○月д日
天啓とはひらめきだ。思わず脳内に浮かんだ言葉を呟いてしまうことは、誰にだってあるはず。
「乳揉みたい」
Tシャツの生地を元に自身とシャンヤトの洋服を縫っていたクユは、眼を大きく見開き絶句していた。
「も、揉む?」
ちなみに彼女のサイズ、呪いによって現在は40cmに満たない。
「………いや、いいよ」
ひどく残念そうにそう告げた瞬間、頭に皿をぶつけられた。
とても痛かった。
○月μ日
シャンヤトと遊ぶ。最近は研究資料の捜索も芳しくなく、しばらく中断することにした。
また変なものが出てきても困る。
シャンヤトはワーキャットだが、毛並みは短毛種のそれに近い。丁寧にブラッシングすると毛艶が驚くほど綺麗に出た。
「美人さん」と彼女に伝えると上機嫌になった。何故か自分も嬉しくなった。
ただ、クユが「一応女性に対して猫扱いってどうなのよ………?」と呟いていたのだが、彼女の髪飾りが似合っている事を褒めていると機嫌を直した。
女の人はむずかしい。
○月ν日
クユがテレビで見たバストアップ体操をしていた。トイレから戻った瞬間に目撃したのだが、顔に石灰の塊をぶつけられた。何故こんなものが?
それより気になったので、そんなものを必要なのか聞いた。すると、数日前に話していた乳についての話を気にしていたようだ。
「元に戻れば胸だってきちんとあるよ」と伝えると、衝撃を受けた様子で絶句していた。むしろ、そのサイズのまま胸だけ大きくなったらどうするつもりだったのだろう。
何か「そうよね! 元のサイズだったらF!いやアンダー65のIはあるもの!」とか叫んでいたが、何の話かはよく解らなかった。
とりあえず元気にはなったようだ。
○月ヾ日
気付くとシャンヤトが日記に落書きしていた。よく見ると、日にちをを書き忘れていたところにでたらめな日付を書いている。
これには少々怒ったのだが、自分でもたまに日付を間違え、そのままにしていたところがあるのでついでに修正もしておくことにした。
何か、尻尾を股に隠したままずっと項垂れているので、許すことにする。怒り続けるのも大人気ない。
ある男が言っていた言葉だが「石を投げられたら、パンを投げ返せ」という言葉があるらしい。遠い国の格言だ。
なんでも「怨みを受けた時は、自分は善意を返してあげなさい」という意味らしい。
この言葉に通じる言葉で「何かを植えれば、必ず、収穫できる(よい事をすれば、必ず自分に帰ってくる)」というものもあるらしい。
なので、夕飯はさかなにした。
感激してか、シャンニャト、失礼、シャンヤトが抱きついてきたのでしばらくブラッシングして過ごした。楽しかった。
収穫はできたようだ。
○月▽日
また夢を見た。この前と同じ火事の夢である。
この記憶がそれほど大事なのか、何かのトラウマなのかは定かでないが、おそらく、失ってしまった元々の記憶だろう。
記憶を失う前の自分は、誘拐犯に眼をつけられるほど悪いことでもしていたのだろうか?
途中で考えるのが面倒になって二度寝した。その日は寝過ごしてクユに怒られた。
○月#日
また日付を書き間違えた。自分は曜日感覚がおかしいのかもしれない。横線を引いて書き直した。
今日は朝から雨が降った。シャンヤトはつまらなそうに窓を眺めていた。クユはずっと刺繍をしていた。
僕はクユの刺繍が珍しくてずっと見ていた。
「刺繍はね、子供が怪我をしないように、親が日々を安全に過ごせるように、そんな願いを込めながら針を通すものよ」
クユの横顔は笑っていた。それは覚えてはいないものの、母のようだとつい思ってしまった。
「あと、夫や恋人、男の家族が悪さをしないよう、襟の裏に呪いの言葉も編みこむのよ………」
その後、慌てて襟や袖を確認したのはここにのみ記しておく。
後日、クユによる冗談だと解ったが、指で襟と袖を確認する癖がついてしまいそうな恐怖は忘れられない。
○月@日
シャンヤトと一緒に池で遊んだ。近くの泥でこねた滑り台や城を内蔵した火器で焼き、形にしてみる遊びは思いの外好評だった。
しかし、帰った時にずぶ濡れで泥まみれな事にクユが激怒した。どうせ洗濯するのは自分なのに、と思ったが。服にしてもらった刺繍が少しだけくすんでしまった。
とても悲しくなったので、すぐに謝った。クユは少しだけむくれて、明日の朝にデザートを追加することで許してくれた。
今後気をつけようと思う。
○月*日
今日は晴れた。心臓代わりのエンジンが動き出す。
馴染んだ仲間と過ごす日常は、意外と平穏だったりする。
それだけで、なんとなく幸せ。
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