幕間の1〜とある藩士の日常風景
とある藩の城下町、中央には100mちょいの小高い山があり、
まるで寝そべる巨大動物のような体躯をのっそりと横たえている。
その身は青々とした毛の様な森に覆われており、
頭頂部にあたる所にはポツリと髪飾りのように城の天守が覗いている。
その山を動物とするなら、まるで蚤のように一人の男がその毛を掻き分け上へと登っていた。
体格的には中肉中背、年の頃は元服して余り立っていないのか少年っぽさが抜け切っていない。
頭は少しぼさついているが顔は甘めで優男の印象を受ける。
しかし、舗装もされていない山道を袴で脇に差し物をしながら軽やかに登っていく。
軽く汗こそかいてはいるが、息は乱れておらずまだまだ余力があることを窺わせる。
男の名は正信(まさのぶ)と言った。
この城に仕える藩士で城の勘定方(会計)の一人をしている。
正信は片方の手に小さな包みを持っていて、
それを眼前に持ち上げ、肘をうまく使って余り揺れない様に運んでいる。
その扱いは武士の魂のそれよりだいぶ丁寧で、
これはその包みが今の彼に取っての秘密兵器だからである。
※※※
ひんやりとした廊下、そこを摺り足で僕は急ぐ。
廊下の僅かな軋み、衣擦れの囁き、
いつもは気にならぬそれらの音も、今の自分にとっては心地の良い物ではなくなっている。
人間現金なもので、心が晴れやかな時は何でもないことも素晴らしく見える。
が、逆にやましい心持だと枯れ尾花も幽霊に見えてしまうということで、
今の自分にとって城内の空気はアウェー感溢れるものとなっていた。
早くと思いつつも、着きたくないという矛盾した心も同時に持ちつつ、
しかしそんな葛藤とは何の関係も無く、無情にも目的の扉が目の前にあった。
一度立ち止まり佇まいを直し、軽く深呼吸をすると僕は襖をさっと開け中に入る。
「失礼致します。」
端的にそれだけ言うと僕は室内を見渡す。
そこにはちょこんと一人の女性が座っている。
彼女は一つの書類に指を当てつつその先に目を走らせ、
上から下へとそれが行き終わると別の紙に何かを書き記している。
両手は塞がっているが、彼女の頭の中ではそろばんが弾かれ、
正確かつ迅速に膨大な量の計算を片付けているのだ。
その速度は高名な私塾に通い、
そこで珠算を学んだ自分の鼻っ柱をへし折るには十分なものであった。
基本城勤めが出来るのは武家の者だけであるが、
現在の城主、定国(さだくに)様は飄々とした態度とは裏腹に、文武共に優れた名君で。
才覚のある人材を生まれに関係なく採用し、働きに応じて禄を上げるということまでやっていた。
彼女はとある大店の御息女らしいが、定国様の噂を聞き、
仕えたいと売り込みに来て採用された口らしい。
同室で働く同僚として休憩時間の雑談でそれくらいは聞いていた。
元々この部屋は彼女一人に当てられた物であったが、
先代から仕えていた家老や古くからこの城に使えている家の者達は、
定国様が始めたこの政策自体が自分達を軽んじるものとして不満であったこと。
彼女の優秀さはみなの予想を上回り非の打ち所が無かったこと。
それらが重なり家老達から嫌がらせじみた量の仕事を回され、
流石の彼女も手に余る状態なったため。
彼女が上様に相談し、助手として僕がここに回されることとなったそうだ。
もっとも家老から若い男女を同室で仕事させるなどいかん。
という文句が上様に行ったそうだが、
定国様はそれを聞くとみなの前に彼女を呼びこう言ったそうだ。
「お前の指定した条件に適う者が漸く見つかった。
早速呼び寄せてお前の仕事を手伝って貰う事とするが、
ここにいる石頭どもは若い男女を同室で仕事させるなぞいかんと言いよる。
余自らが人選した相手じゃ、そんなことは無いと思うが、
もし不逞を働くようなら申せ、責任を持ってワシがそいつを手討ちにした後、
