「ふんふふん、ふんふん」
生き物の気配が全くしない銀世界の中、リズムをとりながらジョウロを傾ける青年。
青年の前には彼の背丈はあるであろう巨大な蕾が鎮座しており、どうやら彼はこの花を育てているらしいことが伺える。
「本当に大きな花だなぁ」
ジョウロの中身を全て使い切り、最後の一滴までしっかりと花の根本へしみこませるように注いだ彼は、長時間腰を曲げていたせいで痛む腰を叩きながら背を伸ばし、そのまま身の丈を超える大きさの蕾を見上げた。
硬質な金属音が断続的に響く。彼が身に纏っているのは鋼の鎧、彼は今年からこの森のすぐ近くにある村の教会に配属されることとなった一兵卒だった。
最初の頃はこんな辺鄙な土地に配属になることを嫌がっていたのだが、自分を暖かく迎え入れてくれた村の人々――森の奥に小さな牧草地を持つという爆乳美女、無口だが良く獲物を分けてくれる狩りの上手な美女、よく一緒に酒を飲みかわす男っぽい美少女と、その姉と言う巨乳美女、剣の稽古に良く付き合ってもらう元騎士と言う美女、そして何かと世話をしてもらっている配属先の教会の美人シスターと爆乳美女である村長。但し全員既婚者――や時折やってくる行商人の売ってくれる便利な道具類など、慣れてくれば村の人々はこれ以上ないほど親身に自分と接してくれるこの村を、今では胸を張ってここが自分の職場だ! と語れるほどに好きになっているのであった。
そんな彼がこの蕾を見つけたのは、ちょっとした偶然からだった。
その日、彼は森に木材を探しに来ていた。北にある大きな山が原因で、冬場になると良く雪が降り気温が低下しやすいらしく、ソリや雪で屋根が潰れないようにする道具などを作るために木材が必要だ、ということだった。
村の傍の森にはよく魔物が出没するという話もある。どうか森から木を持ってきてくれないだろうか? 村長にそう頼まれた彼は、日ごろの恩を返せるならと二つ返事でその依頼を了承した。
無論、魔物がいかに危険かということは彼も重々承知である。だが、この辺りで危険な魔物――ドラゴン等の勇者級の人間でしか倒せないような魔物――が出没したという話は聞かないし、何より訓練されていない村人を護衛するより、多少なりと魔物に抵抗する手段を持つ自分が森に入った方が良いだろう、そう判断してのことだった。
森の中は入り組んでおり、落ち葉による腐葉土などのせいで足元も悪かったものの彼が思っていた以上に森は平和そのものであり、何の障害も無く森の中にある備蓄小屋から丸太を運び出すことに成功するのであった。
そんな丸太運びを行うこと数回、三回目に備蓄小屋から丸太を取り、ソリを引いている時にソレが視界に入った。
ソレは白い景色の中に在りながら周囲に溶け込むような淡い赤い色をしていた。新手の魔物か? ソリを引くのを止めて腰の長剣に手を伸ばした彼は、木々の影をゆっくりと進んでいき、その赤いモノがある場所へと近づき、そっとその場所を覗き込んだ。
それは巨大な花であった。だが、咲いているわけではなく蕾の状態だった。
南の方で身の丈ある花がある、と言う話を聞いたことはあるが、それはとても酷い悪臭を放ち、とてもおぞましい見た目をしていると聞く。
だが、目の前の花はどうだろうか。大きさこそ話に聞く花と同じようなものだが、悪臭などは一切なく、むしろホンの少しであるがまるで蜂蜜のような甘い香りが漂っている。また、その淡い赤色の蕾は花開いたらとても美しいことが容易に想像できる色合いと、瑞々しい花弁が――警戒しながら近づいて彼は違和感に気づいた。
「…もしかして、元気無い?」
パッと見とても美しい花なのだが、こうして近づいてみると少し色褪せてしまっているところや、皺が出来てしまっている部分など細かいところで何やら不具合が起こっているようだ。
花弁の根本の葉っぱたちも力なくグッタリと地面に落ち込んでいるように見えるのは、決して葉っぱの表面にのしかかる雪の重みのせいだけではないだろう。
そして、その日丸太を運び終えた彼は、村長に森の外れの広場にひっそりとある巨大な花のことを伝え、知識が無いなりに考えて肥料や水を持って巨大な花の元に通う生活が始まったのである。
あの日から二週間が経った。
最初は巨大花の存在に驚いていた村長も、数日たつ頃には「彼女の事を大切にしてあげてくださいね?」と町から取り寄せたと言う植物に良い液体などを渡してくれ、村に住む人々も何やらあの巨大花に色々としてくれているらしく、巨大花のある広場に行こうとする度に「彼女に優しくな」とか「孫の顔を早く見せてくれよ」などと茶化すようになった。
まあ、あれだけ美しい花なのだ、自分も女性的な印象を受けていたのだから村の人々が彼女、と言っても特に違和感
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