ラミアの夫

 僕の妻はラミアだ。


 『聖都』からずっと遠い、エトラの村で僕は暮らしている。
 いわゆる『親魔物』の村で、教団に見つかったらただでは済まない。だがここは今まで、見つかったことがない。


 父さんも母さんも、魔物にさらわれた。帰って来ることはなかったけれど、母さんに似たサキュバスが、父さんのような人と仲良く森の中を歩いていたと聞いた。
 僕は魔物を憎んだ。十七歳をすぎた頃に軍に入って、森の調査命令を受けた。

 そこで、ラミアの群れに捕まって……僕とラミアのセレスティは夫婦になった。



 「ここかっ」

 僕はキッチンの扉を勢いよく開ける。白を基調とした美しいキッチンには、誰もいない。

 僕は振り返って階段をのぼる。向かって右、寝室を開ける。

 誰もいない。

 ならどこへと、振り返る。


 「……私の勝ちっ♪」

 目の前に愛しい妻の顔。紺碧の目。色の薄い髪。切れ長の瞳に、縦向きに割れた瞳孔。
 ぎゅうっと抱きしめられていた。

 さっき通った時そこには誰もいなかった。だが今は、愛しい妻がしゅるりと蛇の下半身の先をよじらせている。
 ぴたんぴたんと蛇の尻尾が楽しそうに動いている。

 「セレス……どこにいたんだい?」

 「ふふっ。ずっと後ろにいたわよ。アレク」

 アレクサンダー=シミュズ。それが僕の名。

 セレスはしゅるりと嬉しそうに蛇身をくねらせる。尻尾の先が片足に絡みつく。ぴたんぴたんと尻尾は絶えず動いている。
 セレスの機嫌はこの動きでわかる。感情が表に出やすい。

 「ねぇ、もう一回隠れていいかしら?」

 「……ああ。どうぞ」

 僕はセレスの頭を一度撫でる。セレスはちろりと割れた舌を出して、僕の顎を撫でる。後ろ向いてて。ということだ。

 僕が後ろを向くと、しゅるりしゅるりと蛇身をよじる音が徐々に小さくなり……何度か扉を開け閉めする音がして、「もういいわよ」と返ってくる。

 「……さて。次はどこかな」

 僕はセレスの残り香に顔をほころばせて、あの抱擁をまた味わうために妻を捜す。



 セレスは、他のラミアに比べ足音がとても小さい。そのせいで僕も森の中で音もなく忍び寄られ、捕まったのだ。

 そんなセレスは僕とのかくれんぼを好む。僕の勘がよほど鋭くない限りは、セレスに後ろから声をかけられてしまう。
 かくれんぼといいながらセレスは何度も音もなく移動するものだから、見つけるのも難しい。

 まあ、途中で寂しくなって出てくるセレスも、可愛いのだけど。

 「このあたりか?」

 僕は寝室の反対の自室に入る。壁に飾られた折れた大剣と階級章が目に入る。思わず苦い笑みが浮かぶ。
 別にセレスへの嫌がらせのつもりで飾っているわけじゃない。

 僕はわずかに部屋のマットレス――魔女から取り寄せた高級品だ――の毛が倒れていることに気付く。それは部屋の隅、クローゼットの中へ。

 「見つけたぞ。セレス」

 クローゼットを開けると、蛇身を抱いて妖艶に笑うセレスがいる。蛇身の下部、色の違う鱗が陽光を反射してきらりと光る。

 「ふふっ。見つかっちゃった。じゃあ……ね?」

 僕はセレスの片手を取って、引き寄せて抱きしめる。豊満な胸の感触にごくりと唾を飲む。何度抱いても、慣れはしないのだ。
 そんな様をセレスはまた「可愛い」と言って笑う。

 「もう。抱いてもらうほうが私は好きなのに、いつも私が勝っちゃう」

 「だったら言ってくれよ。わざわざこんな回りくどいことしなくても……」

 「だーめ」

 ふふっとセレスは唇に指を当てて笑い、

 「あなたが私を見つけるために一生懸命になってくれる……それが、私には嬉しいのよ」

 僕は思わずセレスをきつく抱きしめ、「あんっ」とセレスが可愛らしい声を上げた。

 今日の夜は、いつもより長くなりそうだ……。





 この村には、見目麗しい魔物たちがたくさんいる。伴侶のいる者、いない者。
 人間の男性もそれなりにいるし、女性も僅かながらいる。ほとんどは男性の母や妹であるが。

 魔物の恐怖に怯えることなどない。魔物は人を傷つけず――ワーウルフやラージマウスのような、魔力を拡散させる魔物はこの村にいない。
 聞けば、セレスとその仲間がそういった魔物はお引取り願っているようだ。

 未婚の男性がいて、未婚の魔物がいる。おかしいことだと思うだろうか?


 未婚の魔物はなかなかに、僕にとって危険だ。


 「ねぇねぇ。アレク。ちょっとあたしと遊ばない?」

 黒く長い髪のラミア。セレスの知り合いのシェンティ。ぴっしりと並んだ鱗が妖しい輝きを放ち、きゅうっと縮んだ瞳孔がきらきら光って見える。魅了の魔術だろうか。

 「すまんな。セレスに怒られる」

 「もー……。わかってる
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