エピソード9、勇者の挑戦
時は勇者が魔王の元より消えた直後、
魔王城最深部より勇者が飛んだ先。
それはある女性の寝所であった。
「あら、貴方から訪ねてくれる何て珍しいのね。
夜這いかしら? だったら何時でもOKなのだけれど。」
上品でいて艶やかな雰囲気を纏う声、
その声が露骨に媚を含んで彼に絡みつく。
普通の男性であればこの声だけで自身を見失い身を持ち崩す。
そのような危うさを秘めた声だ。
「勘弁してください。そんなことしたら家のかみさんが、
激怒して此処に全軍率いて攻め込んできますよ。」
「それはこわいわねえ。それにデルエラちゃんと争うなんていやだし。
・・・ならデルエラちゃんと私と彼女、三人同時に相手するってのはどうかしら?」
「流石に勝てる気がしませんね。女房一人でも床じゃ押されっぱなしなのに。」
「あらあら、淫魔の長の夫ともあろう者が何と甲斐性の無い。」
「何と言われようと無理なものは無理ですよ。
貴方には不肖の娘が格別世話になってますし、
出来れば願いは聞いてあげたいところですがね。」
「あら〜、デルエラちゃんと私は持ちつ持たれつよ。
今日も彼女のおかげでうちの信徒と天使が増えたわ。
私達はあまり積極的に外に営業する方じゃないから、
彼女にはだいぶ布教で助けられてるわ。」
そう、此処は万魔殿の最深部、元は上級神でありながら、
自ら進んで堕落し、教団よりその名を忌み名として剥奪された者。
今は堕落神としか呼ばれぬようになった女神の寝所である。
もっとも彼女も真の名前を親しい人しか知らない何てロマンチック。
などと言ってその呼び名を自分から使っているくらいなのであるが・・・
「それで? 私と爛れた痴情の縺れに興じて下さるのでなければ、
今日はどう言った御用件でいらっしゃったのかしら?」
「二つお願いがあって来ました。」
「・・・あら、何かしら。」
「今、魔王城内でうちの部下や加勢に来てくれた他国の者達が殺されています。」
「そのようね。でも助けないわよ。うちはあくまで中立だもの。
天使や僧侶、巫女の堕落はうちの営業でもあるから別だけど、
戦力として当て込まれるのは筋違いというものだわ。
この万魔殿はジパングで言う所の駆け込み寺に近い存在。
外界で行き場を失くした者、信仰を裏切られた者。
そういったどんづまりの者達ための最後の逃げ場所として此処はある。
勿論最初から堕落した性に興味のある子も大歓迎だけれど。」
「戦ってくれとはいいません。ですが戦闘終了後の現場に赴き、
敵が殺した者達の死体を此処に集め修復しておいて欲しいのです。
ダークプリーストやダークエンジェルの揃った此処なら。
2〜30人分の遺体の回収と修復くらい余裕でしょう?」
「・・・まあ、それくらいならいいかしらね。でもどうする気?
確かに時の流れぬ此処なら、再生させた遺体が傷むこともないけれど、
肝心の魂が抜けたままではただの抜け殻よ?」
「それに関しても考えがあります。そして二つ目のお願いなのですが。
以前、貴方より頂いた贈り物。あれを手放すことをお許しください。」
「あら、まだ持っててくだすったの?
てっきり彼女にもう見つかって燃やされたものと・・・」
「見つかっていれば間違いなくそうなっていますね。
気持に応えることは出来ませんが、それでも貴方は娘が世話になっている恩神です。
その方からの贈り物を無碍にすることは出来ませんよ。」
「あらまあ・・・何年経っても妙に律儀で頑固な所は直らないようね。
まあそこが良いのだけれど、別にいいわよ。あげた物をどう使おうと本人の自由だわ。」
「ありがとうございます。それでは急ぎますのでこれにて。」
「せっかく幾百年ぶりに訪ねてくださったのにもうお別れなんて、
相変わらず忙しないことね・・・立場上あまり肩入れは出来ないけれど、
個人としては期待しているわ。貴方と彼女の出産祝いを一緒に祝える事を。」
※※※
地の底を思わせるような風景が其処には広がっていた。
切り立った断崖のような細い道が迷路のように広がり、
道と道の間には溶岩が炎を吹き上げ、下から赤く周囲を照らしている。
道端には時折、真っ白い彼岸花が薄く光りながらがいじらしく咲いている。
そんな地獄を思わせる風景の此処は、そのまま見た目どおりの冥界である。
死した魂が此処を通り、また別の命の器へと転生するための場所である。
そして細い道の先には広がった道があり、
そのさらに先には巨大な門が威圧を持って構えていた。
その周囲にはボロボロのローブを纏い、
髑髏などの意匠が彫られた大鎌を備えた集団がいる。
目深に被られたフードから顔はみな覗くことが出来ない。
だが彼らの頭上には天使のような輪がそれぞれついている。
しかしその色は固まった血のように鈍い赤色だ。
門の正面を固める先頭に立つ二人が会話している。
「暇っすねえ先輩。上でデカイ戦争やってんじゃあないんすか (。´・ω・)?」
「恐らく魔王側が優勢なのであろう。魔物は人を基本殺したがらんからな。」
「上の連中が王魔界で大規模な戦争あるから〜って
この門に人員増やしたっつうのに完全に無駄っすねえ (-∀-`; )」
「無駄口を叩くな、我々は上の指示通りにやってればいいのだからな。」
「合点了解っすよ d(ゝ∀・)」
「・・・まったく、むぅ!」
青白い火の玉がぞろぞろと細い道を飛んで門へと近づいてきた。
俗に言う人魂、魔王城内で討ち死にした者達の魂であった。
「キタ(゚∀゚)コレ」
「やはり死傷者ゼロとはいかなかったらしいな。
まあいい、みな受け入れの準備をせよ。」
リーダーらしき者の声を受け、門の方で動きが会った。
ガコンッ と大きな音を立てて門が グワラグワラ と開いて行く。
「(。´・ω・)ん? 何だか何匹か変なの混ざってるっすね。」
「・・・ああ、あれか。」
人魂のほとんどはただの青白く揺らめく炎だが、
その中にいくつか異なる形のものが混じっている。
例えば一つは人魂に青白く半透明だが、
丸っこい三角耳とモフッとした縞のある尻尾が生えていた。
「あれらは霊格の高い者達の魂だ。
長生きし生前は地元で神として奉られていたのであろう。
そういう者は死後も生前の形をこの冥界にてある程度保つ事が出来る。」
「何か門に入るのを嫌がってるっすね (´・ω・`)」
「現世に心残りがあるのであろう。
行くぞ、あの手合いを下手に現世に帰せば強力な怨霊や祟り神になる。」
「うっす ( ・`ω・)」
リーダー格の者が大鎌を構えると、周囲の者達も一斉に臨戦体勢に入る。
そして彼らは一部の抵抗する人魂を取り押さえようとする。
だが両者の間に突如頭上から飛来する存在が割って入る。
衝撃と土煙を上げて降り立った者に対し、
門番達は殺気を込めて大鎌を構える。
だがリーダー格の男と隣のちゃらい男は構えを解く。
「みな構えを解け、この方は敵ではない。」
「勇者さんチョリーッス ∩(・ω・)∩」
「門番長に昇格したんだな、相変わらずお堅いようだが、
そしてお前は相変わらず冥界人とは思えん程ちゃらいな。
元だし勇者なんて俺の他にもごまんと居るんだからその呼び方はやめろと・・・」
「でも生身で冥界(こんなところ)までこれる勇者なんて勇者さんだけじゃないっすか。
だから勇者さんで問題ねっすよ。ねえ先輩 o(゚∀゚)o」
「知らん、俺にふるな。それはそうと、
どうなされました? 上ではまだ戦争は続いているのでしょう。」
「まあな、だがまあちょいと急ぎの野暮用があって此処まで来た。」
「ふむ、察するにあの中のどなたかに用があるのでしょうか?
他ならぬ貴方の頼みです。少々規則を曲げる事となりますが、
別れの挨拶をする時間くらいなら作って上げられると思いますよ。」
「はは・・・折角の御好意なんだがちょいと違う。
此処にいる魂と今から此処に来る魂全て、現世に連れて帰らせてもらう。」
シン と場が静まりかえる。
「(*´σ3`)σヒュ〜〜。パネッす勇者さん。
それはあれっすか、俺とガチりたいっつうお誘いっすか?
ラブコールなんすか? ジュテームモナム〜〜っすか?」
口調はちゃらいままだが爆発寸前のダイナマイトのようなチリチリした闘気が、
その男から爆発的な魔力と共に放たれる。
だが門番長である隣の男が肩に手を置いてその気を沈める。
「早まるな、阿呆。今のお言葉、
聞かなかったことに致しますゆえ、早々にお引取りを。」
「いやいや、帰れと言われて帰るくらいなら生身でわざわざ此処まで来ないよ。
是が非でも此処は我を通させてもらう。あいつにまかせろって約束しちまったからな。」
「・・・正気ですか? 聞けると御思いですか? そのような戯言を。
今なら抵抗した魂に対しこの馬鹿が羽目を外しすぎた。
そのような報告で丸く収まるでしょう。
ですが、私と門番衆全員が本気を出せばそうは参りません。
その瞬間、我が主、冥王様の注意はこちらに向けられ、
貴方の侵入と暴挙はあの方の知るところとなります。
そうなればいかな貴方と言えど、無事に此処から帰れるとは思わぬ事です。」
「あのおっさん冗談通じないからなあ、俺苦手だわ。
それに冥界では幾らなんでも勝負にならんだろうな。
猟師が海中で鮫と戦うようなもんだ。」
「それが解っているのでしたら・・・」
「だからな、こっちも手ぶらで来たわけじゃない。
ちょいとばかり心付けを用意させてもらった。」
そう言って勇者は懐の子袋から大きめの巻かれた布を取り出す。
麻のように荒めで固い印象のある見た目の布だ。
その子袋は内部に織り込まれた魔法陣により、
ミニポータルを形成して物置と繋がっており、
見た目よりもずっと多くの物が入る少々高いが魔界でも人気の一品だ。
「こころつけ(-ω- ?)」
「この場合、賄賂ということだ。
私がそのような物を受け取ると思われていたとは甚だ心外です。
それに我ら二人のみならいざ知らず。此処には他の者も大勢います。
一体いかような賄賂でみなの口を塞ごうというのか。
逆に見てみたくなりましたよ。」
「いいぜ。とくと見るがいい。我が秘蔵の宝物を。」
巻かれた布地をクルクルと開く。
すると其処には一枚の絵が描かれていた。
「こ・・・これはっ?!」
「!!( ; ロ)゚ ゚」
二人だけではない。後ろに控えていた者達全員が息を呑んだ。
それは一枚の女性の裸婦画であった。
絵でありながらあまりに神々しく、同時に妖しく淫らであった。
その絵を手に入れるためなら五体を質に入れても良い。
その場の幾人かはそのようにさえ思わされていた。
「こ・・・この御方は?!」
「マジパネェッすよ勇者さんヽ(゚Д゚;)ノ!!」
その裸婦画のモデルは堕落神と呼ばれる女神その人である。
上級神として元々神界でもいいとこの出であった彼女、
だが突如として自ら進んで堕落し、神族の界隈でもその評判は表向き地に堕ちた。
しかして、その裏ではまったく逆の現象が起きていた。
高貴で清楚な高嶺の蕾が、淫らに変じて咲き乱れる様は、
神界の男性神族の間で大層高い人気を呼ぶこととなる。
表向き彼女を褒める声など聞こえずとも、
少し裏手に回ればその色香に狂う神々は後を断たない。
さて、話しは変ってだいぶ昔のことである。
身に覚えの無い内容で決闘を挑まれ、
何とか相手を下した勇者に対し、保護者が謝りに来た。
その保護者は彼の師であり喧嘩友達でもある軍神であった。
「えぇ?! そんなに人気あるのかあの方は。」
「無論だ。目を掛けられてるお前に嫉妬している神々は多い。
せいぜい気をつけることだな。」
「それで妻の誕生日があるからお茶を断わった。
という内容が何故か辱めて泣かせた。
などという尾ひれがついて流れているというわけか。」
「そのようだ。まったくうちの短慮な馬鹿息子達が迷惑を掛けたな。
フォボスもダイモスも根はいい奴なのだが、
いかんせんあの二人も彼女に憧れを抱く男であるゆえな。」
「若いのに随分と強い神々だと思ったらまさかあんたの息子達だとはねえ。」
「お恥ずかしい限りだ。お詫びといっては何だが少し面白い情報を教えよう。」
「何々?」
「我と冥界神の間に親交があることは知っていよう。」
「ああ、前に聞いたな。」
「知っての通りあのおやじはルールに五月蝿い堅物だ。
堕落の君とは水と油もいい所。
だというのに彼の部下の間でも彼女の人気は鰻上りらしく、
密かにファンクラブや親衛隊のようなものまで出来ている始末だとか。
酒の席で嘆かわしいと愚痴を聞かされたわ。」
「それが面白い話しか?」
「まあ待て、本題は此処からだ。
これはぐでんぐでんに酔った奴の羅列した言葉より、
我が内容を補完したものではあるが、ほぼ事実であろう。
何と地獄の門を守る者の一人が、堕落の君に色香で絆され、
本来死するはずの魂を一つ見逃して現世に返した疑いがあるらしい。
冥王が堕落の君に冥界の規律の正しさを誇ってそちらとは大違いだと豪語したところ、
そんなに言うなら、とカチンときた堕落の君が冥王の面目を潰すためにやったそうだ。」
「法に厳しき冥界でそんな不祥事がばれたらまずいな。」
「であろう? そんなことを許した冥王の面目も潰れるし、
下の者達にも示しがつかん。だがまあ、それも本題ではない。
本題は、堕落の君ご本人か、それに匹敵する何か縁の物を袖に下として用意すれば、
冥界の門を守護する者達を買収できるという話しだ。」
「・・・確かに面白い情報だが、そのようなものを手に入れるがまず至難だな。」
「然り、それに如何に娯楽の少なき冥界といえど、
どこまで彼女の威光が通じるかは出たとこ勝負の未知数だ。
縁の品を手に入れたとて博打であることには変わりない。」
「そんな博打、打つことにはなりたくないもんだな。」
それが勇者が知人とかわし得た情報であり、
禁術を用いない反魂法の正体である。
勇者は内心冷や汗をかきながら、死神達の動向を見守った。
(反応は上々だが、果たして一人の告げ口をも許さずにいけるか?)
