錬金術師とメイド

【錬金術師とメイド】

 諸王領。小国が乱立した大陸中央より西にある幾つもの領地を総称した名前である。今でも戦乱に燻る危険地域としても知られるが、その中において、外交の巧みさと地下資源の豊かさを武器に、恒久中立を謡う場所、学術公国領が存在していた。名前からも察す事ができるが、学術都市を首都とした研究と学問の聖地である。
 そんな公国領首都の南地区、まるで迷宮を思わす巨大な建築物が象徴的な研究機関。
 錬金術師統合院。そこでは、世界最高峰の英知が集う。
「誰か来てくれ!スキュラがトイレに詰まってるぞ!」
「サイクロプスによる鍛鉄研究の責任者出て来い!西棟が炎上した責任に首を吊って詫びろ!」
「練成用の鉛のストックが届いてないわよ!配達担当のミミックを締め上げてきなさい!」
「ぎゃぁぁぁ!スライムが研究員襲ってるぞ!別の場所でやらせろ!」
「教授ー!助手の一人がホーネットに浚われましたー!」
「協定違反だ燃やすぞクソがぁ!誰か爆裂弾持ってこい!蜂の巣を駆除してやる!」
「先週の結婚式、ご祝儀渡し忘れてますよ!」
「デュラハンとバフォメットのどっちか調べてから包んでおいてくれたまえ!」
「退避ー!模造人体練成場からゴーレムの群れが侵攻中だぁぁぁ!」
「天から地へ舞い降りろ紫電の逆鱗よサンダァァボルトォォォ!」
「ゴーレムの機能停止を確認!確保を開始するぞ!」
「ぎゃぁぁぁ!先輩がヤバイもの丸出して倒れてますよ!ズボン履かせて外に蹴り出しといてください!」
「それより遺伝子の合成サンプル何処だったけ!?」
「うっせぇ!ぶっ殺すぞこの尻デカ蛇女!」
「黙れ短小包茎童貞!」
「確認もしてねぇ罵倒を吹聴すんじゃねぇよ!」
世界最高峰の英知、が集まっているはずなのだが。


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 統合院隔離棟一階。ここは危険な研究や、機密保持の必要性のある研究などの中で比較的安全と分類されるものを研究する領分だが、『人体機構研究室』とプレートのかかったドアの先、芳しい紅茶の香り漂う一室では、外とは隔絶された優雅なティータイムの時間だった。
「た、大陸、北西の、ダージリン、で、す」
「すまんね」
たった二人の研究室内には、穏やかな空気が満ちている。
 メイド服姿の女性は、一見して人ではない。目元を隠した艶やかな髪、両腕は皮膜に覆われた翼、頭部に突き出た耳朶は深く、蝙蝠の特性をもった魔物、ワーバットと呼ばれる存在だった。しかし、凶暴とされる性格は明るい環境の所為で霧散し、居住まいに品のある楚々とした動作には怯えを含んだ羞恥が混じっている。
 要するに、恥ずかしがりな女性だった。
 対して男の方は人であるものの、彼女と比べてもその異貌がかなり目立つ。中肉中背、両腕には純銀の籠手、顔には丸い眼鏡、嘲笑にも似た酷薄な笑顔が張り付いた顔に、銀の刺繍がジクザグな模様刻んだベストは黒。スラックスも黒、ボウタイまで黒、まさに錬金術師、という胡散くささを放散する二十代後半の男だった。
「うん、今日もいい日だ。そう思わないかね?ロゼッタ君」
「は、はい。ハー、ロット」
ロゼッタと呼ばれた彼女は、銀のお盆に赤い顔を隠してしまう。クラシックスタイルのメイド服に幅広のレザーベルト。どちらも黒を基調としたもので、二人が並ぶと、不吉でありながら静謐な夜を思わす。ふと、懐中時計を確認したハーロットと呼ばれる男は、棚から本と薄い羊皮紙を取り出し、机の上に並べた。
「今日は、薬品の調合をおさらいとしよう。まずは、性的欲求を抑える即効性の鎮静剤と、その逆、アルラウネの蜜や愛液のもつ媚薬としての効果についてだ」
「は、い。ハー、ロット」
赤い顔で俯いたままだが、ロゼッタは素直に椅子へと座り、使い込まれた羽ペンを手にした。
 つまり、一言で説明するには困るのだが、二人はそういった相互互助を目的とした関係なのであった。


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 銀拳のハーロット。およそ錬金術師としては不似合いな通り名は、純銀の籠手と彼の凶暴性を一言で言い表したものであり、ハーロット・ムスターファをまさに象徴したものだった。若くして義肢などの代替身体の練成や接続の研究なども行い、肉体や機械を対象とした練成技術において、1、2を争う鬼才だが、時に人を人とも思わぬ暴虐もまた、鬼そのものとして知られている。
 一時、東方の人間を助手としていた時期を除き、研究所において孤独を最上とし、本人を除いてその研究の根幹を知る者はいない。魔術式爆縮カートッリジ、構成組み換え式金属など、様々な成果も上げており、技術の公開や研究成果の貸与を要求する人間もいるものの、多くは『断る』という拒否の言葉か、あの銀腕を用いた一撃によって黙る。
 そんな彼の出会いとは
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