連載小説
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もーいーかい?  まーだだよ!

ま                      そ
え    そ                 れ          も
ら    ら                 じ          ち 
・    ・                 ゃ    ほ     ろ
・    ・                 ・    ん      ん
・    い                 ・    と     ・
み    に                 ・    う     だ
・    き   ま             が    ・     ・
・    れ   か             ・    ・     ・
お    い   せ             ・    ・     に
・    な   ろ             な    ・     ・
け    ・   ・             ・    や     ・
ら    ・   ・             ・    く     ・
い    ・   は                  ・     は
・    だ   り                  ・     な
・    な   っ                  だ     い
・    ・   ぱ                  よ
         な
         ・
         ・
         ・
         な
         る







とりとめなく聞こえる子供の声、
相手も場面も瞬きする間に移り変わっていく。

利発そうな少年、洟垂れの子供、おどおどした少女
夕暮れの川原、日も高い山中、城下の裏通り。

あまりに断片的なそれが何を意味していたか、もはや男にはようとして知れなかった。
だが、男にも判っている事がある。この後何が起こるかである。

もーいーかい?  まーだだよ!

まるでノイズが掛かったように不鮮明であった映像と音声が急に鮮やかになって男に届く。

もーいーかい?     まーだだよ!

(やめてくれ!)

もーいーかい?        まーだだよ!

(やめてくれ!!)

四度目の呼びかけを行う前に男の頭に何かが置かれ、それがみしりと頭に食い込む。
激痛、そして強制的に首を曲げられ振り向かせられる。
そこには自分より遥かに大きな男が立っている。
その顔は見えない、いや、あまりに恐ろしくて見ることが出来ないのだ。
 
男の頭上から低い声が降ってくる。

何をしている・・・・

あまりの恐ろしさに男は身動き一つとれずに黙っている。
直後に何をされたかは判らないが頭部に激痛がはしり男は地面に伏していた。

答えることもできんか・・・

男は倒れたまま襟を掴まれ引き立てられると、そのまま何処かへ連れて行かれてしまった。

場面は移り変わる、道場だ。そこで男は打ち据えられる。

上士たる者の子が        ドッ
稽古にも学問にも勤しまず    ガッ  
どこぞの馬の骨と        バキッ
鬼遊び・・・          ボグゥ          

そこで体に加えられる激痛が一度止まる。

父は以前にも言うたはず。下賎な輩と関わるなと。
その耳は飾りか、言うたことも聞こえぬ耳など、もはやいらぬか。

これから行われることを想像して男は肝を冷やす。
逃げようと動かぬ体を必死に震わせ踵を返そうとする。
しかし無情にも後ろから伸ばされた手が男の頭を鷲づかみ、
容赦なくもう一方の手が耳を掴んだ。

ギシィ、ミチミチ 耳と頭の境目が悲鳴を上げる。
ブッ 耳の付け根が火傷したように熱い、
振り向くと地にぬれた床、父の手に握られる己が耳。
男は手を側頭部に持っていき、目の前の光景を否定しようとする。

無い・・・無い・・ない・・ないないないないない!

男が悲鳴を上げるもその声は最後まで発声されることは無かった。
再び男の体に、鳩尾に打ち込まれた一撃が、
肺の空気を悲鳴に変える前に搾り出してしまったのだ。
むせて呻く男に再び容赦なく折檻は続く。

騒ぐでないわ  女々しい男よ  それにしても  
南龍殿の倅というから  同道を許したと言うのに
とんだドラ息子だわい  以後付き合いを考えねばのう 

言葉を継ぐごとに男の体には竹刀で激痛が打ち込まれる。
もはや痛みが感覚を満たし、五感の感覚が曖昧になっていく。

※※※

目を開ける、体には寝汗がびっしょりと纏わりつき、喉はカラカラに渇いていた。
今まで散々見てきた夢、過去の出来事を繰り返し繰り返し突き付ける夢。
側頭部に思わず手をやる、付いている・・・
あの後、耳は町に来ていた西洋の名医とやらに見てもらい、無事にくっついた。
父はそれを見越してあんなことをしたのだろうとは思う。
だが、幼心に刻まれた恐怖はこの歳になっても拭えない。

室内はすでに暗闇の中だが、
見えずとも物の位置は把握しており動くことに支障はない。
灯りをつけ、着ているものをはだけて自分の体を見る。

まただ、この夢を見るたびに、
体にはまるで夢の中の出来事がついさっき起きたかのように痣が浮かび上がる。
こっそり医者に見てもらったところ体に異常はなく、精神的な問題であろうと言われた。
だとすれば生涯直らぬものやもしれぬ。私はその時苦笑しながらそう思った。