そうじゃな・・・傷物となったお前は側室として囲うてやろう。」
それを聞いた家老共は脳の血管が切れるのでは、
という程頭を真っ赤に染めて定国様に怒鳴り散らしたらしい。
あの方が言うと冗談も冗談に聞こえぬから無理も無いが・・・
僕が入室しても顔も上げず、無言でさらさらと書き物をしていた彼女だが、
一段落ついたのかこちらに顔を向けた。
その表情は冷え切っており養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で僕をみる。
明らかに怒っている。とても・・・
「あら、どうしたの?そんなところで突っ立ってないで早くこっちに来なさいな。」
「ハ・・・はいっ!八百乃(ヤオノ)さん。」
隠神(イヌガミ)=八百乃(ヤオノ)、それが僕のかわいらしい上司の名だ。
そそくさと隣の机に座るとくるりと周囲を見渡す。
彼女の袂にある書類を見て大体の進行状況を察する。
例によって彼女が鬼の様な速度で仕事をしていたことが伺える。
「ねえ、正信・・・」
「なんでしょう?」
「あなたはなあに?」
「・・・勘定方です。」
「奇遇よね。私もそうなの・・・」
「そのようですね・・・」
「さて正信。私はあなたのなあに?」
「・・・敬愛奉る上司です。」
「そのようね。さて正信。」
「なんでしょう?」
「私にとってのあなたってなあに?」
「・・・・・・」
「端的に言うと穀潰しよ。
家柄ばかり立派でその高い石高に見合わない仕事しかしない。
大喰らいのコメツキバッタといったところね。
私の実家で無償で働かされてる丁稚達の方がはるかに有用だわ。」
冷やかに放たれる彼女のコトノハという刃は今日も良く研いであるようである。
高給取りの無能と揶揄されるも、思いっきり遅刻して
自分の分も彼女に仕事を押し付けてしまった身としては、反論の余地が無い。
予想通りだ。全て予想通り。此処まではいい、問題はこの後だ。
「敬愛してる人間に自分の仕事を押し付けるとは随分と御高いのね正信。」
「申し訳ありませんでした。反省しています。」
「言うだけなら何とでも・・・誠意を見せて欲しいものね。
例えば明日は一人で午前中の仕事を全てこなすとか。」
出来ないと判ってて言っている。恐らく城中でそれが出来るのは彼女だけだ。
この台詞も大体予想通り。仕掛けるとしたらここら辺だろうか・・・
「まだ未熟者の若輩なれば、自分にはまだそれは出来ません。
それは理解しています。だから別の形で誠意も御見せ致します。」
僕は満を持して懐から秘密兵器を持ち出した。
彼女は怪訝そうな顔つきをしていたが、
解かれる風呂敷から覗く中野の文字を見た瞬間、彼女の動きが止まる。
頭脳労働でさぞ体が糖分を欲していることだろう。
今頃口内は唾液の洪水となっていよう。
足元を見られたくなくて喉を鳴らすのを我慢しているようだが、
ちらりと見える箱に目が釘付けなっているのは隠しようが無い。
効果は抜群だ!!
二死満塁で逆転ホームランを決めたバッターのように、
僕は悠々とした所作でその箱を彼女に手渡した。
「こ・・これは・・・中野の新作か・・・」
「はい、出島の外国の方から作り方を仕入れたとかで、
字は判りませんが、タルトというものらしいです。」
能書きはいいと言わんばかりに彼女は封を開け、中の菓子を取り出した。
まるで値の張る茶器でも見定めるかのように真剣に菓子を見る。
そして厳かに付いていた串で崩した後、一刺しすると口に運んで咀嚼した。
「これは・・・かすていらね。薄く焼いたかすていらの生地で餡をのの字に巻いたのか。
しかもただの餡じゃない!柚子を混ぜ込んであり甘みが強いのに上品な後味。」
神を見たと言わんばかりの震える声で中野の仕事を賛美する。
この反応を見る限り許されただろうか?
