天野美緒の回想3

「ねぇ、天野さん」

 朝。校門をくぐった辺りで声をかけられた。かなりドキッとしたわ、呼び止めてきたのが保健室の小宮山先生だったから。美人で優しい先生だけど、保健室でシュークリーム食べたことがバレたら多分怒られるだろうと思った。

「天野さんって、マルガさん、ハリシャさんとお友達なの?」
「えっと、まあ、はい」

 二人の名前が出てきて、やっぱりそうだ、とりあえず謝るしかないな、って思った。けど先生はニコニコしてて、怒る気配は無し。この人は紫外線に弱い体質だとかで、外じゃいつもフードを被ってるんだけど、それでも目立つくらい可愛い笑顔だった。

「やっぱりねー。なら近々、きっと良いことがあるよー」
「良い……こと?」
「そう。私としてはちょっと惜しい思いだけどねー」

 のんびりとした声でそれだけ言うと、小宮山先生は行っちゃった。先生の言葉の意味が分かったのは、もうちょっと後の話ね。


 後はいつもみたいにダラダラ授業を受けた。まあノートはちゃんと取ってたし、露骨にやる気無かったのは四時間目の体育くらいだったわ。担当教師がクソだったから。怒られたけど、怖いとも何とも思わなかったな。なんか訳の分からない高揚感があって、教師が取るに足らない相手に思えたのよね。そんな私を不気味に感じたのか、小言は短く済んだ。友達からも気味悪がられちゃったけど。


 で、昼休みにブラッと図書室で時間を潰そうとしたら、そこで思わぬ出会いがあった。ハリシャちゃんがいたのよ。隅っこの机に、一年生の女の子と向き合って座ってた。机の上にトランプみたいなカードをたくさん並べて。

「……あら」

 声をかける前に向こうが気づいた。ハリシャちゃんは優しく微笑んで、「こんにちは」と挨拶してくれた。

「こんにちは……奇遇だね」
「ええ……あなたが来るってことは、ついさっき分かったけど」

 ハリシャちゃんはズラッと並んだカードへ目をやって、一年の子がクスッと笑ってた。なんか帆船だったり太陽だったりの絵が描かれたカードで、一緒にトランプの柄も小さく描かれてた。
 けどハリシャちゃんと会ってしまった以上、私としてはもっと気になることがあったのよ。

「ね、今日のお菓子ってどんなの?」

 だってしょうがないよね。あの子の肌、前にもらったクッキーのチョコにそっくりでさ。見てるだけでチョコの香りがしてきそうっていうか、食欲湧いてくるっていうか……こういう言い方するとちょっと危ないヤツみたいね。

「……待ちきれないなら、今持ってきましょうか? 私も早く感想聞きたいし」

 あの子の口調や身のこなしは上品で、でもどこか色っぽい。それに見とれながら頷くと、じゃあ持ってくるからと出て行っちゃった。
 残されたのは私を尻目に、一年の子は広げたカードを片付け始めた。くりくりとした目をしていて、小さめのツインテールの可愛い子。小柄だけど、ある部分はそれなりに大きいって思ったな。どこがとは言わないけど。

「……変わったトランプだね」
「占いのカードです。今やってたのは、グランタブローっていうやり方ですね」

 その子はゆったりとした声で答えてくれたんだけど、何だか声を聞いた瞬間、ゾクっとしたんだよね。怖い、ってわけじゃなくて、何だか不思議な雰囲気を感じたの。マルガちゃん、ハリシャちゃんと同じような、特別な人って雰囲気を。あの二人と違って、見た目は普通の日本人だけど。

 私が来るのが分かった、っていうのは占いの話なんだなって察しがついた。

「へぇ。当たるの?」

 スピリチュアルな物にはあんまり興味なかった。この日まではね。でも全否定するわけじゃなかったし、その子の雰囲気のせいか、なんとなく興味が湧いてた。

「それは占う人の腕次第、ですね。……私のは当たりますけど、やってみましょうか?」

 そう言って微笑む彼女からは、なんていうか、底知れないものを感じた。

「例えば、疎遠になった友達とまた仲良くなれるか、とか」
「……お願いしよっかな。それで」

 何となく気になるテーマを言われたから、もしかして心を読まれてるのかって思った。あれからケンちゃんのことが引っかかってたから。占いとかやる人はそういうの分かるのかな、なんて思った。
 その子はカードをシャッフルして、素早い手つきでまた机の上に並べ始めた。三十六枚のカードを全部並べて、それぞれの位置関係を見て占うやり方なんだって。

「……相手は男の人ですか? 女の人ですか?」
「男だよ。小さい頃はよく一緒に遊んだんだけど……」
「じゃあ、天野先輩は女だから『淑女』、相手の方はこっちの『紳士』のカードとします」

 レトロな絵柄のカードを指差して、一年ちゃんはすらすらと説明してた。呪文を唱えたりお祈りしたりとかは無し。
 貴族っぽい女
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