エピローグ1 未来(みらい)
これは本編の時間軸よりだいぶ未来の御話。
全ての面倒事が片付いた後のとある日常の御話。
ヤオノは午前中にやるべき定常作業を一段落させたので、
お茶を煎れると戸棚にしまってあった甘味を探し始めた。
正信と二人で食べるつもりで買ってあった新作のお菓子だ。
大陸側では不動の人気を誇るチェーン店、
虜の果実専門スイーツショップであるトリコロミール。
その数少ないジパング支店で試験的に売り出された代物で、
大福に早摘みの小さな虜の果実を入れたその名も虜大福。
客の反応が上々なら大陸側の支店でも販売する予定とのことである。
まだ食していないが、ヤオノ的には大いに期待していた。
餡の甘すぎない甘さと虜の果実の瑞々しい甘さ、
二つの質の違う甘みが口の中で混ざり合い互いの不足を埋め、
味を新しい甘みへと昇華する。そんな未来予想が彼女の灰色の脳細胞の中で巡り。
思わず食べる前からその相好をトロリと崩させ、尻尾をパタパタと振るわせる。
まるで餌を目の前にした犬のようである。
そんな自分の姿に思い至ったのか、はっと我に変えり周囲を見回すヤオノ。
誰も見ていないことに胸をなでおろすと探索に戻る。
しかしそうして探しているうちにまた頭の中で余計な妄想を始めるヤオノ。
妄想の中では彼女と正信が二人で相対している。
妄想正信は本物に比べ美形度が120%増し(当社比)である。
睫毛も長く瞳の中もキラキラしており、薔薇でもしょってそうな雰囲気だ。
「何時も君は美しいぜベイビー、おおっ!! だけどどうしたことだい?!
今日の君は何時にも増して美しいぜサンダーボルト!!
何時もが月とするなら今日の君は太陽すら霞む美の女神。
君の前では主神とか言うやつもただのビッチな淫売さぁ。」
やはり美形度が135%増し(当社比)のヤオノが登場し応える。
(付け加えるならスタイルがだいぶグラマーになっている。)
「は・・・恥ずかしい・・・虜の果実の御陰かしら、でもあなたも素敵よ正信。
何時も良い香りだけど、今日の貴方の体臭はまるで嗅いでるだけで達してしまいそうな美臭だわ。
懐に飛び込んでずっとキスしながらむせ返るまで嗅いでいたい。
貴方の体で上から押さえつけられて圧迫されてたい。
興奮して来たわッ!早く!圧迫祭りよッ!お顔を圧迫してッ!」
桃色の脳細胞が活性化し、ネチョでモザな光景が赤裸々に綴られて・・・
「ねえがらっ!! ありえねえからっ!!!
何がサンダーボルトやねん。何が圧迫祭りだっちゅうねん。」
ふおおおおっっと凄まじい勢いで壁の柱に頭を打ちつけ続けるヤオノ。
何故かその口調も似非関西弁じみていた。錯乱している。
ふっっ ふっ と荒い呼気を吐きながら再度周囲に獣の目を光らせるヤオノ。
変らず誰もいない、だが誰かいたらやりかねない殺気がその瞳には宿っていた。
「セーフッ。」
小声で軽くガッツポーズを取ると、彼女は再び戸棚の捜索を再開する。
しかし冗談抜きに御菓子が見つからない。
小さいものだが、簡単に紛失するようなものでもない。
冷静になって戸棚の中の匂いをその鼻で嗅いで見る。
そして周囲の匂いも嗅いでいるうちに気づいた。
なにやら外、縁側の方からお茶と餡の匂いが香ってくるではないか。
そこから彼女は事態を推察するとほっと胸を撫で下ろした。
(そっか、同じことを考えてたのね。正信ったら卒が無いのはいいけど、
こういうバッティングもあるんだから、一言言ってくれればいいのに。
しょうがないんだからぁもう♥)
心の中でかわいく悪態を付くものの、
夫婦で通じ合ってるようでヤオノはルンとした気分で軒先へと歩いていった。
だが数秒後、彼女の期待は木っ端微塵に打ち砕かれる。
「御主人、はいあ〜〜ん♥」
「ああ、ありがとう。」
「美味しい? 美味しい? 御主人。」
「御主人、御茶。」
「ああ美味しいよ。それとお茶もありがとう。」
軒先では正信と三匹の狸がお茶をしていた。
姿は狸だが人語を話し、しかも二足で立って前足を器用に使って、
正信の世話を甲斐甲斐しく焼いている。
正信の方もまんざらではないらしく、
奉仕の礼とばかりに鍛えられた両手両指を駆使し、
狸達を順繰りに撫で摩る。
「御主人〜〜♥」
「はふん♥♥」
「あたしも! あ〜た〜し〜もっ〜〜!!」
「はいはい、順番な。」
なでなでなでな〜でなでなでなで(以下略)
その光景を前にヤオノはただ開いた口が塞がらない。
その体は満たされた火薬庫と同じであった。
そして彼女の目に留まったのは新作の大福の入れ物が空になった光景、
それは一本の火種となり彼女の中に投げこまれた。
「正信・・・」
「ああ、八百乃さん。仕事終わったかい?
