僕には今年の春から付き合い始めた彼女がいる。
名前は高橋優。僕と違う高校に通っていて、出会いのきっかけは僕の部活、園芸部。市が主催する研究発表会だ。
園芸部に男子は結構少ない。僕は先輩方からこき使われながらも、がんばって他校の園芸部に発表をした。そこで知り合ったのが、高橋優さん……優だ。
都会の子みたいに垢抜けた感じはないけど、ちょっと長めの黒髪と度の強い眼鏡が素朴なかわいさをもっている。口数も少なくて、今時珍しい純粋に花を愛でる女の子。地味っぽいのを本人は気にしているんだけどね。
さて、ここまでならありふれた話だけど、いつものように優と僕は休みの日に会って、その翌日に、僕たちの関係すら変えてしまう事件が起きた。
僕が夜道で魔法使いっぽいコスプレの女の子に「もっと積極的になってくれるよ!」と言われて渡された小瓶。正直そのときの僕はちょっとだけ、僕より花のほうがたくさん見ている気がする優が、もうちょっと僕にアクティブになってくれればなぁとか思っていた。
だから。
僕は翌日優に、その小瓶の中身を飲ませた。ちょっと怪しんだのに「いいから飲んでみてよ」なんて急かしてまで飲ませてしまって――
その瞬間に。
乾いた音を立てて、小瓶が地面に落ちる。
「げほっ……こ、これ、なに……!」
「優!? ど、どうしたの?」
ベンチから倒れて、体を曲げて苦しそうに息をしている。はぁはぁと赤らんだ顔で息をつく姿がひどく艶かしいけど、僕はその肩を掴む。
どうしよう。吐き出させる? どうやって?
僕の頭は強い混乱に支配されていた。とりあえず両肩を掴んでいるだけで事態が変わらない。涙に濡れた優の目を初めて見たな、とどうでもいいことが頭をよぎる。
「はぁっ……ま、松本、くん……」
いまだに名前で呼んでくれない。とその場の空気にそぐわない悔しさが頭に浮かぶ。優は荒い息の中で呟いて、僕の肩を掴む。
「痛っ!?」
万力のようなとてつもない力で。
「近づいて……く、苦しいから、はやく……」
そう言いながらとても非力な園芸部と思えない力で、僕は優へと近づかされる。息に混じる独特の香りが心地良い。ああ、これが優のにおいなんだな。と覚える。
かすかに優の胸の柔らかさを感じるほど近づいたとき、くっと優が顎をひいて僕にキスをした。あまりにいきなりで、荒く甘い息が僕の口の中を撫でる。思わず目を閉じてしまった。
くちゅ、くちゅり、と涎がはじける音だけが生々しく響いて、僕は何も言えない。驚いているはずなのに声が出ない。初めてのキスが突然だったら何も感じないって本当なんだなと頭の隅っこで思いながら、舌に当たる柔らかすぎる感触をただ感触として得る。
「ほしいの……もっと、わたしに……」
くぐもった声を受けて、僕は舌を絡めた。何かが優の中へと渡っていくような錯覚。それに驚いて僕は目を開ける。
目をぎゅっとつぶって、餌を受け取る雛鳥みたいに必死で僕の口に吸い付く優。その頭から、薄青い――獣の耳がばさりと生えた。
「っ!!」
ぎゅうっと一際強く腰に抱きつかれる。まるで僕のすべてを吸い尽くそうとするように、口の端からこぼれる涎の一滴すら吸い込む。びくん、びくんと優の小さめの体が震え、制服のスカートがざわざわと動く。
「んっ……! んっ……!」
優は僕に、胸や下半身をぐいぐいと押し付けてくる。それが細かく震えていることを僕は知る。詳しくは見えていないけど、優の、股の間――そのあたりに膝を入れると、びくんっと優の体が大きく跳ね、スカートの一部が内側から持ち上がる。
「はあっ……でる、でちゃう……!」
噛み付くように僕の舌を吸ったと同時に、ばさあっとスカートをまくりあげて青い狼のしっぽが現れる。弱々しい息を最後に、優の体が弛緩する。そっと強すぎる拘束から解放された。
「わう……松本くん、ありがとう……」
いつものような声で、牙のある口で笑って、青い毛に覆われた手で涎を拭って。
「うまく……ワーウルフに、なれたみたい……」
人間であることをやめた僕の彼女は、笑った。
狼っぽくなった優は、いつもの交差点で別れることなく僕の家までついてきた。僕の家が見たいと言ったから僕もなんだか止めたくなかった。
「ここが松本くんの家……わう。覚えた」
小さな鼻を少し動かして、匂いを覚えているみたいだ。僕もさっき、抱きつかれて首筋の匂いをかがれた。
「た、高橋さんは僕の家に来たことがなかったっけ」
「わう。そうだよ。知りたいなって思っていたんだけど、今までのわたしは言い出せなくて……」
今までの……って。優は優だよ、とか言おうとしたけど、僕にはどうしてもさっきまでの人間だった優と同じだとはあまり思えない。ちょっと怖い。
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