び腰だめに剣を構えた。
反りのある刀でないにも関わらず、
普通に振るより圧倒的に速い目にも留まらぬ抜刀術を扱うが故、
閃刃という二つ名をアロガントは持っている。

その秘密は彼の持つ魔剣アマンテにある。
鞘と剣、それぞれを強力な磁石のように、
引き合わせたり反発させたりを自在に出来るのだ。
鞘を撃ちだしたり高速の抜刀を行うなど、
シンプルながら応用のきく上に、コストの良いこの武器を彼は愛用している。

更に彼はその高速の抜刀による斬撃、
それを己が魔力で剣を覆うことで飛ばすことが出来た。
射程は最長で100m前後、精々2〜30m程の周囲をうろつく痴れ者を逃す道理は無い。

彼は構えたまま冷静に敵の動きを見る。
テレビのスイッチを切るように意識を刈られ続ける部下達、
その被害を生んでいる黒ヤモリの軌道を読み、
次に狙われるのが誰か確定した後、先を読んで体を捻る。

「シャァアッ!」
裂帛の気合いと共に剣が大地に溝を刻む。
その溝は這い回る影と正確に交差していた。
直後に空が硬質な物同士がぶつかり合う音を周囲に撒き散らす。
もっともアロガントにはその音も聞こえてこなかったが・・・

「手応えあり・・・だぜ。」
敵の脚を止めさせたアロガントは、口の端を吊り上げ相手を見下ろした。
だが、その開いていた眉間にはすぐに深いしわが寄せられる。

「て・・・てめえっ。」
蹲っていた浅黒い男は片腕を地面につけ、
もう片方の右腕を体の前に持ち上げていた。
傷一つ無く防いだのだ。盾も篭手も無いその腕一本で勇者の一刀を・・・
よく見ると、撃たれたはずのこめかみにも傷一つついていない。

「な・・・何だ・・・てめぇ・・・どういう。」
アロガントの顔に狼狽が浮かぶ。
先程の銃弾にしろ今の斬撃にしろ、
防御魔法や結界魔法の類を使う暇は無かったはずだ。
よしんばその時間があったとして使えば自分が気づかぬはずがない。
ということは結論は一つしかない。
この浅黒い男は己が肉体の強度のみで、
この二つの攻撃を無傷で凌いだということになる。
考えられないことであった。如何に勇者の肉体が人間離れしているとはいえ、
ものには限度というものがある。

「聖堂騎士団・・・・・・そういうことか、てめえあの聖騎士様かよお。」
滲み出る汗と呟き、それに対し相手もしっかりと応える。

「申し遅れた非礼を詫びようアロガント殿。
我が名はマウロ聖堂騎士団団長、聖騎士エスクード=フーザ。」

もう必要ないとエスクードが判断し、分断用の音の遮断結界は解除されていた。
先ほどの攻撃で兵達に彼の生存が露見してしまっていたからだ。
だが、王魔界遠征にも駆り出された一級の勇者相手に、
10秒に満たぬとはいえ彼らの余所見は余りに長すぎた。
事実上彼らの部隊は半壊、戦場であれば撤退するに十分な損害を出していた。

「絶対障壁(ガーディアン)、防御のスペシャリスト。
聖騎士拝命後に傷をつけた存在は数える程しかいない・・・か。
随分ふかした話だと思っていたが、事実とはな。」

そんなアロガントの耳に爆発音にも似た音が後方から響いた。
「っちいぃ次から次へとお!」

場を混乱させた落下物群、その発生源たる何かがついに森を切り開き姿を現した。
巨大な何かを想像していたアロガントだったが、
木々をへし折り岩を砕いて現れたそれは拍子抜けするほど小さかった。
精々数mほどの長さの体をうねらせてそれは二人の方に近づいてくる。

「ウォオオオオオオオォオオオォオオッ。」
雄叫びを上げて突っ込んでくるそれは蛇のようであった。

「ゲェッ。」
「成程、ワームか。」
パッと見はラミア系を思わせる形状だが、
頭部の角、腕と体を覆う大きく硬質な鱗、
そして何より質量を無視した馬鹿げた膂力。
海のクラーケン、地上のワーム、怪力の魔物の代名詞として謳われる者の一角。

それが今、彼らの方へと何ものも止められぬ勢いで迫っていた。

「引けっ! てめえら退却だあ。」
アロガントの号令で、呆気にとられていた残りの部下達も動き出す。
再び煙幕弾を撒き散らすと、部下達は仲間を抱え森の中へと消えていく。
残った十数名の部下達はそのままだが、その前にはアロガントが立っている。

「じゃあな、聖騎士様。この借りは何時か返してやんぜ。」
彼は振り向くと槍投げの要領で魔剣アマンテを遥か彼方へと投げつける。
それは見る見る飛んでいきあっという間に観えなくなってしまう。

そして彼は腰のアマンテの鞘も持つと、
それも同様の方角に思いっきり投げつけた。
一瞬の時間差で、気絶し残った部下達は引きずられるように滑走すると、
みなグッと急加速して空の彼方へとすっ飛んで行った。