終わったんならいっしょにお茶にしな・・・」
はっきりと解る殺意の波動を纏ったヤオノに対し、
凍りつく正信、彼の頭の中では様々な考えやいい訳が巡るが、
それが言葉として吐き出される暇は与えられなかった。
「シャラァッ!!」
「ぐああああぁ。」
軒先からドライバーで叩かれたゴルフボールのようにすっ飛んでいく正信。
「ああ、御主人!」
「御主人が死んだ!!」
「この妖怪でなし!!!」
口々にヤオノを非難する狸達。
その狸達を一睨みし今度はその殺気を狸達に向ける。
「だ〜まらっしゃい! あんた達、
仕事もせずにこんなところで人の旦那といちゃいちゃと。」
狸達も負けじと応戦する。
「マスターに言われた仕事ならみんな終わりました。」
「マスターの旦那なら私達にとっても旦那様です。」
「というより御主人です。御主人返せ。
私はまだ撫でてもらってないんですよ!!」
「むぅ。」
予想外であった。頼んだ仕事を彼女の予想より早く彼女達は終わらせていたらしい。
彼女達はヤオノが作った高性能の分身である。
戦闘用と違い数は作れないが、自分で学び高度な判断が下せる。
人件費を浮かせるため、そして二人の城であるこの店に、
よけいな第三者を入れたくないという気持もあり。
彼女が時間を掛けて編み出した妖術である。
「だいたい御主人は早い者勝ちです。」
「それを自分が出遅れたからって。」
「殴り飛ばすなんて酷いですよ。
高齢化した女性のヒステリーですか?」
好き放題まくし立てる狸達に対し、
ヤオノもこめかみに青筋を立てて言い返す。
「金輪際、勝手にあんた達のあの人への接触を禁止するわ。」
「そんな!」
「ご主人断ちされたら。」
「何を支えに生きていけというのか?!」
「シャ〜ラップッ、創造主でありマスターよ私は。
私の命令は絶対でしょ? OK?」
「絶対にノゥ。」
「労働基本権の侵害。」
「ペレストロイカ。」
「何処で覚えたのよそんな言葉?!」
ぎゃいのぎゃいのと三匹揃えば牙をむく狸達。
其処へ埃まみれになった正信が痛そうに頭を摩って帰ってきた。
「御主人!」
「大丈夫ですか御主人!!」
「正妻だからって御高く留まってるヒス女は怖いですね御主人。」
「こらこら、大丈夫だよ。人間だった頃なら死んでるだろうけど。
今は体もだいぶ頑丈になったしね。」
ヤオノなんて見えてないかの如く、
さっと正信の体に纏わりつくと、
狸達は何時の間にか用意した濡れた手拭で顔や体を拭き、
また頭のたんこぶをぺろぺろと愛おしそうに舐め始めた。
「御主人美味しいです♥」
「美味しい♥ 御主人。」
「ちょ、くすぐったいよw 食べないでおくれよ?」
「ええ〜、食べちゃいけませんか♥ 御主人? くんかくんかっ。」
またいちゃこら始める狸達、
ヤオノの分身ということもあって正信も彼女達のことは大事にしている。
しかしヤオノからしたらたまったものではない。
これでは本末転倒どころではない。
「いい加減にせいきさまら、あんまり横暴が過ぎると解雇。
あんたら首にして普通によその人か妖怪雇うわよ。」
「ええ〜出来ますか? マスター。」
「計算して見てください。一から仕事を教える手間と、発生する賃金の値段を・・・」
「人なら6人以上、妖怪は離職率が高いですし・・・」
「そうだねえ、それを考えると結構な出費と手間だよねえ。
冗談抜きに君も僕もしばらくは夜以外会えないだろうね。」
「ぐぬぬ。」
「さっすが御主人。」
「解ってらっしゃる。」
「商人の鑑!!」
(言われなくても解っている。
彼女達を作ったのは自分だし、
その際にどれくらい手間と費用が浮くかの計算ぐらいしてある。
その時は私ってば天才ねとホクホクしたものだが、
まさかこんな落とし穴があろうとは。)
旗色が悪いヤオノ、と調子に乗ってますますいちゃつく分身達。
「御主人こんな埃っぽい姿じゃお客様の前に立てません。」
