一つ目のお話〜彼と魔物娘と〜

 教会から脱走して早数ヶ月。近くの親魔領からワーシープとホルスタウロスを探し出すために旅を始めたカイであったが、その旅路は平坦なものではなかった。
 親魔領に住む魔物娘の大半は、既に恋人がいるか既婚者の二種類。今まで彼が巡ってきた街にもホルスタウロスやワーシープは勿論居たものの、彼女たちは誰もが伴侶や恋人をもった個体であり、彼が間に割って入るなんて億が一にも不可能だった。
 街で探すのが無理ならば、牧場ならばどうか。
 ホルスタウロスやワーシープなどの家畜とよく似た特性をもつ魔物は、特定の牧場で夫婦生活を営んでいることが多い。
 また、ホルスタウロスは種族の特性上生涯の伴侶ーー未婚者でも搾乳は可能であるが、その場合は確実にお持ち帰りコースであるーーでなければ搾乳は出来ず、その為婚活を兼ねて乳しぼり体験を行っている牧場は多い。その枠を狙おうとするものの、近年乳しぼり体験は爆発的な人気が出ているらしく、人数枠から見事に外れてしまう始末。

「如月さ〜ん、何とかなりませんかねぇ〜」
「…その溢れんばかりの下心を隠せばいいんじゃないの?」
「俺の夢のおっぱいがぁー」

 最近世話になっている親魔領のとある町にある、金麦の宿にある酒場のカウンターに座るカイは、何回目とも知れぬ謎の言葉と共にそのまま突っ伏した。

「あのねぇ、幾ら魔物が好色的になってるって言っても、下心満載の鎧姿の男が近づいて来たら逃げるにきまってるじゃないか」
「やっぱそうっスかねぇ。でもほら、やっぱ情熱って大事だと思うんだよね俺」
「そりゃ、情熱は大事だけどさ。鎧姿の男がハァハァ息荒げながら近づいて来たら、女も運も裸足で逃げるにきまってるじゃないか」

 彼の言い分を聞いて苦笑しつつ、この宿の女将でもある稲荷――極東、ジパングと呼ばれる国に住み、ここら辺ではあまり見ない、着物と呼ばれる服と、狐のような尻尾と耳が特徴的な魔物――如月優花はカイに白乳色の液体の入ったジョッキを出してやる。

「ほら、ホルスタウロスのミルク出してやるから――っとそうだ。ちょっと待って」
「あ? ああ…何だ?」

 カイの願うホルスタウロス。その母乳であるホルスタウロスのミルクは高い栄養価とその味で、嗜好品としても好まれている。この酒場では普通のミルク以外にもこうした魔物由来の食物を多く取り扱っており、カイは毎日のようにこのミルクを飲んでいた。
 ジョッキを傾けかけるものの、何か思いだしたらしく彼に一言言ってキッチンの方へと引っ込んだ如月を見て、不思議そうに首を傾げるカイ。

「ふぅ、あったあった。ちょっとこれ飲んでみてくれないかい?」
「…ミルク? いや、俺にはもうコレあるし」
「良いから良いから!」

 帰ってきた如月が手に持っていたのは、カイの持つジョッキと同じジョッキに並々と注がれた白乳色の液体。ミルクだ。
 確かにカイはミルクが好物であるが、だとしてもジョッキ一杯飲めたら十分だ。それに、ホルスタウロスのミルクは胃もたれ等は無いがそれでもその濃厚な味は、一日に一杯飲めれば十分なものだ。
 流石に要らないと手を振るカイだが、如月はそんなこと気にせずに彼に無理矢理持ってきたジョッキを持たせた。

「大丈夫、身体に悪いものじゃないしそれにその一杯は私の奢りだよ」

 嫌そうに顔を歪めるカイに、笑いながら言う如月。
 流石にそこまで言われれば飲まないわけにもいかず、ジョッキに口を付けようとしてそこで手を止めた。
 ホルスタウロスのミルクのような濃い香りではなく、どちらかと言えばほんの少し香る程度の香り。
 ゆっくりとジョッキを傾けてミルクを口に含み――そしてカイは驚いた。
 癖はあるものの、飲みやすいのだ。いや、決してホルスタウロスのミルクが飲みにくいというわけではないのだが、どうしても濃厚な味の為せいか一杯飲んだら満足してしまうのだ。
 ソレに対してこのミルクはどうだろうか? さらりとして飲みやすいが、だからと言って決して味が薄いわけではなく、しっかりとした甘さを感じる。
 ホルスタウロスのミルクが緑溢れる丘陵地帯だとすれば、このミルクは風に揺れる草原だろうか? 好きか嫌いかということは置いておいて、このミルクは今まで飲んできたミルクの中でも五指に、いやホルスタウロスのミルクと並んでツートップを飾っても良いかもしれない。そんな美味しいものだ。
 瞬く間にジョッキの中身を飲み干すと、このミルクは一体何なのか、と視線で問いかけるカイに、悪戯が成功した子供のような表情で如月が答える。

「それはワーシープのミルクだよ」
「ワーシープの?」

 ワーシープと言えば羊によく似た魔物であり、特産品はそのもこもこした毛であるとは聞くが、ワーシープのミルクと言うのは聞いたことが無い。
 ワーシープとミルクと
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