○日☆日
夜中に起きる。正面玄関からの警報設備にリンクした携帯の振動。音もなく外へ出る間にも、身体の奥でエンジンは始動している。
人間には暴力に関するリミッターと衝動が潜んでいる。これは改造人間である自分にとっては改造における一つのファクターとして調整もされた。
リミッターは機能する。だが、外れた時の衝動が常人のそれとは桁が違うほどの興奮と、目も眩む熱を身体の奥から感じる。
それこそ衝動としか表現できない湧き上がるものだ。
「狼・・・?」
月光に照らされたシルエットに心が騒ぐ。それが興奮によるものなのか、一種の感動なのかは解らない。
あるのは敵であって欲しいという願望だ。鋼の部品が身体の中で配置を変更している。より強い破壊を行う為の。
狼の生態的特徴を備えた種族、ワーウルフ。その牙には女性に対し発揮される同種族化を促す感染能力がある。男である限り効果はないが。
他に気付いた点は、身体に奇妙な刺青があった事だろうか。微かな発光、放出される青白い光により、その肌は幽玄の者のように照らされている。
「殺すぞ。そこを退け」
端的な物言いに一瞬悩む。思考を戦闘用からシフト。理性というリミッターに本能が抵抗するが、今はまだだ。場合によっては多少の苦痛は伴おうと抑え込む。
自分の衝動はあくまでも『機能』として加工されたものだ。機能である以上、管理できなければ意味を成さない。
「お前は?」
「ワーウルフのイタガ」
「イタガ、今、この施設は」
「黙れ。死ね」
跳び込む銀影。輝く体毛が月光に反射し、まるで命を得た刃を連想させる。
リミッターの機能を停止する。身体の奥で雷光が蠢いた。
斜め上から振り下ろすような蹴り。地面が陥没するほどの威力を左腕で受け止め、反撃の為に拳を握った。
振り抜く。両腕でガードしたワーウルフの女、イタガが吹き飛ぶ。
膂力と本能のバランス。皮膚を喰い破り、青い装甲が出現する。蟻や蜥蜴を思わす様相が身体に混じる。人の形をしていながら人でない何かになる。
首筋の片面、肩、横腹、腰などに不完全な変化部位が残る。不完全な怪物。フランケンシュタイン博士の怪物にすら劣る、歪な模造品。
それでも、青い外殻へ神経が広がる。肉が肉、歯車が歯車として、自分を化物へ貶めていく。
同時に全てがたまらなく愉快になっていく。
人影が舞う。尾が風に揺れる。筋肉が軋む。アクチュエータが唸った。
殴り合いで破損する路面が軋み、蹴り折ろうと振り上げた足先が鎖骨を砕く。
装甲が打撃に剥離した。続く一撃に頭骨の一部が割れ、人間の顔が血塗れで露出する。
装甲と顔を繋ぐ人口の腱が千切れ、ロープのように肉片が舞い踊った。
しかし、低速ではあるが再生する。ぎちぎちと装甲と筋肉が再び結合し、皮膚を外殻が再び覆う。
傷を負う、殺し合う。それが堪らない愉悦でもある。
人間でない人間と、人に似た生き物の殺し合い。
なんと無意味で、なんと下らないものだ。
だが、そういった冷静な思考が動きの停滞に繋がらない。戦う自分と思考する自分は別の思考で動いている。分割した思考は冷静に記憶するものと、ただ相手を殺す為に脊髄で考えているものの二分割。
殴る。
殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る、殴る。
それと同じ数を殴られる。打撃一つで外殻が割れ、打撃一つで相手の身体に青黒い痣と骨の損壊が生まれる。
自分は強いのか、弱いのか。何故、戦うのか。それがいまひとつまとまらない。
戦わないと、なにか嫌な事になるのは感覚的に解る。思考している脳からも、この施設に入れてはいけないと呟いている。
それは縄張りに対する執着か、それとも、もっと別の忌避感か。
生き物における闘争本能は、種を維持する為に発揮される意地のことだ。自殺とは本来的に難しく、正当ならざる死を望むのは人間だけ。
なら、俺は相手を殺してでも生き残ろうとするのだろうか。
頭の奥が熱を持つ。何かを喚起しよう、思い出そうと脳が蠢いた錯覚。しかし、それが形になるより先に、神経が記憶している行動をトレースしたかの如く自分の腕が無意識で動いていた。
裂く。
斬る、でも抉る、でもなく裂く、というimage。指先が幅をミクロン単位とした鋭い刃と化して伸長し、手刀による一撃が、今までとは違い致命傷を与えようとしていた。
腹部を一閃。抉りとられた肉と共に血飛沫が舞う。突然の行動変化に対応できなかったのか、狼は驚いたように目を瞬かせた。
五指が開き、相手を捉えようと鋭い指先を内側へ向ける。途端、相手が跳び込み様に爪を振るっていた。
手刀で受ける。強靭な爪は欠けることなくこちらの刃を打ち払い、喉を握り潰そうと掌が迫る。
刹那。
手首へ噛みついたこちらの動きの方が疾かった。口から離した瞬間
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