「お風呂に入りましょう。お背中流します♥」
「なんでしたら全身隈なく洗って差し上げます♥」
完全にぶち切れたヤオノは血涙を流しながら叫ぶ。
「きさまら・・・ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
狸達も揃って創造主たるヤオノに威嚇する。
「「「キシャーーーーー。」」」
すっかり蚊帳の外である正信は、縁側で茶を啜りながら両者の対峙を見ている。
「ああ、御茶がうまい。」
「私に歯向かった愚かさを悔いて去ねぃ。この泥棒狸共が!!」
「古狸め。」
「畳と女房は!」
「新しい方がいいんじゃ〜〜」
店の前の往来は幸い人通りも無く、客もいないが。
もはやそんなことは頭から消し飛んでいる両者は、
誰憚ることなく喧嘩を開始した。
「あ・・・茶柱立ってる・・・」
正信はどこまでもリラックスして爺のように茶を啜っている。
まあ実際年だけならもう老人といって差し支えない。
その時、不思議なことが起こった!
「な・・・なじで・・・」
「ウィ〜ンw」
「ウィ〜〜ア〜ザ・チャンピョン〜〜♪」
「トラトラトラ。」
オリジナルのはずのヤオノが三匹の分身にボコボコにされていた。
勝った分身達は喜びの舞として三人で腹づつみを打ちつつ踊っている。
ボロボロになりつつもフラフラと立ち上がるヤオノ。
「な・・・納得いか〜〜〜ん。どうして? ホワイ?!
あんた達が私に危害を加えられるはずが・・・
三原則を植えつけてあるはずなのに・・・」
「三原則?」
そこでようやく蚊帳の外だった正信も会話に加わってくる。
「とある書物に出てくるルールよ、
自立型の分身の思考ルールを組み立てる上で参考にさせてもらったの。」
「それってどういうものだい?」
「第一 人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二 人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三 前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
大体こんな感じ・・・あ。」
「・・・それって・・・」
「御主人(インキュバス)は一応その三原則の対象ですが。」
「マスターは妖怪ですので。」
「原則の対象外ですよ。m9(^Д^)プゲラ」
「あ・・・アイザッ〜〜ク!!」
頭を抱えて天を仰ぐヤオノ、もはや後の祭りである。
そのヤオノに止めとばかりに分身達は飛び掛る。
「勝ったッ! 形部物語 完。」
「人生(ラヴィ)〜〜〜〜〜〜〜♪」
「下克上。」
「くぅっ。」
油断したところを集中攻撃でボロボロにされ、
ふらつくヤオノにはもう反撃の余力は残されていない。
「・・・助けて・・・助けてぇ、正信ぅ〜〜〜〜。」
ヤオノの口から見た目相応の黄色い悲鳴が上がる。
「はいな。」
縁側で正座で茶を啜っていた正信は、
そのままの姿勢で跳躍をしてヤオノと分身の間に割ってはいる。
「ご・・・御主人?!」
「どいて御主人。」
「そいつ(マスター)殺せない。」
物騒な台詞を吐きつつも、正信に牙を向けるわけにもいかず、
分身達は急停止してそのまま正信の体にポスポスと当たって引っ付く。
「はいそれまで、あんまり僕の妻をいじめないであげてよね。」
「ご・・・御主人〜」
「ですが御主人、御主人に近づくなとか。」
「首だと言われてしまってわ。」
「その辺は大丈夫。僕の方から話しておくからさ。
これ以上喧嘩するならもう一生撫で撫でしてあげないからね。
一応言っておくけど、これは八百乃さんにも言ってるからね。」
「そ、そんなあ正信、これ以上この子達と いちゃいちゃするのを私に見せ付ける気?」
「まあまあみんなでいちゃつけばいいことでしょ?
