目覚めるとそこは、水の中。……えっ、水?
「――――っ!?」
本を読んでいるとよく開けっ放しになる口を閉じて天を仰ぐ。かなり浅い。私は急いで泳ぎ水上に顔を出す。冷たく張り付く感触が私には新鮮。口の中の水を吐き出す。
「はぁっ……はぁっ……なに。どうして川に?」
あたりは人気のない渓流。こんなところに来た覚えはない。私は寝ていた? 確か教皇院図書室で『魔力論』を読んでいたはず……。やっと順番が回ってきた、ケミー・ウェルズが最初に記した対魔物学のバイブルの一つなのに眠るなんてあり得ない。もちろん手元に本はないし、澄んだ川の中にもない。
「ここは……?」
辺りを見回す。私に植物学の知識があれば良かったのだけど、あたりに自生する植物から場所を判別することは出来ない。
ならばせめて気候で、と手を水上に出す。
「……なに? これ」
蒼い、ヒレのように変質した私の手。水掻きのようにも見える。ぐーぱーぐーぱーとしてみると、私の思い通りに動く。ぬめりとした粘液が手を覆っている。
「こ、これ……魔物……?」
反対の手も同じ。体も。ぴったりと胴に張り付くような衣服を着て、僅かな力で立ち泳ぎする足もそうだ。そして臀部のあたりから、魚類の尾びれのようなものが生えている。それも動かし方など知らないはずなのに、動かせる。
私は、水棲の魔物になった……?
「……魔力との接触? 教皇院の中で……?」
ありえない。最も神聖な場所で魔力なんて。でもどうして、それなら私が魔物になる?
私は、対魔物学の学者志望。高等教育を終えて、やっと入れた教皇院で対魔物学を学び、将来はレスカティエ奪還に行きたいと思っていた。別に魔物に恨みがあるわけじゃない。そうすれば飢えることはなくなるし、家族も良い暮らしが出来る。長女としての務め、かもしれない。
それとも、勉強以外何の才能もなかったから……なんてことかもね。
そんな私は、魔王の代替わりで変質した魔物のことは知っているし、女性は魔力を受けると魔物化することも知っている。
お母さんも友達もしきりに心配していたけど、杞憂だと流していた私が魔物になるなんて。
「……はぁ」
現在のところ、魔物化した女性を元に戻す方法はないし、その実験は枢密院から止められていると聞いた。なら私は…………。
「……そうだ。この姿ならレスカティエに入れる」
なんて皮肉。でも、この姿で堂々とレスカティエを調べ、その資料をまとめて妹のリシュにでも渡せば、名誉賞を賜ることも出来るだろう。
「急がないと、まずそうね」
知識も中途半端、読了していない本もたくさんある。そういった未練は、どうしてかあまり沸かなかった。
私は放浪の学者が記したらしい『魔物図鑑』に触れたことはなかったが、おそらく私のこの姿はサハギンではないだろうかとそれから数時間で断定した。川で主に魚を捕り、男性を川に引きずり込む獰猛な魔物だ。
「私の精神に、特に変わりはないか」
元々男とはあんまり縁がないけれど、別にお父さんや教皇院の先輩のことを思い浮かべても欲情はしない。この魔物化したときの状態をレポートにまとめるのも良いかもしれない。私自身、お金も欲しい。買いたい本はたくさんある。
私は日が沈むまでに、武器と寝床の確保にかかることにした。軍に身を置いたことはまったくないのに、なぜか私は石を削り尖頭器を作り、それで倒木を削って銛を作っていた。サハギンとしての本能? わからない。
銛は私の水かきの手によくなじむ。
「……魚、が食べたい」
間食する習慣があったせいか、私は川に潜り、川底を泳ぐ魚を銛で狩った。水泳は練習したこともないのに、足と尾びれで恐ろしく早く泳げて、とてもきもちいい。癖になりそう。水が夕焼けでキラキラと光る様子がとても美しい。
火はないが、私は生で数匹を食べた。水っぽいが、それがまたいい。
「……川の中のほうがいい」
寝床を森の中に作ろうと思ったけど、どうにも川の中のほうが落ち着く。穏やかな流れに身を任せると、そのまま眠りたくなる。
明日から。明日から、レスカティエへの道を探そう。
そして三日が過ぎる。私はレポートを十枚書けるぐらいにはこの体を知り、このへんの地形を知った。魚がどこに溜まっているかとか、どこから見た空の眺めが綺麗かとか。
大きな森の中で、危険な魔物やエルフなどの亜人種はいない。そして私は海に出ることが出来ない。塩水で体を覆う粘膜が痛んでしまう。
それなら川をさかのぼるしかないとわかってはいるけど、どうにも、元々家や図書室に引きこもり気味だったせいか動く気がしない。
「……きれい」
まだ人間だった頃は意識したこともなかったけど、森は美しい。詩でも書けそうなほどだ。川底に張り
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