揺れる荷馬車の中、樽の間に座る二人の旅人が居た。
一人は矮躯を東方衣装に包み、黒髪黒眼で、その暗い瞳は、容貌を不吉なものにする。その隣には銀髪の美女。無機質な美貌、陶磁器に近い純白の肌を東方衣を元にしたスカートとシャツで隠し、腕には碑文を思わす古代の文字が刻まれた石版が飾られていた。一見すると人間に見えるものの、この美女の正体はゴーレム、それも古代に偽りの命を得た古きゴーレムだった。
「お兄さん達は夫婦かい?ここらにある東方移民の村に里帰りってとこだろ?」
同乗に快く応じてくれた行商人からの言葉。老年に差し掛かった人の良い顔には笑顔が浮かんでいる。
「似たようなものだ」
男が伏せた顔を僅かに上げる。肩にした鉄棍が揺れ、先端がこつりと荷馬車の床を叩いた。
「む、息子さんをわ、わた、わたしに」
無表情なまま膝を抱える女は、ぶつぶつと何かの予行練習に没頭していた。
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首を傾け、女は男の顔を見つめた。
「私、いい子を産みます」
「・・・そろそろ冷静になれ」
熱暴走で過剰な熱気を放出しているゴーレムの美女から距離をとり、男は、ひっそりと溜め息を漏らした。
――――――――――――――――――――――――
男はシェロウと名乗る盗掘屋にして研究者を自認する東方移民、女はアレシアの名を持つゴーレム。彼の戦利品、ではなく、発掘の途中で拾ったという奇妙な出会いから、秘された墳墓の盗掘を経て、旅路を共にしている次第である。恋人、と言い切ってしまうような関係なのかも定かでないが、今回の彼等が向かう場所とは、行商人の言ったように東方移民の郷が目的である。
東方移民とは、極東の島国から渡ってきた人間や、大陸の東にあるという大国からの人間が旅先で新たな故郷を見つけた結果、その地で民となった事を指す。犯罪者や抹殺された政敵の子孫、新天地を求める開拓者、ただ己の好奇心を満たす為に旅をしてきた結果など、素性は多彩であるが、唯一共通する点とは、異才や異能、秘術を操る者が多いという。
奥の手として仙術なる東方の秘儀を操るシェロウにしてもそうだが、過酷な旅路の中、ここまで辿り着くにはそれなりの理由があるという事だろう。
行商人に礼を述べ、山間の獣道を登り始める。山林を慣れた足取りで進むシェロウは、背中にアレシアを背負っている。
「ここを抜ければ郷だ。大丈夫か?」
「少し――――ムラムラしてきました。背中の筋肉の感触が、とても素晴らしい」
「・・・郷はすぐそこだ。頭の傷の手当もできるぞ」
足と額を損傷したアレシアは、虚ろな眼でシェロウにしがみついている。つい先程、草叢から襲ってきたワーウルフを退けた結果なのだが、直接的な原因はアレシアの生体ミサイルの近距離爆発。馬車の上から様子がおかしいのは解っていたものの、もう少し気を配るべきだったかとシェロウも少し反省した。
「背中で胸が潰れてる感触、解りますか?」
「もういい黙れ」
草を鉄棍で払い除け、山林から脱出するシェロウ。目の前に広がった光景とは、奇妙に牧歌的な村の様子だった。
木の骨組みや焼いた粘土板の屋根で造られた家々。走り回る子供達の簡素で汚れているが染色の綺麗な服。見た事もない樹が蕾を膨
らませ、気の早い木々からは、雪のような白い花弁が宙を舞う。天国ほど綺麗でもないが、人と大地の調和した異郷として全てが満ち足りた世界。
「おう、紫焔か?」
鍬を肩に歩いていた村人が顔を上げる。眼帯をした隻眼の老人は、痩躯だが無駄のない身体をしており、シェロウそっくりの雰囲気をしていた。顔立ちは違うのに、まるで写し取ったように挙動が似通う老人は、再びシェロウを別の名で呼ぶ。
「生きていたか。それで、背中の女は誰だ?」
逡巡と躊躇い。悩みながらシェロウは短く「相棒」と口にすると、老人と視線を合わせる。
「怪我をしているので休ませたい」
「戸なら開いてる。好きにしていいぞ」
「助かる」
見慣れぬ人間に周囲から声が上がる中、シェロウは古びた家の中へ入っていった。
――――――――――――――――――――――――
頭痛と吐き気。ゆっくりと身体を起こしたアレシアは、痛む脛に巻かれた包帯に気付く。
着ているものも薄手の襦袢一枚。明るい室内から察するに、まだ昼を過ぎた頃だと推測した。
「おう、起きたか?嬢ちゃん」
火の無い庵に胡坐を組んで座る老人が振り向く。口元に煙管、東方のパイプを咥えた老人は、急須から茶を注ぎ、庵の傍へ置いた。
「こっち来な。紫焔・・・いやシェロウってな名前を名乗っているんだっけか?あの餓鬼もそろそろ帰ってくる」
「・・・ここは?」
自己修復が正常に機能したのか、襦袢の前を直したアレシアが、慣れない服を着
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