『エル・カミーノ』、通称『エルカミ』。葉桜の学生御用達のピザ屋である。
平日の昼下がりは学生で賑わうこの店は、学生証を提示すれば割引をするサービス、世に言う学割を実施しており、学生達の人気店となっている。
成長期の学生にとって、分け合えば丁度いいおやつになるサイズの美味しいピザを、一人辺り百円玉二、三枚で楽しめるというのが学生達を魅了してやまない理由だ。
そんな放課後の一コマに混じり、私達は店の一角に座っていた。
「……で、どうだった?」
分かりきった質問を作業的にぶつける。結果は聞くまでもないだろう。アキラは次に「上手く行った」と返す。想像してちくりと胸が痛んだ。
……とっくに分かっていた。アキラには好きな人がいることに。私は所詮幼馴染みにすぎないことに。
そう、私ミコトは幼馴染みのアキラに恋をしていた。
きっかけは些細なこと。ただ漠然とずっと一緒にいたいという想いがいつの間にか、アキラへの恋心へと代わっていた。
気が付くとアキラのことばかり考えていたり、アキラのことを目で追っていたり、そのせいで予定を狂わせてしまったことも一度や二度ではなかった。……皮肉なことにその恋心がアキラの恋に気付くきっかけとなってしまったのだが。
悩んだ末にアキラの恋を応援することにしたのは未練もあったのかもしれない。
時に励まし時に叱咤し、アキラを勇気付けて、その結果が先程実ったと言うわけだ。
後はただ一言、祝福の言葉をかければいい。もう十分泣いた。覚悟も出来た。
この恋を諦めなくてはいけないのはこの関係が壊れることを恐れて、何もしなかった私の落ち度だ。
さあ、彼の喜びの言葉がこの関係を終える合図だ。大丈夫、アキラが幸せなら私も笑っていられるから。
「……駄目だった」
「……そうか」
続けておめでとうと言おうとした唇が止まる。ぽかんと開いた唇が心理状態を物語っていた。
「正直なところ、お前に言うことで自分を奮い起たせてたってのはあったからな。虚勢も多少入ってたし」
追い討ちのアキラの言葉にますます混乱する。……何と言ったんだこいつは? こんなの予定にはないぞ!?
「でも、お前には感謝してる。お前のおかげでああして告白も出来た。あのままだったらずっと後悔しただろうし」
……どうすれば、どうすればいい!?
ぐるぐると目まぐるしく思考が入り交じり、完全にパニックになる。
「そんな顔するなよ。確かにフラれたけどさ、俺はもう大丈夫だから」
ああ、そんな寂しそうな顔を……そうだ、慰めてやらないと。私がアキラを慰めてやらないと……
―――
「どうした?」
幼馴染みのアヌビスはふいにうつ向いたまま動きを止めた。
やっぱりこいつは優しい。俺のために悲しんでくれているんだろう。
思えばいつもそうだ。言い方はきつく、自分にも他人にも厳しいが、それは相手を思う故の裏返し。
本当は誰よりも優しく真っ直ぐなアヌビスの少女、それがミコトの本質だ。お陰で胸のつかえを取り除くことが出来た。
……気付いてた。あの娘が俺に振り向いてくれる望みは薄いことに。
最初から諦めて未練がましくあの娘を見ていた俺を、ミコトはたしなめてくれた。こうして想いを告白出来たのはミコトの後押しがあったからだ。
これで新しい一歩を踏み出せる。ミコトには本当に感謝しなくちゃいけないな。
「……ミコト?」
ふと気配を感じて隣を見ると、いつの間にかミコトが立ち上がり、目の前に立っていた。
「うわっ!?」
次の瞬間視界が上に流れていく。ミコトに押し倒されのだと気付いたのは、うろたえた表情のミコトが見えてからだ。
「うひゃあ!?」
犬がじゃれつくような舌使いでミコトが肩口を舐め回す。生暖かさが肩口に拡がりくすぐったさに総毛立つ。
「止めろ、舐めるな! ……くすぐったい」
身を捩ろうにも体はがっちりと抑え込まれて動けない。ぷにぷにした肉球が妙に心地よく身体を撫でる。
「おい、ミコト!?」
今度は肩の周りに吸い付き始めるミコト。鎖骨から肩を通って首筋まで、まんべんなくミコトの唇が這い回る。……これ絶対痕残ったな。……どうしよう。
「お客様、申し訳ありませんが当店でそのような行為は控えていただきたいのですが……」
たまりかねたのかカラステングの店員がやって来る。
「……そんなこと言われても」
肉球は依然がっちりと身体を押さえ付けている。見た目は華奢な女の子なのに、どこにそんな力があるんだろう。
「……仕方ないですね」
店員はため息を一つ、羽根を振るうとミコトを引き剥がしにかかった。
「……やあぁ〜、いやぁ」
「ちょっと!?神通力使ってるのになんでそんなに抵抗できるの!?」
「やら……、いゃあぁぁ!……あきら!あきらぁぁぁ!」
駄々を捏ねる子供のように
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