イザナギ一号_09:記憶と記録

 ○月Φ日

 夢を見た。
 それは記憶の残滓であるのか、単なる幻想であるのか。
 改造人間の自分が見る夢とは、どんな意味を持つのだろうかと。 
 何の為に見る夢なのだろうと。

 夢でありながら通常のそれとは違う、そう気付いたのはその夢が幾日も続いた所為であった。
 元々、夢と呼ばれるものは記憶の整理における代謝機構のようなもので、古いものや要領の大きいものをちょうどいい位置へ脳内で動かしていく作業の監視映像のようなものだという。
 不確かとはいえ、時系列に連続性のある物事から、自分が改造される前の過去ではないかと必死に夢を記憶しようと、眠っているはずの自分はもがいた。

 自分は学校に居た。おそらく中学校だろう。
 学生服を着た生徒達が下校する中、来客用の応接室で一人の教師と壮年の男が向き合っている。男の隣で封筒を抱えているのが僕だ。
『校内問題コンサルタントですか?』
信用していない口調。しかし、依頼に関係する生徒の名前を出した途端、年嵩の教師は顔を渋らせた。
『当校には問題などありません』
硬い口調。対応としては最も拙いものであり、男の方はただ冷たい一瞥を向けるのみ。
 教師というのは基本的に嘘の苦手な人種だ。良い教師であればその引き換えにプライドと洞察力を備えるが、職業教師の場合は子供を商品としか見えないような安いプライドと勘の悪さという三重苦となる。
 最初に弁護士などを含む法的根拠を備えた資格をもたないことを説明する。途端に教師が増長する。だが、論理的に整頓され、事務的なレベルまで計画の詰められた説明を受けるたびに顔色は青黒いものへ変化していった。
 会話の録音。弁護士への依頼までの手順。教育委員会への連絡。
 弁論はか細く小さい。まず最初に何の問題もない事を自身で明言していたのだ。クラス内の事情が例え看破できないしろ、準備は既に進んでおり、教科書におけるラクガキからの筆跡鑑定、ゴミ箱に捨てられた上履きからの指紋採取などが可能であることを説明したうえで教師の反応をも見ている。
『ご自身で当校には問題がないと明言されましたね?』
それはまだ最初の質問だった。そして、その一言が、最後通告だったのだ。
 本腰を据えて専門職の人間が顔を出している時点で、教師自身が誤魔化せるような状況でないことを理解していただろう。
 そしてHRで教師がコンサルタントと名乗った男による紙面を音読。正式な謝罪と反省文の提出を行った場合にのみ、教育委員会への報告をとりやめとし、家庭裁判所への提訴を行わない点を説明。
 だが、一人として名乗り出る事が無かった為、クラス全体で指紋の採取と照合、筆跡鑑定による個人手特定を証拠に家庭裁判所へ提訴。悪質性が問われ、「触法少年」としての審判が決定された。
 保護者と共に家庭裁判所に出廷し、結果は保護観察処分などには該当しないと見なされず無罪となったものの、学校から停学処分が決定。
 担任教師の懲戒免職と共に、イジメに関係していた数人の女生徒達は転校となった。
 この件は未成年者に対する新たな対応として大きく報道され、数か月近く新聞の紙面を賑わせることとなる。家庭裁判所への提訴という事例にも関心が集まった。
 その後、学校側が斡旋したカウンセラーに際し、それぞれが『あの程度のことだったのに』や『大事になるとは思ってなかった』と語り、一部の女生徒は『馬鹿みたい』と尚も嘲笑していた。
 問題意識の低さに学校関係者、保護者などの対応が問題視される中、一組の家庭は離婚、一組の家庭は少女に対する本格的なカウンセリングを申請、残る家族はそれぞれの日常へ戻ったが、転校後の学校で同じような事例に発展し、高校進学後直後に中退した子もいたと聞く。
 中でも、首謀者として最も取りざたされ、カウンセラーに『馬鹿みたい』と語っていた少女は、数ヵ月後に事件の関与から少年院への送致が決定された。彼女の親は政治家として役職を担う立場であったが、彼自身も子供の逮捕を報道され失脚。
 未成年。それも14歳未満の者が罪にあたる行為をした場合でも刑事責任は問われないことはよく知られているものの、場合によって「触法少年」として家庭裁判所の審判を受けることをどれだけの人が知っているのだろうかとコンサルタントの男は深い苦渋を顔へ浮かべた。
 そう呟く彼自身も、現実と向き合うようになるきっかけは、とある出会いがきっかけだったという。オチは、それが今の妻だというものだったので、髭を一本抜いてやった。
「あれから色々とあって今の職でね。、あ、娘の写真あるんだけど見る?」
写真片手にさもだらしなく相好を崩した顔は、まごうことなき親馬鹿であった。だからこそ、こういった事例が許せないのだろう。
 コンサルタントの男との付き合いは、当時、問題となった学校の学生だった
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