連載小説
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刺客(しきゃく)その1
男は生まれながらに狩人だった。
山で生まれ、山に生きる。
そこで野草や動物を狩り、日々の糧とする。

そんな生き方を生まれてからずっと男は繰り返してきた。
男にとって獲物をうつのは生きること、息をすることと同じであった。
彼に取って山は自分であり、自分は山であった。

山の一部を頂きまた山の一部に返す。
そうやって山という一つの世界で新陳代謝を繰り返す。
そんな山の一部として男は生き続けてきた。

故に、男にとって狩猟は殺しではなく生きることそのものであった。
故に、彼には殺気がない。猟銃を構え周囲の草木と同化してただひたすらに待ち続ける。
飲み食いもせず、糞尿も垂れ流すままに任せ、ひたすらに彼は待つ。

彼には猟銃の射程の範囲にある木々や小さな小動物まで、
その存在を触っているかのように感じることが出来た。
山と一つに成ったかのようなその感覚を男は好いていた。

大きなものに抱かれているような安心感を抱きつつ。
彼はただひたすらに待つ、猟銃の射線上に獲物が飛び込んでくるのを。
彼には何となくだが、何処で待ち、構えていれば獲物が飛び込んでくるのかが解った。

彼には妻がいた。子も生まれた。その子も彼と同様に山の一部として生きるのか?
それは彼には解らないことであったが、もし子供が山の外で生きるのを望むなら、
彼はそれを止めようとは微塵も思わなかった。

そうこうしているうちに、妻が病に掛かり死んでしまった。
山の薬草では直せない類の病であり、彼の子供も同じ病に罹患していた。
自分の死は怖くない。自分は元々山の一部であり、形が変わるだけでそれは永久に変わらないからだ。

だが息子はまだ違う。彼は山で生きてはいるが、山と一体になってはいない。
そんな息子がこのまま死んだら、息子は一体何処へ逝ってしまうのか?
彼は恐れた。そしてそんな彼の前に一人の男が現れる。

その男は背格好はそれ程大きくはないが、厚みの在る体躯をした厳つい面相の男であった。
彼は初めて男を見た時、人でも野生動物でもない何かに男が見えた。
その男曰く、銃の撃ち方を地元では有名な猟師である彼に習いに来たとの事であった。

最初彼は断った。自分の狩りは生き方であり生き様であり。
自分の人生そのものだ。伝授するとしてもそれは息子にだけと決めていた。
もし息子が山で生きることを拒んだ時は自分と供に山へ帰す。

そういう類のものだと彼は考えていたから男の申し出を断った。
だが、男は彼の息子が苦しんでいるのを見ると、
ではせめてこの子を助けさせて欲しいと彼に言った。

男は息子を軽々とおぶさると、山暮らしの彼に負けぬ健脚で麓まで降りていった。
それからしばらくして、外の医者に見せてきたらしく。
息子は峠を越し、血色の良くなった顔を彼に見せてくれた。

彼は男に礼を言った。
そして男に自分の狩りを見せ、自分が何を感じているのかを出来る限り伝えた。
覚えられるかどうかはあんたしだい。
そう言って彼は礼として男に彼の半生と言える技術を授けた。

時間こそ掛かったが、何とか男はその技術をものに出来たようであった。
男曰く、彼のように広範囲のことを把握するのは難しいが、
もう少し狭い範囲のことなら掴めるようになってきたとのことである。

こうして男は山を降りて彼の元を去った。
それから幾星霜が経ち、彼の息子も山を去った。
彼は一人になってまた山で狩猟をして生きていた。

そんな彼の元に、息子を除けば唯一の知人と言ってよいあの男から便りが届いた。
内容は狩りの依頼であった。正面から戦ってはけして勝てぬ強力な妖怪がおり、
それを彼の銃でしとめて欲しいという内容の依頼であった。

彼の銃は呼吸と同じ、それは生きることと同じで誰かを害するためだけに使われることはない。
今までずっとそうしてきたし、これからもそうするつもりであった。
だが、彼は唯一の弟子と言っても良い男に対し、感謝と恩義を感じていた。

