連載小説
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告白(こくはく)
そこは城内の一室、
広い部屋に大勢の武士が集められ、みな一様に緊張して押し黙っている。
彼らの眼前には一人の老人が座っており、
その部屋の緊張の源はその年老いた老人が発する静かな殺気によるものであった。

老人は平坦な声で口の端を開く。
「さて、みなの衆・・・判っておろう? 何故ここに集まったか。」

集められた上士の面々は、みな視線を彷徨わせ自分以外の誰かが口を開かぬかと沈黙を保つ。
みな知っていた。ここで迂闊な口をきけば碌な事にならぬと。
以前不始末を働いた者に対し、この老人は眉一つ動かさずに小刀を抜いて鼻を削いだ。
指や片耳を落としたものもいる。
しかもそれで済めばよい方で、その場では許そうなどと言われた者が、
何時の間にか城内からいなくなっていたなどどいうことすらあった。

あまりに長い沈黙、それに対し誰もが口をきけぬ中、
軽い嘆息とともに一人の男の声が響く。

「御怒りはごもっともですし解りますが、殺気を御収め下さい。
今のままでは刀を抜いたままで話し合おうと言っておるのとおなじですぞ。五郎左衛門様・・・」

一同の中で殺気を受けても動じなかったただ一人の男が、
その顔と体躯に見合った野太い声を老人に投げかけた。

「ふん、武太夫か・・・貴様は事件当日も市中の見回りに出ておったのであろう?
ならば口を挟むでないわ。」
「確かに、今は殿の命で城下の治安を守るため、
日中は見回りが日課ですからな。事件の時城内にいたわけではありません。
しかしあらましは皆様から聞いております。
居らぬはずの五郎左衛門様が皆様を尋ねて有無を言わせず証文に判を押させたとか。」
「ああ、その時わしは一部の者達と今度の救援米の分け前について、
料亭で話し合っていた最中であったのだ。
城内に居るわけが無い。これはいったいどういうことか。」

(支援米を横取りした挙句、料亭で会食とは・・・住む世界が違うとはこのことか・・・)
城下の状況を見てきた武太夫は心の中でため息を吐きつつもそれをおくびにも出さずに続ける。

「可能性を申せばおおよそ三つ。
一つはみなが徒党を組み五郎左衛門様を謀っておいでであるという可能性。
もう一つは五郎左衛門様が我らを謀っておいでである可能性。
最後に、これが一番得心のいくものですが、
実際に城内に五郎左衛門様に瓜二つの何者かがいたという可能性。」
「ブ・・・武太夫! 貴様、無礼であ・・・」
「黙れい! この痴れ者共め!!」

武太夫の言に噛み付こうとした別の上士の言葉を五郎左衛門が横から噛み殺す。
五郎左衛門が爆発させた殺気に対し、武太夫を除いたみなの目に怯えが走る。
それを見回して五郎左衛門は鼻を鳴らす。

「フンッ。かような臆病な者達にわしを相手取って一芝居打つなど不可能。
そしてこの件で一番損をして居いるのはわしじゃ。
よって1と2はやはり却下じゃのう。さて、3となると・・・」

五郎左衛門はその目である上士の一人を見据える。
「わしの判の番はお前の仕事であったなあ。偽者がそれを取りに来たであろう?」
「は・・・はい。顔、仕草、声、全てにおいて五郎左衛門様としか思えませなんだが、
言われて判を渡したのは事実です。」
「問答無用・・・いかに精巧な偽者であったとして。
御主が自分の責を果たせなんだわ事実。とりあえずこの場で腹を切れ。
なあに、介錯はしてやる安心致せ。武太夫・・・任せる。」
「そ・・・そんな。」

(やはり・・・こうなったか・・・)
集められたときから、誰かが責を取らされる。
そしてそれは命に関わるものであろう。
武太夫は五郎左衛門の眼を見た時から、仕事をする覚悟を決めていた。

その時、カラリと立ち上がる武太夫の耳に後ろで襖が開く音が聞こえる。
誰が入ってきたのかと振り向いた彼の目に信じられぬものが見えた。
其処には眼前に座る老人と瓜二つの姿をした人物が立っていた。
室内にいた全員が、その姿を見て一瞬呆け、確認するように前後ろと視線を彷徨わせた。

「何処までも愚かな者共よ。そやつは偽者じゃ。筆頭家老、五郎左衛門はこのわしじゃ。」
入ってきた老人はそう言い捨てて動けぬみなを尻目に壇上の老人に近づく。
「出来の悪い偽者め、はよう正体を表さんか。」

「め・・・面妖な。」
「まさに瓜二つ、鏡を見ておるようじゃ。」
「で・・・どちらが真の五郎左衛門様じゃ?」

上士のみなは困惑の極み、
武太夫ですら額にうっすらと汗を浮かべて目の前の光景に眼を細める。
(成る程、外見や声、立ち居振る舞いは元より気配や殺気まで模倣しておるのか。
これはもはや尋常ならざる域の技。用意周到に準備した偽者の域を超えておる。
こやつはいったい・・・はっ!)

