「ありがとうございましたー!」
出ていく客に頭を下げる。
ここはノーステイルの街、中心街から少し離れた場所にある食事処。
現在、レオンハルトはその食事処で従業員として雇われていた。
旅をするには金が必要。そのため彼は立ち寄った街で短期間の住み込みの仕事をさせてもらったり、街毎の特産品などを売買することで生計を立てていた。
今回お世話になっている食事処は、そうした住み込みが出来る仕事の一つだった。
この日最後の客を見送り、彼は店先の掃除を始める。
「ありがとうね、レオンハルト君」
「ああいえ。お世話になっているのはこちらですから」
そんな彼の背中にかかる声があった。
雨に濡れたような黒塗りの髪に、母性の滲み出る優しく垂れた目尻。穏やかで母性的な雰囲気を乱す、水浸しにされ肌に貼り付いた藍色の着物と、ソレを押し上げる男なら誰でも視線がいってしまう淫らな肢体。
彼女の名前は時雨。この食事処の主人の妻である魔物――ジパングに生息するぬれおなごと呼ばれる妖怪だ。
「しかし、本当に反魔領なのに魔物が結構居るんですね」
珍しげに彼が呟く。
この街は反魔領である。だが、反魔領と言ってもなにも魔物は絶対悪、滅ぼすべき、という考えの場所ではない。
この街のスタンスは反魔寄りの中立。立場上は反魔領を名乗っているものの、その中身は、人間に過度な被害を与えない――ここでの被害とは、無理矢理男を犯したり、女性を魔物化したりしないことだ――を念頭に、街中で極力魔物の姿をしない、ということを条件に魔物の定住を許可しているのだ。
「そういえば、レオンハルト君は他の国の出身でしたっけ?」
「はい。だから凄い珍しいです。反魔領っていったら普通、魔物が居るだけで処罰される場所ですから」
大体の反魔領はそうした、魔物は排除すべきという考え方を持っているのだが、この街は例外のようだ。
しかし、当然のことながら何の考えも無しにこの街が中立の政策を行っているわけではない。
この街が彼女たちを受け入れている理由――それが、魔物の持つ技術だ。
人間とは違い、魔物はその名の通り魔力を食らうことで生活し、魔力由来の力を使用することで絶対的な力を発揮するのだが、元々は戦闘で使用されていたこうした力を現在の魔物は番となる人間のために使用する。
そうした人間とは違うアプローチを行う力は、生活をより便利に、豊かにするための革新的な技術に使用されるのだ。
こうした魔物側の技術や、ホルスタウロスのミルクを代表とする、人間側の利益に繋がる物品を得るためにこの街は中立として魔物が住むことを許可しているのだ。
「中々面白い街ですね」
「私はちょっと住みにくいですけどね」
噂通りの街だと上機嫌なレオンハルトの言葉に思わず苦笑してしまう時雨。
彼女の種族はぬれおなご。ぬれおなごはその名の通り全身が水浸しになっているような姿が普通の姿である。
この街で魔物が生活する条件はいくつかあるが、その内の一つが『人に近い姿で生活する』というものがある。どんな魔物であっても人に化けること、それが条件の一つ。だが、ぬれおなごは人に近い姿にはなれても、人と同じ姿になることは出来ない。
勿論そのような、人の姿になりきれない、もしくはなるのが下手くそな魔物の為にこの制度には『極力』という猶予を残してはいるのだが、時雨本人からすると皆が人と変わらぬ姿をしている中で一人だけほとんど元の姿と変わらないというのは気まずいことらしい。
「でもほら、時雨さんのこと皆好いてますし、洋吉さんも濡れてるのが好いって」
俺も時雨さんと居ると涼しく感じて好きですよ、と笑うレオンハルトに、からかわないでください、と頬に手を当てて縮こまる時雨。
既婚者でありながらこの可愛らしさ。この店の店主である洋吉のことを少しだけ羨ましく思いつつ、彼は暖簾を下げる。
本来なら店の者がやらなければならないところだが、時雨の身長はラインハルトと比べてあまりにも小さい。そのため身長の高いラインハルトが暖簾を下げているのだ。
しかし、小さいのに胸は抱えるくらいの西瓜サイズで少し括れた腰と桃のような尻。童顔と身長が合わさり少女にも見える姿でありながら、あまりにも妖艶な落差による異様なまでの色気。
魔物って反則、いや、洋吉さん羨ましいなと独り身特有の嫉妬を少しだけおぼえてしまう。
「ああ! もう終わりなのかい」
「…何でまた丁度良い所に」
そんな彼に声をかけてくる影。
金糸の如き髪が肩口ほどで切り揃えられており、赤い瞳は切れ目と相まってまるで宝石のように鋭くも暖かい光を放つ。
服装は旅装束ではなく、恐らく部屋着なのだろう。胸元の開けられた純白の服に紺色のピッチリ
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