※※※
その後、部屋に入る前に仲の良い小姓にあらかじめ頼んでおいたお茶が狙い通り届き。
その演出と手際も加点して評価されたのか、彼女の機嫌は直っていた。
「まったく、正信はこういう所だけ抜け目無くて困る。」
一息ついた彼女の言葉からはすっかり棘が抜け落ちている。
彼女は苦笑しながらこちらを見ている。
改めて自分の上司を見る。小柄で肩も腕も細い、
着物なので確実な所は判らないが胸も薄いのだろう。
パーツだけ見ればかわいらしいその顔は、初見の人になら妹と言って通るだろう。
だが僕よりも年上なのだそうだ。(正確な年は答えてくれなかった。)
実際、言動や口調によるものなのか、立ち居振る舞いによるものなのか、
彼女はその見た目に反して何とも大人びて見えた。
午前の雑事を終え、小腹を満たしお茶で一息入れた彼女はうんっと軽く伸びをする。
息を吐き出して物憂げにする彼女は何とも艶っぽい。
見た目は毛が生えているかも怪しいくらいなのに、
彼女から匂い立つ色香は大人の女性のそれだ。
そのアンバランスさがかえって背徳的な気分にさせるのか、
何をしたりされたりしたわけでもないのに妙に興奮してしまう。
気が付くと隠し持った股間の妖刀を何時の間にか抜き放っていた。
袴で胡坐をかいた姿勢ゆえ、すぐ気づかれることはないだろうが、
さっさとこの暴れん坊を鎮めなければ上様に手討ちにされてしまう。
御静まりくだされ!殿中!殿中でござる!!
下っ腹に力を込めつつ湯屋でごいっしょした御年配の御婦人の姿を思い出す。
ぶらんぶらんしよる・・・思い出したもので多少げんなりしたものの。
依然としてきかん坊を続ける大明神さま。
どうにも窮していると急に耳元で声がした。
「どうしたの?もう怒ってはいないのだから。顔を上げたらどう?」
耳朶をくすぐる様に放たれた声に思わず顔を上げる。
何時の間にかぐっと近くにより、覗き込むようにこちらを見ている八百乃。
クリクリした大きな目を細めてこっちの目を見ていた。
見透かされたような気がして思わずまた視線を落とす。
「いえ、何でも・・・ありません・・・」
「ふうん・・・普段通りというわけ・・・
私と一緒のときはこれが普通なのかしら?
だとしたら身の危険を感じてしまうわね。」
そう言いつつ彼女は片方の手をさっと下に垂らすと、
正確に妖刀の切っ先を探り当て、人差し指だけでくるりくるりと先端を摩り始める。
溜まっていた疼きが一気に大きくなる。
下げていた頤が跳ね上がり思わず吐息が漏れてしまう。
「だ・・駄目ですよ・・・見られたら・・手討ちに・・・」
息も絶え絶えにそう言う。
その間も彼女の人差し指は動きを止めず、
じわりじわりと甘さと切なさを送り込んでくる。
「定国様はこう言ったのよ?あなたが私に不逞を働いたらあなたを打ち首にすると、
つまり私からあなたに何かする分にはまったく問題はないわ。
もっとも、家老達の耳に入ればそれ見たことかと陰口を叩かれるのは確実、
それは面白くないわ。だ・か・ら・・・・ね。」
そこで言葉を区切ると同時に彼女の一切の動きが止まってしまう。
上目遣いにこちらを見ながら意地の悪そうににんまりと笑う彼女。
見つめられながら指一本で擦られただけなのに下半身は爆発寸前だった。
袴の内側はだいぶ濡れてしまっているのが感じられ、
大きな心臓の鼓動と共に分身もドクンドクンと震えているのが判る。
息を吹きかけられただけでも達してしまいそうな焦燥感。
今の僕は全身を甘い熱に支配され、続きをねだること以外何も考えられなくなっていた。
「物欲しそうなかわいらしい顔ね。でも、見られたら困るから駄目じゃなかったの?」
とても楽しそうに彼女はそんなことを言う。
指はくるくると触れるか触れないかの距離を維持しつつ旋回している。
まるで犬のように口を開け、舌と息を吐き出しながら僕は言葉を搾り出す。
「します・・秘密に・・だから・・して・・・下さい。
続きを・・・八百乃・・・お願い・・・」
「良く出来ました♥」
待っていましたとばかりに顔を近づけると、
彼女は柔らかい唇を僕の顔にまぶす。
続いて口と口を合わせ彼女の舌が僕の口内に滑り込み。
僕の舌と絡んだり歯茎を嘗め回す。
ぴちゃりぴちゃりという水音が直に脳内に送り込まれ、
僕の腰から上はまるで空を飛んでいるかのように錯覚させられる。
思考を完全に奪われた状態で、酩酊でもしているかのようだ。
