わたしは、瓦礫の中で目を覚ました。
「……おかあさん?」
だれもいない。ごうごうと酷い耳鳴りのような音がする。
部屋の壁がない。
隣のおばさんが持ってきてくれたお見舞いの花も、それをのせていたラックもない。
粒の粗い砂が散っている。
「げほっ……なに、が、あったの?」
わたしは、病気。
どうして病気かはわからない。この街――モルテガには、正式な教団認可医師はいないから。
ただ、医術の旅をしていたフェニアさんは、なんだかわたしが生まれた時からわるくする病気だって言ってた。
わたしの背負った十字架だって。
だから体を起こすこともできないはず。背中が固まってしまっているから。
でもわたしの体はあっさりと起き上がって、ぼろぼろになった街をわたしに見せた。
赤い、暖炉のよりずっと大きな火が、あちこちで燃えている。
とげとげの真黒い木のかけらが、天へと伸びている。壊れた家。なくなった街並み。
暗い暗い空。
変わってしまった街。
「みんな? おかあさん?」
ぱちぱちっと火が近くで爆ぜて、わたしは驚いてベッドから転げ落ちてしまった。
わたしは気付く。
わたしもまた変わっていた。
絵本の中のドラゴンのような緑の鱗が、体の色んなところを覆っていて。両手も鋭い爪のある硬そうな手。
ただ、胸だけは薄い緑の皮膜で覆われていた。
顔も、そのまま。ぺたぺたと触ると、わたしの顔のままのかたち。
床板に打ち付ける、長い尻尾もあった。
「……ドラゴン? これは?」
ドラゴンのようで、ドラゴンじゃない。
頭が痛い。がんがんと叩くような音がずっと響いている。
立ち上がろうと思うと、わたしの体は立ち上がってくれた。
炎が何重にも重なって揺れる、わたしの周り。
ベッドのすぐ近くで燃える、人のようなものが目にはいって。
「っ……ううっ」
きゅうっと心臓を締め付けられるような、おかあさんのいない夜のような感覚。
死んでる……人間が、人間が死んでる……。
やだ……やだ!
「ああああっ!」
わたしは飛び上がっていた。大きな翼を広げて、あっという間に燃える街の上に。
街の中央に建つ『誓いの塔』の、ベンチに降り立つ。ベンチがみしりとゆがんで壊れた。
「……ここは、無事だったの……?」
壊れた像。この街の友達の、魔物の人の像だっておかあさんからきいた。
長く細い尻尾と翼のある女の人。ただ、頭のところが壊れている。
「……知ってる。この人、知ってる……」
白い髪。赤い瞳。すべての魔物を統べる魔王の娘。
リリム。リリムの――
「……たすけて。リリムさん。わたし、どうなっちゃったの……」
像の土台によりかかると、なんだか安心した。わたしの体の奥底に、すっと手を差し伸べてくれる。
とくん、とくんと緑の皮膜の内が鼓動する。ふにゃりと柔らかい胸と、心臓。
淫魔の導き。
「……探さなくちゃ。人間を」
人と共に歩む魔物として。
おかあさんが死んだと気付いたのは、『誓いの塔』を出た後のこと。
なんとなくわかった。悲しいけれど、わたしは泣かなかった。
ドラゴンだから。
荒天の下をただ、飛び続ける。何も考えずに。
わたしの意識はただ凪のまま。
やがて降り立ったのは、小さな山の麓の村。夕暮れの頃だった。
そこに人がいることはわかった。どうしてか、心臓が暖かい。わたしの中を流れる何かが疼いている。
砂漠が近いせいで、砂に汚れた黄土色の村。砂避けのケープがあちこちに張られ、人はあんまり外にいない。ただ、人間がいることはわかる。
「あなたは、だあれ?」
ぼろをまとった小さな女の子が、わたしを見上げてきた。褐色の肌。モルテガからどれだけ離れているのかわからないけど、わたしたちと少し違う、外の人だとわかる。
「わたしはドラゴンだよ」
「ドラゴン? 魔物?」
わたしは自信たっぷりに頷いた。わたしはドラゴン。人間と共に歩む魔物。
女の子は村の真ん中の鐘をからんからんと鳴らして、ドラゴンさんがきたの、と言う。小さな家の扉が空いて、大人が出てくる。
「……男の人もいる……」
なぜか両手が小さく動く。
わたしは村の人に歓迎された。
村長さんの家に通されて、ほんの少しだけど干した木の実をもらった。
「そうですかそうですか。人間と共に歩む魔物……。最近、魔物の被害が減ったと思ったら、そういうことでしたか。魔物も、変わられたのですね」
お母さんよりもずっと歳を取った村長さんは、うんうんと頷いてわたしの手を握ってくれた。
「何もないところですが、ゆっくりしていってくださいな。魔物の
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