閉鎖システムの余談




【閉鎖システムの余談】



 校長室。
 向き合う二人の女性は、唾を飛ばさんばかりの剣幕で怒鳴り合っていた。
「教師にしてくれって頼みこんできたから仕方なく採用したら生徒に手を出すってどんだけビッチよこのクソ女!」
「うっせぇババァ!こっちがいい男ひっ捕まえたから羨ましいだけだろーでしょーが!どんなに欲しがってもやらんぞ!私の男だからな!」
「な!?そんなわけないでしょ!まさかそれで教師勤まると思ってんの!解雇するわよ解雇!」
「知らないわよそんなこと!こっちだって突っ込んだりなんやかんやを我慢して健全な生活してたのよ!性欲全開で男とやってたアンタがそんくらいで騒ぐんじゃないっつーの!」
「やたら偏見に満ちた物言いはやめなさい!とにかく!彼を離して!話はそれからよ!」
「嫌よ!こちとら跨られたり首輪付けたり既にされてんのよ!離れられない宿命なのよ!」
「なっ!?この女は健全な生活だの言っていた傍から!」
騒ぐ二人の傍。片方の女性に抱えられていた青年。 
 その掌が。
 衝撃波を発するのではないかという勢いでテーブルへ叩きつけられた。
 二人の剣幕がぴたりと停止する。
 少年、もしくは青年と呼ばれる年齢の彼がソファーから立ちあがり、同時にその拳を振りかぶっていた。
「え?」
若い女性の脳天に拳が突き刺さった。衝撃に額をテーブルへ打ち付けた彼女の沈黙を確認し、青年は座り直した。
「少し、別の話をしても?」
「え、えぇ」
中肉中背、細目に短髪。これといった外見的特徴のない青年。
「貴方も、魔物で?」
ともすれば病院に相談されかねない単語を前に、校長という役職のイメージに反した若々しい女性が溜め息を吐く。
「そうよ」
春。
 始まったばかりの高校生活は、既に安穏たる日々から離れていきつつあった。


 人気のない放課後の図書室。
 白い肌、結い上げて束ねた銀に近い灰色の髪、身長は180cm前後、体重は頭一つ分小さい隣の青年と同じ程か、それ以上はあるだろう。
「それで、何故そんな本を?」
「・・・今更、口調を取り繕ってないか、お前」
 塊、そうとしか表現のしようのない不定形の物体が視界の端で揺れる。胸部の微かな縦揺れに青年の脳内で危険信号が発され、情動やら性欲やらと呼ばれるシグナルが強制停止される。
 童貞だから童貞だし童貞なものだからとしか表現のしようもない青年は、深い溜め息と共にバイト雑誌を閉じた。
 細目に墨色の短髪、凡百の外見でありながら妙に達観した雰囲気を備えた男子高校生こと杵島 法一(きしま ほういち)。
 異国の風貌が眩しい妙齢の美女ことドラゴン種、巽・カンジナバル・夜子(たつみ かんじなばる やこ)。
「それで、カンジナバル、なんでこんな所に?」
場所ではなく時間軸と世界を意味する短い単語。
 彼女はこの世界とは違う世界の軸で生を受け、本来ならこの場に居るはずもない存在である。
 同時、彼もまた本来であれば三年後の世界の存在でありながら、記憶を持ちえたまま三年前の身体の中へ、異能を持ちえたまま落ち着いている。
 彼らの出会いを語るには三年後にして時空という定義からかけ離れた説明にすら困るシステム化された殺し合いについて述べる必要が発生するが、それらは既に事象の彼方である。彼らであれ、あれが何であったかを説明する術はない。
「まぁ、すっげぇめんどクサい事言うけど、つっこまないでね?」
「解った。約束しよう」
同意した法一は、懐から取り出した近隣スーパーのチラシにマークしていく。卵29円に丸く円を描いていると、その頭をカンジナバルが掴んだ。
「ざ、く、ろ、に、なりたい、のかなー?」
「痛い。マジで痛い。かなり痛い」
溜め息。カンジナバルが手を放す。
「ホウイチ、明るくなったよね」
「まぁ、合法的に人生がやりなおせたからな。正直に言えば心が軽くなった」
チラシを懐にしまった法一は、気の抜けた様子でふらふらと手を振る。
「アルタイレフの箱庭。ボードの名で呼ばれていた世界の名前」
突然の言葉。思わず顔を上げる。
「大昔の王様が悪神を封じる為に造り出したものだったらしいけどね」
最初期のシステムは、英雄と呼ばれる存在が、封じられた悪神を少しずつ削り、いつか討ち倒す為の檻だった。
 魔力の供給は当初、その王が一人で行っていたらしい。
 小国の主でありながら数々の遺物を残し、一部の者からは称賛と畏怖をこめて名を呼ばれていたらしい王、その名をアルタイレフ。
 その後、誰も発見できなかった王の墳墓が山そのものの崩壊によって見つかる。崩壊の引き金となったのは一人の東方移民。
 崩壊した土砂の中から、幾つかの遺物が発見された。
 その一つがアルタイレフの箱庭だったという。
「それからとある異端審問会が処刑具に改造したのが、このシステムの
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