そして先頭の二人がフワリとこちらに近づいてくる。
フードに覆われた顔を近づけじっくりと絵に見入る。
ぷるぷると震える手が絵画に伸びる。
「だめっすよ先輩⊂彡☆))Д´)パーン」
「はっ?!」
門番長は隣のちゃらい後輩に叩かれ正気を取り戻す。
「気持は解るっすけど、折角の絵に傷でもついたらことっすよ(б`・Д・)б」
「かたじけない、それにしても何という素晴らしさだ。
筆舌に尽くしがたいとはまさにこの事。」
「このタッチと色使い、クロスの二千年期の作だとお見受けするっす(*・ω・)」
「解るのか? 描かれた時期までピタリだぞ。」
「とはいえ、このような作品が世に出ていれば我らの耳に入らぬ筈も無い。」
「っすね。完全非売品の一点もの。
オークションにかけたら天上知らずの値が付くのは間違いないっす(o゚з゚o)ノ」
「流石はあの方に目を掛けられたお方だ。
このような物を所有していようとは、しかし一瞬心奪われたも確かだが、
私はこの冥界の規律を守らねば成らぬ立場だ。
やはりあなたの頼みは聞けません。」
「そうか・・・残念だ。」
勇者は片手に絵を持ち、
もう片方の手の上に炎を燃え上がらせる。
門番衆全員に動揺が広がる。
「ちょっΣ(´ω`*)」
「待て! 気でも違われたか?!」
「俺は死すら覚悟して此処に来た。
かくなる上はこの絵を冥途の土産として、
此処で一花咲かせて散らせて貰おう。」
ゆっくりと近づいていく炎、そして炙られていく絵画。
門番達の悲鳴が上がる。だが、炎の中にくべられた様に見えた絵は、
何時の間にか門番長の手の中に納まっていた。
「受け取ったな?」
ニヤニヤしながら勇者は言う。
門番長はため息をついて言う。
「・・・酷いお方だ。いいかみな、今日この場の事は他言無用。
あとでみなにはこの絵の写しを配る。」
「うほほ、これで色々捗るっすね(ノ∀`●)」
「それにしてもこのような品、持っていることを奥方は?」
「知ってたら俺の胴体と首は繋がってないよ。
あとこの作品が現存してる時点でお察しだな。」
「ほほう、でしたらこちらからもお願いが・・・王魔界の安寧のためにも。」
「お前、案外いい性格してるな。」
「大した事ではありませんよ。何、この冥界には腕の良い画家などおりませんので、
此処にいる人数分の複製を描く画家をそちらで用意していただきたく。
勿論全て内密に願います。互いのために・・・ね。」
「まったく、役人が袖の下に弱いのは何処も変らずか、
自分で申し込んでおいて何だが、何だかなあ。
まあいい、承った。知り合いに数人あてがある。
戦いが終わったら娘の異界にでも缶詰にしてさっさと描かせよう。」
「交渉成立ですね。それでは御武運を、上に戻られるのでしょう?」
「ああ、みなの魂と共に還らせてもらうとするよ。」
「んじゃ勇者さんさいならっす( ゚д゚)ノシ 」
こうして彼は地獄の一丁目より、多くの御魂と共に彼の居城に帰還した。
※※※
「それにしても酷いなあ、ファッキンなんて言われたの初めてだよ。」
「人の分際で不届き也。」
「貴様、本当にあの勇者か? 伝え聞く様相と態度が随分異なるが。」
「もっと真面目で堅物で・・・ってんだろ?
まったく、それ何年前の話しだよ。こちとら嫁さん見つけて、
娘もたくさん出来て、その間も色々あったっつうの。
かみさんや娘達の影響でだいぶ丸くもなったかもな。
でも古い友人知人には変らないってよく呆れられるけどな。」
「まあよい、その力、何よりが本物の証であろう。」
「無礼も許そう。もうすぐ泣いたり笑ったり出来なくなる故な。」
「さて、本命に逃げられても何だし、さくさくいこうか。」
三闘神(トリニティ)、
彼らは主神が決戦様に創造した新造の神々である。
ラウム、彼の能力は空間操作である。
魔法としても高度で難しい部類に入る空間魔法。
彼はそれを手足を振るうように迅速に、
かつより強力に行使することが出来る。
転送されてきた攻撃、その転送時に開いた空間を逆に辿り、
彼はメルシュ達の所まで瞬時に現れた。
そして彼の振るう絶対の切断攻撃。
それはAという空間とBという空間を繋げる転移魔法、
その前準備段階で使用を無理矢理キャンセルすることで、
出入り口設置の対象となった面やその縁を切り取るという技である。
この事象の前では、対象の硬度や魔法防御など一切は無視される。
勿論キャンセルせず球状の転移空間を発生させ、
それで相手を削り殺すことも出来る。
テュポーンを消滅させたのはこれだ。
そして彼の周囲は常に亜空間に繋がる、
次元の裂け目に覆われている。
任意で解くこともできるが、基本いかな攻撃も彼には届かない。
物理攻撃は触れた分だけ攻撃箇所が抉られ、
膨大なエネルギーであっても別の空間にまるごと放棄される。
メルシュの組み上げた空間の檻も、
彼にしてみれば砂の城に過ぎない。
だが彼は彼女を見事だと褒めた。
その言葉に偽りは無い。
何故なら、大人が九九を出来ても賞賛の対象にはならないが、
猿が足し算を理解すればみなが喝采するだろう。
ラウムにとってメルシュのフューネラル・ケイジはそういうものであった。
上級神としての強烈な自負心とそれ以外を見下す傲慢の持ち主。
それが彼、闘神ラウムという神の性格なのだ。
ツァイト、彼の操るのは時間。
任意の空間、対象の時間を操る能力。
停止、加速、逆行、と自在であり、
応用力は非常に高い。
不意打ちをくらっても相手ごと巻き戻して喰らう前にも戻せ、
暗殺の類に対しても死角の無い能力となっている。
唯一不利な点があるとすれば時が止った対象には、
物理、魔力に関わらずあらゆる攻撃が通らなくなってしまう点であろう。
自身には不可能だが、周囲の仲間に対してはそれを利用した絶対防御を掛ける事も出来る。
だから彼は止めている間に敵に触れ、
時限爆弾のような魔力片を仕込むバトルスタイルを取っている。
性格は三者の中でもっとも温厚でとっつきやすい。
闘神でありながら闘いを楽しいとは思えぬたちで、
戦争が終わったら何か趣味でも見つける旅にでも出たいと画策中である。
そしてリーダーのレヒト、
彼の能力がもっとも反則に近い。
それは任意の事象の改変である。
準全能に近い性能で、
口にしたことや考えた通りに現実の世界を改変する力の持ち主である。
自分の位置を改変し、敵の後ろを取る。
相手の心臓と全身の筋肉を止め絶命させる。
攻撃を喰らった事実さえ改変し無かった事にする。
やろうと思えば対象を最初から存在していなかったことにさえ出来るであろう。
ただ、普通に殺すよりその方が魔力の消費が大きいがためやらぬだけで・・・
その性格はレヒト=法の名が示す通りの堅物だ。
母である主神に絶対の忠誠を誓い。
その命を果たすことを至上とし、それ以外への関心は薄い。
レヒトは勿論の事、他の二柱もそれぞれ一騎当千どころか、
単体で魔王城深層まで攻め込める力の持ち主である。
それでも今回のように回りくどい作戦を実行したのは、
魔王に逃げに徹された場合、その所在を掴むのが非常に困難になるためである。
ポータルによる移動、そして主神の目の届かぬ数多の異界。
それらに隠遁されれば討ち取るのは非常に困難になってしまう。
特に、主神以外の上級神族が納める異界は、
彼女と言えどおいそれとは手が出せない。
それ故の奇襲強襲である。
現在のところ、ルアハルの取った作戦は功を奏していると言えた。
だが、アリには分からない。
サイとゾウのどちらが大きく強いかなど・・・
だからこればかりはぶつけて見ねばどうなるか分からない。
「一番槍は頂くとしよう。賽の目状に刻んでくれる。」
ラウムが仕掛ける。聖骸布を外し、
解放された彼らの身体能力は高い。
最上位の魔物でも相手になるのは一握りであろう。
手刀に乗せて放たれる次元の刃、
それが一枚一枚編まれ、乗せられ、
まるで投網のような密度で勇者に迫る。
(避けてもいいぞ、ただし、その時は・・・)
(後ろにはミア達がいるし、
これの射程次第ではあいつのところにも届くかもなあ。
なら避けるって選択肢は無しか。)
本来であれば接触の時間には差が有る。
だが彼らの攻防は音速を遥かに超えるがゆえ、
ぶつかり弾ける音が間断なく高音で廊下に響く。
彼らの周囲の壁や柱にラウムの攻撃の余波が刻まれていく。
だが、肝心の対象は壮健にして健在だ。
(どうなっている。しかも指で?)
止められていた、高位空間魔法の檻でさえ容易く引き裂く彼の絶対の矛が。
指先一本で全て、全弾全撃あまさず迎撃されている。
後ろで見ている二柱は顔を見合わ念話する。
{どうなっているツァイト、解るか?}
{母上の話では彼の力は空間特化ではないはず。
レヒト以上の空間操作能力を習得したのかもね。
まあ、試してみるよ。僕もさ。}
「ラウム、僕も手伝おう。」
「業腹だが、致し方無し。」
「じゃあ行かせて貰う。時よ。」
そして場の全てが時の流れと共に静止する。
ラウムと勇者もその例外ではない。
ツァイトは次元の歪を悠々と避けつつ、
両者に歩み寄り勇者に触れた。
爆発する魔力片を仕込むために。
「まあ、最悪ダメージが入らずとも、
これで怯めばその隙にラウムがバラバラにしてくれるでしょ。」
「ほう、お前だけ前情報がなかったが、なるほど時間操作か。」
「なっ?!」
触れた腕を掴まれていた。
彼以外に誰も立ち入れぬはずの静止時間の中に、
目の前の男はいとも容易く入門してきた。
そして時間が動き出した時、レヒトが見たものは、
勇者に拘束されて前面に押し出され、
ラウムの次元の刃でバラバラにされるツァイトの姿であった。
(ちぃっ、そんなことは無かった。まだ闘いは始まっていない。)
レヒトが力を行使した。全ての事実は改竄される。
ラウムとツァイトは健在でレヒトの隣に存在していた。
「ありがとうレヒト。」
「むう、我が次元の刃も、ツァイトの静止時間にも対応したか。」
「聞きしに勝る力。侮れぬ。我が行こう。」
「おっ?! お前は事象を改変する力の使い手だろ?」
「何故・・・知っている。」
「お前らが殺した連中に話を聞いた。そっからの推測だよ。」
「確かに皆殺しにしたはずだが、貴様の力はいったい・・・死ね。」
レヒトの死の宣告、世界を改変し、
敵を直接に死という状態に強制的に移行させる荒業。
理論上これを防げるものなどいない。だが・・・
「ん? 何かしたか。」
勇者は何も無かったようにぴんぴんしている。
「やはり効かぬか。ラウム、ツァイト、そして我、
全ての力を防いでいるのは同じ力であろう。違うか?」
「流石に一番階梯が上の力を行使するだけあって、段々正解に近づいてきたな。
上級神のドレスコードって意味とかけて、
俺と師匠は神衣(ドレス)なんて呼んでるがな。」
「ドレスコードだと?」
「そっ、これを纏わぬ者は上級神同士の闘いに入る余地なしってことだ。
確かにお前らは強い、俺の魔力総量を10とするなら、
お前らは一人頭8〜9ってところだ。普通なら三体一で勝てるもんじゃない。
でもな、おまえら戦士としてはド三流だ。力の使い方がまるでなっちゃいない。」
「人の身で我らを愚弄するか。」
「するさ、人だもの。それに闘神だと? 笑わせる。
お前らが闘いと呼んでいるものはただの虐殺、弱いものいじめだ。
お前ら、一度でも死を意識したことはあるか?
