前回まで。
戦争は絶えた事はなく、幾人もの王が覇権を争い国を切り分け続けたことから諸王領と呼ばれた地域で石工を行う男、タンゼン・コクトー。
彼の作品のモデルとなった少女に惚れ込み、彼女の元までの案内を頼んだイブサリム・ローラン・ホープは、その彼女、領主の娘が魔物であることを知らず、計測不能の速度でコンバインとかジョルト的な行為をかまされてしまう。
それに怒ったのが彼の実家。家名の恥を注ぐ機会であると同時に、厄介事となっていた領地での魔物騒ぎへの打開の為、ホープに加え、タンゼンまでもが当事者として駆り出される事に。
その上、領地では魔物退治を名目に組織された私設兵団を組織するホープの従姉、イブサリム・セアック・ヴァーミリア嬢による妨害まで加えられ、事態は悪化の一途を辿っていた。
領内での軍備増強の為に事態の沈静を望んでいないヴァーミリア嬢。
領内での騒ぎを収めないと帰れないホープとタンゼン。
更には、未だ姿の見えない周辺への襲撃を繰り返す魔物集団。
汚れた前掛けに鑿や長柄のトンカチを腰に、痩身には筋肉、刈った灰色の髪、渋面の似合う十代の終わりといった年齢の男、石工のタンゼンは、随分と前から嫌気に顔を曇らせていた。
対する身なりのいい若者で、眼鏡の蔓には金の刻印まで入り、上着に白のトーガ。手には長い金属製のロッドを携えた優男。流れる金髪の先端を束ねたホープは、愛想笑いで対応している。
山賊をあしらって半日。
目的地であるカンツァネの森を前に、タンゼン達は休憩していた。
場所は果樹園の成功で儲かっているという農村。
木々に実った見覚えのない丸く熟れた果実が揺れ、甘い匂いが風に乗って届く。
宿屋はなかったが、果実の売買を行う商人達が逗留する為の小屋を借りることとなった。
「敵の戦力は?」
「えーっと、少なくとも弓使いと魔術師がそれぞれ。あと、刀剣で武装した奴も何人か。総数は不明ってな話だったような」
「危険だな。それを二人で?」
「いや、交渉、するんですよね? するだけですよね?」
「弓使いは黙らせろ。こちらは前衛を倒す」
「交渉は!? 最初から殴り合い!?」
「三人までなら相手にできる。その間に詠唱を終わらせろ」
「交渉しましょうよ!?」
「まぁ、それは後で考える事にしよう。客だ」
軽いノックの音。騒いでいる事を咎められるのかと、ホープは慌てて戸口に出た。
「あの、すみません」
「あぁ、どうも。何か御用で?」
即座に発揮される愛想と笑顔。こういった対応に如歳ない点だけはタンゼンも認めていた。しかし、言ったところで他に認めるところもあったでしょうという反論を受けそうだが。
「ごはんはどうされますか?」
背を丸めた女性は、葉のついた服をはたきながら喋っている。
農村で働く老夫婦唯一の息女で、名前は確かシャルロット。日に焼けた肌を麦藁帽子で隠し、こちらの反応をちらちらと伺っていた。
彼女の両親から借り受けたのが逗留用の小屋で、少ないとはいえ宿代を払うと言ったところ、彼等の好意で食事まで提供してくれることとなった。
「いや、そちらに合わす。気を遣わせてすまない」
「い、いえ! そんな、気にしないでください!」
大げさに反応する彼女に対し、後ろから答えたタンゼンは薄く笑う。
途端に汗一つかいてなかった顔を真っ赤にしたシャルロットは慌てて一礼し、足早に駆け去ってしまった。
「タンゼンさんも女ったらしですな。くぬ」
肘でこちらをつつくホープを払い除け、タンゼンは鞘に下げていた長柄の金槌を抜き、ゆっくりとした動きで立ち上がる。何処に居ても勤勉な人だと思う。
「さて、それではさっさと済ますか。歩いて行くくらいが丁度いい頃合だろう」
「え? まさか」
ホープの笑顔が引きつる。
どうにかして考え直してもらえないかと考えたものの、途中で残念そうに諦めるまでの課程が傍目にも解った。
「………短い付き合いだったなぁ。僕のジャック」
「下半身の部品に名前を付けるな。阿呆らしい」
「別れくらい惜しみますよ! 大事な『相棒』だったのに!」
「まぁ、そう簡単に諦めるな。俺の考えが正しければ」
荷物を降ろし、身軽な様子となったタンゼンは、小屋を出ながら告げる。
「腹黒い貴族より、魔物の方が話が通じるだろうさ」
大型の輸送車両は蒸気釜の余熱が満たされたことで走り出す。吹き出した白い蒸気によって加速していく車体は、豪奢な車内に座る令嬢をゆったりと揺らした。
ビロード張りの座席に、巨大な室内灯。華美ではあるが機能性も備えており、持ち主の性格をよく現している。
公国学術領で試験的に運用していたものを買い取ったのだが、駿馬数十頭より余程安定した働きをする自身の買い物に満足げに吐息を漏らしたヴァーミリオン嬢は、整った柳眉を寄せ不快そう
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