僕も頑張って皆の相手をするからさ。だから機嫌直してよ。
判ってるでしょ。例えこの子達が君の分身であっても一番は君だってさ。」
「分身とはいえ、他人の目があるところでそんな風にはっきりと・・・
相変わらずあんたはずるいわ。そういうところ・・・」
正信に抱きかかえられながら頭を撫でさすられるヤオノ、
その顔はピンクに染まりながら、仕方ないと言わんばかりに目を閉じてされるがままだ。
「みんな汚れちゃったね。それじゃ店先に御用の方はお待ち下さい。
という札でも立てておいてみんなでお風呂にでも入ろうか。」
「賛成の反対の反対。」
「御主人、何故か垢すりが切れてまして。」
「ですから私たちの体で御主人の体を隅々まで・・・」
「ごみ捨てに垢すり突っ込んでおいたのはあんたらかぁ!!」
再び響き渡るヤオノの怒声、散り散りに逃げ出す狸達。
そんな彼女達を正信はにこにこしながら見つめていた。
全ての面倒事が片付いた後のとある日常の御話。
ヤオノは午前中にやるべき定常作業を一段落させたので、
お茶を煎れると戸棚にしまってあった甘味を探し始めた。
正信と二人で食べるつもりで買ってあった新作のお菓子だ。
大陸側では不動の人気を誇るチェーン店、
虜の果実専門スイーツショップであるトリコロミール。
その数少ないジパング支店で試験的に売り出された代物で、
大福に早摘みの小さな虜の果実を入れたその名も虜大福。
客の反応が上々なら大陸側の支店でも販売する予定とのことである。
まだ食していないが、ヤオノ的には大いに期待していた。
餡の甘すぎない甘さと虜の果実の瑞々しい甘さ、
二つの質の違う甘みが口の中で混ざり合い互いの不足を埋め、
味を新しい甘みへと昇華する。そんな未来予想が彼女の灰色の脳細胞の中で巡り。
思わず食べる前からその相好をトロリと崩させ、尻尾をパタパタと振るわせる。
まるで餌を目の前にした犬のようである。
そんな自分の姿に思い至ったのか、はっと我に変えり周囲を見回すヤオノ。
誰も見ていないことに胸をなでおろすと探索に戻る。
しかしそうして探しているうちにまた頭の中で余計な妄想を始めるヤオノ。
妄想の中では彼女と正信が二人で相対している。
妄想正信は本物に比べ美形度が120%増し(当社比)である。
睫毛も長く瞳の中もキラキラしており、薔薇でもしょってそうな雰囲気だ。
「何時も君は美しいぜベイビー、おおっ!! だけどどうしたことだい?!
今日の君は何時にも増して美しいぜサンダーボルト!!