同格や格上と避けようの無い闘いに挑んだ事は?」
「う〜ん、無いねえ。僕らの間で戦うことは母上が禁じていたし。」
「だろうな、こうして拳を合わせれば解る。
お前らがまだ磨かれていない原石だってことがな。」
勇者の言うとおりであった。
自身の力の使い方を訓練するための戦闘を幾千幾万と積んできた。
だが、その全ての闘いにおいて彼らは苦戦というものをしたことがない。
彼らは生まれつき強すぎた。
彼らに闘いというものを教えられる者が教団にはいなかった。
かたや、勇者は違う、ただの人の身から生まれ、
勇者として人を喰らう者に日夜命を狙われながら魔王城まで辿り着いた。
その間に潜り抜けた死線の数は数えるのが馬鹿らしくなるような数だ。
彼に取って死線とは越えたり潜るものではなく、常に傍らにありて共に眠る虎のようなもの。
そうして幾億の犠牲を払い、屍山血河の修羅場を越えて彼は現魔王と対峙した。
そして彼女と夫婦となり、
インキュバスとして神々に匹敵する魔力を得た後も、彼は研鑽を怠らなかった。
妻はすごい、娘たちも凄い。彼はいつもそう思う。
人と魔物が殺しあわず共に暮らす世界、
その実現のために血にまみれた彼の両手が出来ることはそう多くない。
妻はあなたの愛が無ければ何も始まらない。
そう言ってくれるが、それでもと思ってしまう。
だが、だからこそ彼は強く願う。
平時に役立たぬからこそ、有事の際には絶対の盾となろうと。
何が来ても妻と娘達を守れる者に自分はなるのだと。
※※※
彼の闘いの師、それは彼の知る限りもっとも強い闘神だ。
対外的に中立を宣言しているその神の元に彼は訪れ頭を垂れた。
「それだけの力を持ちながら尚上を目指すか。人の身で傲慢よなあ。」
「傲慢でも何でもいい、彼女達を守れるなら誹りの一つや二つ安いものだ。」
「くくく、その息や良し、立場上、直接力を貸す事はできんが、
まあ喧嘩と称して稽古をつけることは出来るであろう。
それに我もいいかげん、張り合う相手がおらぬで飽いておったところよ。」
「強くなりすぎるのも考えものですね。」
「まったくだ。よってこれからお前を鍛える。気張れよ、
せめて我が本気を出しても持ちこたえられる位にはなってもらわねばな。」
「はい。」
こうして彼は妻の相手、為政、家族サービスに修行と忙しい日々を過していく。
そうしたある日のこと、師に呼ばれこう言われた。
何も気にせず全ての力を込めて本気で撃ってこい と・・・
勇者は少し逡巡したが、師の力を信じていたのでそれを実行した。
己の全魔力を一撃に込め、魔力の砲として天に放った。
だが、その力はまるで紙切れか何かのように師の掌で弾かれ消えた。
「ぬぬぬ、月だって木っ端微塵にするくらいの威力があったはずなんですが。」
唖然とした勇者の顔を見てアレスは高らかな笑いを響かせる。
「ふははっはは、そう、それよ、その顔が観たかった。
力の無い者には披露する必要すら無い力だが、
みせる相手が居らぬというのも寂しい話しなのでなあ。」
師はそれを神衣(ドレス)と言った。
その力の正体。それは端的に言って纏う異界である。
異界とは別の次元に空間を作り
其処を作成者の好きなルールで運営する魔界である。
時間の流れが止った堕落神の万魔殿を筆頭に、
その中では外界の常識が通用しないものが多い。
勿論異界をつくり運営する時点で大きな魔力が必要となる。
そしてそれを半永久的に維持していくのは大変な事だ。
だが、異界と呼ばれるものが広範囲で永続的に運営可能なのに対し、
ドレスの効果範囲は狭く持続時間は短い。
上級神ですらずっとは使用できぬほどの大量の魔力を消費するのだ。
その理由は、異界が主神のルールの影響が届きにくい異次元に作られるものであるのと異なり、
ドレスは主神のルールの適応下で、むりやり違うルールを適応する空間を作ることにある。
例えるなら、足跡一つ無い新雪に好きな絵を描くのはたやすいが、
ガチガチに踏み固められたアイスバーンを削って絵を描くのは至難であるということである。
現魔王が世界規模の広範囲で永続的に新しいルールを定めて運用可能なのは、
元々魔物についての世界管理システムである魔王という座についている事が大きい。
話を戻すと、ドレスとは極限定された空間ではあるが、
自らの定めたルールを適応する異空間を纏うという技術なのである。
限定的な全能に近い性質を持った技であるが、
魔力に限りがあるためただ万能なルールを付加すれば良いと言うわけでもない。
例えば、入った瞬間相手が負けるルールを付加した空間。
一件隙の無い能力だが、
相手があらゆる干渉を無効化するルールを付加した空間を纏って逃げに出れば、
先に魔力が枯渇するのは間違いなく前者となる。
万能で制限の無いルールほど消耗も大きい、
逆に制約をつければコストを下げることも出来る。
一瞬で意思も魂も消滅するような事態にならぬ限り、
事象の改竄で蘇生可能である上級神同士の戦いに於いて、
闘いとは、如何にこちらの魔力を無駄遣いせずに相手の魔力を枯渇させるか、
という種類ものになるのである。
そして勇者はその戦闘経験と弛まぬ訓練、恵まれた環境により強くなった。
勇者は魔力の量だけで言えば、
この世界でも上位から数えて余裕の二桁目に位置する存在である。
だが、こと戦闘に限って言えば、今の彼は上位五指に入る実力者だ。
ドレスの運用が抜群にうまいのである。
最初は指先の一点にのみ生じさせた異界に、
あらゆる空間の干渉を無効化する能力を付加し、
ラウムの全撃を弾きつつ魔力を温存。
続いて残り二人の動きを察し、
薄皮のように全身に纏わせたドレスに事象の改変無効化のルール、
殺気を向けて自分に触れた瞬間全ての干渉を無効化するルールを付加し、
トリニティの攻撃を全て凌ぎきった。
※※※
「さあどうするね? まだやるかい。」
勇者は軽くドレスの種を明かす。
相手に差を見せつけ戦意を挫く為である。
何故なら彼はすでにだいぶ消耗している。
冥界に生身で下りて平気なのもドレスの使用によるからである。
冥界の神々を覗けば死者や魂しか出入りできない冥界において、
潜水服のように異界の膜で自身を覆うことで彼は生身で冥界に出入りしたのだ。
肉体から魂を抜いて行く方法もあるが、
その場合、戻った際に魂の定着に少々時間が掛かる。
とんぼ返りですぐに戦闘とはいかなくなってしまう。
だから消耗が大きくとも彼は強引に生身で冥界へと降り立った。
「局所的な任意の全能だと・・・馬鹿な。」
「我が改変もツァイトの時間操作も無効化する以上、事実なのだろうな。」
そう言ってラウムとレヒトが押し黙る。
「お前らにまともな師がついてれば、俺に勝ち目はなかったろうがな、
今のお前ら相手なら何回やろうと負けん。」
「・・・どうかなあ。そうは思わないけどね。」
そう言ったのはツァイトである。
「どういう意味だ。」
「最上位の神である母上が魔王とルールの改変でせめぎあっているように、
どんな力にも限界はある。ましてやそのような強力な力、
人が際限なく無限に振るえるはずもない。」
「・・・確かに、だがどうする?
現実問題としてこやつの身体能力は我らの上を行く、
おまけに能力の強度も奴の方が上だ。」
「まあね、恐らく範囲の制限無く時間の停止や改変が可能であるが、
その分、世界への影響力としてのランクは僕らの力のほうが一段低いんだ。
レヒトの改変だって中級神や上級神クラスを無条件に消せるレベルじゃないし。」
「然らばいかようにこの不届き者を誅する?」
「魔力の総量なら僕らが上回っている。この人が自分で言った事だ。
消耗させてドレスとやらを剥ぎ取ってから殺せば良い。
毒があるなら毒抜きしてから食べればいいだけのことさ。
止められないならこっちが早くなるまでのこと・・・」
「成程。」
(まずいな、こいつ結構クレバーだ。)
「それじゃラウムとりあえず100倍速でいくから前衛よろしく。
レヒトは後衛で死の改変で牽制しつつ何時でも僕とラウムを改変で再生させる準備を・・・」
「心得た。」
「承知。」
ラウムが消える。だが今度は先程とは事情が違う。
彼はツァイトの時間操作により100倍に加速した時の中に身を置くことで、
全速度の100倍向上を成し遂げていた。
勇者も同様にドレスで敵と等倍の速度向上を施し対応する。
だが、全身を覆うドレスにはレヒトの改変や、
ツァイトの時間静止への対応ルールも同時に付加したままだ。
ルールが上乗せされる度に消費魔力が上昇し、
ドレスの残り持続時間が減っていく。
(ちっ、向こうは負担を分担して持久戦に持ち込んだか。
まあ、威嚇だけで降参させるのは流石に無理があったか。)
先程同様にラウムの撃ち込む次元の斬撃を防ぎつつ、
相手を殴り飛ばす勇者、だが攻撃を加えた瞬間。
ラウムに当たった事実は改変され彼は瞬時に舞い戻ってくる。
(長期戦は負け戦だなあ。仕方ない。やるしかないか・・・)
勇者は覚悟を決める。そして攻防の最中に微妙に少しずつ自身の位置を調整する。
一瞬、たった一瞬、自分とトリニティが全て一直線に並ぶ一瞬。
視界より勇者の体がラウムの体に隠された一瞬を狙い勇者は仕掛けた。
その一瞬のみ、自身の速度をさらに倍の200倍率まで引き上げて宙を蹴る。
そして押し出すように突進し、ラウム、ツァイト、レヒトを重ねるようにぶつける。
そのまま全員を壁に一気に押し付けた。その瞬間、ドレスが展開しトリニティを包み込む。
「これは?!」
「能力が?!」
「使えぬ?!」
「・・・捕らえたぜ。ドレスは基本的に体の周囲から広げていくものだが、
触れた相手なら着てる物同様に巻き込んで好きなルールを相手に科せる ってわけだ。
お前達の厄介な力はもう使わせない。終いだっ!」
押さえつけた所から寸剄(ワンインチパンチ)の要領で放たれる勇者の剛拳。
それはオレイカルコスの鎧をその膂力だけで三枚貫きにした。
砕かれた鎧、普通であれば大量の血と内臓がこぼれ出る場面だ。
だが、彼らの体からはそんなものは少しも出ない。
「お前達・・・殴った手応えがおかしいとは思ったが。」
勇者が見る先には何も無い。
肉も骨も何も・・・鎧の中は虚ろな空洞であった。
「そう、我らは肉体を持たぬ神。」
「この鎧と兜が僕達の体ってわけ、そこに魂を定着させてある。」
「何だってそんなまねを。」
「堕落せぬためだ。肉の喜びによる堕落、
それは魔王やその娘の討伐にもっとも危惧すべきモノだからな。
いかに強力な手駒も寝返っては意味が無い。母は懲りたのだ。
裏切り続ける勇者という者に絶望し懲りた。故に我らを生み出した。」
その言葉に少々当て付けられたようで、
勇者は苦い笑みを浮かべる。
敗れたことを自覚したのか、トリニティは神妙に語りだした。
勇者はその事を感じ取り、彼らを解放する。
彼らは腹の傷こそ直したが、戦いの構えを解いたようだ。
次に勇者に殴られれば一撃ではすまない。
全身を木っ端微塵にされるまで永遠に拳を喰らうであろうことを解っていた。
能力を封じられた状況でそうされれば、さしもの彼らとて死ぬ。
そして現状、彼の接近を逃れる術が彼らには無い。
「今の我々では汝に勝てぬようだ。」
「最上の策と最強の力、これでも抜けないか。完敗だねえ。」
「・・・真に遺憾ではあるが・・・我々は此処までだな。」
あまりに潔いトリニティの振る舞いに、勇者は少々拍子抜けと言った感じだ。
「随分と素直だな。まあおじさんそういうのは嫌いじゃないけど。」
そんな勇者を見て苦笑するトリニティ。
「潔いだと? 冗談も程ほどにせよ。」
「母上に合わせる顔が無いよね、こんなことになってしまって。」
「だが仕方ないことだ。我らの力及ばぬその時は・・・」
三柱の神々は顔を見合わせる。
そして勇者の方に向き直る。
「人の身でありながら我らを破るその力、見事の一言だ。
だが、我らを殺せる時に殺しておかなかった事、後悔するぞ。すぐにな・・・」
「哀しい話しだね。これが戦争とはいえさ。」
「それでは告げるとしよう、滅びのラッパが鳴らされるその時を。」
何かが・・・まずい。
不穏な言動と態度から違和感を感じた勇者は、
彼らを拘束し、その動きを封じようとした。
だが、その行動は一手遅かった。
彼らの鎧が突如光り輝くと、その体から光の柱を生じさせる。
壁も空間も、全てを越えて立ち上る三本の光の柱。
それは一瞬で止み、場には奇妙な静寂だけが残った。
「・・・一体・・・何を・・・お、お前ら?!」
「惨めな姿であろう。霊格も力も、全て手放した神の残骸だ。」
「今の僕達はただの動くオレイカルコス。」
「だがこれで・・・全てが終わり。そして始まる。」
立ち上った柱に全ての力を持っていかれたかのように、
膨大な魔力も神としての力も、目の前の彼らには感じられない。
ざわざわする。胸を掻き毟るような焦燥感が勇者の胸に生まれていた。
(一体全体、奴らは何をした。終わりだと?)
柱が立ち上った方向に感覚を向ける。
地の底から地表へ、そして城内を突き抜けて空へ空へ、
ぐんぐんと高度を上げていくが異常は感知できない。
大気圏を越え、暗く静謐な宇宙(そら)に至ってもまだ・・・いや。
ようやく勇者は光の柱の行き着く先を遥か彼方で見つけた。
膨大な三つの魔力の柱は、ある座標でそれぞれ光の球体となっていた。
その三つを支点として巨大な三角の魔法陣を形成している。
そのサイズは一辺の長さが軽く惑星の直系にも等しいでたらめサイズな魔法陣だ。
そして三角系の陣は次々と光りが走り線とルーン文字が書き込まれていく。
「でかすぎて読みづらいが、この方陣は・・・ポータル?」
超ド級、惑星サイズのポータルが宇宙空間に展開している。
そして三角の陣の中央には丸い陣が描きこまれ魔法陣は完成する。
その中央の丸い陣が光り其処から同サイズの球体が吐き出される。
陣全体から見れば二周りは小さいその球体、
しかして、その陣は惑星サイズなのだ。
吐き出されたそれは衛星、月とほぼ同サイズであった。
それは何で推力を経ているのか知れぬまま、
しだいに引かれるように進み始める。
その行く先は光の柱の根元、魔王城直下である。
※※※
「最大望遠でました。」
「直径は・・・ほぼ月と同サイズ?!