武太夫にはどちらが偽者か見破ることは出来なかった。
だが、その者の目的と何故この場で偽者が出て来たのか。
それを考え合わせたとき、自身の口から白状させる術を考え付く。

「どちらが偽者か、私の眼を持ってしても見破れませぬ。
しかし、とりあえず先程の命は有効、留守の番をしていた者を介錯いたしましょう。」

あっけに取られるみなを尻目に武太夫は該当する上士の前に立つ。
「覚悟は決められましたか?出来ぬというなら・・・
失礼ではありますが首を先に落とさせて頂きましょう。
なあに、腹も直後に切らせていただきますし、
自分で切れなかったことを口外もいたしません。」
武太夫は流れるように刀を抜くと、怯えて声も出せぬ男の首を目掛け刀を打ち下ろす。

「やめいっ!」
室内に響き渡る声、五郎左衛門の一人が武太夫の刀を声で止めた。
そして武太夫は振り向きざまに小太刀を声を上げた五郎左衛門に投擲した。
ズドッ! まるで手裏剣の様に床に突き立つ小太刀。
それをひらりと宙に舞ってかわす五郎左衛門。

「・・・甘いな。何とも甘い・・・」
「流石、冷静ですね。あの一瞬でそこまで考えていましたか。」
五郎左衛門のしわがれた口から若い女性の声が漏れ出る。
その声はその場にいるみなが良く知るそれであった。

五郎左衛門の姿が一瞬霞むようになると、
そこには子供のように小さな体躯をした一人の女性が立っていた。
その姿はみなが見知っていたが、しかし普段見知ったそれとは微妙に違う。
耳と尾が体についていて、尻尾がふらりふらりと揺れていた。


※※※


「貴殿・・・妖怪であったか。」
武太夫様が声を漏らす。
それにしても、もう少し場を掻き回してから正体をバラすつもりが、
この方の機転であっという間に正体がばれてしまった。
まあいい、この流れでも特に予定に変更は無い。

私は変化の術を使い。この城の武家の皆様方の給料や、
軍事費となる米を城下の避難民に配るよう。
定国様と五郎左衛門の命令ということで城から持ち出した。
こうなると命という責任を取らされる者が出るであろう。
それを回避するために犯人役として私は名乗り出た。
妖怪に化かされたとなれば少しは罪も軽くなろう。
このごたごたで有耶無耶に出来ればベストだが、そこまで出来るかは運しだいだ。

「まあ、ごらんの様に私の変化の術は中々見事でございましょう?
見た目では武太夫様でさえ見破れぬほどに。」

「くっ、問題無しじゃと? どこがじゃ・・・」
五郎左衛門が苦々しく呟く。
「ああ、店を調べに来た方のことですね? 仕方ありませんよ。
それと知らずに妖怪の巣へ飛び込まされ、
目的を遂げられなかったからといって誰が責められましょう。」

私は少々五郎左衛門の反応を見て訝しむ。
店からの便りでは何者かがクノイチを使い、
私の素性を調べた可能性があると言っていた。
相手はてっきり五郎左衛門であると思っていたが・・・

「貴様、この城に潜り込みいったい何を企んでおる?」
さて・・・どう答えようか・・・
本当の事を全部話したほうが波風立たないかしら?
などと思案している私の耳に飄々とした声が届く。

「企みも何も無い。全ては余が八百乃に命じて行わせたことよ。」
第二の乱入者、城主定国、その姿に其処にいたものは再び驚愕する。

この突然の乱入にもっとも驚いていたのは他でもない。
この私であろう。定国様の命? 馬鹿な! この件は完全に私の独断。
だというのに何故この方は、このタイミングでこの場に現れこんなことを言うのだ?

「殿?!」
「知っておられたのか?」
「一体何を考えておられるのです。妖怪を藩士とし、
あまつさえ我らの米を勝手に持ち出すなど。」

「言わねば解らぬか? その方らは父の代から仕える者も少なくない。
故にその恩義に報いようと、これまで多少の不正や使い込みには目を瞑ってきた。
じゃがな、此度の救援米横領、これは許しがたい。
これは上様から余に授けられた民の命の元、それを横取りしようということは、
余の民を余から奪うのと同義であると知れ。
そもそも貴様ら、貴様らが手にする米を誰が作っているか、
支払われる貨幣が何処から沸いてくるか考えたことがあるか?
民草よ、彼らが田畑を耕し年貢を納め、仕事や商いでかせいだ分を税として収め。
それが我らの生きる糧となる。一時の目先の安心のために民の命を奪うことが、
この藩にどれだけの損害をもたらすか、少し考えれば馬鹿でも解るであろう。」

