そもそもアズサは分かってない。
恋に恋を重ねていい女になるなら、偲ぶ恋こそ価値があるのに。
付き合っている相手がいれば勝ち組? バカを言っちゃいけない。そんな奴は自分を磨くと言うことを忘れた怠け者だ。
かく言う私も恋してる。相手は隣のお兄さん。家がご近所ということで昔からよく遊んで貰ってたけど、最近すごく格好良くなった。改めて気付いた彼は、立派な男の人だったんだ。
そんなわけで、お兄さんに惚れた私は、ご近所特権を利用して時折お茶に誘うことにした。
お兄さんにとってもこのお誘いは好都合。なぜならお兄さんはここの店員さんにお熱なの。
さりげなく、けどしっかりと店員さんを目で追うお兄さん。ごまかしてるつもりだろうけど、私にはバレバレなんだから。
つまりあの店員さんが私のライバル。本人は私がライバルどころか、お兄さんの恋心にも気付いてないでしょうけど。
まあ要するに私が言いたいのは「命短し恋せよ乙女」ってこと。
恋は乙女を綺麗にするっていうけど、あれは間違いないわね。
お兄さんに惚れてからというもの身だしなみはいつもきちんとだし、お風呂は毎日二回は欠かさず、部屋だって毎日綺麗に片付けを忘れない。
部屋に呼ぶことがあるのかって? ……ほほほ、ブッ飛ばしますわよ?
ともかく、いつお兄さんにあっても恥ずかしくない女の子。それが私ってわけ。
「……ええと」
「だからあんたもいい加減積極的になるべきだと思うの」
アズサに向かって私はズビシと人指し指を向ける。
「……でも、私なんて地味でちんちくりんだし、引っ込み思案だし……」
「デモもストもない。穴掘って埋めるわよ。だいたい私よりも全然見込みあるじゃない」
アズサはクラスメイトの正樹に恋する私の同士。垂れ目で伏し目がち、私と同じくらい背が低くてやせっぽちだけど、私より少し、ほんの少し胸がある。
気弱でいかにも守ってあげたい、……人によってはいぢめたいと思わせる容姿をした人間の女の子。
ちなみに私のことつるぺたって思ったやつ表出やがりなさい。あなたは今とても軽率なことを考えましたわ。
「……そんなこと」
「アリアリの大アリクイよ。あとはあなたが勇気を出して思いを伝えればばっちりだって」
「……やっぱり無理。そんなことありっこないよ。だって正樹君、私と目が合うとすぐに反らしちゃうし、私いっつも怒られてばっかりだし」
……まったく素直になれないあいつもだけど、この娘もホント大概よね。
目が合うってことは正樹の奴があんたを見てるってことでしょうが。怒った後、なんだかんだでいつも正樹はフォローしてるでしょうが。
何でもかんでも悪いのは自分なんだからタチが悪いのよね。
「だから、もっと自信持ちなさいって言ってるじゃない。そんなんじゃ一生まともに恋なんて出来ないわよ」
「……だって私、正樹君に迷惑ばっかりかけて……」
「だからっ、卑屈になるなっていってるでしょ! 仮にもあんたは恋する乙女なんだから、もっと胸をはりなさいよ!」
分かってない。ホントに分かってない。そうやって閉じこもってる暇があったら、さっさと自信をつけるべきよ。
恋する乙女は最強、つまり私たちは最強なの。どうしてそこに気付けないのよ。
「おきゃくさま、申し訳ありませんが、店内ではもう少しお静かにしていただけませんか?」
店員さんに声を掛けられてここは行き付けの喫茶店だったと気付く。大声を出して立ち上がった私を周りのお客さんが見ていた。
「ごっ、ごめんなさいっ」
慌てて頭を下げ座り直して店員さんが何者なのか気が付いた。
「うふふ、今日はお兄さんは来てないの?」
目の前にいたのは憎き恋敵の店員さん。……くっ、私としたことが店員さんの前で醜態を晒すなんて。
「いつもありがとうね、オレンジちゃん」
「……橘です」
オレンジっていうのは私のあだ名。小学生のころどこかの男子が「たちばなってオレンジの仲間なんだぜ」と言い出したのが始まり。
名字が橘な私はその日からあだ名がオレンジになってしまったというわけ。
……せめてミカンにしろ、日本人だろが。おかげでお兄さんにまでオレンジ呼ばわりなんだぞ。
「私もオレンジちゃんってお友達みたいに呼びたいな〜?」
……うわ、なにこの人可愛い。でもお兄さんと同じ呼び方をされるのがしゃくなのでお断り。
「……ダメです」
「……お願い」
「……ダメ」
「……」
「うっ……」
「……ダメかしら橘さん」
……なんだろう、名字で呼ばれると急に寂しくなる。そんな悲しそうな顔しないでください。
「……残念だわ。橘さんとはもっと仲良くなりたかったのに」
……勝てない。この人すっごい甘え上手。
「……いいです」
「えっ?」
「……オレンジでいいです」
「ありがとう、オレンジちゃん」
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