(割と厨二要素が強いので、耐性のない方は他の物語を選んでください)
生まれてこの方、彼は敗北というものを知らなかった。
これは傲り高ぶる大人が後輩に対してひけらかす無敗(負けてないとは言ってない)の矜持とは全く違うし、そもそもその理屈で言えば0と1以上には大きな違いがあると言える。
失礼、敗北を知らぬ彼の話に戻そう。
勝負と名の付くものに、彼は一度たりとも負けたことがなかった。
彼は、負けるという事が……負けた者だけが負う事を許された感情を理解する事が出来なかった。
人は失敗を学びそれを成功へと結びつけるという教訓があっても、失敗をしない彼にとってその理屈は分かるはずがなかった。
そして彼を無敗せしめたる能力が磨き上げたのは、魔術への驚異的な適応力。
中学卒業後、彼は独学で魔術基礎を修学し、16歳になる頃に最上位魔術理論の論文を書き上げ、17歳で魔導師学校(ワイズマンズスクール)に引き抜かれた。
ウィントヘッド魔導師学校 それは世界で5つしかない、魔法・魔術を極めた者のみが辿り着く事を許されたワイズマンを生み出すための監獄の1つ。
半分思いつきで彼を入学させたワイズマンにも若干の不安はあった。
魔法を扱えない彼に周囲がどのような反応をするのか。
魔法を扱える周囲に彼がどのような反応をするのか。
努力では埋められぬ差を、彼がどう受け止めるのかを。
魔法を全く使えない彼が春麗らと青年時代を過ごすには、あまりにも惨すぎる環境に思えた。
ワイズマンが彼に期待すると同時に危惧した事は、彼がこの過酷な環境で生き延びていけるのかどうかという事だった。
当然入学当初、彼が歓迎される事はなかった。
魔法の使えない魔導師希望者というレッテルが、皮肉を込めて瞬く間に学校中を駆け巡った。
歓迎されなかった新入生に突っかかるのは嫌みな上級生と相場は決まっている。
決して目立ちたい性格ではない彼は、出来れば揉め事は避けたかった。
出る杭は打たれるという諺を、彼も理解できていた。
しかし同時に、こうも思っていた。
悪いのは出た杭ではなく、地の中で安んじ身を出さぬ愚か者どもではないか。
打たれるから何だというのだ。再び地に埋まるからなんだというのだ。
貧弱な者は土中でただただ腐敗し、ただただ蝕まれていればいい
しかし腐った身の分際で、出んとする杭を地中へ引きずり込もうとする輩には教えてやる必要がある。
己の身がどれほど腐敗し、異臭を放つ醜悪なものであるかを。
彼にとって魔法が使えない事は決して短所ではなかった。
寧ろ、魔術に没頭する事の出来た彼にはどのような魔法も子供騙しにしか見えなかったのだ。
彼は模擬戦でその嫌みな上級生を屈服させた。
何のことはない、‘死'が何なのかを身を以て味わってもらったのだ。
焼ける肉と沸き立つ血の異臭、端から血の滴る数多の氷槍。
自らの醜悪な死の、魔法或いは魔術を極めていたからこそ予想できたその光景を目の当たりにした上級生の、消え入るような叫びの末の悶絶。
その日を境に、彼に悪戯な干渉が入る事はなくなった。
同時に彼への情感は、畏怖か憧憬かに、距離を取るかアプローチを取るかに別れた。
荒事が好きな者も、彼に接触することが多くなった。
しかし彼の性格を知って、そのような荒くれ者は去って行った。
奇をてらわない彼の元には、やがて友と呼べる者だけが残った。
そしてウィントヘッドから少し南下したところで、色濃く湿った大地にひっそりと顔を出す萌芽の見える季節、それは何の前触れも無く彼に矛先を向けた。
辞典と見紛う程に分厚い参考書をバタリと閉じて、真面目気質が伺える黒髪の青年は、数秒に渡る黙想の末、隣で机と溶接されて一向に剥がれない友の肩を揺らした。
突っ伏した短めの茶髪が、微かに揺れる。
「アゼル、そろそろ起きないとサーシャが来てどやされるぞ?」
「んぁ……?」
「……」
「んー……」
青年はゆっくりと腕時計を彼に見せつける。
カチ。
カチ。
カチ。
カチ。
カチ。
ガタンッと。
瞬間、その友アゼルは木材と皮膚を乖離させて、謝罪するようにこちらに手の平を合わせた。
「うぉぉぉすまねえッ!!完ッ全に寝てたわ!」
「そんな調子でよく2年に上がれたもんだと思うよ、俺は」
しかし寧ろ満足気にこれが才能だなどと返されてしまい、青年はもう何も言うまいとただただ嘆息する他ない。
黙って彼が自分の作業に戻った時、しかしそんな自信満々なアゼルの笑みがふっと鳴りを潜めたかと思うと、出入り口の方から煽るように言葉が飛んできた。
「なぁにが『これが才能だ』よ!毎っ回単位ギリギリでどうせ今だってルーズにレポートの手伝いでもしてもらってたんでしょ!」
ギクッと、アゼルの心が大きく弾んだ。
まるで矢に心臓を貫
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