定国様はづかづかと室内を横切ると、私の隣に立ち頭に手をぽんと載せて撫でた。
「御苦労であった。下がってよいぞ。」
その声と手の感触は何処までも優しい。
私は泣きそうになるが、それを隠すように急ぎその場を後にした

「その方らへの沙汰はおって言い渡す。
それまでは今まで同様に公務に励め、今は人手が惜しい時ゆえな。」


※※※


その夜、天守には定国を含め四人の人影があった。
定国、南龍、八百乃、正信の4人である。
八百乃はもう耳と尾を隠していない。
定国と南龍はそれを見ても別段驚いた様子は無い。
正信はかなり驚いた様子であるが、
それ以上に目の前にふらつく尻尾が気になるらしく、
猫じゃらしを振られた猫の如く、振られる尻尾に視線を奪われている。
その手は宙に止まったままフルフルと振るえており、
触れたくて触れたくて仕方ないといった様子。
八百乃は後ろ向きで気づいていないが、
それを見ている定国はこらえきれず噴出した。

「正信、気持ちはよ〜解る。しかし今は自重せいw」
定国の言葉で我にかえる正信、八百乃は後ろを振り向くが良くわからず首を傾げる。
我に返った正信は、気恥ずかしそうに咳払いをすると口を開いた。

「殿は知っておられたのですか? 八百乃さんが妖怪であることを。」
「まあの、幾らなんでも優秀すぎる。そう考えて一応独自に身元を洗わせてもろうたわ。
参勤交代で上様と会う機会があった時に色々と話す機会があってな、
その時に妖怪が化けてる場合だと人の密偵は役に立たぬ事があると聞いてな。」

「先代の大殿の時代には武家の妖怪と距離を置く姿勢ゆえ、
交流がありませんでしたが南海にもクノイチの一族はおりますので、
私が若様の意向をお伝えし、あとは直接あって仕事の依頼をなされました。」

「誰の依頼でも受けるわけではないらしくての、
まあ話ているうちにあなた様の依頼なら受け手も良い、
と色よい返事を貰ったわけじゃ。まあちと取引もしたがな。」

「取引ですか?」
「内容は余とあのクノイチの間での秘密じゃ。そういう約定を結んでいる。」

「では、何故に黙っておられたのですか?私が妖怪であることは解っていながら。」
「う〜む、御主が空気を読んで黙っていたからな、
余が妖怪でも差別せんと解っても黙っておったのは、
跡取り問題について遠慮していたのじゃろう?
それを尊重したつもりじゃったのじゃが。」
「はい、御紺様との間に嫡男を儲けられるまではと。」

「しかしこのような事態になってしまった。
南龍から今回の件を聞いてすぐにピンときたわ。
お前がやったのであろうこと、そして恐らく責任を取らされる誰かのため、
自分が悪役になって城を去ろうとすることもな。」

そこまで言うと定国は八百乃に手を伸ばし、その額に思い切り手刀を振り落ろした。
「きゃん。」
「馬鹿者が、許さぬぞ勝手にいなくなるなど、
お前は余の家臣、余の側室候補じゃ。」

痛そうに額を摩りながらも、八百乃は安堵した様子で語る。
「私は見ての通り姿を自在に変えられます。
ほとぼりが冷めた頃に、また別人として城に潜り込んで仕えるつもりでした。
しかし、皆様としばらくとはいえ別れるのは思った以上に寂しゅうございました。
この度の計らい、誠にありがとうございます。定国様。」

「まったく、それこそ相談してくれれば良かったものを。
ともに風呂場で何度も睦みあった仲であるといのに、水臭いにも程がある。」

定国の言に正信は思わず八百乃の方を向いて
「八百乃さん?!」
「た・・・狸の姿でよ・・・たまにね・・・そのう・・・」
「定国様、それはその、八百乃さんだと知っていたからですよね?」
「途中からはな、最初のうちは妙に聡い狸だとは思っていたが、
まさか八百乃であったとは思いもよらなんだ。
まあ、どの姿であれ御主が魅力的であることには相違ない。
余はどちらでも気にせんぞ?」

けろりと獣姦どんとこい宣言をする定国に対し、
正信は心のどこかで敗北感を感じる。
八百乃は顔を真っ赤にしつつ俯いている。

おどけつつも定国は腹の中でまったく別のことを思案していた。
(さあて、勢い余ってやってしまったわけだが、ちとまずい事態じゃな。
今回のことで五郎左衛門がどう動くか、ここよりは一手討ち損じたら終わり。
そういう抜き差しならぬ事態となるやもしれん。
金銀飛車角オチで宣戦布告したようなものじゃしなあ。
如何様な手が残されているか・・・さてさて・・・)



12/07/04 09:43更新 / 430
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■作者メッセージ
飢饉という外部要因によって、
半ば強制的な流れではありますが、
これにて両陣営の戦端が開かれました。
停滞していた状況は否応無く加速していきます。

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