何時もが月とするなら今日の君は太陽すら霞む美の女神。
君の前では主神とか言うやつもただのビッチな淫売さぁ。」
やはり美形度が135%増し(当社比)のヤオノが登場し応える。
(付け加えるならスタイルがだいぶグラマーになっている。)
「は・・・恥ずかしい・・・虜の果実の御陰かしら、でもあなたも素敵よ正信。
何時も良い香りだけど、今日の貴方の体臭はまるで嗅いでるだけで達してしまいそうな美臭だわ。
懐に飛び込んでずっとキスしながらむせ返るまで嗅いでいたい。
貴方の体で上から押さえつけられて圧迫されてたい。
興奮して来たわッ!早く!圧迫祭りよッ!お顔を圧迫してッ!」
桃色の脳細胞が活性化し、ネチョでモザな光景が赤裸々に綴られて・・・
「ねえがらっ!! ありえねえからっ!!!
何がサンダーボルトやねん。何が圧迫祭りだっちゅうねん。」
ふおおおおっっと凄まじい勢いで壁の柱に頭を打ちつけ続けるヤオノ。
何故かその口調も似非関西弁じみていた。錯乱している。
ふっっ ふっ と荒い呼気を吐きながら再度周囲に獣の目を光らせるヤオノ。
変らず誰もいない、だが誰かいたらやりかねない殺気がその瞳には宿っていた。
「セーフッ。」
小声で軽くガッツポーズを取ると、彼女は再び戸棚の捜索を再開する。
しかし冗談抜きに御菓子が見つからない。
小さいものだが、簡単に紛失するようなものでもない。
冷静になって戸棚の中の匂いをその鼻で嗅いで見る。
そして周囲の匂いも嗅いでいるうちに気づいた。
なにやら外、縁側の方からお茶と餡の匂いが香ってくるではないか。
そこから彼女は事態を推察するとほっと胸を撫で下ろした。
(そっか、同じことを考えてたのね。正信ったら卒が無いのはいいけど、
こういうバッティングもあるんだから、一言言ってくれればいいのに。
しょうがないんだからぁもう♥)
心の中でかわいく悪態を付くものの、
夫婦で通じ合ってるようでヤオノはルンとした気分で軒先へと歩いていった。
だが数秒後、彼女の期待は木っ端微塵に打ち砕かれる。
「御主人、はいあ〜〜ん♥」
「ああ、ありがとう。」
「美味しい? 美味しい? 御主人。」
「御主人、御茶。」
「ああ美味しいよ。それとお茶もありがとう。」
軒先では正信と三匹の狸がお茶をしていた。
姿は狸だが人語を話し、しかも二足で立って前足を器用に使って、
正信の世話を甲斐甲斐しく焼いている。
正信の方もまんざらではないらしく、
奉仕の礼とばかりに鍛えられた両手両指を駆使し、
狸達を順繰りに撫で摩る。
「御主人〜〜♥」
「はふん♥♥」
「あたしも! あ〜た〜し〜もっ〜〜!!」
「はいはい、順番な。」
なでなでなでな〜でなでなでなで(以下略)
その光景を前にヤオノはただ開いた口が塞がらない。
その体は満たされた火薬庫と同じであった。
そして彼女の目に留まったのは新作の大福の入れ物が空になった光景、
それは一本の火種となり彼女の中に投げこまれた。
「正信・・・」
「ああ、八百乃さん。仕事終わったかい?
