連載小説
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その2 堅い男はモテモテなのか?
パパ パパ

どうした?

あたしね、おっきくなったらパパのおよめさんになる。
それでね、おひめさまだっこしてもらって、
おはなばたけではなかんむりをつくってあげるの。

そいつは素敵だ。だが、もう少ししたらパパはママと遠くに行かなきゃいけない。
だからその気持ちは何時か出会う王子様のために取って置きなさい。

どこにいっちゃうの? いや、いかないでパパ、ママ。

わがままを言わないの、ママもそうやってパパを見つけた・・・
大丈夫、すぐに貴方をお姫様抱っこしてくれる王子様が現れるわ。



少女は走る。走りながら昔の両親との会話を思い出していた。

(うそつき・・・)

彼女は今まで幾人かの男に出会い、
そして本能に従い押し倒してきた。
普通なら其処で話はお終い、めでたしめでたし・・・
だが、彼女の場合そうはならなかった。

(どうしてうまくできないんだろう。
どうしてみんなをきずつけちゃうんだろう。)

彼女は涙で滲む視界の中、目の前の木々を避けながら這って進む。

(おねえちゃん。おこってるかな・・・)

彼女を助けたい、そう言って近づいてきた青白い綺麗な女性の事を思い出す。

(むずかしいびょうきだっていってた。
なおすにはうまれかわるしかないって・・・
うまれかわるっていたいのかな・・・くるしいのかな・・・)

突然怖くなって彼女は逃げ出してしまった。

(ばしゃのおじちゃんとおねえちゃんもおこってるよね。)

檻から逃げる際、彼女を運んでくれていた人達の商売道具である馬車を壊してしまい、
怒られるのが怖くて彼女は一目散にその場を離れてしまう。

そうやって道のりを引き返していたら、御腹が減ってしまったのだ。
彼女は森になる実や草、キノコの類を片っ端から食べていった。
傘の部分が人の顔みたいな模様のキノコだけは、
睨み付けられてるようで怖くて手が出なかったが、
それ以外の様々な自然の恵みで、彼女は腹と魔力を満たそうとしていた。

(おいしい! このきのことってもおいしい・・・あれ・・・なんだが・・・ねむい・・・)

だが・・・それらにマタンゴもどきというキノコが混じっていたのが問題だった。
その作用は魔物を催眠状態にし、とある思考で頭を満たしてしまうというものだ。

(きのこのこのこ きのこのこのこ おいしいきのこは・・・)

クンカクンカと鼻を膨らます彼女の鼻に・・・
進行方向の先より芳しい香りが漂ってくる。
それは手つかずのキノコの匂い、清純な証、愛しのDTスメル。

(あっち・・・おいしいきのこ・・・げんきのこ・・・むにゃ。)

彼女は半ば朦朧としたまま、進行方向へと猛然と突進を始めた。
一切の加減も遠慮もなく、大木をへし折り大岩を砕き、
それらを周囲に吹き飛ばしながら一直線に進み続ける。

森を抜けると辺りには一層漂うキノコのかほり、
そして見回すと新鮮手つかずなキノコが何本か確認できた。
その中で一番近いものに彼女は突進する。

「うお〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

目標の近くをうろついてた片方が引いていく。

(あのキノコくさい・・・だめ・・・こっち。)

「メッシャァアアアア!!」(訳キノコーーー。)

理性を失い、ワームという力の権化がリビドーのままに相手を押し倒そうとした。
だが、逃げるどころか彼女に対し一歩相手が踏み込んだことにより、
二人は思いっきり頭をゴッツンコさせることとなった。

(ギャン!!)

瞼の裏に星が飛び、そのショックで彼女は気絶しマタンゴもどきの催眠状態からは解放された。
そんな彼女の角をコンコン叩いて起こすものがいた。
起きた彼女の目には一人の浅黒い男の顔が映る。

「んきゅ? ・・・だあれ? おじさん。ここ・・・どこ?」
「お・・・おじ?! ・・・まったく、
打ち所が悪かったかショックが強すぎたか。
半分は自業自得ではありますが、
こっちもやりすぎたかもしれません。大丈夫ですか? お嬢ちゃん。」

そう言ってその男は彼女に手を差し伸べてきた。

周囲を見ると地面が砕けて大きく陥没している。
何となくだが、彼女はまた自分がやらかしてしまったのだと気付く。
なのに目の前の人は怒るどころか・・・
こんな自分を女の子として案じるてくれている。

(おじょうちゃん・・・おじょうちゃん・・・)
彼女は何だかとってもおかしかった、
体が熱いような寒いような不思議な感覚だ。
だが、心臓は早鐘のようにドキドキ鳴り始めてる。

(このかんじ・・・う〜〜、だめ! だめだよう。)
マタンゴもどきの後遺症なのか、彼の体臭がとても良い香りに感じられる。
食事の途中だったこともあり、腹5分目程だった体がもっとよこせと抗議の声を上げた。

(は! うう・・・きこえちゃったかなあ。)
彼女がそっと見上げると浅黒い男の人も、
お馬のおねーさんも彼女の御腹をしっかり見ていた。


「御腹が・・・空いていたのですか?」
「男が集まっていたからな、空腹のあまり我を忘れてしまったのかも。」

(うう・・・はずかしいよう。それにこのうまのおねーさんきらい。
なんかなかよさそうだし・・・か、かばってりーどしたつもり?)
などと理不尽かつ勝手な思い込みが彼女の脳内でさく裂する。

「うっさいだば! ば〜かば〜かっ!! おっさんのはげ〜〜!」
彼女は居た堪れなくなって悪態をつくとその場を飛び出して逃げた。
顔から火が出そうだった。それを見られるのも恥ずかしかった。

(わわわ・・・わるぐちいっちゃった。き・・・きらわれちゃったかなあ。)
意気消沈しながら走る彼女、何処に行くのかも決めぬままただ真っすぐに走る。
だが、暫くすると後ろから誰かが追いかけてきていた。
彼女はハッとするとちょっと顔を緩めながら振り向いた。

「何処へ行く? 止まれ! イール様やデルエラ様がお待ちだぞ。
何で逃亡したのか知らないが、大人しく戻るなら罰しはしない。」
(・・・・・・うまのおねーさん・・・やっぱりおねーさんきらい。)

一瞬彼が追いかけてきてくれたのか・・・
そう思った彼女の淡い期待は見事に打ち砕かれた。
何だか猛烈にむかっ腹を立てた彼女は振り向くと、
スースに向かってあっかんベーをして更に加速し振り切ろうとする。

「あ! ちょっ?! ったく・・・何でかえらく嫌われたわね。
まあいいわ、このまま位置を見失わなければこっちとしてはそれでいいし。
暫くは一緒にマラソンとしゃれ込みましょうかお嬢さん。」

