月光を背に、夜の街は高層ビルの前を占拠する集団。
「お前らの好きなものはなんだ!?」
『男! 男! 男! 男! 男! 男ぉぉぉぉぉ!』
「僕の敵は組織だ! お前らの敵は誰だ!?」
『嫁! 妻! 娘! Rぁぁぁる財団!』
「構えろ! 進め! 突撃だ!」
『逃すな! 叩け! 吶喊だ!』
「がんほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
『ガンホォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
雄叫びと共に。
青い装甲の改造人間を先頭に。
魔物の女性達はバーゲン会場よりも大勢。
そのままビルへ突進する瞬間の喚声は、地鳴りの如く響き渡った。
その一日前。
ベッドから起き上がったばかりの俺は、時刻を時計で確認していた。
手術室の壁、無機質なデジタル表示の時計は21時を示している。そこから視線を移すと、隈のある顔で博士がコーヒーを啜っていた。
起き上がるまでの経過を確かめていたのか、それとも、こちらを慮っての行動か。
よく見ると、ベッドの傍にクユが寝ていた。敷物代わりにか、ハンカチが身体の下に敷かれている。
彼女も、怪人さえ倒せば。
怪人を倒せば。
ふと思いついた疑問について、視線の合った先、コーヒーカップを置いた博士に尋ねる。
「パイプラインによる流入現象は距離によって増減するのだろうか」
「起きた早々に元気なこったな。答えはイエスだ。影響が大きければ後遺症も大きい。実証実験によると、思考能力の低下や、身体機能の低下などが見られる」
「例えば?」
「動作、行動、思考、この三つかな。パイプラインによる魔力流出が多過ぎれば、発熱や言語障害、血行障害、五感の減衰などの悪影響が出る。もっと酷くなれば昏睡するだろうな。魔力ってのは、魔物達の活力、生命エネルギーに直結しているはずだからな」
「怪人を倒す意外に止める方法は?」
「そりゃ、パイプライン術式を支えている機械的な魔術式の実行装置を壊せば殺さなくても止まる。魔力がなけれ身動きにすら支障が出る」
「効率的にそれを行うには?」
「………お前、何をするつもりだ?」
その問いには答えなかった。
術後の状態確認後、博士から解放された。
触診とはいえ男に身体を触られる気色の悪さは我慢するにしろ、その検分するような視線がきつい。
「世話になりました」
服を纏うとずっしりとした全身の疲労感に溜め息を吐く。少なくとも今日はもう動けそうにない。
しかし、 重いながらも身体には油がさされたような充足があり、これなら、動くようにさえなれば目的は果たせるだろう。
「いや、まぁ、うん。それはいいが」
言葉を濁し、博士は空になったコーヒーカップへ視線を逃がす。
「一つ、聞かせて欲しい」
「ん?」
「お前は、俺の事を怨まないのか?」
「………正直な話だと、その件にはそこまで関心もない、かな」
「なにそれひどい。俺に興味ないとか存在すらどうでもいいとか」
「そこまで言ってないが。あとは」
「あとは?」
「僕は、貴方の言葉や、考え方のおかげで救われた部分が、あると思うから」
「………ありがとう」
「うわ、きも」
「もう少しオブラードに包めないかな!?」
その言葉は却下した。
苦笑いの博士に手を振り、手術室を辞す。
自分は外の空気を吸いたくなり、施設を出ると、空には星空が広がっていた。
歩くたびに身体が軋むように痛かったが、目覚めて仰いだ夜の光景は、どこか透き通っているようにさえ見えた。
未だ戻らない記憶、手から零れ落ちた命。
だが、それでもまだ、援けたいと願う人は残っている。
深く深呼吸すると、夜気の冷たさが臓腑の中に染み込んでくるようであった。
夏ももう終わり。そして、彼女達とも。
欠けた月の形を眺め、その悲しさを拭えるかは考えないように踵を返すと、足元に紙の束が落ちていた。
外では月明かりしかないが、こちらは改造人間であり、瞳孔の操作さえすれば問題なく読めた。
それは、シャンヤトの過去。
内容に驚いていると、どこからか聞こえた綺麗な旋律を耳が捉えた。
それは歌、そして澄んで響く鳴き声。
その聞き覚えのある声がシャンヤトであると気付くと同時、音の方向を耳で探る。残響を拾い、音源探知によって位置を特定するまで数秒。
残されていた資料に刻まれた握り締めた痕を不審にも思わず、手の中からそれを投げ捨てると、僕は夜の林の中へ、一気に駆け出していた。
ここまで届く声量、その意味を悟りながら。
シャンヤト・アクナス。
生まれは南海領と南方領の国境沿いにある漁村で、幼年期から成熟までを同じ土地で平和に過ごす。
その後、少女から女性へと成長していく中、諸王領に住む同じ種族の者からの紹介によって学術公国領で商会に勤めることに。
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