目を開けるとそこは知らない天井。わたしみたいな貧困層には一生かかっても買えそうにない精霊の魔法ランプが石造りの天井でゆらゆらと揺れていた。
あれ……寝てたのかな。今、何時? 水汲みに行く時間? それなら早くしないと。
慌てて起き上がってあたりを見回す。そこはわたしの知らない場所。まるでお城の中みたいな石造りの小部屋で、上品な窓と綺麗な陶磁の洗面台、何か見たことがない紋章が壁からかかっている。文字が書かれているけど、読めない。貧民の娘に読めるわけがない。
誘拐された? わたしは真っ先にそう考えた。
『聖都』の膝元といえば聞こえはいいけど、実際はただのスラムなわたしの暮らす町。わたしの友達でも、商人や荒れくれものに誘拐されたって人はいる。わたしもまあ、一応女だから、ありえるのかなと思った。
でもこんなところ、村の近くにあったかしら。外の景色はとてもいい。つまりとても高いところ。それこそ城の中のような。草原全体が絹布のようにさらさらとなびいている。
お城に、誘拐? こんな話、近所のおばさんから聞いたことがある。たまに子どもの出来ない富裕層の商人が、自分の子としてさらうことがある。
わたしは枷があるかを確かめるため、体を見る。
「えっ……?」
わたしはまるで教団の魔法使いが着るような、怪しい服を着ていた。それに手足に枷もなく、ずいぶん作りがいいベッドに寝かされていたらしい。
「ど、どういうこと……?」
誘拐にしては待遇が良すぎるし、そういえば誘拐されるとどうなるんだろう?
体に汗が浮いてくる。わたしがいなくなったら弟のミラは飢え死にしてしまうし、お母さんの病気もますます酷くなる。
慌てていると、背後にあったらしい扉が開いた。
「おお、目を覚ましましたねー。新人さん」
振り返る。金髪の、わたしより年下の小さな女の子がいた。紙芝居のわるい魔法使いのような格好だけど、とても綺麗。貴族のお嬢様みたい。
「あー、自己紹介がまだでしたねー。私はエルミナっていいますー。一応新人さんにいろいろ教える役目なので、よろしくですー」
そのお嬢様エルミナさんはぺこりとおじぎをした。わたしも頭を下げる。
「えっ、あの、ここは一体」
「んー? ここは魔王軍魔術部隊大陸北部キャンプ通称『みずいろ』ですけど、どうしたんですかー?」
魔王軍? 遠征? どういうこと?
「あれれ、もしかして普通の人間ってことはないですよねー? うん、確かに魔力ありますよねー」
エルミナさんがわたしに近寄って、わたしの胸あたりをちっちゃい手で触る。爪も指もまるっこくて、可愛らしい。
こんなちっちゃな人(子?)が、誘拐?
「あのっ、わたし誘拐されたんじゃないんですか?」
「誘拐? えっと、あなたは入隊希望者の、アミさんでまちがいないですよねー?」
わたしの名前は確かにアミ。でも入隊? 教団軍に入ることすら許されない程の貧民なのに?
「うーん、でもバフォメット様がお間違うはずないですよねー。まあ、魔物化による意識混濁ってことにしときますー。じゃあ、キャンプの中回りますから来てくださいー」
「え、ちょ、ちょっと!?」
わたしはエルミナさんに手を引っ張られついていく。
その一瞬、わたしは洗面台の鏡に映った自分を見た。
エルミナさんと歳の近い、黒髪の少女がそこにいた。
部屋の外も豪華な石造りで、お城の中だと思う。柱にかかる灯は全部精霊の入ったものだし、なんだか涼しい風が吹いている。ここで暮らせたらどれ程いいだろう。
わたしはエルミナさんに連れられるがままに、豪華な通路を歩いていた。
魔王軍ってなに? 入隊ってどこに?
さっき部屋に飾っていたのと同じ絵のようなものがあちこちにあって、耳をすますと少女の話し声が聞こえる。先からも、上からも下からも。この絵はもしかすると、何かの紋章なのかもしれない。
「いやー。まさかこんな時期に新人さんなんて、わたしもびっくりですよー。バフォメット様はちょっと気まぐれが過ぎますー。せっかく実験もいい感じに進捗していたのにー」
「実験ってなんですか?」
「あー、これから見せるつもりだったんですけどねー。今は魔力吸引大剣『ロリー・モアELモデル弐型』っていう魔道具の臨床実験してたんですよー。すごいですよー。従来の魔法薬ですと量産が大変なうえ飲んでくれない人が多いですし、弓型は殺傷能力があって危険なので剣にしたんですけどー、万魔殿(パンデモニウム)に隠居した勇者の『聖剣』の技術を応用したらこれがまた高い吸収率を発揮するんですよー。退化率八十五パーセント維持、肉体的な損傷は軽微でバフォメット様からもほめてもらったんですよー」
ぜんっぜんわからない。退化率ってなに?
「あー、それじゃあ見て
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