苔岩の森

登場人物

アイオン
 主神教団の元戦士。
 ノチェの導きの元、ガーラと妖精の国を目指す。

ガーラ
 ハイオークの魔物娘。
 最近アイオンにかまってもらえなくて拗ね気味。

ノチェ
 美しい妖精の娘。
 羽が手折られており、空を飛べない。

ティリア
 主神教団のシスター。
 アイオンを愛しているが、その想いが報われることはなかった。



 序 聖都にて

 ……北の大地、遥か昔より長く厳しい冬に閉ざされている大地。
 長く厳しい冬は人魔問わず、生きとし生ける者すべてに試練を与える。
 かつてこの地に住む人々は強きものを長として、一つの一族となって冬を乗り切った。魔物もまた同様に強きものによって率いられ、この厳しい北の大地を生きていた。
糧の少なきこの大地において、他部族、他種族との邂逅は融和、共存への道ではなく己の命と一族全てを懸けた戦いの狼煙にも等しかった。
 そうして、この北の大地には多くの戦いが起こり、血が流れ続けた。ある時は部族と部族が戦い、ある時は人と魔物が、そしてまたある時は魔族と魔族が、遥か昔よりこの大地には仄暗き戦いの記憶と死が刻み込まれていた。
 故に、古の時にこの北の大地はこう呼ばれていた。

 《白い果て》

 人と魔物、そして神すらもいずれ倒れ、舞い散る白い抱擁の中に沈む大地だと。

 北の大地に生きる者にとって、自らの一族の外にいる者はすべて敵かいずれ敵になるものでしかなかった。しかし、そんな北の大地にも大いなる神の息吹が吹き込まれる時がやってくる。
 魔物を征伐するべく主神教団より使わされた使徒アポロスとその一団の来訪である。アポロスは北の大地に主神の教えを広め、来る魔王との戦いに備えること、そして英雄、勇者となるものを見出すことを使命として与えられていた。
 アポロスは卓越した戦士であり、そしてまた敬虔な主神の信仰者であった。どのような困難であっても乗り越え、使命を果たすと誓いを立てていた。
 だが、北の大地はアポロスの熱意をもってしても固く閉ざされたままであり、道のりは困難を極めた。今までの魔物よりもはるかに強靭で狡猾な魔物たち、部族以外すべてを敵とみなす人々、そして何より命全てを凍てつかせる冬がアポロス達、教団の一行を大いに苦しめた。

 しかし、どのような困難の中にあってもアポロスは決してあきらめず、その生涯をかけて北の大地を踏破し、主神の教えを広めこの北の大地に文明をもたらした人物として歴史に名を残すこととなる。
 アポロスの教えによって多くの部族は互いに手を取ることを学び、共に魔物と戦うことを知った。そして教団がもたらした教えと技術によって、北の大地に住む人々は狩りと採集以外で糧を得る術を学んだのである。それによって、人々は争わずとも冬を耐える術を得た。
 アポロスの来北以降、主神の教えは深く北の大地に根付き、それが今の北の大地を支配する国々に深く浸透している。その影響力は魔王との戦いおいて、大きな影響をもたらしたのである。
 恐るべき北の魔物の軍勢を、北の大地内に押しとどめられていたのも、ひとえに主神の名の下に全ての国が団結したからという事が大きかった。そして、それによってもたらされた魔物との長き戦いは人々の心に決して忘れられぬ恐れと憎しみを刻み込むこととなる。
 魔王の代替わりから僅か百年、北の大地の人々の記憶にある魔物は未だに血に飢え、全てを脅かす悪意でしかなかったのである。



 聖都アポロノース、北の大地における教団の統治国家セントノースの首都。
 英雄である聖者アポロスの名を冠した、壮麗な都の一角にある教会にて祈りをささげる女性が一人。燃えるような赤毛で肩を隠しながら跪き、祈りを捧げるその姿はとある物語の一節のようであった。その表情は硬く影を持ち、まるで何かを心の奥底に封じているかのようであった。
 彼女の名はティリア。かつてとある戦士と共に育ち、そしてその戦士に裏切られた女性である。

 何時からであろうか、その戦士を自らが愛していると気づいたのは
 何時からであろうか、その戦士と共にあることが日常であると錯覚したのは
 何時からであろうか、その戦士の番となることが未来だと信じたのは
 何時からであろうか、その戦士に想いを託したのは……

 繰り返される虚ろな言の葉。ずっと伴にあると思っていた最愛の人。気づいた時にはすべてが遅く、ティリアにとって最悪の形で戦士は彼女のもとを去った。
 かつて戦士となる前の彼を襲い、その憎悪を一身に受けていたケモノ。まさかそのケモノに彼が懸想をしてしまうなど、誰が信じられるであろうか。
 いや、彼女は信じたくなかっただけかもしれない。会った時より、彼の心の奥底にはかのケモノが潜んでいたのだ。幼き頃よりその心を喰らい、蝕み、彼を、彼女が
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