終わったんならいっしょにお茶にしな・・・」
はっきりと解る殺意の波動を纏ったヤオノに対し、
凍りつく正信、彼の頭の中では様々な考えやいい訳が巡るが、
それが言葉として吐き出される暇は与えられなかった。
「シャラァッ!!」
「ぐああああぁ。」
軒先からドライバーで叩かれたゴルフボールのようにすっ飛んでいく正信。
「ああ、御主人!」
「御主人が死んだ!!」
「この妖怪でなし!!!」
口々にヤオノを非難する狸達。
その狸達を一睨みし今度はその殺気を狸達に向ける。
「だ〜まらっしゃい! あんた達、
仕事もせずにこんなところで人の旦那といちゃいちゃと。」
狸達も負けじと応戦する。
「マスターに言われた仕事ならみんな終わりました。」
「マスターの旦那なら私達にとっても旦那様です。」
「というより御主人です。御主人返せ。
私はまだ撫でてもらってないんですよ!!」
「むぅ。」
予想外であった。頼んだ仕事を彼女の予想より早く彼女達は終わらせていたらしい。
彼女達はヤオノが作った高性能の分身である。
戦闘用と違い数は作れないが、自分で学び高度な判断が下せる。
人件費を浮かせるため、そして二人の城であるこの店に、
よけいな第三者を入れたくないという気持もあり。
彼女が時間を掛けて編み出した妖術である。
「だいたい御主人は早い者勝ちです。」
「それを自分が出遅れたからって。」
「殴り飛ばすなんて酷いですよ。
高齢化した女性のヒステリーですか?」
好き放題まくし立てる狸達に対し、
ヤオノもこめかみに青筋を立てて言い返す。
「金輪際、勝手にあんた達のあの人への接触を禁止するわ。」
「そんな!」
「ご主人断ちされたら。」
「何を支えに生きていけというのか?!」
「シャ〜ラップッ、創造主でありマスターよ私は。
私の命令は絶対でしょ? OK?」
「絶対にノゥ。」
「労働基本権の侵害。」
「ペレストロイカ。」
「何処で覚えたのよそんな言葉?!」
ぎゃいのぎゃいのと三匹揃えば牙をむく狸達。
其処へ埃まみれになった正信が痛そうに頭を摩って帰ってきた。
「御主人!」
「大丈夫ですか御主人!!」
「正妻だからって御高く留まってるヒス女は怖いですね御主人。」
「こらこら、大丈夫だよ。人間だった頃なら死んでるだろうけど。
今は体もだいぶ頑丈になったしね。」
ヤオノなんて見えてないかの如く、
さっと正信の体に纏わりつくと、
狸達は何時の間にか用意した濡れた手拭で顔や体を拭き、
また頭のたんこぶをぺろぺろと愛おしそうに舐め始めた。
「御主人美味しいです♥」
「美味しい♥ 御主人。」
「ちょ、くすぐったいよw 食べないでおくれよ?」
「ええ〜、食べちゃいけませんか♥ 御主人? くんかくんかっ。」
またいちゃこら始める狸達、
ヤオノの分身ということもあって正信も彼女達のことは大事にしている。
しかしヤオノからしたらたまったものではない。
これでは本末転倒どころではない。
「いい加減にせいきさまら、あんまり横暴が過ぎると解雇。
あんたら首にして普通によその人か妖怪雇うわよ。」
「ええ〜出来ますか? マスター。」
「計算して見てください。一から仕事を教える手間と、発生する賃金の値段を・・・」
「人なら6人以上、妖怪は離職率が高いですし・・・」
「そうだねえ、それを考えると結構な出費と手間だよねえ。
冗談抜きに君も僕もしばらくは夜以外会えないだろうね。」
「ぐぬぬ。」
「さっすが御主人。」
「解ってらっしゃる。」
「商人の鑑!!」
(言われなくても解っている。
彼女達を作ったのは自分だし、
その際にどれくらい手間と費用が浮くかの計算ぐらいしてある。
その時は私ってば天才ねとホクホクしたものだが、
まさかこんな落とし穴があろうとは。)
旗色が悪いヤオノ、と調子に乗ってますますいちゃつく分身達。
「御主人こんな埃っぽい姿じゃお客様の前に立てません。」
「お風呂に入りましょう。お背中流します♥」
「なんでしたら全身隈なく洗って差し上げます♥」
完全にぶち切れたヤオノは血涙を流しながら叫ぶ。
「きさまら・・・ゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
狸達も揃って創造主たるヤオノに威嚇する。
「「「キシャーーーーー。」」」
すっかり蚊帳の外である正信は、縁側で茶を啜りながら両者の対峙を見ている。
「ああ、御茶がうまい。」
「私に歯向かった愚かさを悔いて去ねぃ。この泥棒狸共が!!」
「古狸め。」
「畳と女房は!」
「新しい方がいいんじゃ〜〜」
店の前の往来は幸い人通りも無く、客もいないが。
もはやそんなことは頭から消し飛んでいる両者は、
誰憚ることなく喧嘩を開始した。
「あ・・・茶柱立ってる・・・」
正信はどこまでもリラックスして爺のように茶を啜っている。
まあ実際年だけならもう老人といって差し支えない。
その時、不思議なことが起こった!