最初に投げた剣を目標地点に突き立て、
それを起点にして鞘と部下の鎧を強靭なアラクネの糸で結び、
魔剣の特性を利用して部下達を脱出ポイントまで引っ張る。
煙で視界不良になった少しの間にアロガントはその仕事を成し遂げていた。
「その爬虫類と宜しくやってなよ。魔物はお友達なんだろ?」

皮肉を言うと、アロガントもあっという間にその姿を森の中に消した。
そして残ったエスクードに、我を忘れたかのように暴走するワームが迫る。
その勢いは加減というものがまるで感じられない。

「やれやれ、凶暴な種だとは聞いていたが・・・少々おいたが過ぎる。」
「逃げろ御客人、優秀な戦士のようだが興奮したワームと正面切ってぶつかり合う何て無謀だ。」
スースは護衛対象であるエレクとジェーンを背に乗せ、
仲間の騎士たちもそれぞれの馬に任せると逃げる姿勢を見せていた。

「構いません、当初の予定通り貴方はその御二人を連れて先を急いでください。」
「貴方はどうする?」
「後で自分の脚で向かいますよ。距離はありますが勇者ですしそれで問題はありません。」
「そうじゃない。アレをどう捌くかという話をっ・・・・」

時間切れであった。大木をへし折り大岩を砕き散らす暴力の塊。
それが今、エスクードの目の前で鎌首を擡げて無情にもその体を振り下ろした。

「メッシャァアアアア!!」

ゴッッ


周囲一帯が巨大なシンバルにでもなったかのように打ち鳴らされ、
空気が、空間が、体内の水分が揺らされ震盪して五臓を揺らす。

「な?!」
乗り物に酔ったような気持ち悪さを感じながら、
激突の寸前に逃げていたスースは信じられないものを目にする。
ぶつかり合った二人を中心に地面が砕け陥没し、大きくクレーターが形成されていた。
追いかけてくる亀裂と陥没から、彼女達はギリギリで逃げることに成功する。
そして彼女の目の前に落下してきた何か・・・

「嘘・・・でしょ?」
それはワームであった。

「きゅ〜〜〜〜〜〜。」
頭をぶつけて目をまわしたのか軽く気絶している。
あれだけの衝撃の反作用で怪我をしていないあたり流石である。
だがもっと驚くべきは・・・

「いちち・・・流石に痛い。」
クレーターの中心部から、一足飛びでエスクードが出てきた。

余所見して駆け回る子供が大人にぶつかって跳ねかえって転ぶ、
例えるなら今起きたことはそれだ。
だが、子どもの役がワームでそれを出来る人間など勇者込でも何人いるだろうか。

「さて、殺気はなかったようだが、何であんなことをした。
最悪何人もの死者が出ていたところだ。」
エスクードはコンコンとワームの角を叩くと彼女を起こした。

「んきゅ? ・・・だあれ? おじさん。ここ・・・どこ?」
「お・・・おじ?! ・・・まったく、
打ち所が悪かったかショックが強すぎたか。
半分は自業自得ではありますが、
こっちもやりすぎたかもしれません。大丈夫ですか? お嬢ちゃん。」

ぶつかって倒れた女性に手を差し伸べて起こす。
エスクードが取った行動はそれで、
騎士道精神を持った彼ならばそれは至極当たり前の行動といえた。

だが、相手のワームはそんな彼の手と顔を順々に見る。
首をフリフリしている彼女のおかしな行動、
そうしているうちに ンゴゴゴゴゴゴッゴと大きな音が響く。
人間のそれと比べるとだいぶ豪快だが、
発生源の御腹と其処を真っ赤な顔で抑えるワームの行動から、
それが腹の虫であることがエスクードにも理解できた。

「御腹が・・・空いていたのですか?」
「男が集まっていたからな、空腹のあまり我を忘れてしまったのかも。」
スースが同じ魔物としてフォローを入れてくる。

だがワームは答えない。
しばし口をへの字に曲げて上目づかいにエスクードとスースを睨むと大声で叫んだ。
「うっさいだば! ば〜かば〜かっ!! おっさんのはげ〜〜!」

捨て台詞を残すと、彼女はまた地響きを立てながら、
エスクード達が来た道の方へと走って行ってしまった。

「おっ・・・おっさん! は・・・剥げてもないよ。」
「こどもか・・・あなたもショック受けてないで追うなりしたらどうか?」

捨て台詞が微妙にエスクードの心をえぐり、
ワームの逃げる隙を生んでいた。

「そ・・・そうですね。このまま放っておけば別の被害者が出かねない。
私は彼女を追うことにしましょう。貴方は?」
「上への報告をしておきたい。正直私にはあの子は手に余る。
任せてしまっても? エスクード殿。」
「構いません。この先から来たということは・・・
あの姉妹の国の民ということなのか?
まったく・・・彼女達にはよくよく手間を掛けさせられる。」

