刃の折れた、魔力の尽きた只の剣を見ながら、彼はゆっくりと息を整える。
無様に地に伏せるその姿は、ともすれば全てを見失った策士のようにも、活路を見出した戦士のようにも見えた。
「魔王様!お逃げ下さ」
首より上を切り離された、黒甲冑の女が彼にそう告げた。
その後に続きべき言葉は、止まぬ猛攻に断ち切られる。
「己の命に替えてでも!魔王様を御守りしろぉおオオッ!!」
いくら魔物といえど鎧の上に汗をかくことはない。
しかし隊長らしき男の切羽詰まった調子と大きく肩で呼吸する様子からも、状況は明白だった。
何が奇襲作戦だ、と魔王は静かに口を動かしながら思う。
手下の掴んだ情報に間違いはなかった。
魔王城の袂で凡常な篝火をちらつかせ、隙を突いて盛る灯火を魔王城へ放つ。
分かっていた、分かっていてあえてその策に嵌まった芝居を打ってやったのだ。
こちらの残った強者を全て我が王室へ呼び込み、人類の希望とやらを踏みにじるつもりであった。
しかし。
しかし何だこれは。
僧侶30人、戦士23人、魔法使い17人、武闘家26人、賢者4人。
のべ勇者100人がこの王室へと進撃、最早進軍し一斉に戦線を展開した。
魔王としてはもう苦笑いせざるを得ない状況である。
たまに手こずる勇者御一行25組分がシステムを無視して大暴れしてくれているのだから。
「魔王様だけデも、転移シてお逃げクダさいッ!!」
僧侶による絶え間ない治癒術と、アイテムによる絶え間ないマナ回復。
最早戦士と武闘家は死とは無縁の超人状態。
戦況をひっくり返すためには、まず僧侶から仕留める必要がある。
しかし完全な劣勢状態で、守りの堅い僧侶軍団を片付けられるか?
魔王の口は、思考と共にそこで動きを止めた。
「魔王の死とは魔族の死か?」
魔王は立ち上がる。
「人の世から魔物が滅びた事があったか?」
魔王故に。
「―――――――」
人も魔物も、誰もが言いしれぬ恐怖に戦慄した。
魔法でも魔術でもなければ、それはただの笑声であった。
先に浮かぶはずの、笑声に対する疑問は、その存在に押しつぶされている。
何も起こらない時間は拡張され、魔王にとっては全てが止まって見えた。
そして久方ぶりの静寂は、魔王がその戦況を覆すには十分な時間を与えてくれた。
「dui urf yeu!」
強大な魔術のデメリットは、その詠唱時間の長さと莫大な魔力消費。
転じて、自由度の高い現象構造とその安全性。
彼は配下に守られている間、何もしていなかったワケではない。
しかし魔術の詠唱は、多次元的現象を重ねれば重ねるほど自らの行動に制約を受ける。
加えて既に彼は満身創痍で、既に自身の未来を見極めていた。
彼の唱えた魔術は、"魔力生成回路の独立と形成"という長年の研究による、最初で最後の完全術式である。
それは人にとって最も恐ろしい、魔王統治の崩壊した魔族社会の誕生を意味した。
それは同時に、魔王と魔族との唯一の鎖を断ち切る、魔王の終わりも意味した。
「これで貴様等全員魔王候補というわけだ!さあ、勇者共を皆殺しにし、己が力を示せ!私を殺して己が地位を奪い取ってみよッ!!」
堂々たる演説の後に、どっと刃は一斉にその矛先をそれぞれ別の方向へと向けた。
魔王を狙う魔物。その背を狙う戦士。魔物に襲いかかる魔物。
形勢が逆転したのではない、最早これは魔王によるボードゲームである。
自らの命と魔族の存続を賭けた馬鹿馬鹿しい遊びを、彼は催したというのだ。
しかしなんとも滑稽な事に、魔王は誰よりも先に自らの死を直観する。
彼にとっても、あまりに早すぎるゲームオーバーであった。
「ハ、ハ、ハ、は、ハ、は、ハ、ハ、ハ、は、ハ、ハ、ハ!」
未熟な発声器官を振わせながら、魔王の何倍もの図体を持った大男が誰よりも速く大剣を振りかぶっていた。
いくら魔王と言えど、肉体を分断されればしばらくは動けない。
物理的な攻撃ほど魔術で対処しやすいものもないが、今の彼にはそれを凌ぐ魔術を唱える時間も魔力も、残ってはいなかった。
しかし魔王に恐れは無い。新時代到来の火蓋を切ったのだ。
それが自らの死を伴うとしても。
魔王は目を見開いて、その男を睨み付ける。
「くれてやろう!!貴様に魔王の座を――」
どうせ最終的には一番強い者が魔王となる。こいつはその繋ぎに過ぎない。
しかし彼は全てを言い切ることが出来なかった。
視界が真っ赤に染まり、噴き上がる血を全身に浴びながら、彼はその場に崩れていく。
最早考察する以前の問題である。
とにもかくにも首を探す。
吹き飛んだ首の先を、目で追いかける。
「真に強い者だけが生き残る、そんな世界も私は嫌いじゃないけど」
背後。
動かない首。
そこでようやく魔王は、自らが石化されていると気づく
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