彼等は役回りで貧乏籤を引いたのだろう。
世界という舞台の上、端役としてしめやかな最期を満喫できない役柄を引き受けるように。
高校生。
そう狂った人生を送ったはずはない。元々が普通で、一般的で、少しだけ性格に難のある青年。一人暮らしに辟易しながら三年を過ごし、大学に通って青春なんて言葉が大嫌いだったのに、そんな言葉を忘れるくらいの歳になって年下の恋人が突然出来て、そのまま結婚まで三年もかかって。退屈だと繰り返した日常でのトラブルに痛い目を何度も見て、その癖、倖せなんて言葉の意味を理解するような人生。老いぼれて耄碌して、なのに笑って死ねる人生。
家業。
それがなければ片田舎の小僧。寒い風や暑い日差しに悪態をつきながらも、折り目正しく生きるであろう青年。親の小言を聞き流し、勉強机に残った黒い汚れを横目にノートを開く。落書きの数と数式の羅列が同じくらいの割合いで、幸運な事に高校の時に好きな人と両想いにもなった。結局、その彼女とは別れてしまったけれど、そのまま街の公務員を始めた頃に出会った人と付き合い始める。突然の妊娠に慌てふためくも、そのままプロポーズするような人生。
それが、本来の彼らが望むべきものだったのかもしれない。
そういった二人は互いを友とは呼ばなかっただろうし、不意の出会いから知り合った愛しい人と一生涯付き合う事もなかっただろう。
倖せな結婚。満ち足りた時間。
そういったものがこれからあるかは定かでない。
ただ、彼らは貧乏籤を握り締めて歩いていくのだろう。
戦って、歩いて、前へ。
それもまた彼等の生きる道である。
人生の悲哀こもごも。
そういったものは走馬灯より手軽に自分を客観視させてくれる。
法一と布由彦の周囲。
転移術式によって次々と人影が舞い降り、瞬きをする間に不利な状況が累積していく。
周囲を囲む一団。同じ装備、法衣の上に白い鎧を身に纏ったゴブリン、リザードマン、ローバー、ハーピー、アルラウネなど、魔物の女達はそれぞれの得物を構えた。
「それじゃ、死んでくれる?主に私達の為に」
武器を構えた魔物達が突進すると同時、流れるような動きで布由彦が動いた。
踏み込んだ瞬間の震脚。虚をつかれた魔物の動きが鈍り、その僅かな間断だけで囲みを突破、一人を打ち、二人目を叩いた。
集団が乱れる。統率されていた行動が歯車を一つずつ狂わせていく。
背後の一人に一撃、振り返り様に一撃、横の一人へ一撃、足払いからの突き上げで一撃、擦り抜け様の一撃、二撃、三撃でそれぞれ倒れる。
「礼服はもう駄目だな」
一定のリズムで繰り出される踊るような動きが止まる。上着を軽く脱ぐと、シャツの襟元、首を絞めるボタンを乱暴に外した。
「先に行け。ここは俺が引き受ける」
布由彦は笑う。整えられたオールバックを撫でつけ、殊更に凶悪に笑う。
「さて、久しぶりに暴れようか」
深く息を吐く。そのうちに法一も準備を済ませていたらしい。
両拳を包む籠手、ガントレット。しかも、今回は両足もまた、黒い具足に包まれていた。
「いや、何処へ向かえと?」
戦闘準備は終えたものの、布由彦の言葉に法一が首を傾げる。
「さっきの震脚で調べたが、山側に誰か居る。狙撃でも用意される前に頼む。他にも、妙な気配を感じたが、そちらは気にしなくてもよさそうだ。敵意はおそらくない」
深い溜め息と共にそう告げた布由彦。彼が捉えたものが何であるのかは、聞かなくても解った。
多分、あの無口な子だろうなと法一も思ったものの、そのうんざりした様子に何も言わず話を逸らした。
「成程。場所は?」
「中腹。人数が少ないのは精鋭だからかもしれない。注意を」
「了解」
溜め息混じりに法一が応じる。両足の具足から風が噴き出すと同時、その暴風に乗って彼は中空を滑った。
「な!?逃がすな!」
その言葉に反応した数人が行く手を阻むものの、空中を滑る法一は見えない波に乗るよう躱していく。
「魔術式用意!」
バフォメットのアリアンが叫ぶ。彼女が指揮官である事を承知している布由彦は、彼女が詠唱をしていない今こそと動く。
踏み込む足先が砂を蹴る。荒れた料亭の庭の中、布由彦が直進するだけで人々が昏倒していく。
発剄。
掌で触れた瞬間に衝撃を打ち込む。浸透した衝撃波によって内部にダメージを残す技術であるが、布由彦の場合、自身の能力を応用することで打撃の質を操り、相手を昏倒せしめる。
だが。
「甘い!」
展開された魔術式による防護壁。咄嗟に衝突を回避した布由彦へ即時詠唱されたアリアンの魔術が襲う。
炎の矢が降り注ぐ。
しかし、咄嗟に転がり攻撃を避けた法一は息を大きく吸い込む。
「ナナカマド!一式頼む!」
『世話の焼ける』
何処かで踏まれる前足のリズム。届いた声は空気に反響した。
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