ジャイアントアントの世界

 「ここの地均し終わったんだ? お疲れ様ー」
 「はいっ。お疲れ様ですっ」
 わたしは同僚に元気よく返事して、愛用のスコップを担いで次の予定地へ移動する。地均しから単純な穴掘り、土の成形まで出来る万能のスコップ。
 魔力に薄い森の中。わたしたちはそこに新たな巣を作っている。わたしは入り口(予定地)の地面を柔らかくしていく役目だ。もちろん、外から空気やその他色んなものを取り入れるための穴の予定地も均す必要がある。
 周りを見ればたくさんの同僚が木を切り、巣から内壁用の糊を持ってきて、何人かは倒した木の製材をしている。あの木はたぶん、薪にするのかな。そろそろ冬が来る。
 わたしは再びスコップを持ち上げ、勢いよく打ち下ろす。森の土は硬い。

 「……あれ?」

 ……わたし、どうしてこんなとこで穴掘ってるんだろう?
 手を止めると、なんだか頭がぼうっとする。何、してたんだっけ?
 なんだか体にちょっと違和感がある。普段、風のあたらないところに風があたるような。自分の体を見る。
 薄く纏った上着と、深青色の六つの甲殻の脚。ジャイアントアントとして普通のこと。
 ……普通? いや、なにかおかしい気がする……確かわたし、鍛冶屋のおじさんから鍋をもらって、家に帰ろうと……。
 「……家? 家って、巣、だよね?」
 何あたりまえのこと言ってるんだろう? うーん……鍛冶屋ってそもそもなんだっけ? 魔界のほうにはあるのかな? 行ったことがないけど。
 「おーい、進んでるー?」
 「あっ、はいっ!」
 うしろから同僚の言葉が飛んできて、わたしは我にかえる。いけない。仕事中に変なこと考えるなんて。
 女王様のために。日の出ている間に休むなんていけないこと。
 わたしはまたスコップを握り、勢いよく振り下ろした。



 日が沈むと、わたしたちはその日の仕事をやめて巣に戻る。今の巣の入り口はちょっと狭くて、みんながぞろっと並ばなきゃいけない。
 結局、なんだかずっと頭がもやもやしていて、自分の脚を切ってしまったりと散々だった。足の先がちょっと縮んじゃった……短いの、結構気にしてるのに。
 「はぁー。疲れたわー。あんたもお疲れさま。まだ若いのにやるじゃない」
 わたしのルームメイトが笑顔で労ってくれた。ちょっと紫がかった髪がとても綺麗で、腕にうっすらついた筋肉も見ていて惚れ惚れする。
 「あっ、はいっ。えっと……」
 ……あれ? この人、なんて名前だっけ……。
 そもそもわたし、名前を誰かに教えてもらったこと、あった……?
 「ん? どしたのエリ」
 「あっ、いいえなんでもっ。ちょっと脚痛いので冷やしてきますね」
 わたしは列から抜け出して、近くの木陰に入った。脚が痛いなんて嘘。わたしたちの脚に痛いなんて感触はそういえばなかった。
 なんだかすべてが曖昧に見える。エリ? エリって名前、わたし? ノーマって名前じゃなかったっけ?
 一生懸命頭を働かせて、仕事に出る前を思い出そうとした。ルームメイトのあの子を確かに名前で呼んでいたし、わたしは一年前ここで女王様から生まれた……言葉にするとそうなのに、どうしてか映像がまったく浮かんでこない。あの子にわたしが惚れこんで一緒に暮らしませんかって言ったことは覚えてるけど、どんなとき、いつ、何月に言った……?
 「うぅー……」
 頭を使うと触角の付け根あたりがびりびりと痛む。あんまり深く考えないほうがいいのかな。考える前に即行動! ってあの子も言ってたし。
 わたしはもう列のなくなった巣の入り口に戻って、入り口のすぐ横の部屋へ。ここはわたしの部屋。アラクネの糸で編んだすだれと、森で見つけた赤い石が目印。これを編んだのはあの子だったかな。手先も器用。

 わたしは部屋に入ってすぐ、端っこにある洗面台に駆け寄って鏡を見た。
 薄いオレンジの目をした、ちょっと幼めの少女。黒い髪はみんなと違う直毛。触角はまだ小さめだけど感度抜群。
 そのまま振り返って、部屋の中を見る。ジャイアントアント秘伝の糊で土を固めて作った楕円形の部屋。決して崩れることはないし、触り心地もいい。
 壁から張り出すようにベッドが二つとラックがいくつか、部屋の真ん中にはくつろぐ用のマットが二枚。天井には火の精霊が入ったランプ。部屋の入り口には最近入った電信機(他の部屋の人と声でやりとりする道具)。隣り合った机にはあの子の私物の本があって、わたしの机の上には蜜の壷が置きっぱなし。ベッドの横には食材を保管できる冷蔵庫がある。水の精霊を使っているらしい。

 わたしはわたしだよね? ここは何年も暮らしたわたしの部屋だよね? どうして確認しようとしたんだろう?
 「……うぅ」
 また頭が痛い。体もすごく疲れてる。わたしはベッドに横になった。最近ちょっと鋭角になったお尻
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