家は元々低い身分の出であったが、
戦国乱世にて手柄を立て、取り立てられて現在の地位を得るにいたった。
平定されて後も、その腕一本で武官としてこの藩にて高い地位を維持し、
代々その家と地位を守ってきた。
父は厳格であった、祖父もそうであったと今は亡き母に聞いた。

遊びの類はいっさい許されなかった、付き合う相手も身分や家柄で厳格に区別された。
破れば痛みと恐怖を刻まれた。
分別がついて間もなく、父は私に取って絶対となり、逆らうことは不可能になった。

父は死ぬ間際まで口癖のように言い続けた。
いいな武太夫、家を守れ、ご先祖様たちに恥じぬよう。
いいな武太夫、何時如何なる時も武士であれ、武士として恥じぬ行動と生き方をせよ。

家を守る、当然の考え方だ。
自分や親族のみならず、召抱える者達の生活も守るということなのだから。
だが、そのために五郎左衛門という逆賊に組するのは武士として恥じぬ生き方と言えるのか。
そんな私の疑問に答えることなく、父はある日眠るように逝ってしまった。

父の代から私の家と五郎左衛門の関係は続いており、
二人の関係は切っても切れぬ仲、一蓮托生といってよかった。
厳格な父に命ぜられるまま、五郎左衛門のための汚れ仕事に若い頃から東奔西走していた。

この手にかけた命も一つや二つではない。
先ほどの夢に出てきた中で、一人だけ誰なのか思い当たる顔がある。
利発そうな顔をした少年、彼は南龍殿の息子で私の幼い頃の友人であった。
しかし彼とおそらく町人の子供達と遊んでいるところを父に見つかり、
以後いっしょに遊ぶことは出来無くなった。
それでも同じ剣術の道場に通う際は兄弟子として色々良くしてくれた。

そんな彼を私は・・・南龍殿が知ったらどのような顔をするであろうか。
あの柔和な顔をゆがめて怒るであろうか、それともただ悲しい顔をするのみであろうか。
どちらにせよ、一生私を許すまい。

思案に暮れるうちに外が白んできた、今日は殿に呼ばれている。
何の用件かは聞かされておらぬが、行かぬわけにもいくまい。
しかし中途半端な時間だ、呼ばれている時間まではまだ間がある。
さりとてもう一度床に付く気にはなれぬ。

私は床の間に飾ってあった一振りの刀を抜くと、外に出て一心不乱にそれを振るった。
悪夢の残滓を切り捨てるように何度も、何度も・・・・


※※※


ここは山中の城門前、そこには大量の荷を積んだ車を引いた馬と行商人。
そして二人の門番がいて言葉を交わしている。

「これを」
行商人が差し出した文字の書かれた木の板を門番が受け取る。
しばらくそれを手元にある同じ木の板と見比べて確認する。

「確かに、手形は確認した。」
「通られよ。」

行商人は大量の荷を引いて門の中へと消えた。
それを見送ると二人の門番は二人で話し始める

「最近いやに城内への荷が多くないか?」
「何でも殿があの八百乃とかいう娘の実家のつてで、洋書をどっさり購入しているのだとか。」
「ふーん、海の向こうの書物か、まあ殿が好きそうではあるが。」
「何でも向こうで御禁制のようなものまで集めているとか。」
「御禁制・・・い・・いったいどのような内容であろうか。」
「言うまでもあるまい、殿は側室を一人も囲っておられぬ、
そして御紺様は次の参勤交代まで会えぬ。となれば・・・」

そこまで会話すると二人の門番はゴクリと唾を飲み込んだ。
お互いにどのようなことを頭で考えているのか言わずとも知れていた。

「向こうの女子(おなご)はひょうたんの様に、
こう出るところが出て引っ込むところが引っ込んでいる体形なんだとか。本当かのう。」
「そりゃあもう、ボンッ、キュッ、ボンッなんじゃとか。」
「ボンッ、キュッ、ボンッ・・・ええのう。
殿秘蔵の春画か、一目でいいから見てみたいものよ。」
「しかしあれじゃな、殿程の身分なら側室の一人や二人囲えばええのに。」
「御紺様をあてがった五郎左衛門様の手前、好き勝手に出来んのじゃないか?」
「そういう配慮を殿がしておるとして、まだまだ盛んな年頃じゃろう?
遊郭に供をつれて御忍びで繰り出すくらいはしてもいいはず、
それくらいは五郎左衛門様も目こぼしされるであろう。
まさか不能であるという噂、真ではなかろうか。」
「まあ御子が出来んことは確かじゃが、だからと言って種無しとは限らんさ。
それともよしんば不能でなかったとして、
何故金はあるのに何故に本物の女子ではなく春画に現を抜かすのか・・・と?」