下半身がひんやりする感覚だけが感じられた。
この時は判らなかったが袴をまくっていたらしい。
短く折りたたまれた袴の下から彼女の両手が侵入する。
母とはぐれて泣いた子供をあやすように、
先をねっとりとぬらした僕の分身にやさしく絡みつく彼女の指。
待望していた刺激が与えられる。前は布越しに指一本だった刺激。
だが、今度は直に三本の指が亀頭周りを、蓋を開けるような軌道でやさしく往復する。
もう一方の手は竿と玉を適度に交代で刺激する。
僕はまな板の上の鯉の様に、口をぱくつかせることしか出来なかった。
ほんのりと頬を染めた彼女が僕に身を寄せる。
そして耳を軽く噛みながらかわいらしく言った。
「逝って♥」
僕は言葉の意味も判らないまま、反射的に欲望を開放していた。
時間も判然とはしないが、僕の短い生涯では間違いなく最も長い時間射精は続いた。
気持ちよさもぶっちぎりでトップだろう。
元服の際に親に遊郭に連れて行ってもらった。
親の顔もあり一見としては最上位の花魁を宛がって貰えたが、
本番有りのそれがおままごとに思えるくらい彼女の指は良かった。
ある程度思考が可能になった段階で、荒く息を吐きながら彼女に目を向ける。
彼女はあれ程大量に出した僕の迸りをうまく両手で受け止めていたようで、
手の皿の中で軽い水溜りのようになっているそれを、
はしたなく舌を出して指ごと舐めしゃぶっていた。
熱い吐息を吐いて舌を出す彼女の顔はとても扇情的で、
全てを出し切ったと思った僕の体内に再び不浄を溜め込む呼び水となっていた。
物言わぬ僕の代わりに分身が彼女に要望を伝える。
謎の白い液体を嚥下し終わった彼女はすぐさまそれに気づくと、
うれしそうに頬に手をやった。
「あらあら、その様子じゃまだまだ仕事にならなそうね。
いいわ、今度はこっちで♥」
そういうと彼女は大きく口を開けぬらりと舌をだした。
少女の様な顔つきの彼女の口に自分の欲望を突き立てるところを想像し、
その卑猥さに僕の思考は再び支配されようとしていた。
そしてその日の午後は、いつもに比べだいぶ仕事が忙しかった。
まるで寝そべる巨大動物のような体躯をのっそりと横たえている。
その身は青々とした毛の様な森に覆われており、
頭頂部にあたる所にはポツリと髪飾りのように城の天守が覗いている。
その山を動物とするなら、まるで蚤のように一人の男がその毛を掻き分け上へと登っていた。
体格的には中肉中背、年の頃は元服して余り立っていないのか少年っぽさが抜け切っていない。
頭は少しぼさついているが顔は甘めで優男の印象を受ける。
しかし、舗装もされていない山道を袴で脇に差し物をしながら軽やかに登っていく。
軽く汗こそかいてはいるが、息は乱れておらずまだまだ余力があることを窺わせる。
男の名は正信(まさのぶ)と言った。
この城に仕える藩士で城の勘定方(会計)の一人をしている。
正信は片方の手に小さな包みを持っていて、
それを眼前に持ち上げ、肘をうまく使って余り揺れない様に運んでいる。
その扱いは武士の魂のそれよりだいぶ丁寧で、
これはその包みが今の彼に取っての秘密兵器だからである。
※※※
ひんやりとした廊下、そこを摺り足で僕は急ぐ。
廊下の僅かな軋み、衣擦れの囁き、
いつもは気にならぬそれらの音も、今の自分にとっては心地の良い物ではなくなっている。
人間現金なもので、心が晴れやかな時は何でもないことも素晴らしく見える。
が、逆にやましい心持だと枯れ尾花も幽霊に見えてしまうということで、
今の自分にとって城内の空気はアウェー感溢れるものとなっていた。
早くと思いつつも、着きたくないという矛盾した心も同時に持ちつつ、
しかしそんな葛藤とは何の関係も無く、無情にも目的の扉が目の前にあった。
一度立ち止まり佇まいを直し、軽く深呼吸をすると僕は襖をさっと開け中に入る。
「失礼致します。」
端的にそれだけ言うと僕は室内を見渡す。
そこにはちょこんと一人の女性が座っている。
彼女は一つの書類に指を当てつつその先に目を走らせ、
上から下へとそれが行き終わると別の紙に何かを書き記している。
両手は塞がっているが、彼女の頭の中ではそろばんが弾かれ、
正確かつ迅速に膨大な量の計算を片付けているのだ。
その速度は高名な私塾に通い、
そこで珠算を学んだ自分の鼻っ柱をへし折るには十分なものであった。