ワームとケンタウロスの不毛な追いかけっこが続く。


※※※


少し開けた薄暗い公園、道のわきに植えられた魔灯花が、
行燈のような優しい光でしっとりと公園を彩照らす。

そんな公園のベンチの上で一組の男女が互いの瞳を見つめあっていた。

「クエリオ、やっと二人きりになれたね。」
「ハルス・・・あたし、もう貴方しか見えない。」

お互いに瞳を濡らし、世界が終わっても気づかなそうな雰囲気の中、
クエリオと呼ばれたデュラハンの女性はすっと瞳を閉じる。
ハルスと呼ばれた彼氏の男性はそんな彼女の頬に両側からそっと手を添えると、
グッと引き寄せて自身の顔を傾け濃厚なキスをした。

長く短く、甘く切なく、軽く深く、じっくりしっとり繰り返されるキス。
何かが飛んできて周囲で大きな音と振動が鳴らされたようだが、
そんなものは今の二人にとって、隣近所の昨晩のおかずくらいどうでもよかった。

キスを終え、再び見つめ合う二人が次の行為に移ろうとした時、
ハルスがこの世の終わりを見たかのような顔で止まる。

「は・・・ハルス! どうしたの?」
「く・・・クエリオ、その男は、その男は誰だい?!」
「えっ・・・・・・きゃ?!」

ハルスがぐるりと彼女の首をそちらに向けると、
クエリオの首から下が、少し離れたところで男に押し倒されていた。
その男の顔は彼女のスカートの中に突っ込まれ、
所在なげに持ち上げられた手は彼女の胸を掴んでいた。

「ち・・・違うのハルス。あんな男知らないわ。」
「僕を騙してたのかい。口ではあんなこと言って、
体は他の男となんて・・・酷すぎるよ。」
「誤解よ。何かの間違いなのよ。んあっ♥・・・息・・・駄目。」
「あ・・・甘い声何てあげて・・・やっぱり体は正直なんだ。」

「ごめんなさいねぇ、邪魔しちゃって。」

二人の頭上から艶っぽい声が響く。
その声には互いの事しか見えていない二人をして、
振り向かせずにはられない何かがあった。

「あ・・・貴方様は。」
「デルエラ様! 本物?」
「ええ、本物、それはどうでもいいけど喧嘩は駄目よ。」
「すまんな、あれは事故だ。
やましい事は何も無いので犬に噛まれたと思って忘れるがいい」

デルエラの隣には漆黒のマントを蝙蝠の翼に変じさせて飛ぶもう一人の女性。

「もう・・・相変わらずの馬鹿力よねマイラは、
思いのほか力が乗ってたわね、まだ遠征軍との事を根に持ってるのかしら?」
「まああいつとは直接やりあったわけではないが、
あの時は相手が悪くてちっとも力を出せずに負けたからな。
フラストレーションも溜まっていたのだ、試験ついでに晴らさせてもらおう。」

クエリオの体を組み敷いていた男が立ち上がると、
その体を抱えて二人の元へと戻ってきた。
「逢瀬を邪魔してしまい申し訳無い、
彼女の体には傷一つ付けていないから安心して欲しい。」
「あの吹っ飛んで激突する最中にも、彼女の体を魔術防壁でガードする手際は流石だな。
いいぞ、今の所は良い調子だ。それではもうしばらく続けるとしよう。」
「何故・・・御二方に攻撃されねばならないのか、お教え願えませんかね。」
「それはね、合格したら話すわ。」

宙に浮いたデルエラの体が瞬時に消えた。その場の二人にはそう見えた。
エスクードにしても白い線のようなものを目で追うのがやっとのスピードだ。
大砲のような音を響かせ、彼の体がくの字に折れたままブーメランのように飛ばされる。
鞭のようにしなる足先がその鳩尾に刺さったのだ。

更に上空に先回りしていたマイラがその右腕を捲り、筋肉に筋を浮かべて引き締めていく。
手の形は不自然な程窄められ、まるで槍のようだ。
「一点集中ならどうだ?」

その槍は空気の壁を易々と貫き衝撃波も追い越しエスクードの顔に撃ち込まれる。
彼の体は更に加速してピンボールの玉のように死都の上空を飛んでいった。

「じゃね、お幸せに♥」
デルエラは呆気にとられたままの二人にウインクすると、
一気に加速してエスクードとマイラが飛んでいった方へと消えた。

飛行音が遠ざかると、公園は再び夜の静けさに包まれた。
ベンチやら街頭代わりの花壇やら、舗装された道が一部砕かれていたが、
そんなものは彼らにとって近所の猫が産んだ子供の性別位にどうでもいいことだ。
二人は再びガッシと手を取り合い見つめ合う。

「ああ、例え一瞬でも君に疑いの心を持ってしまった僕を許しておくれクエリオ。」
「ああ、ハルス、私こそあんな何処の馬の骨とも知れない輩に体を許してしまう何て、
不可抗力とはいえ不貞な私をまだ愛してくれる?」
「勿論さ、あんな奴の匂いも感触も忘れるくらい、僕が君を愛してあげるよ。」
「愛してハルス、シロップに丸ごとつけられたパンケーキみたいに、
私の全身を貴方の甘い愛で満たして。」


※※※


時間は公園でカップルにエスクードが突っ込んだ少々前に遡る。

「良い香りね。これは・・・ナゲキタケかしら?」
「ええそうですマイラ様、あのキノコを乾燥させて粉末にして入れたお茶ですわ。」
「デルエラ様にはこのお茶は少々きついと思いますので、
こちらの陶酔の果実を使ったフレーバーのをどうぞ。」
「ありがとイルネス、ん〜〜良い香りね。
でも残念、ティータイムは一時中断だわ。どうやら王子様のご到着のようよ。」

デルエラの言葉に皆が長机の向う端、
そのさらに先のテラスと開けられた窓の方に視線をやる。

闇夜の蝙蝠のように、何かが高速で飛来して飛び込んでくる。
それは開け放たれた窓から矢のように躍り込むと、
それと同時に長机中央の上に結界が形成される。
飛び込んだ何かはクルリと一回転すると、
地面と垂直のその結界に両脚で着地する。
そうして静止したエスクードは、騒がしい音を響かせて机上に土足で降り立った。

「ティータイムを邪魔したことと、
入城がこのような不躾な形になったことはお詫び申し上げます。」
「構いません、無理をお願いしたのはこちらの方ですし。
お待ちしておりましたわエスクード様。」
「へぇ・・・貴方が聖騎士様ってわけ。」

デルエラはそのエスクードをその眼で舐める様に観察する。
「成程、まるで呪いの塊の様な体、変なモノを飼ってるのね。」

「・・・・・・並外れた洞察力をお持ちとは聞いていましたが、
まさか見ただけで、これがどういうものか理解する相手がいるとは、
しかし変なモノとはご挨拶ですね。私の相方が臍を曲げてしまいます。」