「な・・・なじで・・・」
「ウィ〜ンw」
「ウィ〜〜ア〜ザ・チャンピョン〜〜♪」
「トラトラトラ。」
オリジナルのはずのヤオノが三匹の分身にボコボコにされていた。
勝った分身達は喜びの舞として三人で腹づつみを打ちつつ踊っている。
ボロボロになりつつもフラフラと立ち上がるヤオノ。
「な・・・納得いか〜〜〜ん。どうして? ホワイ?!
あんた達が私に危害を加えられるはずが・・・
三原則を植えつけてあるはずなのに・・・」
「三原則?」
そこでようやく蚊帳の外だった正信も会話に加わってくる。
「とある書物に出てくるルールよ、
自立型の分身の思考ルールを組み立てる上で参考にさせてもらったの。」
「それってどういうものだい?」
「第一 人間に危害を加えてはならない。
また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二 人間にあたえられた命令に服従しなければならない。
ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三 前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
大体こんな感じ・・・あ。」
「・・・それって・・・」
「御主人(インキュバス)は一応その三原則の対象ですが。」
「マスターは妖怪ですので。」
「原則の対象外ですよ。m9(^Д^)プゲラ」
「あ・・・アイザッ〜〜ク!!」
頭を抱えて天を仰ぐヤオノ、もはや後の祭りである。
そのヤオノに止めとばかりに分身達は飛び掛る。
「勝ったッ! 形部物語 完。」
「人生(ラヴィ)〜〜〜〜〜〜〜♪」
「下克上。」
「くぅっ。」
油断したところを集中攻撃でボロボロにされ、
ふらつくヤオノにはもう反撃の余力は残されていない。
「・・・助けて・・・助けてぇ、正信ぅ〜〜〜〜。」
ヤオノの口から見た目相応の黄色い悲鳴が上がる。
「はいな。」
縁側で正座で茶を啜っていた正信は、
そのままの姿勢で跳躍をしてヤオノと分身の間に割ってはいる。
「ご・・・御主人?!」
「どいて御主人。」
「そいつ(マスター)殺せない。」
物騒な台詞を吐きつつも、正信に牙を向けるわけにもいかず、
分身達は急停止してそのまま正信の体にポスポスと当たって引っ付く。
「はいそれまで、あんまり僕の妻をいじめないであげてよね。」
「ご・・・御主人〜」
「ですが御主人、御主人に近づくなとか。」
「首だと言われてしまってわ。」
「その辺は大丈夫。僕の方から話しておくからさ。
これ以上喧嘩するならもう一生撫で撫でしてあげないからね。
一応言っておくけど、これは八百乃さんにも言ってるからね。」
「そ、そんなあ正信、これ以上この子達と いちゃいちゃするのを私に見せ付ける気?」
「まあまあみんなでいちゃつけばいいことでしょ?
僕も頑張って皆の相手をするからさ。だから機嫌直してよ。
判ってるでしょ。例えこの子達が君の分身であっても一番は君だってさ。」
「分身とはいえ、他人の目があるところでそんな風にはっきりと・・・
相変わらずあんたはずるいわ。そういうところ・・・」
正信に抱きかかえられながら頭を撫でさすられるヤオノ、
その顔はピンクに染まりながら、仕方ないと言わんばかりに目を閉じてされるがままだ。
「みんな汚れちゃったね。それじゃ店先に御用の方はお待ち下さい。
という札でも立てておいてみんなでお風呂にでも入ろうか。」
「賛成の反対の反対。」
「御主人、何故か垢すりが切れてまして。」
「ですから私たちの体で御主人の体を隅々まで・・・」
「ごみ捨てに垢すり突っ込んでおいたのはあんたらかぁ!!」
再び響き渡るヤオノの怒声、散り散りに逃げ出す狸達。
そんな彼女達を正信はにこにこしながら見つめていた。
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