連載小説
[TOP][目次]
襲撃(しゅうげき)
八百乃が皆の前で正体をばらして後、
横領に関わった五郎左衛門一派の藩士は大幅な減俸を言い渡された。
それ以前の不正な使いこみに関してはお咎めなしとされ、
また現在の地位を剥奪された者も皆無であった。

行ったことへの処罰としては相当に甘い沙汰であったが、
現在は飢饉のせいで人手が全く足りておらず、
仕事の引き継ぎなどしている余裕はなかった。
それ故、仕事は今まで通り各々の持ち場に割り振るしかなかったのである。

しかし、そんな沙汰に対し一部の上士の間では不満が高まっていた。

「調子はどうだ?」
「良いわけ無かろう。飢饉のせいで一時的な減俸に加え、
今度の件で重ねての減俸。これでは屋敷を建てた際の借金が返せぬわ。」
「拙者も妻には極潰しなどと罵られる始末、
一体誰が今まで贅沢させてやったのかと切り捨てたいのを我慢したわ。」
「わしも瀬戸や唐津の焼き物が収集出来なくなる。
いやじゃのう。しかしその類に費やすための財がのうなってしもうたわ。」

いやじゃ いやじゃ と嘆く上士達、昼間っから酒が入り管を巻く様は何とも情けない。
そのうち1人がすっくと立ち上がる。その顔は耳まで赤く染まり、目も充血している。

「ぶっ殺す。おれぁ・・・ぶっ殺すんじゃ。」
「阿呆、寝言は寝てから申せ、それとも耳に水をうってやろうか?」
「くやしゅうないんか? ぶっ殺すんじゃ! 舐められっぱなしぞ。」

呂律も怪しいまま檄を飛ばす年若い酔いどれ上士、
何人かは見向きもせずにつまみをつついて酒をたしなむ。
しかし壁際で1人飲んでいた者が歩み寄ってくる。

「確かに、このままでは腹の虫が居所悪いわ、
この者の案・・・悪くないかもしれんぞ。」
「何を言うとる。殿の身に何かあればこの藩自体が危うい。
わしらも当然どうなるか知れたものではないぞ。
手出しなんぞもってのほかじゃ。」
「誰が殿に手を出すといった? 城中でも殿に尻尾を振る藩士、
その中でも殿の覚えが良い南龍殿、そして正信やくそなまいきな妖怪。
こいつらを捕えて少々話し合いをするんじゃ。
そうすれば殿も今回の件、考え直して頂けるやもしれん。」
「なれど、相手は得体のしれない妖怪ぞ? 
南龍様も老いたりとはいえ、若いころはあの武太夫様の父君と双璧と謳われた使い手よ。
正信にせよ道場にいたころは神童などと持て囃された才媛と聞く。」
「ふん、妖怪は兎も角、1人は爺、1人は道場を離れて久しい若造ではないか。
手勢を揃えれば物の数ではないわ。」
「・・・・・・決まり・・・だな。」

酒の勢いにのって膨れ上がった不満が破裂する。
その場は熱にのまれ、それを作り出した当人たちすら抑える事は出来ぬ様相であった。


※※※


夕刻、市中見廻りから帰ってきた武太夫は五郎左衛門と会っていた。
身廻りの際に町人から気になることを聞いたからである。

「少々御耳に入れたい事が。」
「フンッ、大方飲み屋で愚か者共が馬鹿な話をしていた。
こういった塩梅の内容であろう?」
「・・・あなた様が絵を描いたので?」
「違うわ。敵の手札も判らぬうちに仕掛ける程わしは愚かではない。
じゃがそろそろじゃと思うとった。ここいらで奴らの溜まった物を出させてやらんとな。
それにしても、たまに自ら動いたと思うたら酔った勢い任せでの力押し。
見込んだとおりの単純な思考よのう。」
「予想されていたというのですか?」
「それ位判らんでわ、ここには居れぬよ。
それに完全に独断故、失敗してもこちらには害が無い。
成功すればそれで良し、失敗しても敵の手の内が一部判かる。」
「捨石にされると申されるか。」
「口を慎め武太夫、捨石にするのではない。勝手にあ奴らがなるのじゃ。」

武太夫は改めて目の前の老人に戦慄を覚える。
(この方は聡い、他の上士共のように道理がわからず悪を行っているのではない。
判った上で、人の命を駒のように扱うことに何の躊躇いもないのだ。
おそらく奥方や御子息にいたるまで、自分以外の全ての命が、
全ての命が平等に価値が無い。この方にとっては・・・)

「よいか武太夫、あの者どもを見張れ、事の顛末を見届けるのじゃ。
あの若造めが、何を血迷うたか早々に喧嘩をふっかけてきよった。
腹で恭順しとらぬのは判っておったが、
この藩の司法を司る奉行や同心はみなわしと昵懇(じっこん)の仲。
よほどの事が無ければだれもわしには手出し出来ぬ。
であるからあの若殿も建前上はこちらの意に沿っておったはずなのに。
わしらの把握しておらぬ切り札を手に入れた可能性が高い。
そしてそれは恐らくあの妖怪じゃ、あ奴とその仲間の力を当て込んでのことであろう。」
「今回の襲撃でその一端が見れると?」
「ああ、あちらはただでさえ手勢が少ない。
例え普通に戦って勝てるとしても、数少ない有能な駒を危険に晒すことはすまい。」
「妖怪の力か・・・」

武太夫は定国に見せられた発禁本のことを思い出していた。
(力は種族ごとに、また個体ごとに大きく開きがあるとのこと、
あいにくあの者は図鑑には記されておらなんだ。一体どのような妖怪なのであろうか。
どれだけの力を有しておるのであろうか・・・)
1人の武人として興味は尽きなかったが、
その感情を五郎左衛門に変に勘ぐられるのも面倒なので、
武太夫は顔をピクリとも動かさずに立ち上がった。