エスクードは自身の浅黒い肌に指を走らせながらそう言った。

「貴方にお願いがあるのよ。あの遠征軍で唯一負けなかったその実力。
少し私に見せてもらおうかしら。」
「本命のトリニティを除けば、
貴方はあの遠征軍で最強のノフェル殿に完勝したと聞いています。
今更私などと戦ってどうしようと・・・」
「あの後、軍師のルアハルさんとお茶する機会があったのね。
其処で言われたのよ。もし相手を選べるなら私には貴方を当てるでしょうってね。
それで興味がわいたってのもあるわ。まあ本当の理由はもう一つあるけど。」
(あの狸オヤジ、余計なことを。)

エスクードは苦い顔をしてデルエラから一瞬視線を逸らした。
そして視線を戻した瞬間、目の前にその美しい面貌が迫っていた。
吐息までが絡みつく程に近い、彼女のその艶めかしい唇が官能的に形を変える。

「跪け。」
脳からの信号を待たず、耳から送られる四肢への直接の命令。
反射の様に意志をすっ飛ばしてエスクードの体は膝を折りそうになる。

「ぐぅ・・・」
「あら。」
だが耐える。膝は引きつった笑いを繰り返しながらも、
その角度をくの字位のままで維持していた。
それを見て、漆黒の闇の浮かぶルビーの様なデルエラの瞳が細められる。

「本当に御堅いのね、じゃあこれはどうかしら。」
躊躇する間もなく濃厚なフレンチキス。
唾液といっしょにコールタールのような黒い魔力が口内に注ぎ込まれる。
それはぬめる触手のついた球体になり、エスクードの口を塞いだ。
喉奥と頬の裏、歯茎の隅々まで様々な太さの弾力ある触手が這い回る。
それは頭蓋骨を蕩かして脳のしわに直接快楽を塗り込むようであった。

塞がれたせいで歯を食いしばることすら出来ず、
ぬめる水音と快楽で頭を満たされるエスクード。
(これは・・・・・・い・・・いかん・・・)

必死に魂と意志を繋ぐ努力をする彼にデルエラは容赦なく追撃する。
「次は・・・もうちょっと下。」

後ろに回った彼女は、まだ膝折らぬ彼を後ろから抱きすくめた。
重力を感じさせぬ形の良い乳房が、
潰れて歪み、その登頂を衣服というにはあまりに露出の多いその衣装からこぼれさせる。
白い泥のように捏ねられて自在に形を変えるそれが、融ける様に揺れて潰れる。

衣服を挟んでいるというのにその感触はまるで地肌どころか、
乳白色の粘体が直に体内に入り込み、神経を快楽のシロップ漬けにされているかのようだ。
彼女の桜色の乳首が背中を甘く引っ掻く度、
エスクードはその身を達したかのように痙攣させられる。

頭と体、双方に質の違う快楽を別々のリズムで注ぎ込まれ、
彼の魂には常に新鮮な快楽が刻まれ慣れるということを許さない。
すでに彼の視界は真っ白に覆われて意識も途切れそうになっていた。

このまま全てを暖かい海に投げ出し委ねてしまいたい。
焦れた渇きのような欲求に後押しされながらも、
首の皮一枚の所で彼の魂は自我を放り出してはいない。

「うふふ・・・良いわ♥ 
成程、こっちの方はノフェルちゃんよりもよっぽど歯ごたえ有かしらね。」
まだ背中の自分に体重を預けていないエスクードを見ながら、
デルエラは心底嬉しそうだ。そしてその視線をマイラに向ける。

「前戯とはいえ此処までやっても我慢汁止まり、
童貞なのに悪くないわね彼・・・
じゃあマイラ、早速次の試験と行きましょうか。」
「はいデルエラ様、先に謝っとくぞイール。街や城の物損は後で弁償しよう。」
「はあ・・・エスクード様。聞こえてはいませんでしょうが、どうかご武運を。」

デルエラの前戯で最早ギリギリのエスクードに対し、
マイラは夜の王たる吸血鬼の本領、その怪力を持って彼を城内から殴り飛ばした。
混濁した意識で防御など不可能、踏ん張ることなど夢のまた夢な無防備マンを、
マイラは一切の容赦なく殴りぬいた。人の質量を感じさせぬ勢いと軌道で、
エスクードは来た時と真逆に城の外へと吹っ飛ばされていった。

「じゃあ行きましょうかマイラ。」
「ええデルエラ様。」

そうしてエスクードを追って二人は死都の上空へと飛び立った。
一方的に殴られ蹴られ、五体を死都の建物や舗装された地面に打ち付けられるエスクード。
彼らは時折都市の住民を巻き込みつつ、都市中央の城から徐々に外縁に向けて移動していた。

何発殴ったのかマイラが攻撃した己が手を見る。
全力で打ち込んだ手の方が砕け折れ骨が覗いていたが、
その傷も瞬時に再生し元の白磁の様に綺麗な指に戻る。

「どうかしらマイラ。」
「驚異的です。最初の一撃は元より、
他の攻撃にしても特別な防御をしているわけではないのに、
魔力不使用で物理のみとはいえ、私とデルエラ様の全力の攻撃を受け切っている。
むしろこっちの肉体が持たない位です。少々自信を失いますね。」

ガラリと都市を取り巻く高い城壁の一角を崩し、エスクードが立ち上がる。
「いい加減、ご満足・・・頂けましたかね。」

肩で息をしているし、全身の衣服はズタボロでほぼ半裸になっているエスクード。
しかし、その体に致命的な傷は無く、血反吐の一つも吐いてはいない。

「ん〜〜〜そうね。次を凌いだら合格かしらね聖騎士様。」
「それは・・・良かった。御二方の相手はいい加減しんどいですからね。」
「マイラ、確か今度イール達が開拓予定の魔界銀山はあれよね。」

デルエラは城壁の遠くに見える一つの山を指し示した。

「ええまあ・・・何をお考えで?」
「あそこなら余計な人もいないでしょう。」

デルエラはその山の方角に向くと、上に向けた左手から紅い魔力の玉を出す。
その玉は延々と注がれる膨大な魔力に比例して巨大化していき、
常夜の世界である死者の国の夜空を美しい赤さで照らし出していく。

広大な都市の半分ほどを覆う位に巨大化したデルエラの紅い魔力の玉、
それが落下直前の赤い月のように彼女の頭上に浮遊している。
それを見て、彼女の意図を察したマイラは溜息をつく。

