イザナギ一号_x3:番外編『逃亡必死のチキンラン! 後篇』

 煌びやかで享楽的、堕落と退廃の水上都市。
 盲目領。
 貨物船の影から跳び出し、しばらく逃げているうちに辿り着いたのは繁華街。
 薄着の女達が手招きし、男達はこの世の酒を飲み干さんばかりに盃を掲げる。
 その光景に圧倒されている自分の肩を誰かが掴んだ。
 振り向いた先には、既に焼いた肉を携えていたナギの姿があった。
「んまいぞ。お前も食うか?」
「あの、お金は?」
「あぁ、ちっとばかり口の悪いガキ共が、財布をプレゼントしてくれてな」
路面には転がされた若者が数人、鼻血と共に昏倒していた。
「………いただきます」
滴る肉汁を啜り、熱い肉に噛みついた。香辛料の香ばしさととろけるような肉の味に、思わず目を見開く。
「美味い」
「海岸沿いを飛んでいるタゴって鳥の肉だとよ。香辛料も人と一緒に入ってくるそうだから、なかなかに繁盛しているようだな」
「へぇ」
享楽だけでない。ここには欲望と共に生命力も溢れているのだ。
 人々は悪徳に溺れながらも、悪徳を商品に狡賢くも活力に満ちて日々を過ごしているのだろう。
 
 一晩をこの街で過ごし、向こう岸へ渡る予定としたその日。
 自分は異世界という事もあり、見るもの、聞くもの、全てが新鮮であるが、この盲目領という場所は、異世界の住人である二人にとっても物珍しい場所らしい。
「ま、女遊びに薬に酒に賭博、欲しけりゃそこらの店ん中覗きゃ、何だって幾らでもある場所だ」
そう述懐するナギは、既に酒瓶片手にほろ酔いである。普段の生活で何かのストレスでも抱えているのか、始終ご機嫌な様子。
「木賃宿なら外の小銭で足る。ただし、寝首をかかれないようにな」
対してフェムノスは冷静に周囲を観察している。魚肉を脂と甘辛いタレで炒めてパンに挟む、魚のパン包みという盲目領名物の食べ物片手に濾過吸いを一気に飲む。
 食事というより栄養の摂取作業のようだった。
「む」
そんな男が立ち上がる。その背中が音もなく動いたと思いきや、露店の一つへしゃがみ込んでいた。
「お、兄さんお目が高いね。そりゃ無名の細工師が拵えたものだが、サンゴの質もいい掘り出し物だよ」
「そうだな」
露天商が売っていたのは雑多なアクセサリー類。フェムノスとは一切の関連性がないもののように思えたものの、彼は、小銭を落とし、サンゴの首飾りを買っていく。
 淡い白をしたサンゴの首飾りは、武骨な手の中、街灯の明かりに煌めいた。
「青と、よく合いそうだ」
呟きは、自分が改造人間でもなければ聞こえはしないほど小さなものだった。
 薄汚い油紙で包まれたその首飾りを懐へしまうと、再び音もなくこちらへ戻ってくる。
 本当に、何を考えているのだか解らない男だ。
 というか、こちらの世界の男は、これほど唯我独尊な者ばかりなのだろうか。
「宿を決めよう」
「あの、お金は」
「後で払え」
ひたすらに無駄のない言葉。それでいて妙に温かい。
 男同士で何を気色の悪いやりとりをやっているのかと溜め息が出たものの、フェムノスの気遣いは嬉しかった。
「お願いします」
「ナギを」
フェムノスの言葉に従いナギを呼ぼうとした刹那、大きな激突音と共に、路面、元々はどこかの船の甲板だった場所へ男が叩きつけられていた。
 その傍にはほろ酔いのまま、薄汚れた少女を庇うナギの姿。
「強引なのはベッドの上だけにしとくべきだと思うんだがねぇ」
酔っていながら目線に乱れはない。男だけでなく、仲間らしき数人の挙動を把握しつつ、言葉を続ける。
 腰の居合刀か、はたまた背に背負った一対の鎌か。
 それとも、その男の気配からか。
 盲目領に居を構えている男達は、相手の危険性を悟ると同時、一目散に逃げ出していた。そこらのヤクザ者だとしても勘がいい。
「ナギ」
「お、坊主にフェムノスか」
気易い様子で酒瓶を振るナギ。その背後に隠れていた少女だが、どうも様子がおかしい。
「た、すけて」
細い身体が流れ、崩れ落ちる寸前に受け止める。焦げた衣服に眦を僅かに吊り上げたナギとフェムノスは、素早く人の流れを遮る。
「ち、ちょっと!」
慌てて抱き止めた相手は、妙齢の少女。しかしよく見ると、その身体には火傷の痕が見え隠れしていた。
「火じゃねぇな。雷撃か」
ナギが酒瓶を担ぎ、冷静に検分する。
「魔法、もしくは、魔術的な品によるものか」
「山の上ならともかく、湖のど真ん中とくりゃその通りだろうな。にしても、この小さいの、魔物じゃねぇか」
手際よく手当てを済ませて行くフェムノスの言葉に、ナギが答える。思わず嫌な予感が背筋を走るも、勤めて冷静に周囲へ注意を配った。
 おそらく、電気という現象から自分が最初に気付いたのだろう。気配こそ希薄であったが、体内に充満する帯電の量が常人とは異なる者が、人混みに紛れ、こちらを伺っている。
 少女は昏倒したまま眼を覚ま
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