さぁさぁそこ行くイカした兄さんよっといで。富豪のおじさんお耳を拝借。
泣く子も売り捌かれる盲目領が娼婦街とくりゃ、お好きな国なりお好きな種族なり、お声をかけていただければ誰であれ都合しますよ?
何? それなら会いたい男が居る? お嬢さん幾らお持ちで? ほう、二代前の王国銀貨幣だねこりゃ。銀の含有率がいい時のだ。解ってるねぇ何でも喋りますよ。
それで、会いたいってのは誰だい?
娼婦街に住んでいて、毒を使う盗賊? 盗賊団ではなく盗賊? 一人商いの。
そりゃあのクソ野郎だな。
間違いないとは思うが、あの男に何か恨みがあるのかい? だったらどうするって? とりあえずは止めとこうと思ってね。なぁに貰った分の忠告くらいはたかだか娼婦通りの案内人だってするさ。やめとけやめとけ。人生の無駄だ。
俺ぁあの男ほど卑怯な野郎は見た事ない。敵にゃ容赦ないよ。味方にゃちっとばかし甘いがね。
それでも行くのかい? ま、人生は自分の勝手だ。他人にゃ決められねぇ。好きにするといい。
それではお嬢さん、お達者で。
まいどありぃ。
盲目領。
紛争や戦争、争いの絶えぬという諸王領内においても特異な夜の都、享楽の都市として知られる無法地帯。
巨大な湖に浮かんだ船舶がひしめき合い、長い歴史の中で一つの人工島に近い様相が出来あがった場所である。軍船商船、ともすれば砕けた岸壁まで、足場になればそこが商人の塒にもなり娼館の軒先でもある。
その特異性と統治はすれども支配はしない領主によって、欲望が燦然と輝き、堕落を水に歴史が培われてきた背景がある。
貧民窟の隣、娼婦街の端。
今日もそこかしこで嬌声が建物を軋ませる。
「ん、あぁ、う、うぅん」
女の声に合わせてベッドが揺れる。波の音に合わせ、肉の混ざる生々しく獣の臭い漂う行為が続けられる。
男と女、そしてベッドの傍には短い蝋燭。
仮初の恋人を買う時間と同じ長さの蝋燭は、その細く短い蝋を金属の燭台で溶かし、逢瀬の終わりまでを静かに刻む。
男は汗に濡れた身体を必死で動かす。粗末な棒っきれを女の中に押し込み、ざらつく膣の感触を先端の凹凸で確かめるように押し込む。
「あんっ!んんん!」
下になっていた女の足先が跳ねる。甘く濡れた大事な場所に当たったらしい。
その快感に震わした全身の余韻も収まらぬうち、指先が燭台の金具を弾く。
蝋燭の火が消えた。蝋を残したまま。
「あ」
男が間抜けに呟く。ぼんやりとした視線を女の顔へ動かすと、その頭部には二本の角が伸びている。
「倒れたんだがね」
「いいから」
魔物。女の肉と人間の知恵を得た種族。そのうち、オーガの名で呼ばわれる鬼の眷属は、薄く緑に近い肌を汗に濡らし、上気した頬を笑みに緩める。
「今日は、貴方とだけ眠るの」
こんな街ではそこかしこの窓から聞こえる口説き文句である。しかし、男は何も言わずに女を抱きしめる。
人を殺した金で女を抱く。奪った金で時間が買われる。
女は娼婦。見ているのは男の懐と身体。おまけが心。
けれど、この瞬間に感じた温かな感情までは互いに否定しない。人なのだ、そういったものを感じる時だってある。
女を抱く。
そして明日の朝、何も言わずに自分の塒へ帰っていくのだ。
それが娼婦街の日常。
股の真ん中がすっきりした気分で水を浴びる。娼館の狭い風呂場なので腕を打った。
汲み上げられ、船の貯水槽で溜められた湖の水。桶の中に小さな魚が浮かんでいた。
盲目領は水だけは溢れている。そして魚は排泄物と人の死骸で肥え太る。なので、釣り糸さえあれば飢えない。
「大きくなったら、またな」
魚を窓から湖へ戻し、男は身体を洗う。
三杯、四杯、建物に溜められた水を使い切るように浴びた。蛇口を捻ればどこの店でも貯水槽から水が滴る。
中肉中背。黒髪、隻眼で片方には鋭い刀傷が奔っているものの、残る片方はどこか眠たげな眼。あとは長い犬歯が三対。
着る服もまた麻の上下に脚絆となめし皮の靴。何処にでも居る普通の格好。
その上に革のベルトとベスト、ポーチを幾つもぶら下げ得物まで吊るすと、少しばかり変な男。
額に布を巻き、麻の掠れた青色と、革のくすんだ小箱をぶら下げたベルトを身に纏う。そして腰には三本の短刀。
日に焼けた肌、歳の頃20代前後の青年は、懐から汚れた紙を出すと部屋の丸盆に置いた。
「また来る?」
僅かに身体を起こした女の問い。男は窓縁に足をかけると、周囲を確認して後ろ脚へ重心を落とす。
「解らない。まぁ、金があって、気が向けば」
「そう。アンタなら今度、安くしといてあげるから」
「いいのか?」
「いいの。ここの店主は無理強いまでしないから」
女は寂しそうにもせず紙巻き煙草へ火を点ける。その顔には微笑。
赤い炎が唇の前で揺れる光景
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