狩人と黒い翼の闘争

【狩人と黒い翼の闘争】

 騎馬の上から獲物を狙い打つ。騎乗を主観においた短弓は風のように宙を駆け、叢の中、反応の遅れた狐に突き立った。
平たい背骨をもつ西南の大黒馬は、波打つほどの毛をもった大型の馬である。気性の荒さから騎乗には向かぬとされているが、並の馬を凌駕する速度は大陸でも一、二を争うほどとされる。
 その背から軽やかに降りた青年は、馬に吊るした獲物の中に狐を加える。今日は大猟だった。
 その大猟の中、腰に携えた片刃の剣を触る。東方拵え、塗りの鮮やかな品を譲り受けたのも、大きな獲物を勝ち得た日だったと。


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 大陸の北東、氷に覆われた北国の山脈を前に広がる平原には、多くの魔物の他に、平原部族が暮らしている。その中の若者、まだ14となったばかりの少年は、乗り慣れぬ大黒馬の上で格闘していた。
「ぐっ、負けて、たまるか!」
大黒馬の巨躯にしがみつき、意地でも離そうとしない少年。痩せた四肢からは想像できない膂力が馬の手綱を握り締め、頬に傷のある未成熟な顔は、若い鷹を思わす精悍なものだ。
 ほとんど半狂乱となった馬の方も暴れ続けるが、その体力もついには尽きた。呼吸を荒げて膝を付いた大黒馬から、喜色満面の少年が地面へ降り立つ。
「父さん!これでこの馬は僕のだ!」
髭を撫でる壮年の男も破顔一笑し、大きく頷く。周囲からの歓声と共に市から離れた父と子は、屈服させた大黒馬を連れ、彼等が集落へ戻っていった。
「オセ、お前もこれで成人だ。自分で佳く決め、自分で佳く生きろ」
「勿論だ。父さんやお爺様を見習い、正しく生きていこう」
オセと呼ばれた少年達の前、道を歩いている人影が見える。眼の良い二人が寸前まで気付けなかったのも奇妙だが、振り返った男の装束もこの周辺では見慣れぬものだった。
 東方装束、開いた袖と裾のある格好をした歳の頃を二十代前後の青年。暗い目がやけに印象的だが、その身体は歳の割に小柄だった。
 手にした鉄棍で肩を叩いた青年は、頭を僅かに下げ、道を知りたいと声をかけた。
「旅人を歓待するのは我らが掟でな。是非、家に寄っていってくれ」
そう歓迎した父に、青年はシェロウと名乗っていた。

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旅人の歓迎は、未だ遊牧の民が多い平原部族にとって血が赤いことと同じほどの常識。酒を振舞い、山羊を潰し、一人の青年を歓迎して宴が開かれる。乳白色をした強い酒にむせた青年は、多弁でこそないものの、旅をしてきた場所や過去の経験を請われ
るままに語っていく。短くまとめられた言葉は、まるで詩人のそれのように鮮やかな情景をオセ達に想像させた。
「錬金術師の都は、機械の馬車が馬もなく走る。ただ、機械の馬車は臭い息を吐き、油を酒のように呷る」
「女については、いい思い出はない。随分と昔、手痛い別れがあって以来の縁はない」
しばらく話していたシェロウが酒に酔ったと席を立った時にオセが誘い、二人はオセの部屋へと引き上げた。
「助かった。酒はあまり呑めなくてな」
そう口にして床に座ったシェロウと向き合い、オセが座る。宴の席から持ち出した茶を渡すと、甘い液体を一気に飲み干した。
「これから何処に?」
「北の山脈を目指している」
彼が言うには、ここより北に、遥か古代の遺跡が存在するかもしれないという。自分は、そういった文明を研究する盗掘屋だと短く呟いた。
 しかし、北への道は秋の増水で氾濫した川に沈み、しばらくは使えない。逗留を申し出たシェロウに、オセ達は快く応じ、彼とオセは、半月ほどを一緒に過ごした。
 オセは彼に、獣の射ち方、獲物の付け方、風の予測や、天気の変わり目を教えた。代わりにシェロウは、幾つかのまじないや魔術、剣の心得を教えた。その剣の教えをしていた時、彼は短く空を見上げると、飛び去る鳥の影を眼で追い、不思議そうに呟きを漏らしていた。
「ハーピーか」
美しい翼に眼が奪われる。
 素晴らしい四肢に心臓が波打った。
 その姿は、あまりに美しいものとしてオセの眼には映った。
 慌てて視線を逸らしたオセは、素っ気ない言葉を続けた。
「珍しくもないとは思うけど?」
「一人、というのが腑に落ちなくてな。もしまた見かける事があれば、気をつけた方がいい」
シェロウが唯一口にした忠告は、オセの記憶に、不思議なほど残った。


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 別れの日、彼は礼とともに脇に差していた片刃の東方剣をオセへ渡した。
 今まで世話になったと初めて笑った彼は、そのまま北への道に去る。じきに丘陵を越えて彼の背中も見えなくなると、寂しさも感じはしたものの、腰に残された片刃の剣は重く、彼の教えを語っているようだった。
 大黒馬に跨ったオセは、前を真っ直
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