不良農民と森の乙女

【不良農民と森の乙女】

 父が死んだ。葬儀は村の規模に見合ったつつましいもので、残された兄と二人、木製の棺桶を見る。
 父の故郷の風習である火葬を長に頼んではみた。
『肉の焼ける匂いに魔物が寄る』
世知辛い。
 その次の日。
『このまま村に残るなんて御免だ』
そう言い残し、兄は父の遺品である槍を手に、街の自警団へ志願する事を言い残し、村を出て行った。
 本当に世知辛い。
 残された自分は、家名であるタクラと乾いた畑を継ぎ、ヤマ・タクラの名前と共に、村へ残る事にした。
 寂寥感はある。だがしかし。
 自分がいなければ、父の墓、母の墓は荒れるだろう。
 自分がいなければ、兄は帰る家を無くすだろう。
「今日も無事に眠れますように」
 父と母に願う。神はとうの昔に捨てた。母も救ってくれなかったからだ。
 並ぶ二つの墓へ花を供え、俺は立ち上がった。



 風来坊。父にしろ、兄にしろ、自分にしろ、そういった言葉で語った方がしっくりくる。父は元冒険者で旅人、兄は兄で、年の半分を旅で過ごすような人間であった。かくいう自分も、農作業より森での伐採や採集の方が性に合っていた。
 二人と自分の違いがあるとすれば、人生の伴侶に『本』は選んだ事だろう。
 知識が欲しければ人に請わず街の古い蔵書を探し、技術が欲しければ本を片手に森へ踏み行った。
 幸いにも、父は学識と呼べるほどの知恵はなかったが識字が可能であった。共通語を覚えれば、農業に熱心でない父に手伝いを頼まれる事もなかったので、街の老人へ教えを請い、退役軍人に過去の遍歴を尋ねた。話を聞く、という行為も、存外に嫌いではなかった。
 その結果。生前の父には。
『お前は説教臭く育ったなぁ』
と愚痴られ。
 兄には。
『お前は逆子だったな』
と不意に漏らされた。真意は問わなかった。
 要するに少しばかり偏屈になってしまったのだ。
「これで・・・」
擂り鉢で擦っていた硝石と硫黄を丹念に混ぜ、竈に残っていた炭も粉末状にして加える。
 最近、土地の乾きに違和感があった。畑は雨が降らなければあと三日ともたないだろう。
 その原因を探りに森の奥、水源となる山裾へ向かおうと思っていたら、獣道が二抱えはありそうな落石に塞がれていた。運命とやらは、そんなに人を飢え死にさせたいのだろうか。
 家畜のいない貧乏農民の悲哀に溜め息を吐きながら、残り少ない粉で練ったパンを齧る。かちかちと歯に触れる硬い感触に辟易しながら、ついに保存食があと数日分しかない事を思い出す。
「増えたのは独り言だけか」
溜め息と幸運はどこにでも漏れていく。
 父の遺品である槍、はもうないので、古びた直刀(攻撃力+12)を腰に帯びる。得手は手斧であるが、その刃にも皹が入った。
 鍛冶屋は先月死に、跡を継ぐ為に息子が帰ってきている途中らしい。故に研ぎにも出せない。街へ行くという手段があっても旅費はない。
 このままだと自分も父と鍛冶屋の仲間入りだろう。
「世知辛い」
父の残した酒を一口含むと、喉を濡らすように嚥下した。水までもうない。
「行くか」
作業をしていた粉末を幾つかに分けて布で包み、油にひたしておいた麻縄を縛り口から覗かせた形で縛る。
 本が一冊、残りの保存食、果物の醗酵酒が一瓶、小さな荷物が幾つか。
 かくして。
 自分は、仮初の冒険者とならねばならなくなっていた。


 森とは深淵である。
 生い茂る樹木、潜む獣、蠢く魔物。
 最近では魔物の女性化という現象が起きてもいるようだが、さほどいい噂は聞かない。
 女性化、言い換えれば知性化とも変換できるが、結局は魔物である。性根というものは変わるものではないだろう。
 魔性というものだ。
「・・・っはー」
 青臭い思考の間にも、汗は滝のように流れる。緑に覆われた湿度の高い森の中は、ひたすらに人を拒むようだ。
 かれこれ半時間。防御力にて現わすのであれば+12程度の革のジャケットの隠し、持っていた懐中時計の盤面を確認する。この洒落たものは、母の形見である。
 古くは良家の子女であったとも言われる母であるが、今となっては自身の祖父母となる人を探す事も叶わないだろう。
 十数年を経て錆1つない時計を胸にしまう。兄も、母の形見である首飾りをまだ大事にしてくれているのだろうか。
 兄が懐中時計を欲しがらなかった理由は何だったか。
 樹の蔦を頼りに斜面を下っている間に考える。
「あぁ、そうだった」
ふらふらと時計を振る幼い兄。
『これ、何?』
・・・兄が時計という存在を知るのは、その数年後であった。
 過酷ではあるものの、落石によって塞がれた山裾へ踏み込む為の唯一である道。
 迷わず布袋を岩の側面へ設置し、火打ち石を鳴らした。
 逃走。
 爆発という巨大な音。
 バランスを崩し、転げ落ちていく岩を横目に、耳の
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