朝起きた時に感じるもの。無機質で建材の匂いばかりが鼻につく空気とパイプベッドの硬さ。
それが、今日起きた時に感じたのは、噴煙混じる鉄錆臭い空気と、地面の固さだった。
「………えー?」
誰かと誰かが繰り広げる戦場の中央、戦火の只中に僕は居た。そして、爆炎から必死に逃れた塹壕の中で、新たな出会いに救われた。
「だ、誰?」
跳び込むと同時、頭上から降り注ぐ矢を切り払うは、自身の体躯をも上回る大きさの刀剣を構えた男。
こちらに続いて跳び込んできた一人の人間、槍を振り上げていた兵士を両断すると、短く、自身の名を呟いていた。
「………フェムノス・ルーブ。傭兵だ」
自身の体躯を大きく上回る大きさの剣は、その多大な質量から刀剣と呼ぶより鈍器と呼ぶ方が似合う代物。
軽々と持ち上げ、羽でも扱うかのように振り回す様は、傍から見ても技量の高さを伺わせ、塹壕を抉らず、刃の余波すら届かぬようこちらに気を遣ってさえいた。それだけの余裕を保っている様子は、まさに傭兵と呼ぶに相応しいものだった。
遠心力による高速の連撃により、塹壕を狙う兵士達は、どれも一太刀によって斬り伏せられていた。
その中で。
「あーらよっと。出前一丁、ってね」
その剣風を読み、躱して塹壕へ滑りこんできた男が一人。こちらはどう見ても和装をした日本人らしき男。背中に背負った対の鎌に鍔無しの居合刀という格好。
かたや質実剛健の化身のような男と、軽妙洒脱を絵に描いたような男。どちらも、剣の才覚たるや、首を竦めねば斬り飛ばされてしまいそうなものだった。
「あんちゃん、指揮官どこ? 届けもんがあるんだけれど」
「指揮官は既に撤退した。ここに居るのは殿を務めている傭兵達だけだ」
「そりゃ困った。ところでそっちの変な格好した男は?洋装ってのは解るんだが、学術公国領の学生さんか何かかい?」
「こ、ここ」
「ここ?」
「ここ、何処ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、一人は無表情に見下ろし、もう一人は名状しがたい表情をもって答えた。
「戦場」
「だな」
一言で切り捨てられた現状は、あまりに理不尽だった。
山岳領と大河領。未だ紛争の絶えない諸王国領において、数少ない戦争状態が継続されている場所であるとのこと。
その根幹は水源を巡る争いに端を発するものであるというが、数年に渡り続く戦禍によって、国内は疲弊し、いつ共倒れになるとも解らぬまま続いているという。
「で、俺ぁ運び屋でな。カマイ・ナギってんだ。お前と同じジパング人」
ジパングという単語が脳内で幾つか候補を弾きだす。確か、クユが言っていたが、あちらの世界における日本だ。文化レベルは戦国時代とも、平安時代とも判然としなかったが。
あちらの世界。
その単語だけで顔から血の気が引いた。確か、ゲートを通過さえすれば言語も文字も基本的な互換性を得られるそうだが、かといって、場所が場所だ。
試しにナギと名乗った男にこの場所とジパングとの位置関係を聞いた所、やはりというか、絶望というか、あまり信じたくはない答えが返ってきた。
「あぁ? こっからジパングっつったら、一番近場だと馬車で一週間くらいの場所にある南方領から、船で大陸東端までを数か月、そこからまた定期船で一カ月、合計で半年近くはかかるな」
外殻を展開し、走っていくとすればどうだろうかと考えたものの、到達してもアテがない。いきなり「ゲートありませんか?」と尋ねたとしても、よくて変人、悪くて狂人扱いが関の山だろう。
「困ったな。どこか、大きな力のある魔物が居る集落はないですか?」
「近場なら大河領から北に樹海領がある。そこならば、エルフやアラクネなど、幾つかの種族のコミュニティがあるはずだが」
膝立ちの男、確かフェム、なにがし、と名乗った男が答える。体勢を沈めたまま塹壕をゆっくりと移動していく背中を追い、慌てて自分も続いた。
「ふぇ、フェムさんはどうするつもりで?」
「前金分の働きは終えた。撤退する」
「ま、戦線は崩れたし、前金分の働きにしちゃ上等だろうしな。俺も付き合う。届ける相手も不明瞭なまんま仕事すんのも面倒だ。残党狩りに会うのはもっと面倒だ」
「戦場の東から大河領へ続く支流がある。そちらなら敵は薄い。行くぞ」
「へいへい。今回も儲けそこなったようで残念至極だ」
「ぼ、僕もお伴します」
戦場慣れした二人の背に続き、外殻で矢を弾きながら走る。追ってくる兵士達を蹴りと拳だけでなんとか駆逐すると、前を切り開いていた二人が唐突に足を止めた。
「………」
「おいおいおい。これはないだろ?」
「………なるほど」
兵士の配置が少ない事も頷ける光景が眼下に広がっていた。支流は支流だが、これはまさかの。
滝であった。
怯えと震えで全身に冷や汗が流れる。濁流の流れる滝は、昼間であるというのにどこか暗く
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