「やりすぎでは?」
「私の目利きを疑うのかしら。」
「・・・・・・そうですね。それではっ!」

マイラは落下すると、ずぶりとそのまま建物の影に着水して消えた。
エスクードは二人のどっちに気を配るべきか一瞬迷う。
その一瞬の隙を突き、彼の足元の影から飛び出したマイラ、
彼女は彼の脚を掴み下半身を影に沈めたまま体を一回転させると、
エスクードの体を遥か彼方の銀山に向けて放り投げた。

(いかん・・・避けられない。幾らなんでもあれをそのまま喰らうのはまずい。)
落下の様な着地をして、エスクードは体勢を立て直す。
自分に向けて放たれるであろうその巨大な赤い魔力の塊、
その威力と破壊半径をかんがみて、彼は逃げたり避けたりという選択肢を放棄した。

(使うか・・・)
彼の体に変化が現れる。浅黒い彼の体が見る見る白くなっていく。
いや、正確にはその黒さ、色素が一点に集中していく。
彼の突き出した右手はもはや浅黒いどころではなく、
一切の光を逃さぬ闇の結晶のように黒い。
それ以外の部位はアルビノのようにあらゆる部位の色素が薄い。

「あれは?!」
「呪われた体、その真価を見せてもらうわ。」

浮遊していたデルエラは足踏みするように宙を蹴ると、
一瞬で高度を上げ、自身の肉体を魔力玉の中腹付近まで移動した。
そしてキュッと体を捻るとその巨大すぎる球を思いきり蹴り飛ばした。

これこそ父直伝の技、勇者砲である。
その誕生秘話は第5次魔王夫婦喧嘩の際に、
夫である勇者がブチ切れた魔王の放った凶悪強大な魔力の球を、
渾身の力で蹴り飛ばして地表への被害を防いだということに由来する。

もっともその原因となったのはデルエラ自身で、
父親である魔王の夫に本気で手を出そうとしたことにより発生した親子喧嘩が元だ。
喧嘩を仲裁しようとした夫の行動は、私より娘を取るのかと魔王の更なる怒りを買い。
親子喧嘩はそのまま夫婦喧嘩へとスライドすることとなった。
どちらかと言えば緩いと侮っていた母である魔王のマジ怒り、
その父さえも震え上がらせる権幕とそれを生む深い愛情にしびれ、
彼女はそれ以来、両親に心の底から心酔するようになったのだ。

魔王の夫曰く、もっとも手の掛かった娘は誰かという問いに対し、
彼は内緒だぞと念を押しながらも我儘三昧で引きこもりな第三か、
アナーキーで怖いもの知らずの第四だろうなと言ったとか言わないとか・・・

ずれた話を元に戻すが、圧倒的なサイズ差のある魔力玉は、
デルエラの一蹴りでその形状を球から槍の様な円錐へと変形させる。
凝縮され圧縮された巨大な魔力の奔流が、光の束のような槍となりエスクードへと突き立つ。

「星盾(スヴェル)」

突き出した黒き右手、その眼前の空間に巨大な楯型の魔術防壁が発生する。
五芒星を二枚張り合わせたような形状のそれは、
デルエラの膨大な魔力を弾くでなく、
1枚目の星で吸収するように吸い上げると、
2枚目の星が風を得た風車の様に回り始める。
その速度は次第に高速になり低い風切音を鳴らし始める。
そして突如二枚の間から上方へと光の粒が吹き上がる。
煌めく星のダイヤモンドダストとでも言うような光景が、
空へと舞い上がり幻想的な光景を死都の皆に見せていた。

「・・・素敵♥」
「これは・・・」

その天にぶちまけた宝石箱のような光景は、
デルエラやマイラ、城にいるイールやイルネス、死都のカップル達の視線を釘づけにした。
もっともそれを生みだした本人は、額に汗して必死に魔力の流れを操作し捌いていたのだが。
その破壊エネルギーを全て無害な光へと変換し夜空へと返したエスクード、
彼は今度こそ膝を折ると、そのまま大の字に倒れてしまう。

「っしんど〜〜〜。」
「うふふ、良い物が見れたわねえ、聖騎士様、今度祝い事の席であれ、披露して下さらない?」
「人のとっておきを花火みたいに・・・こっちは命懸けなんですが・・・」
「大丈夫よ、今ので何処までなら捌けるか大体分かったから。」
「それ、あんに限界ギリギリまで私を酷使するっていう宣言ですよね?」
「騎士道精神溢れるサーエスクードですもの、
淑女からの願いを無碍に断る何て事ないですわよね?」
「とんだカルチャーショックです。淑女の定義から話し合う必要性を感じますね。」

大地から空を見上げる格好のまま、
見下ろすデルエラに対しエスクードは疲れた顔で応じる。

「悪かったな、いきなり襲うような真似をして。」
マイラは彼を引き起こし肩を貸すと、手頃な斜面に座らせた。

「素晴らしいわね。物理・魔術・状態以上、全て耐性ならノフェルちゃんなんか問題にならないわ。」
「因みにデルエラ様、本気になれば彼を攻略出来ます?」
「正直言って結構難しいわね。
物理的にやるなら都市への被害がシャレにならないクラスの攻撃がいるし。
寝技にしても正気を侵され二度と元に戻れないくらい私に溺れてもらうことになる。
でもそれだと彼を呼んだ意味が無くなっちゃうしねえ。」

「それは・・・残念でしたね。あれ程気持ちよかったのは初めてでしたが、
もう味わえないのは少々惜しい気・・・むぐぅ。」

がっしりとマイラの手が彼の口を押さえておしゃべりを止める。
「皮肉でもそういう事を言うのは止せ、
負けん気がお強い方だからな、正直お前を陥落させたくて疼いているのだ。
だが弟君へのええかっこしたいという思い故に抑えておられる。
本人が承諾した。などという大義を得れば故郷の土は踏めぬと思え。」
「マイラ、別に私・・・全然我慢なんかしてないわ。
あの子に言われたから我慢してるなんてそんなことないのよ。
別にお姉ちゃん偉い・・・抱いて! 何て言われたく無いんだからね♥♥」

腕だけでなく、尻尾と翼も使い全身をぐるりと巻くと、
また彼女はぐねぐねごろごろと悶え始めた。

「おう・・・何というブラコ・・・家族愛、あのカリスマと知性に溢れた方が・・・」
「何か色気とかカリスマとかが当社比1%くらいになってますね彼女。」
「出来れば他言無用に頼む。」
「それで・・・何で私は此処までコテンパンに攻撃されねばならなかったんでしょう?」
「ああ、それはな。あの子に・・・」

「皆さま大変です!」
マイラの言葉を遮るように切迫した声が響く。
三人が振り向くと、彼らの近くに即席のポータルが形成され、
其処からイールとイルネスが姿を現していた。