そんなモノが落ちて来るだと・・・」
作戦本部に残された魔女達とシャアル、
シャアルは光の柱を目撃すると共に、
すぐに魔女達にその行く先を遠見の魔法で映させた。
本来であれば、とてもその距離は魔法で映せる距離ではない。
だが、映す対象のサイズが破格であったゆえ、
その映像を作戦本部から見る事に彼らは成功していた。
「あれの材質がなんであれ、あんなものがもし・・・もし地上に落下したら。」
「どう・・・なりますか?」
聞くのが怖い、だが聞かずにはいられない。
魔女の一人がシャアルに訪ねる。
「あれですか? 地表から舞い上がった塵で世界中が暗くなっちゃって、
世界規模の長い冬が来ちゃって世界滅亡・・・みたいな?」
「・・・それで済めば安いものだ。
魔物とインキュバスならその程度の環境変化、
少し工夫すればどうとでもなるからな、
死ぬのは脆弱な一般人、教団を中心とした人間達がほとんどということになる。」
「それでは・・・済まないと?」
「ああ、詳しくはあれの構造や質量を測って計算せねば解らんが、
ザックリでよければ説明は出来る。」
「じゃあザックリでお願いします。」
「では希望的観測に基づいたあれの最低限の破壊力について説明しよう。
まず、アレの中身が卵のような空洞であった場合という補足を入れておく。
中までミッチリならそれこそ、この星は砕け散ってお終い。それで話しは終わりだからな。」
「・・・仮に空洞であった場合は?」
「激突と同時に星の表面を覆う地殻が剥がれ、世界同時にマントルが噴出する。
星の表面を覆う厚さ10kmほどの地表がめくり上がり、
それが津波のように星の表面を伝播していく、
同時に海も捲れて高さ数kmの津波が一緒に起きるが、
地殻の津波に比べればかわいいものだ。
津波は周囲の複数の大陸を粉砕しながら宇宙まで届く程に、
砕けた大地の破片を吹き飛ばすのだ。
そうしてまき上がった直径数kmの大地の破片が、
今度は数え切れぬ隕石として数千kmのクレーター周辺を爆撃する。
そうして激突側半分は完全に崩壊する。」
学者として冷静に地獄絵図を述べるシャアル。
「そんなことが・・・」
その光景を想像し絶句する魔女達。
だが其処で彼の話しは終わらない。
「これはまだ地獄の始まりにすぎん、此処からが本番だ。
激突時に、馬鹿げた質量で押しつぶされ、
圧力で発生した熱で気体になった岩石、マグマの気体版だな。
数千度の温度を持ったそれが秒速300m程の熱波となって星中を駆ける。
一日もすれば衝突点の裏側までその熱波は達し、この星は燃える惑星となる。
そしてそれが冷えるまで、ほうっておいても一年は掛かる。
地底であろうと海中であろうと、この未曾有の大災厄から逃れる術は無い。
それこそ異界にいる一部の命、数千度の熱すら耐えられる神々や一部実力者以外、
全てが燃え、全てが干上がる。命という命が存続を許されないだろう。
世界の終わりだ。主神め、全てをリセットでもするつもりか・・・」
誰も、何も言えなかった。頭上より来る巨大な滅びの使者。
その威容をただ見守ることしか彼らには出来ないのだ。
※※※
魔王城の周辺の戦闘も、突如出現した新たな星。
その姿が兵達を動揺させ、一時休戦の状態へ移行していた。
「・・・これも貴殿の策の内かルアハル殿。」
「・・・いやあ、聞いてないですなあ。流石にこれは・・・」
「で、あろうなあ。我ら魔物だけではない。
地上の無辜の民全てを犠牲にしてでも魔王様を滅ぼすというのか。」
「負けたからといって星という盤上そのものを引っくり返そうなどと、
何とも頂けませんなあ、主神様。
これはあまりに・・・あまりってもんですぜ。」
一方死者の軍勢と競り合い中のエスクード=フーザも、
空を見上げ歯噛みしていた。
「馬鹿な! こんな話があってたまるか。
みな家族がいて、待っている人もいて、その彼らの献身への報いがこれか。」
「エスクード様。貴方様ならあの石ころ一つ、押し戻して防げるかしら。」
軍勢を率いるワイト、イール=ジェルトヴァが何時の間にか側により、
からかい混じりにそのような事を口にする。
「私が一万人いようと無理でしょうね。
くそう、何が・・・何が絶対障壁(ガーディアン)だ。
名前負けもいいところだ。肝心な時に誰も守れぬのか。」
「実際問題どうするお姉ちゃん。」
妹のリッチであるイルネスも側に降り立つ。
しばし考えた後イールは華美な扇子をサッと広げ、
パタリパタリと扇ぎながら言った。
「どうもしないわ。アレに対して私達が出来る事は何も無い。
だから待つの、信じて待つ。それしかないわね。」
イールは城の方角を見ながらそう言った。
ジャックとDrシェムハ達は並んで空を見上げている。
「とんだ事態ですね。この星の危機だ。」
「テンション上がってきたー! エンブリオ!!」
「何でしょう? マスター。」
「操者達にグランギニョルの準備をさせておけ。
待っていたのだ。こういうシチュエーションを。」
「・・・しかし、グランギニョルで何をしようと?」
「まだ出番は無い。だが、この後その力を振るう場面が来よう。
そうであろう? 偉大なる勇者よ。」
「そうですね。シーラも力を溜めておこうか。
たぶんまたバーニングプラズマを使う場面が来るよ。」
話を振られたシーラはキョトンとし、周囲を軽く見回すと笑みを浮かべる。
「それは・・・まあ仕方あるまい。丁度手ごろな岩陰もある。
我が英雄殿、あまり時間はあるまいが睦み会おうぞ。」
「うん、それじゃあみんな、力を溜めてるから。
あれに変化があったら呼びに来てよ。」
「ちっ、呼びにいったら邪魔されたと怒って火を吹きかけるでないぞ一本角。」
「僻むでないわ二本角よ、夫を連れてこぬ貴様が間抜けなのだ。」
余裕綽々の顔のシーラ、
岩陰に消えた二人は獣のような声を響かせ始める。
そのころレギウスの面々とサプリエート達は
「まったく、教団の馬鹿も此処に極まれりだな。
下が下なら上も上だ。負けず嫌いの子供か、馬鹿馬鹿しい。」
「そう怒るなヴィクトール、血圧上がるぞ。」
「怒らいでかバスター、勝手に囮にされたのはまだ許すとしても、
負けるのやだからみんなまとめて吹っ飛ばずなんぞ正気とも思えん。」
「いえ、ある意味理に叶っていますよ。
死人にくちなし、誰もいなければ不平不満も聞こえまいというものです。」
「それが阿呆だというのだクルーエル。」
「まあ阿呆だというその意見には全面的に賛同しますがね。」
(それで、皆様はどうされますか?
私はもう魔力切れですしポローヴェの方々に連絡を取り、
しかるべき準備を致したいと思います。)
サプリエートが三人に問いかける。
「ふむ、そうは言っても女史、我らももう燃料切れだからなあ。」
「無い袖は振れません。此処で大人しく見ているしかないでしょうね。」
「・・・いい、許す。お前達。」
ヴィクトールがガッシと兄弟の肩を掴みそう言った。
「何をじゃ?」
「SEXだ。相棒と好きなだけSEXしろ。それで魔力は回復するのだろ?
メドローアを撃てるくらいにまで回復しておけ、
どうせアレは俺らではどうにもならんが、魔王側とて黙って見過ごしはすまい。
こっちの不始末だ。後始末ぐらい手伝わんでどうする。」
「しかしヴィクトール、いいのですか? 明らかな反逆行為ですが。」
「自分の身を守るためにやったことだ。
もし此処から生き延びて帰れた時、
教団に召還されたら横っ面を張って言ってやるわ。
裏切ったのは貴様らだろうこの馬鹿めらが・・・とな。」
「おっとこ前じゃのうヴィクトール、負けて男が上がったんじゃないか?」
「やけくそになってるだけだ。本当に馬鹿馬鹿しい。」
ヴィクトールはプリプリしながら兄弟を森へと追いやった。
そんなヴィクトールをスクナはくすくすと笑いながら肩に手を置いた。
「貴方は良き剣士であり良き将です。
貴方のような人の下につけて彼らは幸せです。」
「うるせえ、まったく、どいつもこいつも。」
「そういうことじゃシャルル、なんともムードの無い初めてじゃが勘弁してくれ。」
(うふふ、ヴィクトールも粋なことするじゃない。うれしいわバスター。
私、ずっと・・・ずっと貴方とこうしたかった。)
「すまんのう。窮屈な思いをさせてしまって。」
バスターにまるで炎が絡みつくように纏わりつく。
それは人の形を成し、焔のように情熱的な口づけをかわし始める。
「おおう、情熱的だねえあっちは、
じゃあネージュ。こっちも始めようか。」
(フン、仕方ないわね。貴方の命を守れ、
女王様からの命令を果たすにはこうするしかないのだから。)
「またまたあ、相変わらず素直じゃないね君も。」
(相変わらず五月蝿い男、小賢しい人間は嫌いよ。)
「じゃあどうする?」
(当然、こうして口を塞げばいい。)
ネージュも負けぬほどに情熱的に口づけをかわす。
息をもつかせぬように何度も何度も口づけをし、
永久氷壁さえ融けるようなホットな交わりを開始する。
そしてデルエラとレスカティエの乙女達。
「よろしいのですか? デルエラ様。
この場で催しを続けていて。」
「別に構わないわウィルマリナ。あそこにはお父様がいらっしゃるのだもの。
私の出る幕ではない。でもそうね、レスカティエに連絡を取って、
準備だけはさせておくとしましょうか。
ゴミ掃除がこちらに回ってくる可能性は高いから。」
「お義母様に連絡ですか?」
「そうよミミル、貴方から言っておいて頂戴。
状況を伝えた後、私が例のモノの起動準備だけしておいてと言ってたって。」
「解りましたデルエラ様。」
そういってミミルは彼女の師であり育ての母とも言える。
黒毛のバフォメットに連絡を取るのであった。
レスカティエで留守を任されている彼女の所に、
魔法陣で音声を飛ばす準備を始める。
※※※
城内の勇者とトリニティは・・・
「あれこそが我らの奥の手。」
「滅びの月(ラーシャイダ・カマル)。」
「終わりだ。貴様も我らもな。」
「なんつうことを・・・アレス、聞いてる筈だ。応えろアレス。」
{聞いているぞ。見事な一戦だったな。師としても鼻が高いぞ。}
「そんなことはいい、あれだ。どうにかならないか。
正直こっちはもう魔力がカツカツだ。幾ら中立を謳うあんたでも、
あれ相手なら手出しして問題ないはずだ。」
{確かにな、この戦、互いにレゾンデートルを掛けたものであったゆえ、
手出しはせぬつもりであったが、負けそうになるや全て台無しにしようとするやり口。
あまりに戦を馬鹿にしている。全霊を掛け剣を交えた者達の魂を踏みにじる愚行よ。}
「だったら頼む、あんたの槍でアレを団子みたいに串刺しにして、
遥か彼方へ捨ててやってくれ。」
{したいのは山々だがな、出来ぬのだ。あれはただの星ではない。}
「何?」
「そうあれはただの衛星サイズの質量兵器ってわけじゃないんだ。」
ツァイト達が補足を入れる。
「ただの月サイズの物体じゃあ、あなた達をどうこうするには不足でしょ?」
「だからあれの表面には幅数km程の溝として巨大なルーンが刻まれている。」
「それと内部機関の働きにより、あれにはある特性が付加されている。」
「ある特性だと。」
{そう、神々やその力、ドレスのようなルール改変に反応し、
それらを無効化する絶対的な障壁を展開するのだ。
試してみたが、大規模空間魔法のような高位魔術にも反応して
同様の無効障壁を展開するようだ。
人でありながら強力な力を持つ貴殿こそ、
アレをどうにか出来る数少ない希望だ。}
「そんな馬鹿な、
上級神でもトップクラスのあんたでも介入できないレベルの障壁?
いくら彼女が最上位の神であっても、
上級神を三柱も創りさらにそんなべらぼうな代物まで仕込むなんて・・・あ?!」
{気づいたか。そう、あの小娘にそんなことは不可能だ。
それにこの目的のためなら手段を選ばぬやり口、あの女のものではあるまい。}
「先代の・・・」
「十中八九間違いなかろうな。
あのくそ爺め、あいも変わらずつまらぬ事をする。」
「無駄だ。」
「もう全てが手遅れだよ。」
「諦めるがいい。勇者よ。」
押し黙る勇者に声を掛けるトリニティ。
だが、勇者は口を引き結びながらも必死に考える。
諦めるなどという行動も選択肢も、
とうにただの人間であったころに捨てていた。
相手が強大な魔物の軍勢の王であろうとも・・・
相手が世界を統べる管理者の神であろうとも・・・
彼の辞書には諦めるなどという文字は存在しない。
その不屈の魂こそ、彼を最強の勇者たらしめているものの核だ。
(ドレスは通じない。高位の攻撃魔法による攻撃も禁止。
どうする? どうすればいい・・・あれの構造は・・・)
勇者は時間にして数分、下げていた頤を上げると声を上げた。
「アレス、頼みがある。」
{何でも言え、その顔は道を見つけたのだろう?
