閉鎖システムの街





【閉鎖システムの街】



18歳。煙草と酒はまだだが、幾つかの規制が緩くなる歳。
「彼女欲しいなぁ」
心底な、そして疲れ切った声で行われた心情の吐露。
「それ、女に跨った格好で言う台詞?」
無線機越しのような篭った声。しかし、それが女性の声なのは確か。
「女、つっても」
手元の手綱を引く。繋がる先は首輪。
「お前、爬虫類じゃん」
「ドラゴンだっつーの!」
銀の竜鱗が美しい全長3m、四肢が達し、前傾の二足歩行を行う龍が話し相手。
 一人と一体。
 逃避行どころか、今まさに。
 殺し合いの最中に居た。


 高校最後の夏休み。仲間内の集まりでゲーム談義などを長々とやった帰り道。
 高架線下、電柱に寄りかかるように倒れた人間の破れたもの。
 モツが地面を汚す。
 汚れ、穢れ、そういった忌避を抱かせるのは、赤黒く広がる液体と鉄の臭い。生々しく温かく、そして機能を失った臓器。
 生々しく、そして冷夏の夜に湯気すら発した光景を前に、初めに連想したのは精肉店であり、額に滲む汗は本能的な忌避感を伴ってのものだった。
 恐怖。
 原始的であり、最も強い嫌悪感。どうしようもない震えと共に、手にしていた携帯を通話モードに切り替える。
 1と0の繰り返しすら二度間違いながらも、警察へ電話しようとして反応を待つ。
 接続音すらせず、呼び出し音すらしない。
 圏外の文字に舌打ちすると、慌てて踵を返す。
 鼻先に何かが掠めた。
 痛みと共に仰け反った瞬間、頭上から何かが振り下ろされる。
 死ぬのだと。
 頭蓋を突き抜けた衝撃と共に、自分の最期を悔いていた。


 眼が覚めた途端に怖気と寒気。
 巨大な存在、何かに全身を注視されたかの絶大な恐怖感を打ち払いながら跳び起きる。
「・・・なんでか生きてるな」
安堵と共に息を吐き出す。
 頭痛に顔をしかめ、それが打撲によるものだと思い出した。
 全身を確かめる。記憶を思い出す。
 まだ生きているのかと嘆いたが、まだ生きていられるのだと苦く笑う。
 腕時計を確認するも、何故か針は動いていなかった。メタルバンドの重たい腕時計は、まるで枷のように重い。
 頭の中身があまりに渾然としていると、ぼんやりと反芻するよう思考を繰り返す。
 眠っていたベッドから身体を起こす。
 名前、日付、時間。
 それぞれを一つずつ確認していく。
「名前・・・」
「カンジナバル」
「歳は・・・」
「180歳」
「今日は・・・」
「月齢だと小望月と呼ぶ時節らしい」
答える言葉が何処から発されているのか。
 それを考える暇もなく、何か大きな存在が身体を起こしていた。
 銀鱗が蛍光灯の明かりに反射する。
 発達した四肢。
 蜥蜴とは次元の違う容貌。鋭く、それでいて美しい爬虫類の鼻先が、目の前まで迫ってくる。
 全長2m〜3mという巨躯をした相手は、さも退屈そうにこちらを睥睨していた。
「で、お前なんて生き物?」
「え、魔物だけど?」
嫌そうな顔と、心底疲れた様子の顔。
 同時に溜め息を吐き出すと、互いに双方の顔と向かい合った。
 一人は青年。
 そう大柄ではない、中肉中背。顔立ちは凡庸。鼻の付け根に傷があり、細い眼をしていることを除けば外見的特徴すらない。格好もジーンズに黒のTシャツをした短髪。
 一体は爬虫類。
 大柄。長く肉厚な手足、指は物を掴めるほどの自由度を有し、2m以上、下手をすれば3mはある体格に皮膜による翼を備え、顎には牙が並ぶ。
 どう見ても架空の生物としか思えなかった。
「なぁ、あんた、いやあなたは男、女?」
「女よ。それもとびきりの。どこ見て判断・・・」
空白。間隙。
「あれ!?私ってば龍だ!人の形してない!?」
脱力してベッドの上に崩れ落ちた青年の傍から、何か紙が落ちてくる。
 元々はベッドの上に置いてあったのだろうが、その紙には一文のみをタイトルとして記されていた。
『契約書』と。


 ドラゴン。
 異世界と呼ばれる場所において、最上位に位置する種族、らしい。時には魔物を統べる魔王と同格とされることすらあり、その多大なる魔力と肉体的素養は多種族を大きく凌駕する。
 しかし、その強さが脅威として人間に捉えられて以降、対龍装備や魔術式の開発により、龍の天敵は人とも評されているという。龍と人が対立した歴史は古代の更に古代まで遡り、遺跡から強力な龍殺しの武器が発掘されることも。
「じゃあ弱いのか? 龍」
「普通は負けないけど、龍にだって逃れられないものはあるし」
「例えば?」
「ギャザ、つまり禁忌」
「近畿?」
要約すると、禁忌(ギャザ)とは、カンジナバルのような種族や文化のものが持つ制約や契約の類と説明。
 魔術式の代償や能力、種族自体の持ちえた力の代価であり、時に文化の根幹たるものと密接に関係している。
 宗教における
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