「スースから連絡があったの。チェルヴィが不味い事になった。」
「チェルヴィ? あのワームの子ですか。」
「そうですエスクード様。チェルヴィを追っていたスースから先ほど連絡が入りまして、
彼女が親魔領の国境を越え、中立領に入ってしまったようなのです。」
「ふむ、何故そんなことになってしまったのか判りませんが、
話せばわかるタイプだったように見受けられました。
反魔なら兎も角、中立なら猶予はあるように思えますが。」

「その慌てよう、アルトアイン絡みね。」
「はいデルエラ様。」
「アルトアインとは? 聞いたことのない単語です。」
「教団側では使ってない呼称だからな。
第三帝国(ドリットライヒ)とか深淵(アビス)と言えば伝わるか?」
「な?! 一体どこまで逃げたんだあのバカ。
有象無象の区別なく侵すものには鉄槌を、
許可された物資や商人以外、あらゆる侵入者は問答無用で殺される。
中立としても一番質の悪い奴らじゃあないですか。」
「面倒な場所です。デルエラ様・・・御自重なさって下さいよ。」
「はあ、判ってるわよ。私が出張って事を大きくするのは得策ではない。」

不愉快そうにデルエラは顔を顰めた。

彼女は有名人だ。おまけにその力は下級神族を越え、
中級神族にさえ届く程に強大だ。
そんな彼女が許可なく領土を侵す。
それは言うなれば、同盟関係にない第三国が、
勝手に国内に大量のNBC兵器をを持ち込むそれに等しい。

事実、レスカティエという教団有数の国を一晩で陥落させた過去もある。
幾ら戦いに来たのではないなどと口で言ってもその行為は宣戦布告と大差ない。

「然るべき手順を踏み、使者を送ってきちんと交渉すべきですわね。」
「だが時間が無いぞイール。
恐らく何も知らないあの子は、今頃もう捕捉されてしまっているはずだ。
手順を踏んでる間にチェルヴィの命が危ない。」
「事情を知り、強すぎず、名前も知られていない護衛向きの人選。
まあ一人しかいないわよねえ聖騎士様。」

「教団でもトップシークレットの存在で、
不可侵の地とされるあそこに単独で潜入ですか、
何とも私向きの任務ではありませんか。
その為のこの体です。ご自由に御使い下さい女王陛下。」

エスクードは恭しくイールに跪くと、手の甲にキスをした。
だがイールの顔は浮かない。

「・・・当初とは事情がだいぶ変わりました。
如何に貴方様でも、単身あそこに突入するのは命に関わります。
チェルヴィはとても可愛そうな子です。何とかしてあげたいですが・・・
赤の他人である貴方様に命を張れと・・・私は言える立場にありません。」
「・・・・・・他人行儀ですね。貴方と私の仲じゃありませんか。」

エスクードは彼女に冗談交じりに言われた言葉を彼女に混ぜっ返した。
「それにこういう時こそのこの力です。
罪なき者を守るのが私、助けるのが信条。
其処に背を向けたら私は二度と前に進めません。」

彼の言葉には一部の恐れも惑いも無い。
信念に準じるただただ堅牢な意思だけが其処にはあった。

「あらあら♥ 体だけでなくアソコまで堅いのね。でも嫌いじゃないわそういうの。」
「よく言ったMr騎士道、さて早速貴殿を回復させる。
その間にチェルヴィの事についての説明と、
今後の立ち回りについて練るとしよう。」
「こっち来て、おにいちゃん。」

人体のスペシャリストでもあるイルネスが体を覆っていたマントを斜面に敷き、
治療用の魔方陣を幾つか展開してエスクードを招く。

「・・・あの、イルネス。」
「時間がない、さっさと寝て。」
「・・・何で下に何も付けてないんですか?」

イルネスは訝しげに自分の付けている骸骨をあしらったアクセサリーを見る。
「いえ、そうではなく・・・下着などの話です。」
「・・・何か履く必要が?」
「・・・もういいです。」
「・・・そう。」

(無駄に肌色多めなファッションセンスだけは慣れそうにもないなほんと。)

エスクードは再びカルチャーショックで頭痛を覚えながら、
大人しく横になって体の力を抜いた。


※※※


そしてエスクードと別れた後も不毛な追いかけっこを続けていたスースとチェルヴィ。

(う〜〜、いつまでついてくるんだろ。ここ・・・どこぉ?)
(やれやれ、何時まで逃げるつもりだ?
 まあこのまま真っすぐ進めば、我が国と国交のある別の親魔領に突入するな。
先方に連絡を入れておいて、余計な刺激を与えないようにしてもらうか。)

スースは通信用の魔法石を取り出して連絡を取ろうとしたその時、
真横から行き成り謎の光が前方を薙ぎ、チェルヴィはその光線に巻き込まれた。

「な・・・なんだあ!」

その光は物理的な破壊力を持っていたわけではないようで、
射線上の木々もチェルヴィも何ともなってはいないようだった。
だが、光に撃たれたチェルヴィは足を止めていた。

その体から グゴゴゴゴゴォッ とサイズに見合わぬ嘶きが響き渡る。
(あの音、また腹の虫が・・・一体、今の光は?)

立ち止まっていた彼女はいきなり方向転換すると、
謎ビームの飛んできた方向に進路を向け、猛然と走り出した。

「ちょっ! 待て、何処へ行く。 止まれぇ」
慌てて後を追うスースだったが、
以前に増してチェルヴィは聞く耳持たぬようで、
振り向きもせず走り続けていた。



そして此処はビームの発信地。

其処は開けた野原に、大勢の人や屋台が集まり。
カーニバルを開催しているようであった。

トリコロミールや東ギヤマンテ・ドワーフ工芸商会、
精霊使い教会などを始め、様々なスポンサーが協賛しているものらしく。
それらの屋台というには豪華な簡易店舗が会場には見られ、
大勢の客脚を其処に集めていた。

別の広場には劇場の様な舞台が設置され、
その前方の薄暗い空には複数のシルフとイグニス達による、
炎と風で描かれた絵物語が子供連れの親子たちを賑わせている。
楽団の演奏と語り部の語り口に合わせて、
炎が生きているように舞い踊りキャラクターを演じ、
数千数万の火の粉が点描の要領で情景を描き出す。

演目はとある精霊使いの女性が、魔物化しながらも荒れ果てた故郷を救うまでの物語だ。
終わりの舞台挨拶後に、彼女は今も 一人 で毎日復活した故郷のために、
 一人 で研究を続けているのです。 
という一人をやたら強調するナレーションの不自然さ以外は、
見事という他ない出し物だ。


別の特設会場では、世紀のビッグマッチが実現!!
大洋超闘劇(パシフィック・ウルトラファイト)などと大々的に大看板が踊り、
その先にはノーム使いとウンディーネ使い達が一晩で仕上げた特性のコロシアムがある。
客席はリザードマンやアマゾネス、人虎にサラマンダーにオーガなどとその夫らしき客で満たされ、
客席に比べると随分と広くとられた中央の空間では、
最前列の客たちにとっては見上げる形で巨大な影が踊っている。