ならば後は行動するのみだ。そうであろう友よ。}
勇者はくるりとトリニティの方に向き直る。
「お前達にも協力してもらう。」
「ガラクタになった我らにか?」
「駄目だなんて言っても逆らえないしね。」
「好きに足掻くがいい。」
彼らももはや諦念しているのか、その言動は素直だ。
(すまない。どうやら・・・出産には立ち会えそうに無い。)
勇者は心の中で最愛の妻に詫びると、
トリニティ達を引き連れて魔王城内から転移し、
遥か上空にその身を躍らせた。
そしてそのまま底の無い虚空の彼方へと体を蹴り出した。
彼の愛する者達の生きるこの世界を救うために。
魔王城最深部より勇者が飛んだ先。
それはある女性の寝所であった。
「あら、貴方から訪ねてくれる何て珍しいのね。
夜這いかしら? だったら何時でもOKなのだけれど。」
上品でいて艶やかな雰囲気を纏う声、
その声が露骨に媚を含んで彼に絡みつく。
普通の男性であればこの声だけで自身を見失い身を持ち崩す。
そのような危うさを秘めた声だ。
「勘弁してください。そんなことしたら家のかみさんが、
激怒して此処に全軍率いて攻め込んできますよ。」
「それはこわいわねえ。それにデルエラちゃんと争うなんていやだし。
・・・ならデルエラちゃんと私と彼女、三人同時に相手するってのはどうかしら?」
「流石に勝てる気がしませんね。女房一人でも床じゃ押されっぱなしなのに。」
「あらあら、淫魔の長の夫ともあろう者が何と甲斐性の無い。」
「何と言われようと無理なものは無理ですよ。
貴方には不肖の娘が格別世話になってますし、
出来れば願いは聞いてあげたいところですがね。」
「あら〜、デルエラちゃんと私は持ちつ持たれつよ。
今日も彼女のおかげでうちの信徒と天使が増えたわ。
私達はあまり積極的に外に営業する方じゃないから、
彼女にはだいぶ布教で助けられてるわ。」
そう、此処は万魔殿の最深部、元は上級神でありながら、
自ら進んで堕落し、教団よりその名を忌み名として剥奪された者。
今は堕落神としか呼ばれぬようになった女神の寝所である。
もっとも彼女も真の名前を親しい人しか知らない何てロマンチック。
などと言ってその呼び名を自分から使っているくらいなのであるが・・・
「それで? 私と爛れた痴情の縺れに興じて下さるのでなければ、
今日はどう言った御用件でいらっしゃったのかしら?」
「二つお願いがあって来ました。」
「・・・あら、何かしら。」
「今、魔王城内でうちの部下や加勢に来てくれた他国の者達が殺されています。」
「そのようね。でも助けないわよ。うちはあくまで中立だもの。
天使や僧侶、巫女の堕落はうちの営業でもあるから別だけど、
戦力として当て込まれるのは筋違いというものだわ。
この万魔殿はジパングで言う所の駆け込み寺に近い存在。
外界で行き場を失くした者、信仰を裏切られた者。
そういったどんづまりの者達ための最後の逃げ場所として此処はある。
勿論最初から堕落した性に興味のある子も大歓迎だけれど。」
「戦ってくれとはいいません。ですが戦闘終了後の現場に赴き、
敵が殺した者達の死体を此処に集め修復しておいて欲しいのです。
ダークプリーストやダークエンジェルの揃った此処なら。
2〜30人分の遺体の回収と修復くらい余裕でしょう?」
「・・・まあ、それくらいならいいかしらね。でもどうする気?
確かに時の流れぬ此処なら、再生させた遺体が傷むこともないけれど、
肝心の魂が抜けたままではただの抜け殻よ?」
「それに関しても考えがあります。そして二つ目のお願いなのですが。
以前、貴方より頂いた贈り物。あれを手放すことをお許しください。」
「あら、まだ持っててくだすったの?
てっきり彼女にもう見つかって燃やされたものと・・・」
「見つかっていれば間違いなくそうなっていますね。
気持に応えることは出来ませんが、それでも貴方は娘が世話になっている恩神です。
その方からの贈り物を無碍にすることは出来ませんよ。」
「あらまあ・・・何年経っても妙に律儀で頑固な所は直らないようね。
まあそこが良いのだけれど、別にいいわよ。あげた物をどう使おうと本人の自由だわ。」
「ありがとうございます。それでは急ぎますのでこれにて。」
「せっかく幾百年ぶりに訪ねてくださったのにもうお別れなんて、
相変わらず忙しないことね・・・立場上あまり肩入れは出来ないけれど、
個人としては期待しているわ。貴方と彼女の出産祝いを一緒に祝える事を。」
※※※
地の底を思わせるような風景が其処には広がっていた。
切り立った断崖のような細い道が迷路のように広がり、
道と道の間には溶岩が炎を吹き上げ、下から赤く周囲を照らしている。
道端には時折、真っ白い彼岸花が薄く光りながらがいじらしく咲いている。
そんな地獄を思わせる風景の此処は、そのまま見た目どおりの冥界である。
死した魂が此処を通り、また別の命の器へと転生するための場所である。
そして細い道の先には広がった道があり、
そのさらに先には巨大な門が威圧を持って構えていた。
その周囲にはボロボロのローブを纏い、
髑髏などの意匠が彫られた大鎌を備えた集団がいる。
目深に被られたフードから顔はみな覗くことが出来ない。
だが彼らの頭上には天使のような輪がそれぞれついている。
しかしその色は固まった血のように鈍い赤色だ。
門の正面を固める先頭に立つ二人が会話している。
「暇っすねえ先輩。上でデカイ戦争やってんじゃあないんすか (。´・ω・)?」
「恐らく魔王側が優勢なのであろう。魔物は人を基本殺したがらんからな。」
「上の連中が王魔界で大規模な戦争あるから〜って
この門に人員増やしたっつうのに完全に無駄っすねえ (-∀-`; )」
「無駄口を叩くな、我々は上の指示通りにやってればいいのだからな。」
「合点了解っすよ d(ゝ∀・)」
「・・・まったく、むぅ!」
青白い火の玉がぞろぞろと細い道を飛んで門へと近づいてきた。
俗に言う人魂、魔王城内で討ち死にした者達の魂であった。
「キタ(゚∀゚)コレ」
「やはり死傷者ゼロとはいかなかったらしいな。
まあいい、みな受け入れの準備をせよ。」
リーダーらしき者の声を受け、門の方で動きが会った。
ガコンッ と大きな音を立てて門が グワラグワラ と開いて行く。
「(。´・ω・)ん? 何だか何匹か変なの混ざってるっすね。」
「・・・ああ、あれか。」
人魂のほとんどはただの青白く揺らめく炎だが、
その中にいくつか異なる形のものが混じっている。
例えば一つは人魂に青白く半透明だが、
丸っこい三角耳とモフッとした縞のある尻尾が生えていた。
「あれらは霊格の高い者達の魂だ。
長生きし生前は地元で神として奉られていたのであろう。
そういう者は死後も生前の形をこの冥界にてある程度保つ事が出来る。」
「何か門に入るのを嫌がってるっすね (´・ω・`)」
「現世に心残りがあるのであろう。
行くぞ、あの手合いを下手に現世に帰せば強力な怨霊や祟り神になる。」
「うっす ( ・`ω・)」
リーダー格の者が大鎌を構えると、周囲の者達も一斉に臨戦体勢に入る。
そして彼らは一部の抵抗する人魂を取り押さえようとする。
だが両者の間に突如頭上から飛来する存在が割って入る。
衝撃と土煙を上げて降り立った者に対し、
門番達は殺気を込めて大鎌を構える。
だがリーダー格の男と隣のちゃらい男は構えを解く。
「みな構えを解け、この方は敵ではない。」
「勇者さんチョリーッス ∩(・ω・)∩」
「門番長に昇格したんだな、相変わらずお堅いようだが、
そしてお前は相変わらず冥界人とは思えん程ちゃらいな。
元だし勇者なんて俺の他にもごまんと居るんだからその呼び方はやめろと・・・」
「でも生身で冥界(こんなところ)までこれる勇者なんて勇者さんだけじゃないっすか。
だから勇者さんで問題ねっすよ。ねえ先輩 o(゚∀゚)o」
「知らん、俺にふるな。それはそうと、
どうなされました? 上ではまだ戦争は続いているのでしょう。」
「まあな、だがまあちょいと急ぎの野暮用があって此処まで来た。」
「ふむ、察するにあの中のどなたかに用があるのでしょうか?
他ならぬ貴方の頼みです。少々規則を曲げる事となりますが、
別れの挨拶をする時間くらいなら作って上げられると思いますよ。」
「はは・・・折角の御好意なんだがちょいと違う。
此処にいる魂と今から此処に来る魂全て、現世に連れて帰らせてもらう。」
シン と場が静まりかえる。
「(*´σ3`)σヒュ〜〜。パネッす勇者さん。
それはあれっすか、俺とガチりたいっつうお誘いっすか?
ラブコールなんすか? ジュテームモナム〜〜っすか?」
口調はちゃらいままだが爆発寸前のダイナマイトのようなチリチリした闘気が、
その男から爆発的な魔力と共に放たれる。
だが門番長である隣の男が肩に手を置いてその気を沈める。
「早まるな、阿呆。今のお言葉、
聞かなかったことに致しますゆえ、早々にお引取りを。」
「いやいや、帰れと言われて帰るくらいなら生身でわざわざ此処まで来ないよ。
是が非でも此処は我を通させてもらう。あいつにまかせろって約束しちまったからな。」
「・・・正気ですか? 聞けると御思いですか? そのような戯言を。
今なら抵抗した魂に対しこの馬鹿が羽目を外しすぎた。
そのような報告で丸く収まるでしょう。
ですが、私と門番衆全員が本気を出せばそうは参りません。
その瞬間、我が主、冥王様の注意はこちらに向けられ、
貴方の侵入と暴挙はあの方の知るところとなります。
そうなればいかな貴方と言えど、無事に此処から帰れるとは思わぬ事です。」
「あのおっさん冗談通じないからなあ、俺苦手だわ。
それに冥界では幾らなんでも勝負にならんだろうな。
猟師が海中で鮫と戦うようなもんだ。」
「それが解っているのでしたら・・・」
「だからな、こっちも手ぶらで来たわけじゃない。
ちょいとばかり心付けを用意させてもらった。」
そう言って勇者は懐の子袋から大きめの巻かれた布を取り出す。
麻のように荒めで固い印象のある見た目の布だ。
その子袋は内部に織り込まれた魔法陣により、
ミニポータルを形成して物置と繋がっており、
見た目よりもずっと多くの物が入る少々高いが魔界でも人気の一品だ。
「こころつけ(-ω- ?)」
「この場合、賄賂ということだ。
私がそのような物を受け取ると思われていたとは甚だ心外です。
それに我ら二人のみならいざ知らず。此処には他の者も大勢います。
一体いかような賄賂でみなの口を塞ごうというのか。
逆に見てみたくなりましたよ。」
「いいぜ。とくと見るがいい。我が秘蔵の宝物を。」
巻かれた布地をクルクルと開く。
すると其処には一枚の絵が描かれていた。
「こ・・・これはっ?!」
「!!( ; ロ)゚ ゚」
二人だけではない。後ろに控えていた者達全員が息を呑んだ。
それは一枚の女性の裸婦画であった。
絵でありながらあまりに神々しく、同時に妖しく淫らであった。
その絵を手に入れるためなら五体を質に入れても良い。
その場の幾人かはそのようにさえ思わされていた。
「こ・・・この御方は?!」
「マジパネェッすよ勇者さんヽ(゚Д゚;)ノ!!」
その裸婦画のモデルは堕落神と呼ばれる女神その人である。
上級神として元々神界でもいいとこの出であった彼女、
だが突如として自ら進んで堕落し、神族の界隈でもその評判は表向き地に堕ちた。
しかして、その裏ではまったく逆の現象が起きていた。
高貴で清楚な高嶺の蕾が、淫らに変じて咲き乱れる様は、
神界の男性神族の間で大層高い人気を呼ぶこととなる。
表向き彼女を褒める声など聞こえずとも、
少し裏手に回ればその色香に狂う神々は後を断たない。
さて、話しは変ってだいぶ昔のことである。
身に覚えの無い内容で決闘を挑まれ、
何とか相手を下した勇者に対し、保護者が謝りに来た。
その保護者は彼の師であり喧嘩友達でもある軍神であった。
「えぇ?! そんなに人気あるのかあの方は。」
「無論だ。目を掛けられてるお前に嫉妬している神々は多い。
せいぜい気をつけることだな。」
「それで妻の誕生日があるからお茶を断わった。
という内容が何故か辱めて泣かせた。
などという尾ひれがついて流れているというわけか。」
「そのようだ。まったくうちの短慮な馬鹿息子達が迷惑を掛けたな。
フォボスもダイモスも根はいい奴なのだが、
いかんせんあの二人も彼女に憧れを抱く男であるゆえな。」
「若いのに随分と強い神々だと思ったらまさかあんたの息子達だとはねえ。」
「お恥ずかしい限りだ。お詫びといっては何だが少し面白い情報を教えよう。」
「何々?」
「我と冥界神の間に親交があることは知っていよう。」
「ああ、前に聞いたな。」
「知っての通りあのおやじはルールに五月蝿い堅物だ。
堕落の君とは水と油もいい所。
だというのに彼の部下の間でも彼女の人気は鰻上りらしく、
密かにファンクラブや親衛隊のようなものまで出来ている始末だとか。
酒の席で嘆かわしいと愚痴を聞かされたわ。」
「それが面白い話しか?」
「まあ待て、本題は此処からだ。
これはぐでんぐでんに酔った奴の羅列した言葉より、
我が内容を補完したものではあるが、ほぼ事実であろう。
何と地獄の門を守る者の一人が、堕落の君に色香で絆され、
本来死するはずの魂を一つ見逃して現世に返した疑いがあるらしい。
冥王が堕落の君に冥界の規律の正しさを誇ってそちらとは大違いだと豪語したところ、
そんなに言うなら、とカチンときた堕落の君が冥王の面目を潰すためにやったそうだ。」
「法に厳しき冥界でそんな不祥事がばれたらまずいな。」
「であろう? そんなことを許した冥王の面目も潰れるし、
下の者達にも示しがつかん。だがまあ、それも本題ではない。
本題は、堕落の君ご本人か、それに匹敵する何か縁の物を袖に下として用意すれば、
冥界の門を守護する者達を買収できるという話しだ。」
「・・・確かに面白い情報だが、そのようなものを手に入れるがまず至難だな。」
「然り、それに如何に娯楽の少なき冥界といえど、
どこまで彼女の威光が通じるかは出たとこ勝負の未知数だ。
縁の品を手に入れたとて博打であることには変わりない。」
「そんな博打、打つことにはなりたくないもんだな。」
それが勇者が知人とかわし得た情報であり、
禁術を用いない反魂法の正体である。
勇者は内心冷や汗をかきながら、死神達の動向を見守った。
(反応は上々だが、果たして一人の告げ口をも許さずにいけるか?)
