樹氷の群れ



登場人物

 アイオン
 主神教団の元戦士だった青年。
 旅の途中での戦いで重傷を負ってしまう。

 ガーラ
 アイオンと共に旅を続けているハイオークの魔物娘。
 剛毅な性格のようで、実は結構繊細で弱い部分もある。

 ノチェ
 アイオンの懐がお気に入りの小さな妖精。
 重傷を負ってしまったアイオンを案じている。

 カルタ
 色々あって一緒に旅をしているケット・シーの魔物娘。
 旅や戦いの中で、何もできない自分の無力さを悩んでいる。




 アイオンのサーガ 〜樹氷の群れ〜






 第一 白い風

 ……白い風が、静かに吹き抜ける。
 冷たく、刺すように肌を斬りつけていくその風の中を、進む者たちがいた。互いに庇いあうように、守りあうように、一歩一歩しっかりとその大地を踏みしめながら。

 冬、それは北の大地において最も厳しく、閉ざされた季節。

 辺り一面は白く塗りつぶされ、一つ踏みしめるたびにその跡を残す。苦難とともにある、決して祝福されぬ旅。それは一人の戦士が、魔物とともに生きると決めた道。安住の地まで、決して止めることの出来ぬ歩みであった。

 「大丈夫かい?」

 白い息が、ふわりと舞う。
 大柄な女が、横に並ぶ連れに声をかける。

 「ああ、まだ大丈夫だ すまない、ガーラ……心配をかけさせてばかりだ」
 「あたしは気にしちゃいないよ アイオン」

 アイオン、と呼ばれた男が自らの背中を庇うように手を置く。背に受けた傷は深く、本来であればとてもではないが長旅に耐えられるようなものではない。現に、その傷はじくじくと雄弁に痛みを語り、時折その口を開いてはアイオンに苦痛を強いたのである。それを、アイオンの横に立つガーラと呼ばれた女性……魔物はひどく心配していた。
 その恐るべき胆力と辛抱強さにより、アイオンは苦痛に満ちたその旅を可能にしていたが、それが自らの命の燃えさしを削るがごとく行いであることは誰の目にも明らかであった。
 「……アイオン」
 そしてそれは、傍に立つ小さな猫の魔物とアイオンの胸元に包まる小さな姫君にとっても同じ悩みであった。明らかに、彼は無理をしている。無理をしながらも、決してこの旅を止めようとしない。自分たちのために、愛する人はその命を削っている。ただ傍に、ともにあるだけで幸せなのに、愛する人は自らそれを壊そうとしてしまう、愛する者と歩もうとするがゆえに。その事実が、その矛盾が、何よりも魔物たちを苦しめていた。

 願わくば、この苦難に満ちた旅路の終着を

 だがそれは叶わないことであると、彼らは知っていた。
 この大地に息づく、北の国々は決して魔物を受け入れようとはしないだろう。教会の庇護と主神の息吹のもとに、今も多くの国は魔物を排斥し関わるものを断罪し続けている。強く、どこまでも長く続く魔物への恐れと憎しみは、北の大地の奥底に眠る決して解けぬ氷のように冷たく固く今も人の心を縛っている。
 まるで呪縛のように。

 寒さに霞む視界を、何とか開こうとアイオンは目をこする。手についた霜が、ざらつき瞼を薄く切り裂いていく。だが、そんな痛みをもってしても零れ落ちる泥のように瞼が落ちていく。あまりにも強い疲労と睡魔がアイオンを襲っていた。
 「アイオン……本当に大丈夫? 僕は心配だよ」
 そう呟き、アイオンの方をそっとうかがう。くりくりとした翠色の瞳を持つ、この小さな猫の魔物名はカルタという。故あってアイオンとガーラを襲い、そして仲間になった魔物である。ふわふわの灰色の毛皮は雪で白い斑点模様となり、時折全身をはたくようにしてカルタは雪を落としていた。そうしなければ積雪が体に引っ付き、雪だるまのようになってしまうからだ。
 「私も心配だわ、お願い 無理をしないで」
 そして、カルタに続くように胸元からも鈴のような声が響く。美しく輝く白い肌と、黒塗りの夜空のような髪を持つ妖精のノチェであった。アイオンに救われ、そのままこの旅路へと導いた、それだけにアイオンの苦しみはそのままノチェがもたらしたもの……たとえ口には出さずとも、誰もそう思っておらずともノチェはそう感じ深い責任を感じていた。
 羽が手折られ、飛ぶことができず、何の力もない無力な存在。いまもアイオンによってその身を守られていなければ、降りしきる雪を払うこともできずそのまま埋もれ散っていたであろう存在。
 「大丈夫だ」
 白く、浅い息を吐きながらアイオンは言葉をかける。大丈夫、そう答えるも浅く苦し気な呼吸を繰り返し、じりつくような高熱に苛まれているその姿はどう見ても大丈夫とは思えなかった。だが、休めるような場所も余裕もないこともまた然りであった。
 受けた傷はたびたび開き、そのたびに血を流す。癒えることのない傷は通常よりもずっと頑強なその体を削る
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