夢。
浅く眠った頭の中に、ずっと昔にしまいこんだものが再現される。
遠い遠い日。
春の桜が白い花弁を雪のように散らし、山にひっそりとある先祖代々の墓を飾っていた。
現在では法制によって禁止されたが、ほんの一昔前には何処の墓も、自分の土地の傍、何時でも綺麗に、何時でも会いに来れるような場所にその石を置いた。
祖父に手を引かれる洟垂れ小僧が一人。佇んだまま墓石を見る横顔は、笑っているのに、どこか寂しげであった。
『長生きなんてするもんじゃなかなぁ』
訛りに自嘲の混じる。祖父の悲しみを解る歳でもなかったが、何故か泣きたくなった。
『うちのもここに眠っとるが、あいつは、幸せだったのかねぇ』
じいちゃん。
そう呼びかけたはずの自分だが、掠れた声に気付かず、
『覚えておけ。人を助けるという事は、助けない人間を見捨てるということだ。敵味方が出来た時、どこかで綺麗ごとじゃ済まなくなる』
じいちゃん。こわい。
そう呟いた声は、今度は聞こえたらしく、涙目の自分に祖父は笑いかけた。
『おぉ、悪かった。悪かったな。家に帰って本でも読んでやろう』
手を引かれ、家路へと帰る道すがら。
自分はお墓を振り返っていた。
そこに眠る誰かの為に。
祖父は祈り、そして、大役を果たして召された。自身の誇りと共に。
叶うならば、大好きだった祖父が祈った相手と共に居て欲しい。
思い出すたび、ふとそう思う。
梅の季節は時に早い。
一月に蕾がほころべば二月には白く美しい花弁を散らす。
異常気象もこの時ばかりは風雅ともいえ、白梅の咲く中、白く小さな雪が朝に漂う薄靄の中、ちらり、ちらりと舞い踊っていた。舞い散る雪粒も、花も、揃って白く、美しい。
「寒いと思ったら・・・」
風雅なれど、寒いものは寒い。今朝の夢もまた、寒くて眠りが浅かった事が原因だろう。
不平を漏らした枝節布由彦(エダ フシフユヒコ)は、どてらに首をすぼめ、心地よい朝に舌打ちすらしかねない様子であった。
寒いものは寒い。
卵かけごはんに醤油を垂らす。
熱々の白米の上、湯気ごと黄色い黄身を混ぜると、醤油の香ばしい匂いが鼻まで届いた。
「・・・日本人でよかった」
心からの感謝と共にかっ込む。
噛み締める白米の味、醤油、卵。齧ったたくわんの感触。
日本人で本当によかった。
そこでふと思う。
目の前で居座る異国の美女。
2m近い長身で青白い炎を思わす艶やかな濃紺の髪、容貌は彫像かと見紛う硬質な美貌。年齢不明。
巽 アマトリ(タツミ アマトリ)。
異世界からの客人は、楚々たる仕草で箸を動かしている。
猛烈な速度で。
「・・・美味い?」
ぴたりと動きが止まる。
逡巡。
しかし、何かに屈したのか、頬を僅かに赤くし、くやしそうに頷いた。
「そうか。味噌汁、おかわりは?」
再び頷くアマトリの御椀を受け取り、お玉から熱々の味噌汁。
味噌の香りもまた食欲をそそるのか、しずしずと、それでいてご飯二杯をを瞬く間に食べる。
気持ちのよい程の食べ方であった。
しかし、弁当に詰めた後の炊飯器が既に空になりかかっている。
一食五合。
「ところでアマトリ」
撫で付けた髪の下、眉間には皺。
それは今まで一人暮らしだった今までは違い、逼迫を招いていた。
「今日、米櫃が空になりました」
エンゲル係数の上昇。
米の枯渇。
卵かけごはん。
その意味とは。
「うちにはお金がありません。このままだと米を買えません」
箸が、食卓に落ちた。
無表情ですらあったアマトリの容貌に。
「・・・!?」
初めて、絶望が浮かんでいた。
基本、高校生に収入はない。学業は金にはならない。
とある知り合いの仕事を下請けする事で臨時収入を得る事もあるが、それも稀であり、通常は親からの仕送りによって生計の大半が賄われている。
だからこそ、最近のエンゲル係数上昇は痛かった。
「・・・祖父よ。カヌクイとは難しい」
この仕事は家業、慣習に過ぎないので、報酬も訪れた客次第。
そしてアマトリが報酬として提示したもの。
床の間に飾られた眩しいほどに輝っているもの、白銀に近い七色を放ち、異世界であっても希少金属、賢者の石に等しい入手頻度とさえされている『オリハルコン』と呼ばれる代物だった。
古典ラテン語では『oreichalkos(オリカルクム)』とも呼ばれていたものと同質、同系統であり、ギリシャの英雄譚にも登場するという。
その金属は純度99.999%の純鉄の特性、錆びず、曲がり、硬いというものを倍加し、更に新たな特性を付け加えたような代物であり、その精製方法は知られていない。
曰く、精神に感応して硬度を変化させるものから、自律神経を備えたものまであり、その剣は地を割り、その盾は龍の息を防ぐとす
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