そして先頭の二人がフワリとこちらに近づいてくる。
フードに覆われた顔を近づけじっくりと絵に見入る。
ぷるぷると震える手が絵画に伸びる。
「だめっすよ先輩⊂彡☆))Д´)パーン」
「はっ?!」
門番長は隣のちゃらい後輩に叩かれ正気を取り戻す。
「気持は解るっすけど、折角の絵に傷でもついたらことっすよ(б`・Д・)б」
「かたじけない、それにしても何という素晴らしさだ。
筆舌に尽くしがたいとはまさにこの事。」
「このタッチと色使い、クロスの二千年期の作だとお見受けするっす(*・ω・)」
「解るのか? 描かれた時期までピタリだぞ。」
「とはいえ、このような作品が世に出ていれば我らの耳に入らぬ筈も無い。」
「っすね。完全非売品の一点もの。
オークションにかけたら天上知らずの値が付くのは間違いないっす(o゚з゚o)ノ」
「流石はあの方に目を掛けられたお方だ。
このような物を所有していようとは、しかし一瞬心奪われたも確かだが、
私はこの冥界の規律を守らねば成らぬ立場だ。
やはりあなたの頼みは聞けません。」
「そうか・・・残念だ。」
勇者は片手に絵を持ち、
もう片方の手の上に炎を燃え上がらせる。
門番衆全員に動揺が広がる。
「ちょっΣ(´ω`*)」
「待て! 気でも違われたか?!」
「俺は死すら覚悟して此処に来た。
かくなる上はこの絵を冥途の土産として、
此処で一花咲かせて散らせて貰おう。」
ゆっくりと近づいていく炎、そして炙られていく絵画。
門番達の悲鳴が上がる。だが、炎の中にくべられた様に見えた絵は、
何時の間にか門番長の手の中に納まっていた。
「受け取ったな?」
ニヤニヤしながら勇者は言う。
門番長はため息をついて言う。
「・・・酷いお方だ。いいかみな、今日この場の事は他言無用。
あとでみなにはこの絵の写しを配る。」
「うほほ、これで色々捗るっすね(ノ∀`●)」
「それにしてもこのような品、持っていることを奥方は?」
「知ってたら俺の胴体と首は繋がってないよ。
あとこの作品が現存してる時点でお察しだな。」
「ほほう、でしたらこちらからもお願いが・・・王魔界の安寧のためにも。」
「お前、案外いい性格してるな。」
「大した事ではありませんよ。何、この冥界には腕の良い画家などおりませんので、
此処にいる人数分の複製を描く画家をそちらで用意していただきたく。
勿論全て内密に願います。互いのために・・・ね。」
「まったく、役人が袖の下に弱いのは何処も変らずか、
自分で申し込んでおいて何だが、何だかなあ。
まあいい、承った。知り合いに数人あてがある。
戦いが終わったら娘の異界にでも缶詰にしてさっさと描かせよう。」
「交渉成立ですね。それでは御武運を、上に戻られるのでしょう?」
「ああ、みなの魂と共に還らせてもらうとするよ。」
「んじゃ勇者さんさいならっす( ゚д゚)ノシ 」
こうして彼は地獄の一丁目より、多くの御魂と共に彼の居城に帰還した。
※※※
「それにしても酷いなあ、ファッキンなんて言われたの初めてだよ。」
「人の分際で不届き也。」
「貴様、本当にあの勇者か? 伝え聞く様相と態度が随分異なるが。」
「もっと真面目で堅物で・・・ってんだろ?
まったく、それ何年前の話しだよ。こちとら嫁さん見つけて、
娘もたくさん出来て、その間も色々あったっつうの。
かみさんや娘達の影響でだいぶ丸くもなったかもな。
でも古い友人知人には変らないってよく呆れられるけどな。」
「まあよい、その力、何よりが本物の証であろう。」
「無礼も許そう。もうすぐ泣いたり笑ったり出来なくなる故な。」
「さて、本命に逃げられても何だし、さくさくいこうか。」
三闘神(トリニティ)、
彼らは主神が決戦様に創造した新造の神々である。
ラウム、彼の能力は空間操作である。
魔法としても高度で難しい部類に入る空間魔法。
彼はそれを手足を振るうように迅速に、
かつより強力に行使することが出来る。
転送されてきた攻撃、その転送時に開いた空間を逆に辿り、
彼はメルシュ達の所まで瞬時に現れた。
そして彼の振るう絶対の切断攻撃。
それはAという空間とBという空間を繋げる転移魔法、
その前準備段階で使用を無理矢理キャンセルすることで、
出入り口設置の対象となった面やその縁を切り取るという技である。
この事象の前では、対象の硬度や魔法防御など一切は無視される。
勿論キャンセルせず球状の転移空間を発生させ、
それで相手を削り殺すことも出来る。
テュポーンを消滅させたのはこれだ。
そして彼の周囲は常に亜空間に繋がる、
次元の裂け目に覆われている。
任意で解くこともできるが、基本いかな攻撃も彼には届かない。
物理攻撃は触れた分だけ攻撃箇所が抉られ、
膨大なエネルギーであっても別の空間にまるごと放棄される。
メルシュの組み上げた空間の檻も、
彼にしてみれば砂の城に過ぎない。
だが彼は彼女を見事だと褒めた。
その言葉に偽りは無い。
何故なら、大人が九九を出来ても賞賛の対象にはならないが、
猿が足し算を理解すればみなが喝采するだろう。
ラウムにとってメルシュのフューネラル・ケイジはそういうものであった。
上級神としての強烈な自負心とそれ以外を見下す傲慢の持ち主。
それが彼、闘神ラウムという神の性格なのだ。
ツァイト、彼の操るのは時間。
任意の空間、対象の時間を操る能力。
停止、加速、逆行、と自在であり、
応用力は非常に高い。
不意打ちをくらっても相手ごと巻き戻して喰らう前にも戻せ、
暗殺の類に対しても死角の無い能力となっている。
唯一不利な点があるとすれば時が止った対象には、
物理、魔力に関わらずあらゆる攻撃が通らなくなってしまう点であろう。
自身には不可能だが、周囲の仲間に対してはそれを利用した絶対防御を掛ける事も出来る。
だから彼は止めている間に敵に触れ、
時限爆弾のような魔力片を仕込むバトルスタイルを取っている。
性格は三者の中でもっとも温厚でとっつきやすい。
闘神でありながら闘いを楽しいとは思えぬたちで、
戦争が終わったら何か趣味でも見つける旅にでも出たいと画策中である。
そしてリーダーのレヒト、
彼の能力がもっとも反則に近い。
それは任意の事象の改変である。
準全能に近い性能で、
口にしたことや考えた通りに現実の世界を改変する力の持ち主である。
自分の位置を改変し、敵の後ろを取る。
相手の心臓と全身の筋肉を止め絶命させる。
攻撃を喰らった事実さえ改変し無かった事にする。
やろうと思えば対象を最初から存在していなかったことにさえ出来るであろう。
ただ、普通に殺すよりその方が魔力の消費が大きいがためやらぬだけで・・・
その性格はレヒト=法の名が示す通りの堅物だ。
母である主神に絶対の忠誠を誓い。
その命を果たすことを至上とし、それ以外への関心は薄い。
レヒトは勿論の事、他の二柱もそれぞれ一騎当千どころか、
単体で魔王城深層まで攻め込める力の持ち主である。
それでも今回のように回りくどい作戦を実行したのは、
魔王に逃げに徹された場合、その所在を掴むのが非常に困難になるためである。
ポータルによる移動、そして主神の目の届かぬ数多の異界。
それらに隠遁されれば討ち取るのは非常に困難になってしまう。
特に、主神以外の上級神族が納める異界は、
彼女と言えどおいそれとは手が出せない。
それ故の奇襲強襲である。
現在のところ、ルアハルの取った作戦は功を奏していると言えた。
だが、アリには分からない。
サイとゾウのどちらが大きく強いかなど・・・
だからこればかりはぶつけて見ねばどうなるか分からない。
「一番槍は頂くとしよう。賽の目状に刻んでくれる。」
ラウムが仕掛ける。聖骸布を外し、
解放された彼らの身体能力は高い。
最上位の魔物でも相手になるのは一握りであろう。
手刀に乗せて放たれる次元の刃、
それが一枚一枚編まれ、乗せられ、
まるで投網のような密度で勇者に迫る。
(避けてもいいぞ、ただし、その時は・・・)
(後ろにはミア達がいるし、
これの射程次第ではあいつのところにも届くかもなあ。
なら避けるって選択肢は無しか。)
本来であれば接触の時間には差が有る。
だが彼らの攻防は音速を遥かに超えるがゆえ、
ぶつかり弾ける音が間断なく高音で廊下に響く。
彼らの周囲の壁や柱にラウムの攻撃の余波が刻まれていく。
だが、肝心の対象は壮健にして健在だ。
(どうなっている。しかも指で?)
止められていた、高位空間魔法の檻でさえ容易く引き裂く彼の絶対の矛が。
指先一本で全て、全弾全撃あまさず迎撃されている。
後ろで見ている二柱は顔を見合わ念話する。
{どうなっているツァイト、解るか?}
{母上の話では彼の力は空間特化ではないはず。
レヒト以上の空間操作能力を習得したのかもね。
まあ、試してみるよ。僕もさ。}
「ラウム、僕も手伝おう。」
「業腹だが、致し方無し。」
「じゃあ行かせて貰う。時よ。」
そして場の全てが時の流れと共に静止する。
ラウムと勇者もその例外ではない。
ツァイトは次元の歪を悠々と避けつつ、
両者に歩み寄り勇者に触れた。
爆発する魔力片を仕込むために。
「まあ、最悪ダメージが入らずとも、
これで怯めばその隙にラウムがバラバラにしてくれるでしょ。」
「ほう、お前だけ前情報がなかったが、なるほど時間操作か。」
「なっ?!」
触れた腕を掴まれていた。
彼以外に誰も立ち入れぬはずの静止時間の中に、
目の前の男はいとも容易く入門してきた。
そして時間が動き出した時、レヒトが見たものは、
勇者に拘束されて前面に押し出され、
ラウムの次元の刃でバラバラにされるツァイトの姿であった。
(ちぃっ、そんなことは無かった。まだ闘いは始まっていない。)
レヒトが力を行使した。全ての事実は改竄される。
ラウムとツァイトは健在でレヒトの隣に存在していた。
「ありがとうレヒト。」
「むう、我が次元の刃も、ツァイトの静止時間にも対応したか。」
「聞きしに勝る力。侮れぬ。我が行こう。」
「おっ?! お前は事象を改変する力の使い手だろ?」
「何故・・・知っている。」
「お前らが殺した連中に話を聞いた。そっからの推測だよ。」
「確かに皆殺しにしたはずだが、貴様の力はいったい・・・死ね。」
レヒトの死の宣告、世界を改変し、
敵を直接に死という状態に強制的に移行させる荒業。
理論上これを防げるものなどいない。だが・・・
「ん? 何かしたか。」
勇者は何も無かったようにぴんぴんしている。
「やはり効かぬか。ラウム、ツァイト、そして我、
全ての力を防いでいるのは同じ力であろう。違うか?」
「流石に一番階梯が上の力を行使するだけあって、段々正解に近づいてきたな。
上級神のドレスコードって意味とかけて、
俺と師匠は神衣(ドレス)なんて呼んでるがな。」
「ドレスコードだと?」
「そっ、これを纏わぬ者は上級神同士の闘いに入る余地なしってことだ。
確かにお前らは強い、俺の魔力総量を10とするなら、
お前らは一人頭8〜9ってところだ。普通なら三体一で勝てるもんじゃない。
でもな、おまえら戦士としてはド三流だ。力の使い方がまるでなっちゃいない。」
「人の身で我らを愚弄するか。」
「するさ、人だもの。それに闘神だと? 笑わせる。
お前らが闘いと呼んでいるものはただの虐殺、弱いものいじめだ。
お前ら、一度でも死を意識したことはあるか?