それ故、己の教示を曲げる形になるが、一度だけやって見ると男に返事を書いた。
そして彼は此処にいる。男から対象の特徴と通る場所、大体の日時が指定されていた。
大きな街道沿いに数騎の馬が武士と思われる男達と、
そこに混じって一人の女を乗せて移動していた。

彼は動物の屍骸と草木を使って編まれた羽織りを被り、空気の様にただ草むらの中に在った。
風下で火薬と火の匂いで悟られない状況であることは確認済み。
此処は慣れた山中ではない。何時ものように周囲の生き物の息づかいまで判るとはいかない。
だが、堂々と開けた道を行く対象を撃つのであれば、見えてさえ居れば十分である。
後はどうみても少女にしか見えぬあの妖怪が位置まで着たら、

引き金に指をかけるのみ。彼の使っている銃は火縄銃だが、
瞬発式火縄銃といって、トリガーを引くことでロックが解除され、
火薬に火縄を叩きつけて発射するというものである。
暴発の危険もあるが、引き金を引くタイミングと発射のタイムラグが少なく狙撃に向いた銃である。

外すことはありえない。しとめそこなうことがあるとすれば、
弾そのものが効かないということくらいであろうか。
だがその時はその時だ。彼は仕事の成否自体はどうでもよかった。

あの男への恩に報いられればそれでよかったのである。
そして彼はいよいよ射程に近づいてきた女を前に、己を消して完全に大地と草むらになった。
今は日の高いこともあり、向こうからは火縄についた小さな火も見えはしない。

悟られる要因は何もなく、彼はただ呼吸するように射線を通り抜けようとする女へ引き金を引いた。
青空に響く乾いた銃声、馬が多少驚いて暴れだすが、それ程音が大きくなかったこともあり、
すぐに乗り手に抑えられて大人しくなる馬達。肝心の女はぐらりと馬上から転げ落ちていた。

彼は違和感を感じていた。数えるのも不可能なほど繰り返し行ってきた行為。
それ故、手応えや当たった獲物の挙動についても異常があれば違和感として感じられた。
確かに相手は射線上にいた。そして撃った相手は動かない。

この二つの結果を見れば、仕事は成功したと普通なら考える。
だが彼は違和感を拭えず、さりとて動けずにその場に固まっていた。
額に冷たい汗が流れているのが感じられる。

馬上から落ちた女の元へ集まる上士達。彼らは途中で狙撃があることを事前に通達されており、
事が成った暁には首級を持ち帰るように五郎左衛門に依頼されていた。
だからその死体から首を取ろうとその袖を引いて起こした。

「なんじゃあこりゃ?」
「?!」

確かに弾が当たったはずの彼女の体はとてもきれいで、
着物も体も何処にも傷はついていなかった。
引き起こされた彼女は突然目を見開くとにんまり笑いその姿を消した。
彼は驚いて意識を周囲に溶け込ませる。すると背後から何者かが接近するのが解った。
彼は観念して立ち上がり向き直る。

「どうやった?」
「すごいですね。音も匂いも気配も殺気も、全然しない。
撃たれても何をされたか把握するのに少し時間が掛かりました。
おかげで倒れるタイミングが少しおかしかったかもしれませんね。
防げた理由ですか? 手段と時間までは解りませんでしたが、不意を付いた暗殺。
来るとすればこの手だと思っていました。
ですから、城を出てからずっと自分の位置を馬1頭分ほどずらして周囲に見せていました。
あなたが撃ったのは、私がいる位置からぴたりと馬1頭分ずれた地面ということになります。」

「そげんこつ出来るとか。 此処が慣れた狩場なら、
幻惑されようと位置を誤認することもなかったかも知れん・・・
やはりおいは山でなければ駄目なようたい。」

「お引取りを、これから仕事がありますので。」
「殺さんのか? おいはお前を殺そうとばしたと。ぬしゃおいば殺す権利ばあっとよ。」
「そうですね。権利はあります・・・ですが使いません。権利とはそういうものでしょう?」

