【狂戦士と双角の上官】
平地を行軍していた一個師団がその足を止める。警戒に周囲を見回す偵察兵のラッパが高々と鳴り、土煙と共に各兵が抜剣から一列横隊を基本とした陣形へと変化。その様子にも戸惑う事はなく、崖から駆け下りた兵が、高々と名乗りを挙げた。
「我等は南方領が一軍、第一猟兵小隊!」
両手に片手持ちの戦斧、全身には刺青として刻まれた魔術式、上半身を革の胴巻きだけで固め、額当てには魔神の名前。その姿に軍列が乱れ、畏怖と恐怖の叫びが何処からともなく漏れる。心臓を鷲掴みにする咆哮の中、彼等の刺青が鬼火を思わす青白い輝きに揺れた。
「逃げろ・・・!逃げろ!」
ベルセルク、バーサーカー、ベーオウルフ、それらの名で呼ばれる戦場の悪鬼が舞い踊る。血風と共に肉と血が破砕の嵐に散り、臓物から飛び散る胃液や腸液の臭いが、血臭に混じり、さながら地獄の悪臭としてまだ生きる者達に絶望を植えつける。
「狂戦士だ!」
魔術の爆炎と剣戟の中、叫んだ男もまた、斧の鈍い刃に頭頂から両断された。
――――――――――――――――――――――――
戦塵に荒れる南方領と南海領の境界線。親魔物領と魔物廃絶領というだけでなく、海岸線の交易権を目的とした戦乱は、互いの玉座を遥かに離れ、誰もが噂でしか知る事のない領土の境界線上、遠い僻地で繰り返されている。
砂と荒野。農耕地に為り得なかった国の最果て。駐屯地を中心とした街を除けば、南方領と南海領を隔てる数箇所の砦しかない。しかし、海流の影響で大規模な海軍の展開ができない両者にとって、この境界線からの移動が、唯一の交通手段とされている。
そんな中、最大規模である中央駐屯地も、本来ならば地味で味気ない軍の拠点のはずだったが、とある理由から奇妙な発展をしていた。近くに狩場があるという事で、冒険者や傭兵の滞在地として繁栄してしまった事が原因である。今では娼館や行商人を中心とした商店街が盛り上がっている。
そういった様々な人種の集まる酒場の一つに、刺青で身体を覆った異様な集団が居た。南方領の中核、第一猟兵小隊は、構成人員である『狂戦士』の名を冠した狂戦士小隊という名の方が知られている。砂漠の民の精霊憑依法と西方魔術によって補完された東方の古代技法『狂化《ヒトツゴ》』は、その身に限られた時間だけ一騎当千の力を与える。
「今日、運ばれたのは?」
四十代半ばの巨漢、隊長であるラムダの問いに副長であるミノタウロスの女傑、セシルが応えた。
「オーラム、ベヨネッタ、アレンの三人。炎系の魔術で重度の火傷」
「前線に煉獄の魔術師が出てきたか。新入りは?」
「なんとか無事です」
長身の青年が手を挙げる。こちらは二十歳前後、乱雑な白銀の髪に返り血の色が混ざったまま、搾り滓の浮かぶ安い葡萄酒を呑んでいた。扁平な顔立ちの中、細眼だけが特徴で、刺青さえなければさほど印象にも残らないだろう外見が、どうにもこの場にはそぐわない。
「報酬はここで手渡す。以後、明日早朝の集合まで解散。以上だ」
ラムダの言葉と共に、皆がそれぞれに散っていく。血を流したものは治療に、精力の残っているものはその処理に娼婦や男娼を買いに。荒々しい獣性の代償の一つであるが、これは瑣末な要素でしかない。貨幣の詰まった皮袋を手にした新入りは、自身も酒場の席から立ち上がった。
「イサリ、お前はどうする?」
副長であるセシルの言葉に、イサリは困ったように笑った。
「・・・飯食って帰りますかね。少しばかり血が足らない気もしますし」
「そうか?血色は良さそうだが。馴染みの娼婦の所へ顔でも出さなくていいのか?」
「あー、ここには、そういうのは居ないもんで」
乾いた表情。どこか空虚な様子に、セシルは怪訝な表情で問う。
「何かあったのか?」
「そうじゃなきゃ狂戦士なんてやってませんって。酒、奢りなら話しますけど」
「乗った」
座り直した二人は、セシルの奢りで高額の澄んだ葡萄酒を呷った。
「それでどうした?」
「酒を奢ってもらってなんですが、あんまり面白くありませんよ」
銀髪の青年、イサリ曰く。彼が童貞を捨てたのは17だったという。小さな交易商の家に次男として生まれ、王立学院で学生でいた頃、年上の令嬢と酒の席で酔いに酔って同じベッドに飛び込み、ついには一夜を共にしてしまった。
その次の日、彼女が馬車の事故。大怪我をした彼女は、何か負い目でもあったのか、尼になってしまった。
「それから二年後、交易商の駆け出しとして、一人で行商をやっていたのですがね」
商談も良い塩梅でまとまった夜、商談相手に誘われ娼館に行った。馴染みの商人の紹介とあって、ベッドで迎えてくれた女も極上、それは見事なブルネットの美女で、自身の粗末なものを存分に使い、一夜の夢を楽しんだ。
その次の朝、彼女が階段から転げ落ちて大怪我
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