小山の様な二つの影、銀色の巨人と重甲冑の巨人が豪快な殴り合いを展開していた。
一撃ごとに空気が震え、どちらかが倒れるたびに客の尻が浮くように突き上げられる。
そんな両者の殴り合いを興奮気味に前のめりで観戦する客たち。
中には興奮のあまり、その場で立って駅弁や膝上に乗せて始める者達もおり、
そんな者達のために売り子がウンディーネの水やタケリダケなど、
行為に彩を加えるアイテムを売り歩いていた。
少々ぼったくり価格ではあるものの、祭りの熱気に当てられた客によって、
それらは飛ぶように売れていった。


「盛況で何よりですねマスター。」
「ふむ、パトロンが倒産しそうだからな。
研究費や開発費は暫く自分で稼がねばならぬ。まあこういう興行も必要というものだ。」

コロシアムに設置された別室から観客席を見る三つの影がある。
胡散臭さが全身からにじみ出る白衣の男と、メイド姿の女性、
そして赤髪のドラゴンの女性だ。

「今日は我が英雄殿が負ける日だったな、台本とはいえ心穏やかではないものだな。」
「我慢しろ赤き滅び、見る者が見れば筋書があるのはバレバレだからな。
だからこそどっちが勝つのか決まっていては興ざめというものだ。」
「ふん、それくらいの興は我とて理解している。」
「シーラ様もそっち(バトルマニア)の方ですしね。」
「それはそうとだなエンブリオ。」
「何で御座いましょうマスター。」
「あのズビィーッと光線が出とる会場。あれは何の催しだったか?
新しい魔法兵器のデモンストレーションか何かか。」
「検索いたしました。あそこは料理コンテストのようです。」
「・・・・・・何故料理コンテスト会場からビームが?」
「ん? 別に普通のことであろう。」
「・・・・・・そうなのか? エンブリオ。」
「水準以上の料理人の作る料理とレベルの高い審査員ならば、
いかような現象も起こしうる可能性を秘めたもの、
それが料理で御座いますマスター。
かつて、究極と至高の宮廷料理はどちらかを競う国があったと聞きます。
切磋琢磨することで例年レベルは上がり、
しかしそれによって審査員のリアクションも人知を超えたものとなっていき、
ある年の対決で審査員の王が人をやめてしまい、跡目を残せず国が絶えた。
そんな国があったとかなかったとか・・・」
「何それ・・・怖い。」


その頃、白熱する料理コンテスト会場では決勝戦が行われていた。

「ハイ皆さん、此処まで続いた長きにわたる戦いももうすぐ決着。
司会は引き続き私、人間火力発電所のGOROUと・・・」
「至高のツンデレ、美食クラブ主催者である解説のU‐ZANです。」

華のないおっさん二人が檀上で座りトークしている。

「さて、これで全ての料理の審査が終了しました。」
「決勝に相応しい、何ともレベルの高い料理でしたな。
審査員の体が心配になる程に・・・」
「審査員は現在リアクション疲れのためインターバルを取っています。
その間に、この決勝のハイライトを振り返って参りましょう。」

二人の後方には、グラキエスの精霊使いが作った大きな氷のディスプレーがあり、
其処に魔法で記録された映像が映し出されていた。

「勝ち上がり決勝最初の一皿を披露したのがこの人。
地中海から来た男、若き天才料理人TONIOです。
なお、趣味は密漁、休日には漫画家の友人と一緒によく海岸に出かける。
店を開く場所は海の幸が最高だから決めたとのことです。」
「海産物を育てている漁師達、その日々の御苦労は想像出来ない。犯罪者の屑ですな。」

「お、結果が発表されたようです。料理を振り返りながら得点も発表していきたいと思います。
彼が決勝で出した一皿は此れ、女体に大量のトマトスパゲティを巻き付け盛り付ける。」
「まるで扇情的な紅い下着のようですな。」
「その名も娼婦風スパゲティ。適度な辛さとトマトの酸味が後を引く、
辞められない止まらない逸品でした。しかしこれだけではただの珍しい女体盛りです。」
「しかし其処に一工夫、彼のオリジナル調味料が登場するというわけだ。」

ステージ上の巨大なディスプレイには料理の仕上げ場面がリプレイされる。
「ワタシのパールジャムを掛けるのデス。」
「ぁあ〜ん♥♥」

「何とTONIO、自身の新鮮かつ大量のジャムを仕上げに振りかけます。」
「確かに見た目は大変エロ・・・ゲフンゲフン!!
赤と白のコントラストが美しく、
器の美女と相まって今大会でももっとも見目麗しい料理と言えましょう。
しかし同時に食べた審査員一同には同情を禁じえませんな。」
「そして審査結果です。審査員5人にそれぞれ20ポイントの権限が与えられた100点満点方式。
TONIO選手の娼婦風スパゲティは・・・60点です。低い!!
何と審査員のうち二人の点数が異常に低い。
一人は特別審査員のプロフェッサーOTUKI、
何と彼は0点を付けています。一体どういう事なんでしょうか?」
「教授!! どうなんですか?!」
「ナスは嫌゛い゛な゛の゛です!!」
「あ〜〜〜っと! トマトパスタに使われていたナス、それが教授の好みをマイナスに直撃。」
「これ言わせたかっただけだろこの人選。」
「そしてもう一人の低得点審査員はサキュバスで料理研究家のREMIさんです。
何がいけなかったのでしょうか?」
「いや、私既婚者だし・・・ダーリン以外のジャムとかノーセンキューでしかないから。」
「付け入るスキが無い正論キタコレ。
ぶっちゃけ未婚でも男はキツイ、むしろこの点数が出たことに驚きを禁じえません。」
「審査員の味皇帝はゥンまああ〜いっ!! 
と叫びながら口から歯がガトリングの様に抜けてまた一瞬で生え変わる。
中々のリアクションを披露しました。料理としてのレベルは高かっただけに残念な結果ですな。」

「さて続いてはこの方、霧の大陸からの刺客、
二代目中華の覇王を自称するジパング人AKIYAMA。」
「海外で和食を提供する大陸人くらい胡散臭い経歴ですな。」
「彼が作ったのは食べれば死人も走り出す。超力招来担々麺。」
「蛹から羽化しそうな名前ですな。所謂汁無し担々麺というやつです。
激辛スタミナ料理ということになりますかな。
彼が使ったのはキャロライナ・リーパーという最強の唐辛子です。」
「キャ・・・キャロ? ハバネロとかが辛いのでは。」
「知名度では確かにハバネロは有名ですが上には上がいます。
それなりに知名度もある辛子で更に上なのがブートジョロキア。
辛み成分であるカプサイシンの割合を示すスコビル値ですが、
ハバネロが35〜50万とすればジョロキアは100万です。」
「倍以上の差があるわけですね。でもリーパーはそれ以上と?」
「はい、ジョロキアでさえ四天王では最弱という位置づけで、
上にインフィニティ・チリ、ナーガ・ヴァイパー、
トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラーと続きます。」
「何で一つだけプロレスのヒールみたいな名前何です?」
「知らん、長らく王者に君臨していたテイラーを下したのがこのキャロライナ・リーパーだ。
スコビル値にして最大で220万。
ちなみにテイラーやリーパーは防護服無しに一般人は取扱い出来ん。」
「それもう食材じゃなくありません? 化学兵器ですよ。」