同格や格上と避けようの無い闘いに挑んだ事は?」
「う〜ん、無いねえ。僕らの間で戦うことは母上が禁じていたし。」
「だろうな、こうして拳を合わせれば解る。
お前らがまだ磨かれていない原石だってことがな。」
勇者の言うとおりであった。
自身の力の使い方を訓練するための戦闘を幾千幾万と積んできた。
だが、その全ての闘いにおいて彼らは苦戦というものをしたことがない。
彼らは生まれつき強すぎた。
彼らに闘いというものを教えられる者が教団にはいなかった。
かたや、勇者は違う、ただの人の身から生まれ、
勇者として人を喰らう者に日夜命を狙われながら魔王城まで辿り着いた。
その間に潜り抜けた死線の数は数えるのが馬鹿らしくなるような数だ。
彼に取って死線とは越えたり潜るものではなく、常に傍らにありて共に眠る虎のようなもの。
そうして幾億の犠牲を払い、屍山血河の修羅場を越えて彼は現魔王と対峙した。
そして彼女と夫婦となり、
インキュバスとして神々に匹敵する魔力を得た後も、彼は研鑽を怠らなかった。
妻はすごい、娘たちも凄い。彼はいつもそう思う。
人と魔物が殺しあわず共に暮らす世界、
その実現のために血にまみれた彼の両手が出来ることはそう多くない。
妻はあなたの愛が無ければ何も始まらない。
そう言ってくれるが、それでもと思ってしまう。
だが、だからこそ彼は強く願う。
平時に役立たぬからこそ、有事の際には絶対の盾となろうと。
何が来ても妻と娘達を守れる者に自分はなるのだと。
※※※
彼の闘いの師、それは彼の知る限りもっとも強い闘神だ。
対外的に中立を宣言しているその神の元に彼は訪れ頭を垂れた。
「それだけの力を持ちながら尚上を目指すか。人の身で傲慢よなあ。」
「傲慢でも何でもいい、彼女達を守れるなら誹りの一つや二つ安いものだ。」
「くくく、その息や良し、立場上、直接力を貸す事はできんが、
まあ喧嘩と称して稽古をつけることは出来るであろう。
それに我もいいかげん、張り合う相手がおらぬで飽いておったところよ。」
「強くなりすぎるのも考えものですね。」
「まったくだ。よってこれからお前を鍛える。気張れよ、
せめて我が本気を出しても持ちこたえられる位にはなってもらわねばな。」
「はい。」
こうして彼は妻の相手、為政、家族サービスに修行と忙しい日々を過していく。
そうしたある日のこと、師に呼ばれこう言われた。
何も気にせず全ての力を込めて本気で撃ってこい と・・・
勇者は少し逡巡したが、師の力を信じていたのでそれを実行した。
己の全魔力を一撃に込め、魔力の砲として天に放った。
だが、その力はまるで紙切れか何かのように師の掌で弾かれ消えた。
「ぬぬぬ、月だって木っ端微塵にするくらいの威力があったはずなんですが。」
唖然とした勇者の顔を見てアレスは高らかな笑いを響かせる。
「ふははっはは、そう、それよ、その顔が観たかった。
力の無い者には披露する必要すら無い力だが、
みせる相手が居らぬというのも寂しい話しなのでなあ。」
師はそれを神衣(ドレス)と言った。
その力の正体。それは端的に言って纏う異界である。
異界とは別の次元に空間を作り
其処を作成者の好きなルールで運営する魔界である。
時間の流れが止った堕落神の万魔殿を筆頭に、
その中では外界の常識が通用しないものが多い。
勿論異界をつくり運営する時点で大きな魔力が必要となる。
そしてそれを半永久的に維持していくのは大変な事だ。
だが、異界と呼ばれるものが広範囲で永続的に運営可能なのに対し、
ドレスの効果範囲は狭く持続時間は短い。
上級神ですらずっとは使用できぬほどの大量の魔力を消費するのだ。
その理由は、異界が主神のルールの影響が届きにくい異次元に作られるものであるのと異なり、
ドレスは主神のルールの適応下で、むりやり違うルールを適応する空間を作ることにある。
例えるなら、足跡一つ無い新雪に好きな絵を描くのはたやすいが、
ガチガチに踏み固められたアイスバーンを削って絵を描くのは至難であるということである。
現魔王が世界規模の広範囲で永続的に新しいルールを定めて運用可能なのは、
元々魔物についての世界管理システムである魔王という座についている事が大きい。
話を戻すと、ドレスとは極限定された空間ではあるが、
自らの定めたルールを適応する異空間を纏うという技術なのである。
限定的な全能に近い性質を持った技であるが、
魔力に限りがあるためただ万能なルールを付加すれば良いと言うわけでもない。
例えば、入った瞬間相手が負けるルールを付加した空間。
一件隙の無い能力だが、
相手があらゆる干渉を無効化するルールを付加した空間を纏って逃げに出れば、
先に魔力が枯渇するのは間違いなく前者となる。
万能で制限の無いルールほど消耗も大きい、
逆に制約をつければコストを下げることも出来る。
一瞬で意思も魂も消滅するような事態にならぬ限り、
事象の改竄で蘇生可能である上級神同士の戦いに於いて、
闘いとは、如何にこちらの魔力を無駄遣いせずに相手の魔力を枯渇させるか、
という種類ものになるのである。
そして勇者はその戦闘経験と弛まぬ訓練、恵まれた環境により強くなった。
勇者は魔力の量だけで言えば、
この世界でも上位から数えて余裕の二桁目に位置する存在である。
だが、こと戦闘に限って言えば、今の彼は上位五指に入る実力者だ。
ドレスの運用が抜群にうまいのである。
最初は指先の一点にのみ生じさせた異界に、
あらゆる空間の干渉を無効化する能力を付加し、
ラウムの全撃を弾きつつ魔力を温存。
続いて残り二人の動きを察し、
薄皮のように全身に纏わせたドレスに事象の改変無効化のルール、
殺気を向けて自分に触れた瞬間全ての干渉を無効化するルールを付加し、
トリニティの攻撃を全て凌ぎきった。
※※※
「さあどうするね? まだやるかい。」
勇者は軽くドレスの種を明かす。
相手に差を見せつけ戦意を挫く為である。
何故なら彼はすでにだいぶ消耗している。
冥界に生身で下りて平気なのもドレスの使用によるからである。
冥界の神々を覗けば死者や魂しか出入りできない冥界において、
潜水服のように異界の膜で自身を覆うことで彼は生身で冥界に出入りしたのだ。
肉体から魂を抜いて行く方法もあるが、
その場合、戻った際に魂の定着に少々時間が掛かる。
とんぼ返りですぐに戦闘とはいかなくなってしまう。
だから消耗が大きくとも彼は強引に生身で冥界へと降り立った。
「局所的な任意の全能だと・・・馬鹿な。」
「我が改変もツァイトの時間操作も無効化する以上、事実なのだろうな。」
そう言ってラウムとレヒトが押し黙る。
「お前らにまともな師がついてれば、俺に勝ち目はなかったろうがな、
今のお前ら相手なら何回やろうと負けん。」
「・・・どうかなあ。そうは思わないけどね。」
そう言ったのはツァイトである。
「どういう意味だ。」
「最上位の神である母上が魔王とルールの改変でせめぎあっているように、
どんな力にも限界はある。ましてやそのような強力な力、
人が際限なく無限に振るえるはずもない。」
「・・・確かに、だがどうする?
現実問題としてこやつの身体能力は我らの上を行く、
おまけに能力の強度も奴の方が上だ。」
「まあね、恐らく範囲の制限無く時間の停止や改変が可能であるが、
その分、世界への影響力としてのランクは僕らの力のほうが一段低いんだ。
レヒトの改変だって中級神や上級神クラスを無条件に消せるレベルじゃないし。」
「然らばいかようにこの不届き者を誅する?」
「魔力の総量なら僕らが上回っている。この人が自分で言った事だ。
消耗させてドレスとやらを剥ぎ取ってから殺せば良い。
毒があるなら毒抜きしてから食べればいいだけのことさ。
止められないならこっちが早くなるまでのこと・・・」
「成程。」
(まずいな、こいつ結構クレバーだ。)
「それじゃラウムとりあえず100倍速でいくから前衛よろしく。
レヒトは後衛で死の改変で牽制しつつ何時でも僕とラウムを改変で再生させる準備を・・・」
「心得た。」
「承知。」
ラウムが消える。だが今度は先程とは事情が違う。
彼はツァイトの時間操作により100倍に加速した時の中に身を置くことで、
全速度の100倍向上を成し遂げていた。
勇者も同様にドレスで敵と等倍の速度向上を施し対応する。
だが、全身を覆うドレスにはレヒトの改変や、
ツァイトの時間静止への対応ルールも同時に付加したままだ。
ルールが上乗せされる度に消費魔力が上昇し、
ドレスの残り持続時間が減っていく。
(ちっ、向こうは負担を分担して持久戦に持ち込んだか。
まあ、威嚇だけで降参させるのは流石に無理があったか。)
先程同様にラウムの撃ち込む次元の斬撃を防ぎつつ、
相手を殴り飛ばす勇者、だが攻撃を加えた瞬間。
ラウムに当たった事実は改変され彼は瞬時に舞い戻ってくる。
(長期戦は負け戦だなあ。仕方ない。やるしかないか・・・)
勇者は覚悟を決める。そして攻防の最中に微妙に少しずつ自身の位置を調整する。
一瞬、たった一瞬、自分とトリニティが全て一直線に並ぶ一瞬。
視界より勇者の体がラウムの体に隠された一瞬を狙い勇者は仕掛けた。
その一瞬のみ、自身の速度をさらに倍の200倍率まで引き上げて宙を蹴る。
そして押し出すように突進し、ラウム、ツァイト、レヒトを重ねるようにぶつける。
そのまま全員を壁に一気に押し付けた。その瞬間、ドレスが展開しトリニティを包み込む。
「これは?!」
「能力が?!」
「使えぬ?!」
「・・・捕らえたぜ。ドレスは基本的に体の周囲から広げていくものだが、
触れた相手なら着てる物同様に巻き込んで好きなルールを相手に科せる ってわけだ。
お前達の厄介な力はもう使わせない。終いだっ!」
押さえつけた所から寸剄(ワンインチパンチ)の要領で放たれる勇者の剛拳。
それはオレイカルコスの鎧をその膂力だけで三枚貫きにした。
砕かれた鎧、普通であれば大量の血と内臓がこぼれ出る場面だ。
だが、彼らの体からはそんなものは少しも出ない。
「お前達・・・殴った手応えがおかしいとは思ったが。」
勇者が見る先には何も無い。
肉も骨も何も・・・鎧の中は虚ろな空洞であった。
「そう、我らは肉体を持たぬ神。」
「この鎧と兜が僕達の体ってわけ、そこに魂を定着させてある。」
「何だってそんなまねを。」
「堕落せぬためだ。肉の喜びによる堕落、
それは魔王やその娘の討伐にもっとも危惧すべきモノだからな。
いかに強力な手駒も寝返っては意味が無い。母は懲りたのだ。
裏切り続ける勇者という者に絶望し懲りた。故に我らを生み出した。」
その言葉に少々当て付けられたようで、
勇者は苦い笑みを浮かべる。
敗れたことを自覚したのか、トリニティは神妙に語りだした。
勇者はその事を感じ取り、彼らを解放する。
彼らは腹の傷こそ直したが、戦いの構えを解いたようだ。
次に勇者に殴られれば一撃ではすまない。
全身を木っ端微塵にされるまで永遠に拳を喰らうであろうことを解っていた。
能力を封じられた状況でそうされれば、さしもの彼らとて死ぬ。
そして現状、彼の接近を逃れる術が彼らには無い。
「今の我々では汝に勝てぬようだ。」
「最上の策と最強の力、これでも抜けないか。完敗だねえ。」
「・・・真に遺憾ではあるが・・・我々は此処までだな。」
あまりに潔いトリニティの振る舞いに、勇者は少々拍子抜けと言った感じだ。
「随分と素直だな。まあおじさんそういうのは嫌いじゃないけど。」
そんな勇者を見て苦笑するトリニティ。
「潔いだと? 冗談も程ほどにせよ。」
「母上に合わせる顔が無いよね、こんなことになってしまって。」
「だが仕方ないことだ。我らの力及ばぬその時は・・・」
三柱の神々は顔を見合わせる。
そして勇者の方に向き直る。
「人の身でありながら我らを破るその力、見事の一言だ。
だが、我らを殺せる時に殺しておかなかった事、後悔するぞ。すぐにな・・・」
「哀しい話しだね。これが戦争とはいえさ。」
「それでは告げるとしよう、滅びのラッパが鳴らされるその時を。」
何かが・・・まずい。
不穏な言動と態度から違和感を感じた勇者は、
彼らを拘束し、その動きを封じようとした。
だが、その行動は一手遅かった。
彼らの鎧が突如光り輝くと、その体から光の柱を生じさせる。
壁も空間も、全てを越えて立ち上る三本の光の柱。
それは一瞬で止み、場には奇妙な静寂だけが残った。
「・・・一体・・・何を・・・お、お前ら?!」
「惨めな姿であろう。霊格も力も、全て手放した神の残骸だ。」
「今の僕達はただの動くオレイカルコス。」
「だがこれで・・・全てが終わり。そして始まる。」
立ち上った柱に全ての力を持っていかれたかのように、
膨大な魔力も神としての力も、目の前の彼らには感じられない。
ざわざわする。胸を掻き毟るような焦燥感が勇者の胸に生まれていた。
(一体全体、奴らは何をした。終わりだと?)
柱が立ち上った方向に感覚を向ける。
地の底から地表へ、そして城内を突き抜けて空へ空へ、
ぐんぐんと高度を上げていくが異常は感知できない。
大気圏を越え、暗く静謐な宇宙(そら)に至ってもまだ・・・いや。
ようやく勇者は光の柱の行き着く先を遥か彼方で見つけた。
膨大な三つの魔力の柱は、ある座標でそれぞれ光の球体となっていた。
その三つを支点として巨大な三角の魔法陣を形成している。
そのサイズは一辺の長さが軽く惑星の直系にも等しいでたらめサイズな魔法陣だ。
そして三角系の陣は次々と光りが走り線とルーン文字が書き込まれていく。
「でかすぎて読みづらいが、この方陣は・・・ポータル?」
超ド級、惑星サイズのポータルが宇宙空間に展開している。
そして三角の陣の中央には丸い陣が描きこまれ魔法陣は完成する。
その中央の丸い陣が光り其処から同サイズの球体が吐き出される。
陣全体から見れば二周りは小さいその球体、
しかして、その陣は惑星サイズなのだ。
吐き出されたそれは衛星、月とほぼ同サイズであった。
それは何で推力を経ているのか知れぬまま、
しだいに引かれるように進み始める。
その行く先は光の柱の根元、魔王城直下である。
※※※
「最大望遠でました。」
「直径は・・・ほぼ月と同サイズ?!
