酒に交われば

その村の北東には木々が生い茂っており、昼なお暗い林の奥には洞窟がある。
そこには鬼が住むと噂され、妖怪に友好的である村人も、そこには滅多に近寄らぬ。
さて、刻は丑三つ、まさしくその洞穴の前に一人の男が立っていた。

「おうい、丑松(うしまつ)、丑松よう。いるんだろうが」

男が声を張り上げた。その声にこたえるように、のそり、のそりと音がして、「丑松」と呼ばれたそれが姿を現す。

「おう、左右助(そうすけ)か。久しぶりだな」

七尺を越える巨躯に赤い肌、虎の皮を身にまとい、天を衝かんばかりに生えた角。
正真正銘の鬼である。

「おう、俺さ。酒でも飲まんかと思うてな」

まるで動じる様子もなく、左右助は持っていた酒瓶を掲げた。
泥まみれの白い着物に身を包んだ姿を見やり、丑松はつっけんどんに言った。

「なんとまあ、ひどい格好だ。大人しく寝ておれんのか」
「ふ、ふふ……せっかく抜け出してきたのだ。そう邪険にしてくれるなよ」
「まあ、良いさ。上がれ、上がれ」

洞窟の中央には火が焚かれ、それを取り囲むように猪の皮が敷かれており、辺りには酒瓶や動物の骨が散乱している。
左右助曰く、
ーー「まさしく、鬼の住み処」
であった。

「相も変わらず、汚いところだなあ」

苦笑しながら、左右助がこぼした。

「やかましい、散らかっているだけで、汚れてはいない」
「ふ、ふふ……」

よっこらせ、と腰を下ろし、手近な杯を拾い、酒を注ぐ。

「どれ、お主も」
「あたしは、それから飲みたい」

左右助の持っている酒瓶を指差す。

「ばかを申すな。俺だって飲みたいのだ」
「……けち」

しぶしぶと杯を取り出す。それでも、左右助の持っている物の五倍はあろうかという、巨大な器である。

「それで良いのだ。さ、出せい」
「ん」

左右助がとくり、とくりと注いだ酒を、ごくり、ごくりと豪快に飲み干す。
普段、口の減らない左右助も、このときばかりは穏やかに見守る。
たった二人の酒宴は、常に静かなものであった。

そうして、一刻(約二時間)ほどたった頃、唐突に左右助が切り出した。

「なあ、なあ、ちょいとほれ、正座をしてみんか」
「なにをいきなり」
「まあ、頼む」

両手を合わせる左右助に半ばあきれながら、丑松はしぶしぶと胡座を崩し、座り直した。
鬼が正座をする。中々に新鮮な光景である。

「で、こんなかしこまった格好をさせて、何をするつもりだ」
「よっ、と」

ごろり、と左右助が身体を横たえ、その頭を丑松の太股の上に乗せた。
いわゆる、膝枕である。

「な、なにを」
「一度、やってみたかったのだよ。ふ、ふふ……お主、中々良いものを持っておるではないか」
「この……」

鬼の太股をさすりさすり、やや下卑た笑みを浮かべる左右助に一発お見舞いしてやろうと拳を握りしめる。

「……お主は、温かいな」

が、この一言に力が抜けたのか、拳を緩め、その手で左右助の頭を撫でながら、尋ねた。

「……いつ、死んだんだ」

左右助は、再び穏やかな笑みへと表情を変えた。

「さあて、結構経つかな。ちょいと、川辺で足を滑らせてな」
「間抜けにすぎる」
「まあ、そう言うなって」

会話が途切れる。
左右助の耳に入り込もうとしていた蛆をつまみ出しながら、丑松が沈黙を破った。

「しかし、どうやって」
「お主に、今生の暇乞いをしていなかったのを思い出してな、閻魔さまを張り倒して戻ってきたというわけよ」
「もしそれが本当なら、向こうに戻ったら地獄行きだな」
「地獄で、お主を待つのも悪くはないさ」
「ばか」
「ふ、ふふ……」

再びの静寂。
ぱち、ぱち、と焚き火の燃える音だけが漂う。

「なあ、丑松よう」

左右助が、次の沈黙を破った。

「お主は、俺を好いてくれていたかい」
「……なにをいきなり」
「まあまあ、正直なところを頼むよ」
「……そりゃあ、好きさ」
「どのくらい」
「お前の子を欲しいと思うぐらいには、ね」
「ふ、ふふ……これは嬉しい。だが、俺の金時はもう役に立たなんだよ。ねずみか、もぐらか、食い散らかしていきおった」
「はっはっ……なんとも、間抜けなことだ。お前らしいと言えばお前らしい」

左右助がそっと手を伸ばし、丑松の頬を撫でる。
ひんやりとした感触が、酒で火照った肌に心地よかった。

「……丑松よう」
「なんだ」
「俺も、お主が好きだ」
「……ありがとうよ」

声が、少し、震えていた。

「……生きているうちに、聞きたかった」
「すまんな。だが、俺もだよ」
「すまん」

いつの間にか、外が明るみ始めていた。
よっこらせ、と左右助が身体を起こす。

「さあて、そろそろ戻るとするよ」

軽く伸びをして、丑松の方に向き直る。

「……」
「ふ、ふふ……『鬼の目にも涙』というやつだな」
「や
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