いつものことだ、と彼は心を無にして呟く。
「んっ、どうや? この外套は……んぁ…中々、お買い得、やと、思うんっやけども…」
「そうそう、今ならこの携帯食料もお付けしてこのお値段、どうだろうか?」
お、おう、としか言いようが無い。彼は、自分の人生に疲れたような顔を更に疲れさせながら、どうしてこうなった、と頭を抱えたくなった。
気づけば顔なじみになってしまっていた刑部狸の夫婦。魔物の夫婦がイチャイチャしていることなんていつものことなので、ソレに関してとやかく言うつもりは欠片も無かった。
だが、これはどうなんだ、と彼はフードの下で思わず表情を引きつらせる。
目の前の夫婦がナニをしているかなんて明らかだった。
魔物の中では小柄な分類に入る刑部狸――妻を胡坐のような姿勢の自分の膝の上に乗せ、後ろから抱きしめている夫。それだけならばよくあるイチャイチャしている夫婦というだけですむのだが、問題は状態であった。
後ろから覆い被さる様にして抱きしめている夫。彼の掌は刑部狸の着物の中に差し込まれており、彼の動きから着物の中の慎ましい胸を揉みしだいているということは安易に想像ができる。
それだけならばまあ百歩譲って許す。だが、問題は下半身だ。
下半身、こちらからは見えないが、恐らく貫通している。ナニがとは言わないが。
何故そう思うのか。それは刑部狸の表情が理由だ。
胸を揉みしだかれているだけでトロトロに蕩けているのに、その表情はもうどうしようもないレベルだ。だらしなく垂れ下がった眉尻に、ゆるみきった口元。顔は熱にうかされたように真っ赤で、身体は常にゆらゆらと揺れ動き、その中に、時々下から突き上げられたような、ビクンッ、という動きが混じる。
仮にも客の前でお前らは何やってるんですかねぇ…。眉をひくつかせながら文句を言いそうになる口を必死に縫い止める彼。
「すまなねえな。ちょぉっとさっき事故でこいつに虜の果実のジュースを飲ませちまってねぇ。大分調整したから問題なく飲めると思ってたんだけどねぇ」
いや、事故って何だよ事故って。あきらかに故意じゃねえか。
ニヤニヤとそれはもうあくどい顔をする夫を見て彼は最早笑うことしか出来ない。幸い、と言っていいのかは分からないが、性行による興奮のせいか夫婦の提示する金額は相場よりも遥かに安い。
夫婦の言葉を信じるのならば、この外套はアラクネの糸を加工した物。アラクネの糸によってつくられる様々な衣類は、人間の作るソレと比べてはるかに頑丈で扱いやすい。そんなものがこの値段で手に入ると言うのならば安いものかもしれない。
「ああ、それとこれも付けますよ」
そう言って夫が外套に加えて、何か奇妙な包み紙を取り出して置いた。
「これは?」
流石に見た目が怪しすぎる物を受け取る趣味はしていない。只の包み紙とはとても思えない代物を見て、彼は眉をひそめて夫に問いかけた。
「ああ、怪しい物じゃないですよ。ちょっとした餞別ってやつですよ」
「餞別ゥ?」
「そう」
彼は言う。
曰く、この包み紙の中には血のように真っ赤なルビーが入っている。このルビーはある街で起こった悲劇――それこそ反魔領も親魔領もないほど昔に起こった、とある悲恋の魔物の夫婦の血によって出来たという逸話が残っているルビーである、と。曰く、この石の持ち主は必ず人生を変えてしまうほどの大きな出会いをしてしまうのだ、と。
それを聞いた彼は思う。
――それ、明らかに危ない物じゃねえか。それにソレ最早呪いの類いぢゃん。
「はっはっは、大丈夫ですよ。この石を持っていた人はみんな死んでませんから。まあ――」
こうして人生の墓場には足を突っ込みますけどね、と腕の中の妻の腰を鷲掴みにして下に叩き落し、全身を震わせながら笑う夫。
刑部狸も我慢できなかったのだろう、目の前の彼のことなど気にせず白目をむいて嬌声を響かせながら身体を弛緩させる。
お前ら本当に見境無しだな…と最近遠慮が全く無くなってきた夫婦を見て、頭が痛いと額に手を当ててため息を吐く彼。
どうしようか、など決まっている。
明らかに怪しい物であるが、アラクネの外套、携帯食料を含めてたったの数ゴールドぽっきり。詐欺すら疑ってしまうくらい格安であるが、この夫婦がそんな商売をするとは考えられない。
そうなれば、もっと何かしらの目的があると見て間違いは無いだろう。だが、それを確かめる術は彼には無い。ならば一々気にする必要など無い。幸いなことに魔物に対する対策は彼も出来るし、何度も魔物の襲撃から逃げのびてきているのだ。
ドラゴンやワームなどのドラゴン種でも来ない限りどうとでもできるさ、などと呟きつつ彼は夫に金を投げる。
「毎度あり!」
さ
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