カヌクイ 第一話 出会いと日常

 古い庄屋と元は大陸の商人だった者が結婚し、枝節(えだふし)という家が生まれた。江戸の頃より遥か昔の話である。
 大陸の商人と言い伝えられているが、いわくつきであるらしく、時に、くちさがない者は枝節を「化け物の血族」と呼んだ。
 しかして、江戸の頃、関東よりさらに西へ流れ、海を渡った彼等は、長崎の端、当時の筑後のあたりに移り住む。
 枝節は貿易で儲けた利益を人にも返した。よく人を世話し、よく人に好かれた。じき、彼等はそこを永住の地とした。
 時を幾重にも重ね、昭和の頃を過ぎた今でも、1つの役目と共に変わらず枝節の血は残る。
 誰が知ることもなく、その家には『カヌクイ』なる風習が受け継がれていく。
 遠い時間の先より、ゆるく異形たるものと共に。


 家の中に居る時、梁を見上げるのをつい躊躇ってしまう。癖だ。
 屋敷といえなくもないが、みるからに恐ろしげな、下手をすれば100年前からあるようなとてもとてものボロ屋敷である。
 家人は自分1人。単身赴任の父に付き添い、後妻の母まで今は東京である。さすがにそんな二人と共に東京へ行くも野暮と自分が1人残ったのであるが。
「おはよう布由彦」
「おはようナナカマド」
痩せた巨躯の黒犬へ言葉を返す。家に誰もいない今、それを見咎められる事もない。
 つまりは、古い家が古いまま続いている理由とはそういったものなのである。
 枝節とは元々を『エッダの不死なるもの』という意味を大陸、それもシルクロードを通って辿り着いたような人間が、まつろわぬ血を継ぐ極東の島国の言葉をもちて名付けた。
 口伝における伝説に等しき不死なる者、そういった意味を有す。
 カヌクイもまた似たようなものであるが・・・
「ぬ。遅れる」
「急げ」
欠伸をする犬の叱咤と共に家を飛び出した。
 おりしも季節は秋を過ぎ、冬も近付く11月の始め。
 しかして、宿命や風習というものは、時期が故に逃がしてくれるようなものでもないのだろう。


 五十鈴村。現在の日本でも珍しい『村』として存続している土地柄である。今となっては九州の片田舎に過ぎないが、元々は長崎と博多を繋ぐ宿場の1つであったという。
 高校は公立高校である県立五十鈴高校が1つ。それも、一学年が40人から50人前後、三学年で計140人前後しかいない。体育祭は地元商店街の人間が入り混じり、文化祭は、さながら農家の直売会に近い様相を呈す。冬ともなれば、人を凍らせんばかりの吹き下ろしが周囲の山から吹き荒び、人も滅多に家を出ようとしない土地柄だ。
 そんな村であれば、どこどこの子であることは誰もが知る。
 曰く。
「あぁ、枝節の坊主か。堅気にゃ見えん面しとるの」
「枝節?どこぞの会社の部長とか言われても俺は信じるな。あれは(笑)」
「老けている、というより、老成している感じはあるわよね」
そういった酷い中傷を受けながら俺は生きているわけだが。
 教室の窓際、曇った窓に顔を映し、思わず睨みつける。 朴訥としているとも言われるが、その不機嫌そうに見える目付きで損ばかりしている。
 中肉中背という絵に描いた一般人であるはずなのに、何故、こんな評価ばかりを受けるのか。
 オールバックの髪が悪いのか、それとも目付きの悪さが問題なのか、もしや低い声が。
「枝節 布由彦《えだふし ふゆひこ》、いるなー?」
「はい」
生返事を返し、欠伸を漏らした。つい最近まで向う三軒両隣の名字が『山田』やら『川上』だので重複しては解らなくなり、下の名前まで呼ばねば解らないという習慣まであ
る田舎。歳若い教師もまた、過疎化の進みかけた村では珍しいUターン組というやつである。
「はい、それじゃアルカート、教科書87ページ」
くたびれたカーディガンの裾からチョークの粉をはたき、つい先日まで教育実習生だった彼女はぼんやり指示を出す。
「えー、はるはあけぼの、やうやうしろくなりゆく・・・」
金髪を刈り揃えた巨漢は、難しい顔のまま読み進めようとする。
「アルバート、また間違えて妹の教科書持ってきたな。誰か教科書貸してやれ」
ストーブの上、ヤカンがしゅんしゅんと湯気を吐きだす様子を背景に、海外の人間の混ざった教室では、なごやかに授業は進んで行った。
 そうこうしているうちに昼休みも終わる。
 午後の授業もまた、一クラス26名、受験戦争に焦る人間1人いないという時代の流れに取り残された空気で続く。ここでは、それが普通でしかない。
 放課後となると、部活動や帰宅に散る。自分もまた、帰宅する生徒の群れの中に埋もれる。
「あ、若頭はもう帰るの?」
ベリーショートが似合う女子からの声に「寒いから」と当たり前の事を呟いて教室を後にする。しかし、綽名が『若頭』なのは如何なものか。
「だって若頭っぽいし」
笑う同級生に溜め息で返し、教室を後にした。
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