そこで門番の一人がもう一人に対し、かぶりをふりふり軽く息を吐きながら肩に手を置いた。

「未熟者め、それはそれ、これはこれ、殿の奥ゆかしい男心を察さぬか。」
「俺が間違うておるのか?所詮絵ぞ。代替物であろうが。」
「武士も刀を振っておれば良い時代はとうに終わりぞ。
文化人的振る舞いが我らにも求められておる、
じゃというのに未だに一昔前の山賊と区別がつかんようなその貧困な発想。
嘆かわしくて入水自殺を考える程じゃ。考えるだけじゃが。」
「裸の女人と巨大な蛸が睦み合うような絵を眼前にふけるのが文化人の振る舞いとな。
じゃったら俺は遠慮しておくわい、どうぞ勝手に文化にかぶれておればよかろう。」
「・・・御主・・・案外くわしいの・・・」

非文化的を自称する方の門番は藪蛇であったとあさっての方へ視線をそらして押し黙った。
もう一方の文化的門番はニヤニヤした顔でもう一人の顔を見つめる。
そして二人の間に生温い沈黙が訪れ、しばし時を数えると門の内側、
男達の後方よりその沈黙を破る声が掛けられる。

「話はそれで仕舞いか、中々興味深かったぞ。」
どこか聞き覚えのある飄々とした声、それが誰だか把握するのにそれ程時は掛からない。

「「殿!?」」

綺麗にハモる二人の門番、彼らの前には一城の主、彼らの主君の定国が立っていた。

「と・・殿、何故この様な場所に?」
「外に何か御用でも?」
必死に取り繕おうと言葉を重ねる門番達。

それを顎に手をやりつつ面白そうに見る定国。
「案ずるな、ほぼ最初から全部聞いておったわ。」
カラカラと笑いを響かせ、男達にとっては死刑宣告に近い言葉を口にする定国。

「なあに、予定ではそろそろ書が届く頃合と聞いてな、様子を見にきたら調度馬車が見えた。
お前らに労いの言葉でも掛けてから部屋に戻ろうと思ったら話しが聞こえてな。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

男達の脳裏に市中を引き回されたり腹を切らされたりする自身の姿が浮かび上がる。
最低でも役を解かれ、貧乏浪人として口に糊する生活が始まることは、
覚悟せねばならないと男達は思った。
しかし定国の言葉はそれが杞憂にすぎないことを門番二人に告げる。

「そう青い顔せんでも何もせぬ。御主らの主君はそれ程ケツの穴の小さい男ではない。
特に御主、中々判っておるではないか。褒めて使わす。」

定国は文化的な門番の方をむしろ賞賛しているようであった。

「もったいないお言葉、しかし・・・それでは・・あの書は。」
「当たらずとも遠からじ、そういう類の物も混じっておるよ。
流石にそれだけではないがな。なんなら今度見てみるか?」

「まことにござりますか?」
「是非お願いしたく。」

「よい食いつきじゃwじゃがな、御主ら口が軽すぎぞ。
余主催のドキドキ秘密の読書会に招くわけにはいかんのう。」

門番達は唖然として定国の言に対し呆ける。
それを尻目に定国はカラカラと笑い声を響かせ天守の方へと続く道に消えた。

「行ってしまわれた。」
「眼前に餌をぶら下げられ食いつこうとしたら取り上げられたでござる。」
「不能呼ばわりされたことに対する殿なりの意趣返しであろう。」
「拾った命の大きさに安堵すべきか、
逃した魚の大きさに苦悩すべきか、それが問題ぞ。」
「決まっておろう。どちらもするが正解じゃ。」

男二人は定国の謀でその日一日、
仕事の間中みょうなムラムラした感情を溜め込む羽目になる。

12/06/07 09:50更新 / 430
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■作者メッセージ
次回、定国主催、御禁制?!ドキドキ!!洋書の読書会が開催される。
そこに招かれる二人と一匹、そして明かされる彼の今後の藩政に対する展望とは・・・


うーぬ、段々投稿の間隔が空いてしまっている。
せめて7〜10日に一話は投稿したいなあ。

物語的には次回で折り返し地点、
次の次辺りから状況が一気に動いていく予定であります。

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