ドラゴンの世界

 朝目が覚めると、わたしは魔物になっていた!
 「わぁ……」
 うそじゃない。ほんと。ほんとにわたしの体は、緑色の鱗に覆われている。
 湖のほとりにわたしは眠っていたらしい。そんなことどうでもよくて、わたしは湖に近づいて、自分の姿を早速確かめる。
 「すごい……すごい! かっこいいっ!」
 長くなった茶色い髪から大きな角が生えていて、顔もなんだか随分大人っぽくなってる。鼻のそばかすはそのままだけど……。それにそれに、背もうんと伸びていて脚もすらっと長い。
 なにより、背中に大きな翼がある。立派な大きな翼。飛べる、とわたしにはわかる。
 「これがわたし? 魔物になったわたし……こんなのなんだ」
 まるで町の衛兵さんが持ってる武器みたいな両手をぐーぱーしてみると、とっても楽しくなる。
 「ふふ……うふふ……っ」
 笑いが止まらない。すごく楽しい。

 わたしはエミリー=ノイマン。パサの町の町長を代々つとめる一家の次女。この次女と言う立場、わたしにはとても好都合だった。
 結婚の心配もしなくていい。面倒な仕事はお姉様任せ。
 わたしは本を読むのが好き。本を読んで、いろいろ考えるのが好き。想像するのが大好き。毎日寝るときに見る夢も好き。お父様は勉強しなさいって言うけど、そんなことより想像のほうが絶対楽しい。
 毎日村からの離脱者がどうのとか、お父様もお母様もお姉様もむずかしい顔で言ってるけど、そんなことよりもっと楽しいことをすればいいのに。
 人間は自由な生き物だって、本の中に出てくる白い髪の悪魔さんも言ってた。

 わたしは魔物が好き。どうしてかわかんないけど、魔物が好き。人間を丸呑みするほどおっきくて、勇者もやっつけるぐらい強そうでかっこいい。わたしとお部屋の人形さんたち以外誰にも言ってないけど、わたしはずっとずっと魔物が好きだった。
 ゴブリンでもいいから会ってみたいなぁと思ってた。町の外に出ようとするとすぐに衛兵さんがやってきて連れ戻されるから、会いに行くことはできなかったの。

 でも。でも今は!
 わたしが魔物になってる。ちょっと中途半端だけど、魔物に間違いない。
 「……顔とか、変わらないのかな?」
 まるで半分人間のままみたい。本の中の魔物と違って、なんだか人間とそっくり。どういうことなんだろう?
 まあ半分でもいいや。魔物に会うどころかわたしが魔物になれたし!
 「どんな力があるのかな? ……そうだ!」
 わたしはとりあえず、空を飛んでみたいなと思った。だから背中の翼を大きく広げて、森から飛び上がった。



 空を飛ぶことなんて、お屋敷の庭をお父様に見つからずに散歩することぐらい簡単だった。
 強い風がとても心地よくて、下を流れる森がとても小さく見える。遠くまで見渡せるし、小鳥がわたしの姿を見ると大慌てで逃げていく。
 空はすべてわたしのもの。そうに違いない。
 「あっ……そうだ。ドラゴン! ドラゴンなんだわたし!」
 いろんな本に出てくるすごく強い魔物。なんだか違うところもあるけど、わたしはドラゴンなんだ。しっぽだってあるし、こんなに空を飛べるのはドラゴンしかいない。
 そう気付くと、どんどんやりたいことが増えてくる。ドラゴンと言えば地面を割って山を砕く魔物。とっても、とーっても強い。
 「試してみようかな」
 わたしは早速近くの草原に降りて、「えいやっ!」と両手の爪を地面に振り下ろした。ものすごい音がして、深く地面がへこむ。地面の底で眠っていた土の精霊が慌てて逃げていく。
 「わぁ……!」
 夢みたい。夢じゃないよね?
 わたしは近くの大きな岩に近寄って、それを軽々持ち上げた。力をこめて投げ飛ばすと、ずっと向こうの木に当たって鳥たちが逃げていく。
 「あははははっ! すごいっ。すごい力! さっすがドラゴン!」
 もう夢見てるだけじゃないんだ。
 わたしはほんとにほんとに、ドラゴンになったんだ!



 その後もずっと草原や森の中で大暴れして、夜になってようやく落ち着いた。王者の風格とかも、大事だよね。
 草原のはずれにある大樹の上にわたしは降り立って、翼をたたんだ。
 「私はエミリー。空を統べるドラゴンだ。……なんちゃってね」
 でもこういう話し方かっこいいかも。ドラゴンって感じがする。よし、がんばろう。
 空の星が綺麗だけど、たぶん空を舞うわたしのほうが綺麗。それに星ぐらいがんばれば掴めそう。そんな気がする。
 なんでもできる。それがドラゴン。
 「後は周りに男でもいればなぁ」
 それもわたしの強さに見合うほどの男。歴戦の勇者とかね。

 「……あれ?」
 どうしてわたし、男の子がいたらいいとか思ったんだろう?
 よくわからないまま、わたしはなんとなく、自分のしっぽを掴む。しっぽの表は硬い鱗で覆われているけど
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