基本城勤めが出来るのは武家の者だけであるが、
現在の城主、定国(さだくに)様は飄々とした態度とは裏腹に、文武共に優れた名君で。
才覚のある人材を生まれに関係なく採用し、働きに応じて禄を上げるということまでやっていた。
彼女はとある大店の御息女らしいが、定国様の噂を聞き、
仕えたいと売り込みに来て採用された口らしい。
同室で働く同僚として休憩時間の雑談でそれくらいは聞いていた。
元々この部屋は彼女一人に当てられた物であったが、
先代から仕えていた家老や古くからこの城に使えている家の者達は、
定国様が始めたこの政策自体が自分達を軽んじるものとして不満であったこと。
彼女の優秀さはみなの予想を上回り非の打ち所が無かったこと。
それらが重なり家老達から嫌がらせじみた量の仕事を回され、
流石の彼女も手に余る状態なったため。
彼女が上様に相談し、助手として僕がここに回されることとなったそうだ。
もっとも家老から若い男女を同室で仕事させるなどいかん。
という文句が上様に行ったそうだが、
定国様はそれを聞くとみなの前に彼女を呼びこう言ったそうだ。
「お前の指定した条件に適う者が漸く見つかった。
早速呼び寄せてお前の仕事を手伝って貰う事とするが、
ここにいる石頭どもは若い男女を同室で仕事させるなぞいかんと言いよる。
余自らが人選した相手じゃ、そんなことは無いと思うが、
もし不逞を働くようなら申せ、責任を持ってワシがそいつを手討ちにした後、
そうじゃな・・・傷物となったお前は側室として囲うてやろう。」
それを聞いた家老共は脳の血管が切れるのでは、
という程頭を真っ赤に染めて定国様に怒鳴り散らしたらしい。
あの方が言うと冗談も冗談に聞こえぬから無理も無いが・・・
僕が入室しても顔も上げず、無言でさらさらと書き物をしていた彼女だが、
一段落ついたのかこちらに顔を向けた。
その表情は冷え切っており養豚場のブタでもみるかのように冷たい目で僕をみる。
明らかに怒っている。とても・・・
「あら、どうしたの?そんなところで突っ立ってないで早くこっちに来なさいな。」
「ハ・・・はいっ!八百乃(ヤオノ)さん。」
隠神(イヌガミ)=八百乃(ヤオノ)、それが僕のかわいらしい上司の名だ。
そそくさと隣の机に座るとくるりと周囲を見渡す。
彼女の袂にある書類を見て大体の進行状況を察する。
例によって彼女が鬼の様な速度で仕事をしていたことが伺える。
「ねえ、正信・・・」
「なんでしょう?」
「あなたはなあに?」
「・・・勘定方です。」
「奇遇よね。私もそうなの・・・」
「そのようですね・・・」
「さて正信。私はあなたのなあに?」
「・・・敬愛奉る上司です。」
「そのようね。さて正信。」
「なんでしょう?」
「私にとってのあなたってなあに?」
「・・・・・・」
「端的に言うと穀潰しよ。
家柄ばかり立派でその高い石高に見合わない仕事しかしない。
大喰らいのコメツキバッタといったところね。
私の実家で無償で働かされてる丁稚達の方がはるかに有用だわ。」
冷やかに放たれる彼女のコトノハという刃は今日も良く研いであるようである。
高給取りの無能と揶揄されるも、思いっきり遅刻して
自分の分も彼女に仕事を押し付けてしまった身としては、反論の余地が無い。
予想通りだ。全て予想通り。此処まではいい、問題はこの後だ。
「敬愛してる人間に自分の仕事を押し付けるとは随分と御高いのね正信。」
「申し訳ありませんでした。反省しています。」
「言うだけなら何とでも・・・誠意を見せて欲しいものね。
例えば明日は一人で午前中の仕事を全てこなすとか。」
出来ないと判ってて言っている。恐らく城中でそれが出来るのは彼女だけだ。
この台詞も大体予想通り。仕掛けるとしたらここら辺だろうか・・・
「まだ未熟者の若輩なれば、自分にはまだそれは出来ません。
それは理解しています。だから別の形で誠意も御見せ致します。」
僕は満を持して懐から秘密兵器を持ち出した。
彼女は怪訝そうな顔つきをしていたが、
解かれる風呂敷から覗く中野の文字を見た瞬間、彼女の動きが止まる。
頭脳労働でさぞ体が糖分を欲していることだろう。
今頃口内は唾液の洪水となっていよう。
足元を見られたくなくて喉を鳴らすのを我慢しているようだが、
ちらりと見える箱に目が釘付けなっているのは隠しようが無い。
効果は抜群だ!!