GOROUの突込みに対し、不適な笑みを浮かべた料理人AKIYAMAが応える。
「カカカ、そう、そのままなら人の口にするものですらない死神だがな。
俺様の魔法で極上の料理へと変身させたのさ。」

「ええ、当大会では調理に魔法を使うのは禁止されています。
堂々と違反宣言とは、密漁が趣味のTONIOといい、皆さん順法精神皆無ですね。」
「いや、この場合の魔法は比喩表現でしょう。
彼は自分の料理を魔法と言って憚らないそうですから。」
「この世界観では大変紛らわしい座右の銘ですね。さて・・・点数が出ます。」
「80点・・・中々の点数が出ました。というより一人を除けば満点という恐るべき数字です。
まあ実際、観客の中に偶々あった新鮮な遺体が口にしたら復活し、
褌一丁になって水の上を走り始めました。恐るべきリアクションです。
満点級の出来栄えと言ってもいいでしょう。」
「偶々あった新鮮な遺体という点は軽くスルーするとして、
それだけの料理に何故0点を付けられたのでしょう。
ええと・・・ウルトラゴージャスビューティフルスペシャル特別審査員・・・の・・・赤の女王様・・・?」

GOROUとU-ZANの視線の先には仮面をつけた銀髪の幼女がいた。
一人だけ丈の高い子供椅子を使い審査員席についている。
彼女はどうにいった腕組をしながら、舌ったらずな声で喋りだした。

「からすぎ・・・イジョ!」
「・・・それだけ? いy フモモッ!」
「其処までにしておけGOROU、そうですな女王様。辛すぎたかもしれませんな。」
「うむ・・・あんなものはたべものじゃない。」

だが、女王の審査に納得の行かないAKIYAMAは噛みつく。
「馬鹿な! 魔界の土地で育てた唐辛子バーニング・ラブを同時に使ってある。
リーパーの殺人的な辛さは中和され極上の香りと滋養強壮成分へと転化してるんだぞ。
誰だこんなクソお子様舌を審査員に入れた奴は。」

「いや、入れたというか・・・勝手に入ってきて上からも続行でOKが出たというか・・・」
「GOROU、釈明の必要はないぞ。」
「めっちゃ揉める気みたいですけど、いいんですか?」
「あの選手はもう駄目だ。」
「え?」
「・・・おまえしけい・・・イジョ!!」
「ぬ・・・何だと! 何だこれは?! うおあああああっ。」

銀髪幼女が仮面の奥の瞳を赤く光らせると、
AKIYAMA選手の周囲の空間が渦を巻き、彼を異空の彼方へと吹き飛ばした。
場には彼のコック帽だけが残っていた。

「ちょっ・・・彼女一体誰なんです。」
「美味しい物に目が無いハートの女王様だ。
バレバレだが本人は御忍びのつもりらしい。」
「あの異界に引きこもってる第三王女様ですか。」
「そうだ、何処から情報を仕入れてくるのか、
偶に料理大会があると紛れ込んで審査員に居座る。
誰も止められん。逆らえば皆死刑だからな。
実際に殺すわけではないそうだが、
帰ってきたものは今の所いないそうだ。さあ仕事を続けようか。」
「・・・はい、それでは続いては大会大本命の天才子供料理人、Mrテイスティ・キッド。
その実態はしなびた街の定食屋さんのガキです。本当に大丈夫なんでしょうか。」
「料理より食育が先じゃな。あと彼はその才覚もさることながら、
審査員筆頭、味皇帝の親友だとか・・・談合の匂いがプンプンしますな。」
「などとオヤジのやっかみ混じりの意見ですがその実力は本物だ。
出た点数はなんと95点、審査員の味皇帝も口から謎のビームを放ちながら、
う・ま・い・ぞ・ーーーと雄叫びを上げます。さらに何故か服を脱いだ。」
「料理は魔界豚を二度揚げ低温調理したレアカツ丼、通称赤いかつ丼ですな。
思いのほかに正統派、他の審査員の目や口からもカラフルな光線が放たれています。」
「オッペッパ!」
「それ以上いけない!!」

U‐ZANがGOROUにアームロックを決めながら抑える。

「ともあれ、なんやかんやありましたが、これで点数は出揃いました。
料理漫画は後だしが勝つ法則は此処でも盤石だ。優勝は定食屋のガキです。」
「ちょっとまでGOROU、リスが・・・野犬も・・・野生動物が!! 観客まで。」
「ななな、何とコンテスト会場に動物が乱入しています。
それだけではなく、祭りの客らしき一般人も乱入して、
この後ギャラリーに振る舞われる予定の料理を食い漁っています。
一体これはどういう事だああ!」
「そうか、さっきのリアクションだ。そうだろう!」
「どういう事です?」
「先ほどのレアカツを食べたときのリアクションで放たれた光線、
あれに撃たれた者がリアクションに巻き込まれたのだ。
彼らの空腹中枢をあの光線が大いに刺激したのだ。我を失う程に。」
「ガーンだな。リアクション感染、そういうのもあるのか。」

会場は一気に混沌とし、警備員が総出で事の鎮圧に当たることとなった。
幸い此処には腕に覚えのある者達も大勢いたため、
混乱による怪我人などは出なかった。
しかし、この混乱が其処に乱入したワームの運命を分けることとなった。

普段なら十分取り押さえられる彼女だったが、会場の混乱で対処が遅れた。
それに彼女はタイミングよく、観客や乱入した魔獣達に気を取られる警備をすり抜け、
いち早く料理に到達し食べ始めていた。

「うめ うめ うめ。」
バリバリ グシャグシャ バキバキ ゴクン
一心不乱にガツガツ一流の料理を食い散らかすチェルヴィ。
このコンテストの予選から此処まで披露された料理を皆に振る舞う企画、
そのために負けた者達が、大量に用意した惜しくも敗れた絶品の品々。
口に頬張る口副の連続、彼女は涙を流しながら幸せを嚥下した。

