イザナギ一号_00:始まりの話


 ○月○日
 今日から日記を付けようと思う。というか、他にやることがなくなってしまった。
 僕の名前は伊邪那岐 壱剛(イザナギ イチゴウ)。安易な名前だが、拘りはない。昔は忘れてしまったから。
 どこから話せばいいのかは解らないので、最初から話してみようと思う。そのくらいの時間はある。

 最初、自分が『俺』だった頃。浚われた、らしい。
 今となってはもう覚えていない。改造されてしまったので。
 R財団。
 正式な名前は知らないが、組織の人間にはそう呼ばれていた。なんでも、カヌクイによる異世界間管理体制を打破する為の組織であり、魔物を倒す為の人間を研究しているとも。
 そう話したのは、研究班の中でもイザナギ計画を担当していた男で、自分にとっては兄のような存在であった。日記などを書こうと思いついたのも、彼の影響が大きい。

 魔物。よく解らないが、強い女、らしい。
 そもそも女というものは強いのに、もっと強いのなら最初から勝てないのではないだろうか?
 そう尋ねると、深い同意と共に男は頷いた。しかし、そういった意味とは違うとも。
 なにか、そう、パワーがあるのだという。それに対する為に、自分のような改造人間が造られたらしい。改造人間、改造人間とはまた不思議な単語だ。何かうさんくさい。
 自分の場合は身体の中身を機械と生体機関というものに代替されたらしい。股間が無事なのかと聞いてみたのだが、多分無事と言われた。多分という表現がとても怖い。
 神経繊維のトルクに、機械じかけの筋肉、それらを外殻が包み、人間以上の性能を発揮させるという。
 しかし、イザナギ計画は9割近くが成功したものの、コストパフォーマンスに難点があり、量産においても問題があった為に計画の中止が決定。自分を含めた研究体も、別計画への流用か処分を検討された。
 男は、僕達の廃棄案否定の為に苦心していたようだが、停滞していた事態は唐突に終わりを告げた。
 
 R財団が敵対しているという『カヌクイ』と『集会』と呼ばれる団体による襲撃である。
 人体実験、遺伝子操作、兵器研究、これらがどこからか公となり、彼等の介入を招いたそうだ。
 おそらく、男の仕業だろう。
 結果、自分は助かった。研究体を一体ずつ処分していくような暇もなかったようだ。形態変化さえしなければ人間としての外観を保っていた自分は、そのまま保護された。

 そして今に至る。
 現在、自分は社会復帰するにも年齢不明、記憶喪失、身体的な強化構造の治療不可と、問題が多過ぎて無理だろう。
 知っている場所と言えば研究室だけなので、カヌクイの人には、なんらかの事情が判明するまでこの場所に居留する事を頼んだ。第一、他に知識のある人間がいない。
 残っていたイザナギ計画のメンバーは治療可能であり、記憶も回復は可能であったことから既にいない。
 男は情報のリークと共に、早々に逃げ出していた。運が良ければまた会おうと約束こそしたものの、生きているのかどうかも定かでない。
 他の被害者は、大概が死んだか、もしくは社会復帰どころか生命活動にも問題があり、カヌクイや『集会』が所有する医療機関へ搬送された。
 自分だけが宙ぶらりんとなってしまったわけだ。
 いや。正確には自分だけ、というわけでもないだろう。
 閉鎖区画、破損から立ち入りのできないエリア。
 そういったものを再調査し、管理するのが現在の仕事となった。
 とはいうものの、やる気はあまりない。
 だって、生きている意味も特にないのに、惰性でこんな場所に居るだけなのだから。

 ○月□日
 研究施設制圧からかれこれ一か月。元職員用の設備を使っての寝起き。
 朝起きるのはだるい。けど、寝続けるのも疲れる。
 そういった事情で規則正しい生活をしている。健やかな起床は生活を豊かにする。
 とはいうものの、特にやることが決まっているわけではない。
 この『とはいうものの』は、男の口癖で、それが自分にも映ってしまった。影響を受ける相手が少なかったので、記憶の無い自分は、かなり大きな割合で男の影響を受けている。
 それでいてこれだけ紳士なのだから世の中わからない。むしろ、反面教師だったのではないかと思う。

 さて、今日は整理していた研究資料から気になる記述を見つけたので、閉鎖区画を探索しようと思う。暇つぶしにはもってこいだ。
 なんでも『呪いと魔物の関連性』を研究していた施設であったらしい。魔術式と呼ばれる異質な技術体系に関わる区画は特に深い位置にあるので、閉鎖にも理由があるようだが。
 まぁ、死んだら死んだで面倒がない。何か面白いことがあったらめっけものだ。
 用意した『バールのようなもの』や『鈍器のようなもの』、それに『凶器のようなもの』や『ベルトのようなもの』をザックへ放り込
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