二死満塁で逆転ホームランを決めたバッターのように、
僕は悠々とした所作でその箱を彼女に手渡した。
「こ・・これは・・・中野の新作か・・・」
「はい、出島の外国の方から作り方を仕入れたとかで、
字は判りませんが、タルトというものらしいです。」
能書きはいいと言わんばかりに彼女は封を開け、中の菓子を取り出した。
まるで値の張る茶器でも見定めるかのように真剣に菓子を見る。
そして厳かに付いていた串で崩した後、一刺しすると口に運んで咀嚼した。
「これは・・・かすていらね。薄く焼いたかすていらの生地で餡をのの字に巻いたのか。
しかもただの餡じゃない!柚子を混ぜ込んであり甘みが強いのに上品な後味。」
神を見たと言わんばかりの震える声で中野の仕事を賛美する。
この反応を見る限り許されただろうか?
※※※
その後、部屋に入る前に仲の良い小姓にあらかじめ頼んでおいたお茶が狙い通り届き。
その演出と手際も加点して評価されたのか、彼女の機嫌は直っていた。
「まったく、正信はこういう所だけ抜け目無くて困る。」
一息ついた彼女の言葉からはすっかり棘が抜け落ちている。
彼女は苦笑しながらこちらを見ている。
改めて自分の上司を見る。小柄で肩も腕も細い、
着物なので確実な所は判らないが胸も薄いのだろう。
パーツだけ見ればかわいらしいその顔は、初見の人になら妹と言って通るだろう。
だが僕よりも年上なのだそうだ。(正確な年は答えてくれなかった。)
実際、言動や口調によるものなのか、立ち居振る舞いによるものなのか、
彼女はその見た目に反して何とも大人びて見えた。
午前の雑事を終え、小腹を満たしお茶で一息入れた彼女はうんっと軽く伸びをする。
息を吐き出して物憂げにする彼女は何とも艶っぽい。
見た目は毛が生えているかも怪しいくらいなのに、
彼女から匂い立つ色香は大人の女性のそれだ。
そのアンバランスさがかえって背徳的な気分にさせるのか、
何をしたりされたりしたわけでもないのに妙に興奮してしまう。
気が付くと隠し持った股間の妖刀を何時の間にか抜き放っていた。
袴で胡坐をかいた姿勢ゆえ、すぐ気づかれることはないだろうが、
さっさとこの暴れん坊を鎮めなければ上様に手討ちにされてしまう。
御静まりくだされ!殿中!殿中でござる!!
下っ腹に力を込めつつ湯屋でごいっしょした御年配の御婦人の姿を思い出す。
ぶらんぶらんしよる・・・思い出したもので多少げんなりしたものの。
依然としてきかん坊を続ける大明神さま。
どうにも窮していると急に耳元で声がした。
「どうしたの?もう怒ってはいないのだから。顔を上げたらどう?」
耳朶をくすぐる様に放たれた声に思わず顔を上げる。
何時の間にかぐっと近くにより、覗き込むようにこちらを見ている八百乃。
クリクリした大きな目を細めてこっちの目を見ていた。
見透かされたような気がして思わずまた視線を落とす。
「いえ、何でも・・・ありません・・・」
「ふうん・・・普段通りというわけ・・・
私と一緒のときはこれが普通なのかしら?