そんなモノが落ちて来るだと・・・」
作戦本部に残された魔女達とシャアル、
シャアルは光の柱を目撃すると共に、
すぐに魔女達にその行く先を遠見の魔法で映させた。
本来であれば、とてもその距離は魔法で映せる距離ではない。
だが、映す対象のサイズが破格であったゆえ、
その映像を作戦本部から見る事に彼らは成功していた。
「あれの材質がなんであれ、あんなものがもし・・・もし地上に落下したら。」
「どう・・・なりますか?」
聞くのが怖い、だが聞かずにはいられない。
魔女の一人がシャアルに訪ねる。
「あれですか? 地表から舞い上がった塵で世界中が暗くなっちゃって、
世界規模の長い冬が来ちゃって世界滅亡・・・みたいな?」
「・・・それで済めば安いものだ。
魔物とインキュバスならその程度の環境変化、
少し工夫すればどうとでもなるからな、
死ぬのは脆弱な一般人、教団を中心とした人間達がほとんどということになる。」
「それでは・・・済まないと?」
「ああ、詳しくはあれの構造や質量を測って計算せねば解らんが、
ザックリでよければ説明は出来る。」
「じゃあザックリでお願いします。」
「では希望的観測に基づいたあれの最低限の破壊力について説明しよう。
まず、アレの中身が卵のような空洞であった場合という補足を入れておく。
中までミッチリならそれこそ、この星は砕け散ってお終い。それで話しは終わりだからな。」
「・・・仮に空洞であった場合は?」
「激突と同時に星の表面を覆う地殻が剥がれ、世界同時にマントルが噴出する。
星の表面を覆う厚さ10kmほどの地表がめくり上がり、
それが津波のように星の表面を伝播していく、
同時に海も捲れて高さ数kmの津波が一緒に起きるが、
地殻の津波に比べればかわいいものだ。
津波は周囲の複数の大陸を粉砕しながら宇宙まで届く程に、
砕けた大地の破片を吹き飛ばすのだ。
そうしてまき上がった直径数kmの大地の破片が、
今度は数え切れぬ隕石として数千kmのクレーター周辺を爆撃する。
そうして激突側半分は完全に崩壊する。」
学者として冷静に地獄絵図を述べるシャアル。
「そんなことが・・・」
その光景を想像し絶句する魔女達。
だが其処で彼の話しは終わらない。
「これはまだ地獄の始まりにすぎん、此処からが本番だ。
激突時に、馬鹿げた質量で押しつぶされ、
圧力で発生した熱で気体になった岩石、マグマの気体版だな。
数千度の温度を持ったそれが秒速300m程の熱波となって星中を駆ける。
一日もすれば衝突点の裏側までその熱波は達し、この星は燃える惑星となる。
そしてそれが冷えるまで、ほうっておいても一年は掛かる。
地底であろうと海中であろうと、この未曾有の大災厄から逃れる術は無い。
それこそ異界にいる一部の命、数千度の熱すら耐えられる神々や一部実力者以外、
全てが燃え、全てが干上がる。命という命が存続を許されないだろう。
世界の終わりだ。主神め、全てをリセットでもするつもりか・・・」
誰も、何も言えなかった。頭上より来る巨大な滅びの使者。
その威容をただ見守ることしか彼らには出来ないのだ。
※※※
魔王城の周辺の戦闘も、突如出現した新たな星。
その姿が兵達を動揺させ、一時休戦の状態へ移行していた。
「・・・これも貴殿の策の内かルアハル殿。」
「・・・いやあ、聞いてないですなあ。流石にこれは・・・」
「で、あろうなあ。我ら魔物だけではない。
地上の無辜の民全てを犠牲にしてでも魔王様を滅ぼすというのか。」
「負けたからといって星という盤上そのものを引っくり返そうなどと、
何とも頂けませんなあ、主神様。
これはあまりに・・・あまりってもんですぜ。」
一方死者の軍勢と競り合い中のエスクード=フーザも、
空を見上げ歯噛みしていた。
「馬鹿な! こんな話があってたまるか。
みな家族がいて、待っている人もいて、その彼らの献身への報いがこれか。」
「エスクード様。貴方様ならあの石ころ一つ、押し戻して防げるかしら。」
軍勢を率いるワイト、イール=ジェルトヴァが何時の間にか側により、
からかい混じりにそのような事を口にする。
「私が一万人いようと無理でしょうね。
くそう、何が・・・何が絶対障壁(ガーディアン)だ。
名前負けもいいところだ。肝心な時に誰も守れぬのか。」
「実際問題どうするお姉ちゃん。」
妹のリッチであるイルネスも側に降り立つ。
しばし考えた後イールは華美な扇子をサッと広げ、
パタリパタリと扇ぎながら言った。
「どうもしないわ。アレに対して私達が出来る事は何も無い。
だから待つの、信じて待つ。それしかないわね。」
イールは城の方角を見ながらそう言った。
ジャックとDrシェムハ達は並んで空を見上げている。
「とんだ事態ですね。この星の危機だ。」
「テンション上がってきたー! エンブリオ!!」
「何でしょう? マスター。」
「操者達にグランギニョルの準備をさせておけ。
待っていたのだ。こういうシチュエーションを。」
「・・・しかし、グランギニョルで何をしようと?」
「まだ出番は無い。だが、この後その力を振るう場面が来よう。
そうであろう? 偉大なる勇者よ。」
「そうですね。シーラも力を溜めておこうか。
たぶんまたバーニングプラズマを使う場面が来るよ。」
話を振られたシーラはキョトンとし、周囲を軽く見回すと笑みを浮かべる。
「それは・・・まあ仕方あるまい。丁度手ごろな岩陰もある。
我が英雄殿、あまり時間はあるまいが睦み会おうぞ。」
「うん、それじゃあみんな、力を溜めてるから。
あれに変化があったら呼びに来てよ。」
「ちっ、呼びにいったら邪魔されたと怒って火を吹きかけるでないぞ一本角。」
「僻むでないわ二本角よ、夫を連れてこぬ貴様が間抜けなのだ。」
余裕綽々の顔のシーラ、
岩陰に消えた二人は獣のような声を響かせ始める。
そのころレギウスの面々とサプリエート達は
「まったく、教団の馬鹿も此処に極まれりだな。
下が下なら上も上だ。負けず嫌いの子供か、馬鹿馬鹿しい。」
「そう怒るなヴィクトール、血圧上がるぞ。」
「怒らいでかバスター、勝手に囮にされたのはまだ許すとしても、
負けるのやだからみんなまとめて吹っ飛ばずなんぞ正気とも思えん。」
「いえ、ある意味理に叶っていますよ。
死人にくちなし、誰もいなければ不平不満も聞こえまいというものです。」
「それが阿呆だというのだクルーエル。」
「まあ阿呆だというその意見には全面的に賛同しますがね。」
(それで、皆様はどうされますか?
私はもう魔力切れですしポローヴェの方々に連絡を取り、
しかるべき準備を致したいと思います。)
サプリエートが三人に問いかける。
「ふむ、そうは言っても女史、我らももう燃料切れだからなあ。」
「無い袖は振れません。此処で大人しく見ているしかないでしょうね。」
「・・・いい、許す。お前達。」
ヴィクトールがガッシと兄弟の肩を掴みそう言った。
「何をじゃ?」
「SEXだ。相棒と好きなだけSEXしろ。それで魔力は回復するのだろ?
メドローアを撃てるくらいにまで回復しておけ、
どうせアレは俺らではどうにもならんが、魔王側とて黙って見過ごしはすまい。
こっちの不始末だ。後始末ぐらい手伝わんでどうする。」
「しかしヴィクトール、いいのですか? 明らかな反逆行為ですが。」
「自分の身を守るためにやったことだ。
もし此処から生き延びて帰れた時、
教団に召還されたら横っ面を張って言ってやるわ。
裏切ったのは貴様らだろうこの馬鹿めらが・・・とな。」
「おっとこ前じゃのうヴィクトール、負けて男が上がったんじゃないか?」
「やけくそになってるだけだ。本当に馬鹿馬鹿しい。」
ヴィクトールはプリプリしながら兄弟を森へと追いやった。
そんなヴィクトールをスクナはくすくすと笑いながら肩に手を置いた。
「貴方は良き剣士であり良き将です。
貴方のような人の下につけて彼らは幸せです。」
「うるせえ、まったく、どいつもこいつも。」
「そういうことじゃシャルル、なんともムードの無い初めてじゃが勘弁してくれ。」
(うふふ、ヴィクトールも粋なことするじゃない。うれしいわバスター。
私、ずっと・・・ずっと貴方とこうしたかった。)
「すまんのう。窮屈な思いをさせてしまって。」
バスターにまるで炎が絡みつくように纏わりつく。
それは人の形を成し、焔のように情熱的な口づけをかわし始める。
「おおう、情熱的だねえあっちは、
じゃあネージュ。こっちも始めようか。」
(フン、仕方ないわね。貴方の命を守れ、
女王様からの命令を果たすにはこうするしかないのだから。)
「またまたあ、相変わらず素直じゃないね君も。」
(相変わらず五月蝿い男、小賢しい人間は嫌いよ。)
「じゃあどうする?」
(当然、こうして口を塞げばいい。)
ネージュも負けぬほどに情熱的に口づけをかわす。
息をもつかせぬように何度も何度も口づけをし、
永久氷壁さえ融けるようなホットな交わりを開始する。
そしてデルエラとレスカティエの乙女達。
「よろしいのですか? デルエラ様。
この場で催しを続けていて。」
「別に構わないわウィルマリナ。あそこにはお父様がいらっしゃるのだもの。
私の出る幕ではない。でもそうね、レスカティエに連絡を取って、
準備だけはさせておくとしましょうか。
ゴミ掃除がこちらに回ってくる可能性は高いから。」
「お義母様に連絡ですか?」
「そうよミミル、貴方から言っておいて頂戴。
状況を伝えた後、私が例のモノの起動準備だけしておいてと言ってたって。」
「解りましたデルエラ様。」
そういってミミルは彼女の師であり育ての母とも言える。
黒毛のバフォメットに連絡を取るのであった。
レスカティエで留守を任されている彼女の所に、
魔法陣で音声を飛ばす準備を始める。
※※※
城内の勇者とトリニティは・・・
「あれこそが我らの奥の手。」
「滅びの月(ラーシャイダ・カマル)。」
「終わりだ。貴様も我らもな。」
「なんつうことを・・・アレス、聞いてる筈だ。応えろアレス。」
{聞いているぞ。見事な一戦だったな。師としても鼻が高いぞ。}
「そんなことはいい、あれだ。どうにかならないか。
正直こっちはもう魔力がカツカツだ。幾ら中立を謳うあんたでも、
あれ相手なら手出しして問題ないはずだ。」
{確かにな、この戦、互いにレゾンデートルを掛けたものであったゆえ、
手出しはせぬつもりであったが、負けそうになるや全て台無しにしようとするやり口。
あまりに戦を馬鹿にしている。全霊を掛け剣を交えた者達の魂を踏みにじる愚行よ。}
「だったら頼む、あんたの槍でアレを団子みたいに串刺しにして、
遥か彼方へ捨ててやってくれ。」
{したいのは山々だがな、出来ぬのだ。あれはただの星ではない。}
「何?」
「そうあれはただの衛星サイズの質量兵器ってわけじゃないんだ。」
ツァイト達が補足を入れる。
「ただの月サイズの物体じゃあ、あなた達をどうこうするには不足でしょ?」
「だからあれの表面には幅数km程の溝として巨大なルーンが刻まれている。」
「それと内部機関の働きにより、あれにはある特性が付加されている。」
「ある特性だと。」
{そう、神々やその力、ドレスのようなルール改変に反応し、
それらを無効化する絶対的な障壁を展開するのだ。
試してみたが、大規模空間魔法のような高位魔術にも反応して
同様の無効障壁を展開するようだ。
人でありながら強力な力を持つ貴殿こそ、
アレをどうにか出来る数少ない希望だ。}
「そんな馬鹿な、
上級神でもトップクラスのあんたでも介入できないレベルの障壁?
いくら彼女が最上位の神であっても、
上級神を三柱も創りさらにそんなべらぼうな代物まで仕込むなんて・・・あ?!」
{気づいたか。そう、あの小娘にそんなことは不可能だ。
それにこの目的のためなら手段を選ばぬやり口、あの女のものではあるまい。}
「先代の・・・」
「十中八九間違いなかろうな。
あのくそ爺め、あいも変わらずつまらぬ事をする。」
「無駄だ。」
「もう全てが手遅れだよ。」
「諦めるがいい。勇者よ。」
押し黙る勇者に声を掛けるトリニティ。
だが、勇者は口を引き結びながらも必死に考える。
諦めるなどという行動も選択肢も、
とうにただの人間であったころに捨てていた。
相手が強大な魔物の軍勢の王であろうとも・・・
相手が世界を統べる管理者の神であろうとも・・・
彼の辞書には諦めるなどという文字は存在しない。
その不屈の魂こそ、彼を最強の勇者たらしめているものの核だ。
(ドレスは通じない。高位の攻撃魔法による攻撃も禁止。
どうする? どうすればいい・・・あれの構造は・・・)
勇者は時間にして数分、下げていた頤を上げると声を上げた。
「アレス、頼みがある。」
{何でも言え、その顔は道を見つけたのだろう?
ならば後は行動するのみだ。そうであろう友よ。}
勇者はくるりとトリニティの方に向き直る。
「お前達にも協力してもらう。」
「ガラクタになった我らにか?」
「駄目だなんて言っても逆らえないしね。」
「好きに足掻くがいい。」
彼らももはや諦念しているのか、その言動は素直だ。
(すまない。どうやら・・・出産には立ち会えそうに無い。)
勇者は心の中で最愛の妻に詫びると、
トリニティ達を引き連れて魔王城内から転移し、
遥か上空にその身を躍らせた。
そしてそのまま底の無い虚空の彼方へと体を蹴り出した。
彼の愛する者達の生きるこの世界を救うために。
16/06/03 20:53更新 / 430
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