「承知いたしました。身廻りは門下の者達に任せ、仕事に掛かります。」
「頼むぞ、流石に相手が人外の者であることは想定外であったからな。
こちらも少々準備をせねばなるまい。
その間に少しでも向こうの状況、情報を掴むのじゃ。」
「御意。」


※※※


そして数日後、一部の上士達が主導で行われた正信と南龍の誘拐。
それはものの見事に失敗に終わった。

刀や単発式の短銃で武装した十数名の上士に対し、
正信と南龍は馬に乗って逃げの一手に打って出た。
馬上から逃げる敵を撃ちぬくには短銃の射程と精度、彼らの技量と何もかもが足りず。
時間を稼がれたあげく、到着した応援に彼らは一瞬で壊滅されられてしまった。

山中の木の上に設置された物見小屋から、
遠眼鏡で一部始終を観察していた武太夫は息を吐いた。

「まったく話にならんな。しかも軽症者はいても業務に支障が出るほどの怪我の者は皆無。
完全に手加減されておるわ。そうであろう? 八百乃。」

振り返らずに遠眼鏡を目に当てたまま、武太夫は後ろに現れた気配に問う。

「ええ、こう言っては何ですが。この国が平定されて久しく。
真剣に武を学ばれる方もだいぶ減りました。
この城の兵は弱兵とそしられても致し方ないかと。」

「まったくな、武官でないとはいえ、仮にも武士を名乗るものがあの体たらく。
ところで全て見ていたが・・・あれはお前がやったのだな?」

「はい。さらに申し上げれば同じ事をもっと大きな規模で行えます。」
「ふん、見られていることを承知の上で力を誇示するか。
あいも変わらず御主は甘い。この間の事にしてもそうだ。
自らの身と立場を危険にさらしてこちら側の人間まで助けようとしたであろう。」

「人の命は尊いものですわ。同じ重量の黄金(こがね)など霞むほどに。」
「それが貴様らの価値か。」
「私達はそう生まれ、そして私は更にそう育てられましたから。」
「何とも御優しい、当の人間は二束三文でその命を売り払う者も後を絶たぬがな。」

「これを優しさと言える貴方様だからこそ力を見せました。」
「・・・仮に、御主がこの城を全力で落とそうとしたら可能か?」
「戦力が今のままであるなら容易いと思います。
私の術に太刀打ちできるのは武太夫様とその門下の方々くらいでしょう。
それにしたって規模は数十人、差は歴然です。」

「だから力づくできても無駄だというのであろう? 
圧倒的な力の差を見せて戦自体を回避しようという。」
「お察しの通りです。定国様は争いを望まれません。
ですからそのために私も出来ることはします。」
「解っておらぬ、御主は何も解っておらぬわ。」

武太夫はそこで振り向いて八百乃に対してその顔を近づける。
その顔はどこかまぶしそうでもあり悲しそうでもあった。
訝しげに武太夫の顔を見ていた八百乃は言葉を返す。

「何が・・・で、ございましょう?」
「五郎左衛門という男を・・・だ。あの男の悪意と欲を甘く見すぎておる。
力という恐怖であの男を押さえつけようなどと。
よいか、恐怖とはな厄介な呪いの様なもの。
それ故恐怖に対し人が取るべき道はおよそ3つ。
愚者は無視を決め込もうとする。だが結局それは下策よ。
闇夜で目をつぶるようなもの。恐怖は消えず増すばかり。
であればどうするか、まず始めに知ることよ。
恐怖の元を理解し自分が何に恐れを抱いているのか把握すること。
その上で、恐怖の根源と仲良うなるか。それを力づくで排するかよ。」

「ですが、力づくで排するのは無理と見せました。
本音はどうあれ建前上は定国様を立てて行くしか道は無いと思いますが。」
「あの男は自分の欲をかなえる為、数え切れぬ血を啜ってきておる。
御主が後生大事に掲げている命とやらも、塵芥(ちりあくた)としか感じておらぬ怪物よ。
そんな者が、還暦を過ぎて尚そんな深き業を持った男が、恐怖に怯えたまま服従の道を選ぶと?
ありえぬ・・・ありえぬわ・・・手段はどうあれあの男は必ず動く。
くれぐれも用心召されよ。私から言える事はここまでだ。」

それだけ言うと武太夫は物見小屋からさっさと降りていってしまった。
それを見送った八百乃は先程武太夫が立っていた場所に立ち。
視線を遥か遠くにいる正信と南龍に向ける。
二人は怪我も無く無事なようだ。

それにしてもと八百乃は考える。
(前から思っていたが、武太夫様は何故に五郎左衛門などという逆臣に従っているのであろうか?
少々硬いが実直で真面目、武辺者なれど労わりや優しさとて持っている方だというのに。
今日の話にしても、口調の端々から感じ取れるのはこちらへの心配という感情だ。
あの年で家族がいないというのも気にかかる。容姿は個性的だが身分人柄供に申し分なく、
妖怪に品評させれば方々で高評価を得られる御仁であるのに・・・)

思考が脱線しかかった八百乃はいけないと両手で頬をパンパンと叩く。
この度の襲撃とその顛末を定国に報告へ行かなければいけないのだ。
八百乃は懐から出した葉を一枚、小屋の窓から空中に放つ、
それは人が乗れる程の大きさにまであっという間に大きくなる。
八百乃はそれに乗り、定国の待つ天守まで直接移動を始めた。

12/07/12 04:16更新 / 430
戻る 次へ

■作者メッセージ
繁忙期やべえ
夏なんてこなけりゃいいのに。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33