だとしたら身の危険を感じてしまうわね。」
そう言いつつ彼女は片方の手をさっと下に垂らすと、
正確に妖刀の切っ先を探り当て、人差し指だけでくるりくるりと先端を摩り始める。
溜まっていた疼きが一気に大きくなる。
下げていた頤が跳ね上がり思わず吐息が漏れてしまう。
「だ・・駄目ですよ・・・見られたら・・手討ちに・・・」
息も絶え絶えにそう言う。
その間も彼女の人差し指は動きを止めず、
じわりじわりと甘さと切なさを送り込んでくる。
「定国様はこう言ったのよ?あなたが私に不逞を働いたらあなたを打ち首にすると、
つまり私からあなたに何かする分にはまったく問題はないわ。
もっとも、家老達の耳に入ればそれ見たことかと陰口を叩かれるのは確実、
それは面白くないわ。だ・か・ら・・・・ね。」
そこで言葉を区切ると同時に彼女の一切の動きが止まってしまう。
上目遣いにこちらを見ながら意地の悪そうににんまりと笑う彼女。
見つめられながら指一本で擦られただけなのに下半身は爆発寸前だった。
袴の内側はだいぶ濡れてしまっているのが感じられ、
大きな心臓の鼓動と共に分身もドクンドクンと震えているのが判る。
息を吹きかけられただけでも達してしまいそうな焦燥感。
今の僕は全身を甘い熱に支配され、続きをねだること以外何も考えられなくなっていた。
「物欲しそうなかわいらしい顔ね。でも、見られたら困るから駄目じゃなかったの?」
とても楽しそうに彼女はそんなことを言う。
指はくるくると触れるか触れないかの距離を維持しつつ旋回している。
まるで犬のように口を開け、舌と息を吐き出しながら僕は言葉を搾り出す。
「します・・秘密に・・だから・・して・・・下さい。
続きを・・・八百乃・・・お願い・・・」
「良く出来ました♥」
待っていましたとばかりに顔を近づけると、
彼女は柔らかい唇を僕の顔にまぶす。
続いて口と口を合わせ彼女の舌が僕の口内に滑り込み。
僕の舌と絡んだり歯茎を嘗め回す。
ぴちゃりぴちゃりという水音が直に脳内に送り込まれ、
僕の腰から上はまるで空を飛んでいるかのように錯覚させられる。
思考を完全に奪われた状態で、酩酊でもしているかのようだ。
下半身がひんやりする感覚だけが感じられた。
この時は判らなかったが袴をまくっていたらしい。
短く折りたたまれた袴の下から彼女の両手が侵入する。
母とはぐれて泣いた子供をあやすように、
先をねっとりとぬらした僕の分身にやさしく絡みつく彼女の指。
待望していた刺激が与えられる。前は布越しに指一本だった刺激。
だが、今度は直に三本の指が亀頭周りを、蓋を開けるような軌道でやさしく往復する。
もう一方の手は竿と玉を適度に交代で刺激する。
僕はまな板の上の鯉の様に、口をぱくつかせることしか出来なかった。
ほんのりと頬を染めた彼女が僕に身を寄せる。
そして耳を軽く噛みながらかわいらしく言った。
「逝って♥」
僕は言葉の意味も判らないまま、反射的に欲望を開放していた。
時間も判然とはしないが、僕の短い生涯では間違いなく最も長い時間射精は続いた。
気持ちよさもぶっちぎりでトップだろう。
元服の際に親に遊郭に連れて行ってもらった。
親の顔もあり一見としては最上位の花魁を宛がって貰えたが、
本番有りのそれがおままごとに思えるくらい彼女の指は良かった。
ある程度思考が可能になった段階で、荒く息を吐きながら彼女に目を向ける。
彼女はあれ程大量に出した僕の迸りをうまく両手で受け止めていたようで、
手の皿の中で軽い水溜りのようになっているそれを、
はしたなく舌を出して指ごと舐めしゃぶっていた。
熱い吐息を吐いて舌を出す彼女の顔はとても扇情的で、
全てを出し切ったと思った僕の体内に再び不浄を溜め込む呼び水となっていた。
物言わぬ僕の代わりに分身が彼女に要望を伝える。
謎の白い液体を嚥下し終わった彼女はすぐさまそれに気づくと、
うれしそうに頬に手をやった。
「あらあら、その様子じゃまだまだ仕事にならなそうね。
いいわ、今度はこっちで♥」
そういうと彼女は大きく口を開けぬらりと舌をだした。
少女の様な顔つきの彼女の口に自分の欲望を突き立てるところを想像し、
その卑猥さに僕の思考は再び支配されようとしていた。
そしてその日の午後は、いつもに比べだいぶ仕事が忙しかった。
12/03/31 04:00更新 / 430
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