「不殺(ころさず)か、おいはおんしに恨みばもっとるわけでんなか、
じゃがそうでない者もおるやろ? そいはどうすっとか。ずっとこうやって見過ごし続けるとか?」
「武太夫様にも良く甘いと言われます。ですが性分ですので・・・それでは。」

そう言ってにこりと女は微笑むと、彼の前から立ち去った。
その後、女性は上士の男達にあまりよろしくない方の笑みを見せつつ近づいていった。
お仕置きと称しておもいきり頬をぶったたき、すっかり慄いた上士達は女性に指示され。
彼女を守り囲むように配置させられると、再び道行きを開始するのであった。


※※※


城内の五郎左衛門の仕事部屋、其処には五郎左衛門と武太夫が顔を突き合わせていた。

「そろそろでしょうか。」
「ふん、この城を一人で攻め落とせるような怪物相手に。
名手とはいえたかが猟師が勝てるのか?」

「判りませぬ。ですがあの方で倒せぬようならいよいよもって手がなくなり申す。
まあ相手は名の在る妖怪、弾が当たっても死なぬやもしれません。
または弾自体を防ぐ術や当たらぬ術を使ってくる可能性もあります。」

「勝てぬかもしれぬのに恩師と言える者をけしかけたのか? 御主らしくもない。」
「あの者は甘い、反吐が出るほどに。勝ってもあの方の命はけしてとらぬでしょう。
恨みも殺意もないあの方相手なら尚のこと。そして負けても敵の手の内が一つ判明いたします。」

「成る程、この前わしがやったことの続きということか。」
「はい、この武太夫、相手が大妖であろうと後ろは見せませぬ。
されど出来ることは全てやっておきたい。」
「まあよい、さて偶然ではあるがわしが正信に放った刺客もそろそろ出会う頃合。
こちらは御主のそれと違い、まず勝ちは揺るがぬ。」

「正信はなにやら道場に通い鍛えなおしておりました。
昔は麒麟児とまで言われた男です。必勝を期すならそれなりのてだれでなければ。」
「承知しておるわ。何、御主には会わせたことは無かったが、
今まで御主が行った以外の汚れ仕事をやらせておった者よ。」

「失敗したことは無いと?」
「ああ、頼りになる男じゃ。御主に会わせなんだわ互いに無用な興味を持たさぬため。」
「ふうむ、確かに俄然どのような使い手なのか興味が沸いてきましたが・・・」
「だからよ、この武辺者め。まああの者も寡黙であるが、
恐らく出会わせれば御主とやりたがる。潰し合うはわしにとって一利もないからのう。」

「ほう、五郎左衛門様から見て、私とどちらが勝つか判らぬ相手ですか。」
「初見ではな、技を披露した後であれば御主が勝つであろうが、
見知らぬ武器や武術相手は厄介であろう?」
「確かに、ですが自分が見知らぬとは。何処の生まれの方で?」

「うむ、南海の南西にある島々の出でな。
そこは武術が盛んな地で、刀や槍以外にも様々な武器術を収めた者達がおるとのこと。
また自身の肉体で相手を打ち倒す技術も独自のものを持っておる。
地元で他流試合をやった際に、名士といってよい人物を手にかけてしまい。
こちらに逃げて来たそうじゃ。」
「聞いたことがあり申す。なんでも徒手空拳のみにて手足を凶器として相手を打つ。
唐手なる武術があると、柔術などと比べ打撃に特化した代物だとか。」
「勿論それも手の内の一つに過ぎん、複数の武器と肉体それがあの男の得物よ。」

武太夫は考える、自分にも通じる水準の未知の武術。
であれば正信に勝ち目は確かにあるまい。
しかし気になる点が一つだけあるとすれば、
彼の後ろには八百乃という後ろ盾があるということだ。
彼に生き延びる目があるとすればそれしかあるまい。

武太夫は何時の間にか正信が生存する道を探している自分に気づき、
内心で苦笑する。形は違えど戦をしていると言える相手を気遣うなど、
自分も八百乃の事を笑えぬと・・・




12/07/28 01:59更新 / 430
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■作者メッセージ
次回は正信と南龍を書く予定。
まあ正信の文量しだいではまた分割しますが。

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