サラマンダーと出会った戦士(図鑑)

 長年の風雨で赤く錆び付き、触れれば壊れてしまいそうな無骨な門を眇め、男は息を吐く。荒野だから雨など降らないとでも思ったのだろうか。ただその横には足場が設置され、近いうち作り変えるつもりなのだろうと推測される。
 本日到着した傭兵の男にとって、この村の長期的な安全などどうでもよく、自分が泊まることになるであろう一晩だけでも安寧を得られればそれで良いのだが、男はどうにも気にしていた。
 そこで、腰の曲がった老人が一人、男の元へ杖をついて歩いてきた。その後ろに数人、家の陰から除く者がいると男は気付いていた。

 「お待ちしておりましたぞ。戦士様。ええと、お名前は……」

 「それで構いません。お雇い有難うございます」

 戦士の男は兜の面覆いを外し、軽く会釈する。「おお、おお」と老人はわずかに慌てたが、頭を下げた。
 「ではこちらに」と老人が曲がった腰を庇いながら歩いていく。村の外と変わらぬ砂の大地ではさぞかし歩きにくかろうと男は憐憫の目をした。


 そこは、教団の『聖都』や隣の大陸とは遠い、荒野の中の、山のふもとの村だった。背の低い草しか生えない荒野にあると言うのに、その村の建物は頑丈な鉄で作られ、まるで前線基地のような作りだった。更に奇妙なのは、昔ながらのバラックで作られた、『改築待ち』の家もその中に混じっていることで……つい最近、何か村に変化が起きたことは明確であった。こんな辺境の土地に商人すら来るかも怪しいと言うのに。
 赤錆びた門なのに、村の周囲を囲む壁はスティールの光沢も眩しい砦のような鉄壁。貴重なはずの鉄資源をふんだんに使った村。

 村民のほとんどが工夫であり、鉱山で採掘を行い、生計を立ててきていた。鉄や銅、銀の類はすべて遥か離れた都市で売り、路銀をようやく賄える程度の資金で食いつなぐ……という生活をしてきたが、数年前、それが一転したのだ。

 親魔物の村。

 それが、男がこの依頼を受ける時に知った第一の情報であり、依頼を受託した要因の一つでもあった。


 男は村長の家に通され、大理石の丸椅子に座る。ふと外を見ると、粉塵にまみれた男たちの間をちょこまかと動く小さな影が目に入る。
 鮮烈な橙色の髪の少女。いや、人間ではない。ドワーフだ。
 鍛冶や採掘に長けた亜人で、聞くところによると魔物として扱われているという。その矮躯から想像もできないほどの力を持ち、大岩を砕くハンマーの扱いはもちろん、錬鉄の術や鉱脈を発見するシックス・センスも持ち合わせている。
 魔物と共存することで売って余るほどの鉱山資源を手に入れ、繁栄した村。


 「お待たせしました。ええと、戦士様、詳しい依頼についてお話致しましょうか」
 味気ない茶を飲んでいると、先ほどの老人――村長が奥の部屋から現れ向かいの席につく。男は兜を外さず、面覆いだけを上げて会釈した。
 「依頼にあった山というのはですね、この村の鉱脈の上にある小さな山でして。ドワーフたちの先見によれば、山の中腹にたくさんの銀があるそうなんですわ。
 ただ、山道に剣を携えた魔物がいるらしく、我々はもちろん、ドワーフですら怖がって立ち入ることが出来ない始末で。戦士様のお力で、なんとかしていただけませんか」
 戦士の男は相手の風体を聞いて黙考する。男には基本的なものだが、魔物についての知識があった。学者と言うには程遠いが、一般人よりは知っている。
 剣を持つ魔物と言えばリザードマンかデュラハン、そのあたりだろう。だが、デュラハンのような上級魔物がこんな村にいるとは考えづらい。リザードマン程度なら、まあ倒せるはずだ――と考え、「わかりました」と返事をする。
 「おお、頼もしい。歴戦の勇士と聞いておりますが、路銀程度の報酬しか出せんのが口惜しいですわ。ですがせめて、村総出で歓迎を」
 「いえ。依頼書通りで構いません。それと、一晩の宿さえ頂ければ」
 村長はまたしても困惑したが、せめて先払いでと思ったのか、地方都市特有の旧紙幣(地方ごとに使われていた非統一通貨)ではなく、教皇庁公認金貨を数枚――二週間分の食費程度を布に包んで置いた。戦士は会釈して受け取り、腰から下げたズタ袋に入れる。
 鈍い銀に輝く鎧に身を包んだ戦士は、宿として案内された空き家へと歩いて行った。



 村の北、ぱっくりと口を開けた地下鉱山への入り口から最後のトロッコが成果物と共に出てきて、村のあちこちで焚かれていたかがり火が落ちる。するとすぐに、男の元にぞくぞくと村人がやってきた。
 村の救世主と聞いて、気にならないはずもない。
 「おお、なんと頼もしい方……」「勇壮な鎧だ。相当名のあるお方だろう」「我が家に泊まっていきませんか。精一杯おもてなしいたしますよ」
 戦士は面覆いをあげ、微笑で応じた。歓迎の後は質問攻めが始まる。


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