エスクードは大戦の時にやりあって以来、
何かと腐れ縁で会うことも多い姉妹の顔を思い出す。

「ええ、そうです。勇者くずれの襲撃を受けまして・・・更に暴走ワームまで・・・
被害ですか? いえ、奇跡的にゼロで済みました。
それというのも乗客に強力な勇者が乗っていまして、
その方の尽力で・・・名前? エスクード=フーザ殿です。
え? ・・・判りました。丁度そこにいますので・・・」

ケンタウロスの女性は懐から出した魔法石で誰かと通信していたようだったが、
ストレッチして走り出そうとするエスクードの肩を叩くと、
出ろとばかりに彼の眼前に通信用魔法石を差し出した。

「もしもし、エスクードですが。」
「お久しぶりで御座いますわね聖騎士様。」
「その声・・・イール様ですか。」
「ピンポーン、当たりです。
それにしてもあんなに激しく交わった仲じゃありませんか。
イール様だなんて他人行儀ですわ。」
「その言葉そっくりお返ししますよ。それに誤解を招く表現は止めて頂きたい。
立場にしても貴方は一国の女王、私は偉いといっても聖堂騎士団のトップ。
礼儀を失する挨拶は出来ませんよ。」
「相変わらず御堅いこと・・・
でも、そんな貴方なればこそ依頼したいことが御座います。」
「急ぎでしょうか? 火急の用件でなければ後にして頂きたい。
少々厄介なじゃじゃ馬が暴れておりまして、
放置すればいらぬ怪我人や死者も出かねないのです。」
「正に・・・以来もその娘の件に関してなのです。
我々の不手際で脱走したあの娘を追って捉える仕事、
それを貴方様に依頼するつもりでした。
貴方様がどのような御用向きで其処におられるのかは存じませんが、
これは天啓、運命というもの・・・どうかご協力頂きたいのです。」
「・・・捉えるならドレインが使える貴方方の方が適任だと思いますが。
何故貿易や文化交流があるだけの我が国に依頼するのか・・・
解せぬところはありますが・・・いいでしょう。
その依頼、引き受けましょう。善は急げ、早速ひとっ走り追跡に移るとします。」

話は済んだ。エスクードはそう判断し、走り出そうと腰を沈めた。
「駄目よ。」
「ぐっ。」

だが、魔法石越しに聞こえたイールとは別の声が、
エスクードの鼓膜越しに体に直接待ったを掛けた。
脚から地面に放たれるはずの力は体を巡って頭を抜け、
彼の脳にジーンとした衝撃を残す羽目になった。

「何方です? 今のは・・・ファラオ?」
ワイトに勝るとも劣らぬ上級アンデッドの長であるファラオ、
彼女達は生まれ持った王の力の顕現として強力な言霊を使う。
その力は言葉のみで勇者すら傅かせ命令に従わせる程である。
通信機越しの自分に一言で作用する程の力の持ち主。
エスクードが声の主をファラオと思ったのは至極当然の判断である。

「ブブ〜〜、残念でした。は・ず・れ♥
まあとある縁で知り合ったファラオに習ったのは事実だけど。」
「・・・・・・では・・・何処のどちら様で?」
イラッとしながらエスクードは聞く。
通信機越しに操られプライドが少し傷ついたのだ。

「んん〜保険ってところかしらね。
貴方がしくじった時のための保険。
それがあたし、でもあたしは貴方のことを知らない。
信用もしていない、だからまず死都に来なさい。
テストしてあげる・・・聖騎士様♥」
「で・・・先ほどの質問には答えて頂けるので?」
「別に、デルエラっていうただのしがないリリムよ。
貴方がちゃんとしてればお役御免だし。
あたしが何者か何て意味のないことだわ。」

エスクードは押し黙る。その名前を知らない勇者は恐らく存在しないだろう。
彼は直接彼女と会ったことはないが、
武勇は遠征軍の時に知り合った者達から色々聞き及んでいる。

「やれやれ・・・せっかくの休暇が。」

彼は天を仰ぎながら溜息をつくと、
厄介なことになった。と、そう心の中で呟いた。

アンデッド姉妹でも手に余るというのに、
あろうことか魔王の第4王女などという大物に御呼ばれとは・・・

「何とも気の進まない謁見ですね。」
「ナイト様でしょう? まあ覚悟を決めなさいな。」
「他人事だと思って。」
「まああちらは任せてちょうだい。しっかり追跡して居場所を伝えますから。」
「エレクさんとジェーンさんは?」
「此処に置いていく、二時間程待てば別の馬車が通るはずだから。
連絡しておいてそれに回収してもらう。」
「了解しました。」

エスクードとスースは互いの進行方向を入れ替えると、
それぞれの人間離れした脚力で飛ぶように走り出した。
14/05/29 16:15更新 / 430
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■作者メッセージ
上級アンデッドと魔王の娘という恐ろしき女子会()
に御呼ばれされた聖騎士エスクード。
彼は其処で男の硬さ(物理)を試される過酷なテストを受ける。

次回、堅い男はモテモテなのか? にご期待下さい。






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