盗掘屋と龍姫 後篇 ―やさぐれ英雄譚―

 刀が振り抜かれる。切っ先が霞むほどの速度で銀光が薄暗い空間を翔け、続け様に立ち塞がる何かを斬った。
 呵責もない、加減もない、なにより、躊躇いが無かった。
 銀光に裂かれた人型の粘土塊が崩れ落ち、その機能を失う。
 地より深く、煉獄より遠いこの空間で、東方移民の血へ連なる男はその業を以て駆けていく。
 後方、新たに出現した人型の粘土塊は、指先を組んで形作る印と、短い呟きによって発現した仙術によって動きを止められる。
 抜かれた儀礼剣が閃く。
 胴を両断された粘土塊もまた、大きく傾ぎ、崩れ落ちた。
 薄暗い闇に光は無い。ただ、煌々と男の眼が輝くのだ。魔術的な光を宿した瞳は、次々と立ち上がる人型の粘土塊の傍を擦り抜けていく。
 男、齢を二十代の始め、小柄な体躯の上、髪と瞳を黒とし、暗い表情が印象的である。東方の装束に、外套、背には鉄棍、腰には長柄の刀と儀礼剣を下げて奔った。
 名を、シェロウと名乗り、ヒトツゴと呼ばれる特異体質者、東方において英雄と呼ばれる血族の末裔に属す。
 二刀が閃き敵を斬る。
 その仕事を今、果たそうとしていた。

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 神域。または龍の棲まう御所。神社の在る場所とは層を別とする異界。
 深淵たる空間の中、まるで大海を漂う小島のように、庵は小さい。東方の床、畳と呼ばれるものに換算して約四畳と半。その庵の中央には、一抱えもある水晶球が安置されていた。
 囲む者は三人。白髪に咥え煙管、頑健そうな老人。手足を蜥蜴のそれとし、人とは違えた外見をした種族、龍の女。最後は銀髪の美女。無機質な美貌、陶磁器に近い純白の肌を東方衣を元にしたスカートとシャツで隠し、腕には碑文を思わす古代の文字が刻まれた石版が飾られた機械腕を備えたゴーレムと呼ばれる魔物。
 それぞれ、老人はヤクモ、竜人は姫、ゴーレムはアレシア、そう呼ばれる。
 彼女等が囲む水晶球には、あのシェロウという男の姿が見えている。薄闇の中、人型をした蠢く粘土塊を斬り払い、躊躇いなく先を進む。
「彼の者に、責任などない」
龍の姫は、ぽつりと呟きを洩らす。意味を持たぬ言葉。だが、呟かずいられなかった。
「それ以上は言うもんじゃねぇ。年寄の愚痴なんぞ、あまりに興が冷める」
ぼやく老人に、刺すような視線が向けられた。
「しゃあねぇもんはしゃあねぇだろうがよ。人の世だ。理不尽なんぞ腐るほどある」
「………貴様ももう黙れ」
二人に反応する事もなく、ゴーレムは水晶球を凝視している。
 シェロウが足掻く、煉獄に程近い世界を。

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 乱れた呼吸を必死で整える。
 冷や汗と脂汗の混じった全身を濡らすほどの発汗を無視し、百を超える粘土塊を超えて階下へ降りていく。
 最奥まで十層にもなる地下の封鎖領域、本来の名さえ伏せられ、ただ『奈落』とだけ呼ばれる異貌の者しか存在し得ぬ場。三千世界において禁忌として葬られ、秘す事を守り抜かれた稀なる異境。その内部を知る者は皆無に等しい。
 階層と階層の間。石造りの階段が下へ続く回廊の途中で座り込み、短い休憩に身体を預けた。
 階層と階層の間は、混沌に支配された奈落の中、唯一人の安全が保障された場所。未だ、封じたものの意思が残る結界の効果が及んでいる。さすがに階層を繋ぐ回廊まで魔境と化せば、下る事もままならぬと解っていたからだろう。
 シェロウは痙攣するほど酷使した掌をゆっくりと開き、握っていた刀を鞘へ戻した。未だ先は見えず、ただ一階層を降りたのみ。
 未だ、魔術も仙術も大規模な行使はしていないものの、肉体疲労が辛い。
「……………」
長い呼吸。
 繰り返されるゆっくりとした呼吸に合わせ、周囲の空気が揺らいだ。魔力とは違う、独自の流れが、彼の周囲から何かが集まる。
 清廉さの残る外気から活力を取り込む仙術。その中でも一般には『内気功《ナイキコウ》』と呼ばれる技で、東方武術である空手《カラテ》においては息吹などにも共通の要素を含み、内側より体調を整える。
 シェロウが使う仙術は、より極東寄り、ジパング側に近いもので、天狗道や道術にも通じる。
 教えたのは、あの龍姫。彼女自身も、高名な先達から習った始祖に近い術であるという。
 調伏法に召鬼法、童子法などの使役術、身体操作の明視・重身術、移動に術を利用する縮地法などのある仙術の中、シェロウが会得しているものはそう多くない。元来、全てを覚えるには人が不老となってから更に数十、数百の年月をかけても足らぬと言われており、たかが15、6で幾つか会得するだけでも驚嘆に値するのだが。
 シェロウが会得にまで達しているのは多くないが、他にも、過去にダークエルフに教わったという魔術や、一時は学術公国領で学んだ錬金術の知識まである
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