わたしは、森の泉のほとりで泣いていた。
「どうして……っ。どうして、わたし、こんな……」
蒼色の翼。三本指の細長い脚。どれも、おぞましい。
わたしが魔物になったなんて……!
いつわたしが魔物になったのかはわからない。
ただ、何かぼんやりと覚えているのは……寄宿学校の音楽室にいて、ピアノの掃除をしていて――気がつくと、あのおぞましい魔物の前にいて、わたしの前で二匹の魔物が楽しそうに話していて。
わたしは零れ落ちるように木の上にあった足場から落ちて、翼を広げてこの泉まで着地していた。恐怖と絶望だけで、でも死ぬことは怖いから、知らずに体が飛んだんだ。
人間は飛べないのに。わたしは翼を広げ、傷一つなくこの泉に降り立っていた。
「ちがう。ちがう……魔物なんかじゃ、ないもん……」
魔物はとっても怖くて、人間を襲う。襲って食べてしまうならまだしも、連れて帰っておぞましい魔力で魔物にしたり、恐ろしい実験に使うらしい。
教団の遠征部隊の人たちが誰も帰ってこないのも……魔物が作った新兵器で全員やられてしまったからだって。
そしてわたしも、魔物のおぞましい魔力で、魔物にされてしまった…………。
「はぁ……くっ……」
息が苦しい。昔からそう。嫌なことがあると、胸がぎゅっと締め付けられて、息が苦しくなる。音楽を学ぶために別の学校に入ると決まった時も、初めての歌の発表の前の日も。
「はぁ……あっ。た、す、けて……」
地面に倒れて、手を動かすと蒼い翼がばさばさと動く。腕を伸ばせば鈍く光る羽が姿を見せ、それがわたしの腕だってことを、つきつけてくる。
「やだ。やだ……!」
ぜぇぜぇという息が、やがてひゅうひゅうとかすかにもれるだけになって、わたしの意識は、途絶えた。
「なに、してんの?」
緊張感のない声が、最後に耳にまとわりついて。
目を開くと、緑の肌、緑の髪の女の人が前にいた。
「あ。起きた。珍しいね、セイレーンがこんな森で倒れるなんて」
少し体を起こす。大きな花の中に立つ、裸の女の人。街にもなかなかいないような美しい人で、変わった色と足元の花以外なら、別に変なところはない。
「あ、あなたは?」
「ん? あたし? あたしはパイアー。あんたは?」
「わたし……アンジェ=フォスラ」
わたしは普通に名前を言っただけなのに、パイアーさんは不思議そうな顔をした。
「あれ? セイレーンっぽくない名前ねー。なんか呼びづらいし……」
「セイレーン……? セイレーンってあの、海辺の魔物……?」
船乗りが最も恐れる魔物だ。空からいきなり襲い掛かってきて、そのまま連れ去っていく恐ろしい鳥の魔物。
「海辺だけじゃないんだけど……って、あんた、もしかして『成り上がり』の子?」
「え?」
パイアーさんはにやっと笑った。
「じゃあとりあえず、そこの泉で自分の姿見てみなさい。特に顔」
言われるがままに、ふらふらしながらも泉に近づいて、自分の顔を見た。
「うそ……」
教会のシスターさんよりずっとずっと綺麗な女の人がそこにいた。
わたしの顔じゃない。でも、わたしの顔かもしれないとも思う。ただ、女としてずっと綺麗になっている。子どもっぽさがなくなって、でもどこか、親しみやすい。
「こ、これ、わたしの、顔……? 鳥じゃないんだ」
「なわけないでしょー? まーた人間どもは嘘ばっかり教えてんのね」
けらけらと楽しそうにパイアーさんが笑う。
わたしは改めて、自分の体をよく見てみた。
確かに、腕や脚は鳥になっているけど……服もちゃんと、かなり奇抜だけど着ているし、胸もだいぶ大きく、形も良くなっている。長い尾羽も、ちょっと体が動くとふりふりと動いてかわいい。
髪も、結びも何もなかった黒髪ストレートから、左右で結い上げた変わった髪形になっている。奇抜だけど、不思議と悪くは見えない。
「そ、そんなに悪くないかも……」
わたしは思わずつぶやいていた。
「でしょ? 魔物が人を喰うなんてのも全部ウソ。当たり前じゃない。あたしら、人間が大好きなんだから。特に男は」
「う、嘘だ! こんな、こんな恐ろしい爪があって、ドラゴンだって『聖都』を覆うほど巨大だって絵まであるんだから!」
パイアーさんははぁっと呆れたため息をついた。緑の髪をまるで人間のようにいじりながら、さらに言う。
「まあいいや。それは追々わかるだろうし。ね、とりあえずあんた、セイレーンなんだし……歌ってみたら?」
「う、歌?」
ぞくりと背筋が震え、心臓が締め付けられる。
――きみはご両親から手ほどきを受けていないのかね。不信な。
――もっと祈る気持ち
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