そして彼女は勢いそのままに、
審査員席にあるハートの女王が残したAKIYAMAの担々麺を口いっぱいに頬張った。
「・・・・・・・・・・・・」

だが・・・彼女もお子様舌の持ち主だった。
一般的な大人なら結構辛いで済むその味は、
彼女の甘党の舌にはショックが強すぎた。

プルプルしつつ、汗と涙をだらだら流し始める。
彼女はそのままプルプルしながら手直にあった水を一気にあおった。
だが・・・これが良くなかった。カプサイシンはワサビなどの辛み成分とは違い。
脂溶性であり水には溶けないのだ。薄まることなくただ口内に広がる辛み。
彼女はミルク、もしくはバターやヨーグルトなど油脂分のある物を口にすべきだった。
だが、全ては後の祭りというものだ。
そして彼女の口の中ではメキシカンな風が吹き、新たな祭りが開催されようとしている。

プルプルどころか真っ青な顔でガクガクブルブルしているチェルヴィは、
遂に耐えきれなくなって爆発した。

「ッかっらあああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜イッッッ?!!」
あらん限りの力で彼女は飛び跳ねた。
コンテスト会場を揺るがし会場を陥没させつつ彼女は跳ねた。
まるで蚤かバッタをそのまま大きくしたような跳躍で、
彼女は ドッカ〜〜〜〜ン と己の体を弾道飛行させる。
丸くかすむ地平線を見ながら、舌から脳髄に叩きこまれる悪魔スコビル。
その辛さ(痛み)から逃げたくて、でも逃げ方が判らず、力の限り彼女は飛んで跳ねて走った。

そんな彼女の行く手に立て看板と簡易な塀がある。書いてある内容は、

この先、帝国領土内。許可の有無に関わらず此処からの侵入を禁ずる。
関所か港を利用されたし、そうでないものには警告なく攻撃する。

だが、その看板は走ってきたチェルヴィに堀ごと引きつぶされた。
「辛いよ〜〜〜〜〜〜。」

その少し先には分厚く高い金属の壁がある。
「か・ら・い・いいいいいいいい。」

ガンガンと壁に体を叩きつけてその痛みで辛さをごまかそうとするチェルヴィ、
だがワームにそれをやられては壁の方はたまったものではない。

次第に凹み、ひしゃげてついには根をあげた。
ぽっかりと穴をあけた防護壁の中に侵入するチェルヴィ。

そして・・・ズッテンバッタンと周囲を破壊しつつ、
彼女はようやく引いてきた辛さに我に返る。

「れれれ・・・ここ・・・どこだろう。
うまのおねーさんいないし、みたこともないところだ。
どうしよう・・・・・・かえれないよう。」

グスリと心細くなって涙目になるチェルヴィ、
彼女の心には手を差し伸べてくれた浅黒い男の顔が思い出される。

(おじさん、さがしにきてくれないかなあ。
ううん、だめだよね・・・わるぐちいっちゃったもん。
きっときらわれちゃったよお・・・ぐす。)

自分で考えてさらに落ち子むチェルヴィ、
その彼女の目の前、空中に文字が浮かぶ。
それは結界内に侵入した者に対する最終警告文だ。

「警告、領土侵犯の罪状に付き、有象無象の区別なく殲滅する。」

それを真剣な顔でじっと見ていたチェルヴィ。
「るす くな の き に の。るすくなのきってどんなきかなあ。
みにいこっ。うふふ、ながいぶんしょうもしっかりよめちゃう。
おじさんあたまがいいってなでなでしてくれるかなあ。」

彼女の頭の中ですくすく成長する大樹がイメージされる。
その麓でエスクードに頭を撫でられながら膝枕されて昼寝する自分を妄想し、
チェルヴィは無駄に尻尾をフリフリ〜のウキウキ〜のしながら、
文字の先へと進んでいった。

だが、彼女は平仮名しか覚えていない上に、
この国の読む方向が他国と逆であることを知らなかった。
子供用の絵本しか読んでないからね、仕方ないね。


※※※


「くそっ! とんでもない所に・・・あの馬鹿。」
粉砕された塀と折れた立て看板を見ながら、
スースは歯噛みして先を見ていた。

スースとて少数で馬車を護衛することを任せられた戦士だ。
会場からチェルヴィが大ジャンプをして離脱する際に、
素早くその軌道を確認すると瞬時にマジックアローを生成し、
曲射の超長距離射撃によって彼女にそれを撃ち込んでいた。
それは発信機となり彼女にチェルヴィの現在地を教えてくれた。

それによって此処まで追跡してきたスースだったが、
立て看板の文字、それが誇張でも何でもない事を知っている彼女は、
それ以上チェルヴィを追跡出来ずにいた。

「イール様に急ぎ報告を・・・・・・っちい圏外か・・・もう少し戻らねば。」
彼女は踵を返すと、急ぎ通信用魔法石が使える距離まで引き返し始めた。


※※※


暗闇の中にローブで身を包んだ男が一人。

「ロルシド・・・」
「ギーガーか、どうした。」

何処からともなくもう一人の声が響く、
すると、もこもこと地面が盛り上がりローブの男の前にもう一人が姿を現す。
両腕には巨大な爪を備えた不釣り合いに大きいガントレットを付け、
スキンヘッドだが額にはくの字に曲がった一本の角がある。


「侵入者だ。」
地中から現れたギーガーと呼ばれた男がローブの男に端的に言った。

「・・・また迷い込んだ魔獣ではないのか。」
「ワーム、魔物のガキだ。」
「ほう・・・まあどんな意図があるにせよ。」
「我らのやることに違いはない。」

軽い驚きを示し、ロルシドと呼ばれた者はフードを下した。
頬のこけたカマキリを思わせる面貌の男で、
彼の額には角が無い、その代わりもう一つの目があった。
第三の目を開き、宝石のようなその眼を何度か点滅させる。

「捕捉した。結界は?」
「バッチリだ。もうあいつは袋の鼠・・・いやさ蜥蜴かな。」
「結構、すぐに出向くとしよう。」
「将軍には知らせるか?」
「たかがワーム一匹だ。これくらいで一々呼ぶ必要もない。」
「まあ加減が下手くそだからな将軍。」
「それに今日は将軍の兄君が視察に来られるらしい。」
「それはそれは、たまの再開に水を差すのも無粋か。」
「念のため、鳥を放つ準備だけはしておくか。」

二人の異形の男達は、
そう述べると、溶けるように闇の中に消えていった。














14/09/09 12:11更新 / 430
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■作者メッセージ
タグにギャグとパロディを追加・・・
料理コンテストはまた持病の癪の毒電波がガガガ・・・
正直やりすぎたと反省している・・・だが私は謝らない!キリっ)


迷いワームに襲い掛かる第三帝国の悪夢。
聖騎士は彼らの魔の手からいたいけ(?)な少女を守ることが出来るのか。

次回、再開は閃光のように! にご期待ください。

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